The Chronicle of Broadway and me #031

★1992年5月~6月(その5)

『Guys And Dolls』(@Martin Beck Theatre 6月1日20:00)『The Most Happy Fella』(@Booth Theatre 5月28日20:00)は、いずれもフランク・レッサーの楽曲(作曲・作詞)によるミュージカル。

#28で触れたニューヨーク・タイムズのコラムで、フランク・リッチは、この2作の演出家、ジェリー・ザックス(『Guys And Dolls』とジェラルド・グティエレス(『The Most Happy Fella』を、「現代アメリカの劇作家たちとの(仕事で培った)豊かな経験を、通常なら彼らが感情的リアリティを探究したりしないような仕事に注ぎ込む若者たち」と呼び、「彼らのプロダクションは、手垢のついた言葉が指す意味でのブロードウェイ・リヴァイヴァルではなく、初演版を観るには若すぎたアーティストたちによるアメリカの古典の見直しである。」と評価している。さらに、その手法について、「古い芸や知名度の高いスターに頼る代わりに、新しいスター(特筆すべきフェイス・プリンス のような)を集め、作り上げることから始めている。」と書く。

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フェイス・プリンスは『Guys And Dolls』にアデレイド役で出演、トニー賞主演女優賞を獲る。彼女については#9で、『Jerome Robbins’ Broadway』での印象的な演技について書いたが、ここでの役柄は、さばけていて陽気なキャバレーの歌手兼ダンサー。<それを、明るい性的魅力を発散しながら可愛らしく演じたプリンスには華があった。>と当時の感想に書いてある。

『Guys And Dolls』全体についての当時の感想は次の通り。

<デイモン・ラニヨンの短編小説に出てくる、1930年代のブロードウェイを舞台にしたギャンブラーと救世軍の女性とのロマンスに、サイコロ賭博の胴元とキャバレー歌手との永すぎる春の話をからめたストーリーが、そもそもコミカルで楽しい点は『Crazy For You』と共通している。今回のプロダクションが熱狂的に迎えられたのは、そこに登場するユニークで愉快な人物たちが、プリンスをはじめ油の乗った役者たちによって生き生きと演じられたからだろう。彼らの戯画化された欲望や生命力のリズムは実に現代的だ。
プリンスと並んでよかったのが、賭博の胴元ネイサン・デトロイト役のネイサン・レインで、調子がよくて山っ気があるが実は人のいい、というキャラクターを見事に演じてショウを支えていた。イメージは、日本で言えば財津一郎か西田敏行。また、救世軍の女性上官役ルース・ウィリアムスンの、普段は堅苦しいが、いい男を見ると急に色っぽくなるという演技にも笑った。
そしてダンス(振付クリストファ・チャドマン)の躍動的な力強さ。トニー・ウォルトンの舞台装置、ウィリアム・アイヴィ・ロングの衣装も、1930年代の雰囲気をアメリカン・コミック的に表現していて気分を盛り上げてくれる。>

この作品のフランク・レッサーの名曲群については、言わずもがな、かと思う。
俳優陣はとにかく充実していたが、上記の2人以外で特に印象に残ったのが、クライマックスのゴスペル風ナンバー「Sit Down, You’re Rockin’ The Boat」でリードをとるナイスリー・ナイスリー・ジョンソン役ウォルター・ボビー。後にリヴァイヴァル版『Chicago』を演出する、あの人。
ちなみに、1993年のウディ・アレン映画『Manhattan Murder Mystery』(邦題:マンハッタン殺人ミステリー)でアレンとダイアン・キートンが観劇に行き、序曲が始まったのにしゃべっていて注意されるのは、この作品。

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<『The Most Happy Fella』の初演は『Guys And Dolls』から5年半後の1956年5月3日に幕を開けた。フランク・レッサーは、ここでは作曲・作詞に加え脚本も手がけており、公表されてはいないが共同プロデューサーでもあった。>というのが観劇当時の感想の書き出し。
続けて、同作のプレイビルに載っていた「『The Most Happy Fella』について」というコラムの引用をしている。「フランク・レッサーは彼のキャリアの初期に、同じスタイルの仕事を二度するのはよそうと決心した。」と始まるコラムの内容は以下の通り。

<レッサーの『The Most Happy Fella』の構想は遠大であった。そのために彼は、30曲以上のミュージカル・ナンバーを書き、詞を正確にするためにイタリアの方言の研究をすることになった。また、多様なスタイルで複雑な歌を書くという実験もせざるを得なかった。(中略)プロジェクトを完全なものにするのに結局4年かかった。(中略)しばらくの間『The Most Happy Fella』がミュージカルであるのかオペラであるのかで批評家たちの意見が分かれた。(中略)今日では、その違いはぼやけてきているだけでなく、重要ですらなくなっている。しかしながら、1956年にあっては、多くの批評家は、(中略)音楽が収まる所に収まっていることを望んでいた。レッサーの考えでは、このショウがどの世界に属するかは疑いがなかった。即ち「これは多用な音楽を伴ったミュージカル・コメディである」。>

とは言うものの、初演を見たアラン・ジェイ・ラーナーは著書で「大衆的オペラといってもよいもの」と言っており、また、プログラムには(初演も今回も)オペラの場合と同じように曲名の表記がない。それについての疑問に、プレイビルの質問コーナーは次のように答えていて、レッサーもオペラを意識していなかったわけではないと思われる。
「作者フランク・レッサーの依頼により、このプレイビルには曲のリストは載りません。」

前置きが長くなった。以下、当時の感想。

<舞台は1927年、カリフォルニアの田舎、ナパというのどかな村。そこの農場主で、人徳はあるが容貌に自信がなく、中年になるまで独身だったイタリア移民の男がいる。一方、サンフランシスコのレストランに、日々の生活に疲れた若いウェイトレスがいる。男はウェイトレスを見そめ手紙を書く。そして結婚を申し込むのだが、自分の写真の代わりに、その時農場にいた若い流れ者の写真を同封する。期待と不安を抱えてやって来た娘は、本当の婚約者が誰かを知り、動揺のあまり婚礼の夜に流れ者と同衾する。が、共に暮らす内、娘は農場主の人間味に触れ愛するようになる。しかし、流れ者の子を身籠もっていることに気づいた娘は農場を去ろうとする。農場主も一旦は絶望するが、最後には娘を許し、ハッピーエンドとなる。
暗い要素を抱えた話だが、カリフォルニアの無邪気さとイタリアの陽気さとがない交ぜになった周辺の人々の明るさが、全体のムードを和やかにしている。特に、笑いを一手に引き受けるイタリア人コック3人組 (バディ・クラッチフィールド、マーク・ロティト、ビル・ネイベル)の献身的な動きと、トニー賞助演男優を受賞したスコット・ワーラ演じる典型的アメリカン・カントリー・ボーイのボケが光った。
初演では劇場を広げて入れたという35人のオーケストラの演奏があったようだが、今回はうって変わって2台のピアノのみ。それをバックに朗々と歌う主演男優のスピロ・マラスは、初演の時のロバート・ウィード同様、元々はオペラ歌手。悠然たる演技でイタリア移民の困惑と誇りを豊かに表現していた。
「大衆的オペラ」であるこのショウが今日のブロードウェイに馴染むのかどうか確信はないが、少なくとも、こうしたショウもある、というのがブロードウェイにとっては好ましいと、個人的には考える。ミュージカルの奥の深さを見た気がした。>

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