The Chronicle of Broadway and me #041

199212月~19931月(その5

Tommy Tune Tonite!(1月3日15:00@Gershwin Theatre)は年末から年始にかけての1週間だけのショウ。#37に、この時期に渡米した動機は、このショウの終了に合わせて、か、と疑問形で書いたが、当時の感想を読んだら、その通りのことが書いてあった(笑)。
その感想の続き。

<1990年『Grand Hotel: The Musical』#13)、1991年『The Will Rogers Follies』#24)と2年続けてトニー賞で演出と振付の2部門で受賞したトミー・テューンは、今やブロードウェイでは伝説的な存在になりつつあると思う。
シャーロック・ホームズを主人公にした1965年の『Baker Street』のコーラスでブロードウェイにデビュー。TV番組「The Dean Martin Show」のアシスタント振付の後、2本の映画、1969年『Hello, Dolly!』と1971年『The Boy Friend』に出演。ブロードウェイに戻り1973年の『Seesaw』でトニー賞助演男優賞。1976年にオフの『The Club』で演出・振付を手がけ、1978年にはその演出・振付の才をブロードウェイの『The Best Little Whorehouse In Texas』でも発揮して両部門でトニー賞ノミネート(演出はピーター・マスターソンと共同)。同じく演出・振付を手がけた1980年の『A Day In Hollywood/A Night In Ukraina』でトニー賞振付賞(共同振付トミー・ウォルシュ)を、1982年の『Nine』では演出賞を受賞。続く1983年の『My One And Only』では久々に出演もして主演男優と振付(トミー・ウォルシュと共同)でダブル受賞。計9個のトニー賞を獲得したトミー・テューンだが、4つの異なる部門での受賞、同じ2つの部門での2年連続受賞という記録を持つのは史上彼1人。
こういう人物が『My One And Only』以来約10年振りにブロードウェイの舞台に立つ(1985年『My One And Only』の来日公演を含むツアー、昨年のジーン・サックス Gene Saks演出による『Bye Bye Birdie』のアメリカ国内ツアー等には出演)のだから、ひと目観たいと思うのが人情。それも、『Grand Hotel: The Musical』『The Will Rogers Follies』を観て感激した人間なら当然。
初めに断っておくと、これだけの期待を持ちながら、一方で、トミー・テューンに関してマイナスの情報も得ていた。例えば、次の2つ。

(トニー賞の)ミュージカル主演男優賞を「マイ・ワン・アンド・オンリー」でトミー・チューンが得たのは、近年の彼の人気と、日頃の実力から言ってこれも致し方のないことであるのかもしれないが、対抗馬が弱すぎたこともあった。(大平和登「ブロードウェイ2」)

舞踏家としての技量の上からは、トミー・チューンは一流のダンサーとは呼べないかもしれない。(大平和登「ニューヨークのパフォーミング・アーツ」)

6フィート6インチというからほぼ2メートル。その長身を、上はトップ・ハットから下はタップ・シューズまで全て白で包んで登場したトミー・テューンの姿は実に華やか。が、やはり、演者としてのトミー・テューンには、その外見から感じるほどの華がない。殊に、ワンマンショウということで言えば、観たことのある例でシャーリー・マクレーンやグレゴリー・ハインズと比べると一目瞭然。何か、自分が宇宙の中心だ、というような強烈なアピールが足りないのだ。それは技術的なこととも関係があって、例えばアクロバティックな振りや力感溢れる振りをやろうにもできないということなのかもしれない。もちろん推測に過ぎないが。
しかし、先に引用した「ニューヨークのパフォーミング・アーツ」の記述の中で、続けて大平氏は、こう賞賛している。

演出家として、振付家としての彼は非凡なる才能の持ち主であり、彼の舞台に密着した演出感覚は、さりげない着想や振付や役者の動きを生みだし、そして何よりもミュージカルに不可欠な舞台を貫く流動感を失わない。

そうしたテューンの持ち味はここでも発揮されていて、小粋という言葉が相応しい洒落た振付が観られた。
舞台上にオーケストラがいるので必然的に奥行きが狭くなっている(おそらく100%計算して狭くしているのだが)スペースをうまく使って、1人で、あるいは男性ダンサー2人を従えて、基本的に横の動きだけで観せるダンスは、ゆったりしていてユーモラス。ステッキ等を使っての3人でのダンスは『The Will Rogers Follies』のウィルとカウボーイ達によるナンバー「Give A Man Enough Rope」を連想させるもので、この辺がダンスとしてはハイライト。
一方、後半に「Shanghai Lil」というナンバーを中心にドラマティックに盛り上げる演出があるが、テューンのキャラクターとは異質なのか、今ひとつうまくいっていない印象を受けた。
ショウ全体の構成は、タップを中心にしたダンス、歌、そして合間にトーク、というワンマンショウの定石に則ったもの。
歌については特筆すべきことはないが、面白かったのがトーク。このショウでは、途中、テューンが舞台端に腰掛けて観客からの質問を受けるコーナーがあったのだが、その受け答えぶりが実に真面目。年齢を聞かれて冗談も交えずに即「53」と答えた時には、実直という言葉さえ浮かんだ。愛嬌を見せたのは、『My One And Only』のツアーで西海岸へ行った時にフレッド・アステアが観に来て緊張したという話をした時。アステアの歩き方をソックリに真似してみせて大いにウケた。
もうひとつ、テューンの芸とは直接関係ないが、『Where’s Charley?』(1948)というミュージカルのナンバー(調べて「Once In Love With Amy」とわかった)を観客(ほぼ)全員が合唱したのを見て、ミュージカルからヒット曲が生まれる国なのだなあ、と感慨深かった。

演出家・振付家トミー・テューンの今後の仕事は依然興味深い。特に、『My One And Only』と同じくガーシュウィン・ミュージカルの改定版である『Crazy For You』でスーザン・ストロマンが振付家として大きな成功を収めた後だけに、次のテューンの振付がどんなものになるのか楽しみだ(前者が『Funny Face』、後者が『Girl Crazy』のリメイク)。とりあえずはこの春の、宝塚歌劇『Broadway Boys』か。>

最後に書いてある宝塚歌劇の『Broadway Boys』、そして『Grand Hotel: The Musical』は、涼風真世のサヨナラ公演だったにもかかわらず運良く宝塚大劇場で観ることができた。これは大成功だったが、この後、トミー・テューンは失速する。
演出・振付(いずれも共同)の次作『The Best Little Whorehouse Goes Public』(1994年)が短命に終わり、1995年のブロードウェイ入りがアナウンスされた出演作『Busker Alley』は、脚本の手直しやテューン自身のケガ等が重なって結局ニューヨークにはやって来なかった。
こうして振り返ってみると、やはりスーザン・ストロマンの登場を機に潮目が変わっていたのだなあ、と改めて思わずにいられない。
トミー・テューンは、シティ・センターの「アンコールズ!」の舞台に立って久々にニューヨークの観客とまみえた2015年に、10個目のトニー賞となる特別功労賞(Lifetime Achievement Award)を受賞している。

なお、上記の当時の感想内に書いてあるテューンの経歴には抜けもあるのであしからず。
蛇足だが、『Tommy Tune Tonite!』のプレイビルには1月5日から2月28日まで有効の『The Will Rogers Follies』の半額割引券が挟み込まれていた。

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