Desperate Measures@New World Stages/Stage 4(340 W. 50th St.) 2018/06/04 19:00

IMG_0654シェイクスピアの『Measure For Measure』を西部開拓時代に移し替えてダウンサイジングした、少し過剰なくらいの役者のコメディ演技が際立つミュージカル。

初めて観たのは2006年の9月22日。この時は、NYMF(当時New York Musical Theater Festival→現New York Musical Festival)参加作品として。
次が11年後、2017年の9月30日。ヨーク劇場での上演。
いずれも期間限定公演だったが、今回は、ヨーク劇場のプロダクションが複合劇場ニュー・ワールド・ステージズに引っ越してのロングラン公演。5月30日にプレヴュー開始、6月13日に正式オープンした。

2006年の時点での感想に、<オフ・ブロードウェイで今すぐ上演してもおかしくない作品として、すでに仕上がっていた。>と書いてある。作曲デイヴィッド・フリードマン、作詞・脚本ピーター・ケロッグ。NYMFでの演出はエリナー・ライッサ。
それから10年以上が経っての上演(2012年にコネティカットで短期上演があったようだが)てことで、ヨーク劇場版では演出家も替わっていれば役者も総入れ替え……と思いきや、市長役のニック・ワイマンは替わらず登場。この人あってのこの舞台の感強し。ちなみに、ヨーク劇場以降の演出・振付はビル・キャステリーノ。

酒場の喧嘩で人を殺めたカウボーイ、ジョニー・ブラッドの絞首刑をめぐって、彼を助けたい連中と刑執行の責任者である市長との駆け引き、というのが話の軸。
保安官の勧めで助命を請いに来たジョニーの妹を見染めた市長が、一夜を共にしたら兄を助けてやる、と、どこぞのプロデューサーのようなことを言う。このアンチ#MeTooのような内容を和らげる意味からだろう、西部の町で『Measure For Measure』を演じるという劇中劇の設定になっている。なにしろ、この市長の要求を逆手にとって身代わりの女性を送り込むという風に展開し、しかも、その女性はジョニーの恋人の娼婦という、いろんな意味で今の時代の空気に反する要素が満載だから。その責任を前述の設定によって全てシェイクスピアに負わせているわけだ。
その企みは成功していて、役者たちの大袈裟な演技と相まって、嫌な感じはない。
役者は、存在感抜群の悪辣市長役ニック・ワイマンを筆頭に、ちょっと抜けてる表情が最高のジョニー・ブラッド役コナー・ライアン、その恋人役でエネルギッシュな踊りも見せるローレン・モリーナ、ニーチェにこだわるアルコール中毒の神父を演じる怪優ゲイリー・マラチェック、とぼけた二枚目の保安官役ピーター・セイド。と、ここまではヨーク劇場と同じ。1人だけ、ジョニーの妹のおかしな修道女役が、エマ・デガーズテッドからサラ・パーニッキーに替わっているが、とにかく達者ぞろい。
楽曲も表情豊かで楽しい。ピアノ/ハーモニカ、ギター/バンジョー/マンドリン、ダブル・ベース、ヴァイオリン/マンドリン、という4人編成のバンドも、設定にぴったりで、いい感じ。
ところで、タイトルの「Desperate」(やけっぱち)には、関連語である「Desperado」(無法者)のイメージがダブらせてあると思うが、どうだろう。

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