The Chronicle of Broadway and me #008

★1989年5月(その4)

Black And Blue(@Minskoff Theatre 1989年5月7日 15:00)はこの年の1月にオープンした新作。当時の観劇記によると、観た日(5月7日)の夜がトニー賞のノミネーション発表だったようで、10部門で候補になっている。

<オール・ブラック・キャストの(恐らく)30年代を意識した、歌とタップ・ダンスのバラエティ・ショウ。アトランティック・レコードの大スターだったルース・ブラウン、舞台でもクラブやコンサートでも一級の経歴を持つリンダ・ホプキンス、『Blues In The Night』にも出ていたキャリー・スミス、という3大貫祿歌手のブルース・フィーリングのある歌も良かった。が、なんといってもタップ・ダンス! 上はキャブ・キャロウェイやデューク・エリントンと一緒にやってたというベテランから、下は10代前半まで、総勢25人のダンサーが入れ代わり立ち代わり自慢のタップを見せてくれる。美しさと力強さが交じり合った若手ダンサーたちのアンサンブルも素晴らしかったが、ベテランの個人技にエンタテインメントの神髄を感じた。光と影の対比を強調したライティングと舞台装置も見事だった。>

というのが当時の観劇記の要旨。「恐らく」と断って「30年代」と書いているが、今考えればローリング・トゥエンティ=20年代、それもコットン・クラブのイメージだろう。

この作品については、『Jerry’s Last Jam』か『Bring In ‘Da Noise, Bring In ‘Da Funk(Noise/Funk)』が登場した時点で改めて触れるつもりだが、原案と演出が、複数のダンス・カップルとバンド演奏によるタンゴのパッケージ・ショウ『Tango Argentino』で名を上げたクラウディオ・セゴビアとエクトル・オレソリの2人だったことは書いておく。つまり、ブロードウェイに通い始めて間もない33歳の日本人はよくわかっていなかったが、実のところ、このショウは、高齢の、それももっぱら白人の観光客が安心して観ていられるノスタルジックな作りになっていたわけだ。
そう言えば、それを象徴する出来事があった。翌年同時期にもこのショウを観たのだが、その折、リズミカルなナンバーに合わせて足を揺らしていたら、隣に座っていたジャケットにネクタイの白人の高齢男性から「止めろ」と言われたのだ。彼が人種差別主義者だったかどうかは知らないが、ノリに合わせて楽しむグルーヴィな観客でなかったのは間違いない。
とまあ、後で思えばいろいろあるが、それでも、古い世代の歌やダンスを観られたのは貴重な体験だった。加えて、この舞台には、最年少世代のタップ・ダンサーとしてセイヴィアン・グローヴァーが出ていた。彼をこの時点で認識できたのは大きな収穫だった。それが、1992年の『Jerry’s Last Jam』から1996年の『Noise/Funk』、そして2016年の『Shuffle Along, Or, The Making Of The Musical Sensation Of 1921 And All That Followed』へとつながっていく。ブロードウェイにおけるブラック・ミュージカルの意味に気づくきっかけは、ここでのセイヴィアンとの出会いだった。

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