虹のかけら~もうひとりのジュディ@スパイラルホール 2018/05/24

IMG_0634戸田恵子の還暦記念公演だそうで。おめでたい舞台にケチをつけたくはないが、三谷幸喜の脚本が「おいおい」と思ってしまうシロモノなので。とりあえず全公演の終わった本日、ネタばらし込みで苦言を呈させていただきます。

ジュディ・ガーランドの生涯については、けっこう徹底して暴かれていて、英語で出版されている評伝の類は数知れない。日本でも少数だが、彼女の人生について詳しく書かれた本は出ている。
だから、ジュディ・シルヴァーマンなる女性がいて、映画『オズの魔法使い』のドロシー役に決まりかけたり、後年、クスリで瀕死のガーランドをホテルのバスルームから救い出したりという事実は、まずありえない、というぐらいには日本においても熱心なジュディ・ガーランド・ファンなら知っている。
三谷幸喜としては、そうした観客は相手にしていないということか。あるいは大目に見てほしいと甘えているのか。自身による録音の前説や、ひと通り舞台が終わっての種明かし的言い訳を聞いていると、後者のように思われるが。
架空の人物を登場させ、その人物の手記という形で歴史上の人物を語るのは珍しくない手法だが、語る内容が事実に反する場合は、それなりの理由づけを劇中で行なうべきで、終わってから「ちょっとウソが混じってました」なんて作家本人が言うのは、プロの仕事として、どうかと思う。
さらに言えば、その架空の人物を登場させたことで面白くなったかと言えば、全然。その人物像がまるで面白みに欠けていて、まだるっこしくなっただけだ。普通にジュディ・ガーランドの足跡を辿った方が、まだしもだった。
細かいことだが、聞き間違いでなければ、ジュディ・ガーランドは『スタア誕生』を最後に映画から身を引くという説明があったはず。が、誤り。知ってはいたが面倒なので、そう書いたのだと思うが、ここは架空の人物の手記じゃなく戸田恵子による地の語りだったので、よけい気になった。

しかし、そもそも戸田恵子の還暦記念が、なぜジュディ・ガーランドだったのか。彼女がガーランド・ファンなのか。よくわからないが、似合っている題材とは思えない。そのせいか、あるいは初日だからなのか、歌も演技もぎこちなかった。
いずれにしても、戸田恵子には気の毒な脚本だった。

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