The Chronicle of Broadway and me #030

★1992年5月~6月(その4)

『Jelly’s Last Jam』(@Virginia Theatre 1992年5月27日 20:00)については、#8で『Black And Blue』のことを書いた時に少し触れたが、そこで出会ったセイヴィアン・グローヴァーに再会し、ブラック・ミュージカルについて考えるきっかけとなった作品。

ここで、無料配信音楽誌「ERIS」16号で書いた2015/2016年シーズンの新作『Shuffle Along, Or, The Making Of The Musical Sensation Of 1921 And All That Followed』についての原稿の一部を転載させていただく(表記の統一他、若干編集あり)。

<ユービー・ブレイク(作曲)とノーブル・シスル(作詞)が楽曲を書いた1921年上演の『Shuffle Along』は、アフリカン・アメリカンによる初の本格的ブロードウェイ・ミュージカルと言われる(とはいえ劇場の場所は通常の概念ではブロードウェイとは呼べない北の方だが)。今回の『Shuffle Along, Or, The Making Of The Musical Sensation Of 1921 And All That Followed』では、タイトルが示す通り、その『Shuffle Along』が成功するまでのスタッフとキャスト一丸となっての奮闘と、成功後の内紛と離散が描かれる。楽曲は『Shuffle Along』で使われたもので、ショウ場面の肝はタップ・ダンス。
『Shuffle Along, Or, The Making~』の最大の注目点は、主要スタッフが、ジョージ・C・ウルフ(脚本・演出)とセイヴィアン・グローヴァー(振付)という、1996年開幕の『Bring In ‘Da Noise, Bring In ‘Da Funk(略称Noise/Funkのコンビだということだ。
『Noise/Funk』は、(中略)奴隷としてアメリカに連れてこられて以来のアフリカン・アメリカンの芸能の変遷をたどるレヴュー形式のショウだが、何世代にも及んで積み上げられてきた自分たちのエンタテインメントとしての芸に対する再考察と、アフリカン・アメリカンである自分たちのアイデンティティの再検証、という側面が強く、ラップと、ヒップホップに呼応したストリート・タップとをブロードウェイの舞台に上げた作品としても画期的だった。自分たちの足元を、懐疑的な視線も交えつつ見つめ直し、伝統の再構築を行なう。それが彼らの姿勢だったわけだ。その背景には、現状の(相変わらずの白人中心の)社会構造に対する根本的な批判もあった。
今回の『Shuffle Along, Or, The Making~』も、そうした流れの延長線上にある作品で、ショウ的な見どころは満載だが、簡単には楽しませてくれない。ことに、仲間が離散していく後半は、かなり苦い。

演出家/脚本家ジョージ・C・ウルフのブロードウェイ登場作は『Jelly’s Last Jam』。ここにはセイヴィアン・グローヴァーは役者として参加していた。1992年のこの作品で、ウルフはすでにアフリカン・アメリカン社会の内部分裂を描いている。
主人公は、初期ジャズの創始者の1人と言われるジェリー・ロール・モートン。ヨーロッパ系との混血ゆえに、モートンが自身を白人と同列に置こうとすることで起こる悲劇。ざっくり言うと、そういう内容。楽曲は、モートン作曲のメロディに新たな詞(スーザン・バーケンヘッド)を付けたもの。そこにタップを持ち込んだのがユニークなところで、この作品の主演(モートン役)及び振付は、当時、名実共に最高のタップ・ダンサーと認められていたグレゴリー・ハインズだった。
実在したアフリカン・アメリカン(たち)の人生を独自の視点で洗い直す、当時の楽曲を掘り起こす、アフリカン・アメリカンの伝統芸であるタップ・ダンスを表現手段として駆使する、という点で、『Shuffle Along, Or, The Making~』『Jelly’s Last Jam』の同工異曲だと言っていいだろう。

ここで援軍にご登場いただく。1992年5月31日(その年のトニー賞授賞式当日)のニューヨーク・タイムズに載った、当時の同紙劇評担当フランク・リッチの記事だ。

――『Jelly’s Last Jam』は、単に黒人対白人のメロドラマという外面的出来事としてでなく、アフリカン・アメリカンのアイデンティティ (及び彼らの人種差別主義との戦い)を彼らの内側から見せることで、アフリカン・アメリカンを正しく描いた最初のブラック・ブロードウェイ・ミュージカルである。
ウルフ氏のテーマに対する深い見識、洗練、そして誠実さは脚本と演出に反映され、新しいミュージカルのスタイルを作っている。彼は、ジャズやブルーズ、そしてショウビジネス界では無類の影響力を持つグレゴリー・ハインズのタップ・ダンスをただ並べてみせたりはせず、ダンスで表現された痛みや激しい怒りと同様に、音楽の人種的政治的意味を暴き出そうとする。
このショウが(中略)様々な人種を含んだ観客によってヒットしつつあるのは、ブロードウェイ文化の歴史における画期的事件と言えそうだ。――

この記事の最後にある、「様々な人種を含んだ観客によってヒットしつつある」の部分に関連して、当時、興味深い場面を目撃した。トニー賞発表後の1992年7月23日(同年5月に次ぐ2度目)の観劇の時だ。
第1幕第2景、グレゴリー・ハインズとモートンの子供時代を演じるセイヴィアン・グローヴァーの2人がタップの競演をする最初の大きな見せ場があって、拍手と歓声がワッと起こる。普通なら、その拍手と歓声が静まり、狂言回し(死神)が次の景へと進行させる。ところが、その日は、いつまでも立ったまま拍手を止めずにダンスのアンコールを求める男性客(おそらく白人)が1人いた。おかげで狂言回しが次のセリフに入れず、結局ハインズが「オー・ノー!」と叫んでしまう。
フランク・リッチの言うように、作る側は「ジャズやブルーズ、そしてショウビジネス界では無類の影響力を持つグレゴリー・ハインズのタップ・ダンスをただ並べてみせたりはせず、ダンスで表現された痛みや激しい怒りと同様に、音楽の人種的政治的意味を暴き出そうと」している。にもかかわらず、昔ながらの“お楽しみ”だけを舞台上に求める無自覚な客もいる。そして、それが“ブロードウェイ”なのだ。だからこそリッチは、この作品が「ヒットしつつある」ことを「ブロードウェイ文化の歴史における画期的事件」と称えたわけだ(と言ってもロングランは1年半だったが)。>

ちなみに、『Jelly’s Last Jam』でジェリー・ロール・モートンをある種の差別主義者として描いたことについては異論もあるようで、フランク・リッチの劇評が掲載された日のニューヨーク・タイムズの読者投書欄に、長年「ジェリー・ロール・モートンの世界」というコンサート・ツアーを行なっているというボブ・グリーンなる人物の次のような投稿が載っていた。

<モートンの研究家であり演奏者である私に言わせれば(中略)ジェリー・ロール・モートンは独創的な作曲者でありピアニストであり楽団リーダーであった。そして、人種差別主義者ではなかった。(中略)厳しいが輝かしく創造的な人生を送ったモートンの亡霊をブロードウェイで辛いめに会わせていることに、彼は複雑な感情を抱くかもしれない。>

『Jelly’s Last Jam』は、トニー賞で作品賞を含むこのシーズン最多の11部門にノミネートされたが、受賞は主演男優賞(グレゴリー・ハインズ)、助演女優賞(トンヤ・ピンキンズ)、照明賞(ジュールズ・フィッシャー)の3部門に止まった。これについては、このシーズンのトニー賞の項で改めて触れる。

 

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