The Chronicle of Broadway and me #084(1994/Dec./1995/Jan.)

199412~19951月@ニューヨーク(その1)

13度目のブロードウェイ(39歳)。
こちらで書いたように、ホリデイ・シーズン限定の『A Christmas Carol』を観るために飛んでいる。この頃から渡米が頻繁になってきているが、観劇演目については、今の目で見るとブロードウェイの再見が多く、もったいない。もっとも、ブロードウェイ自体も好調とはいえない時期だったようで、書き残してある当時の状況を再掲する。

<9月に『Show Boat』のプレヴューを観に来てから3か月。その間ブロードウェイで始まったミュージカルは、ロンドンからやって来た『Sunset Boulevard』のみ。一方で、昨シーズン幕を開けた舞台が次々クローズ。トニー賞受賞ミュージカル2本、作品賞『Passion』とリヴァイヴァル作品賞『Carousel』が1月上旬で終了。『Damn Yankees』は2月28日から再開の予定で元旦から2か月間クローズしている(再開の売りはジェリー・ルイスの出演)。1992年の大ヒット『Guys And Dolls』も1月8日でついに幕を下ろした。クリスマス・シーズンの限定公演がけっこうあるのでにぎやかに見えるが、実は隙間風が吹いていた。>

12月31日20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St.
1月1日13:00 The Flying Karamazov Brothers Do The Impossible!@Helen Hayes Theatre 240 W. 44th St.
1月1日16:30 A Christmas Carol@Paramount Theatre/Madison Square Garden
1月2日20:00 Tommy@St. James Theatre 246 W. 44th St.
1月3日20:00 Sunset Boulevard@Minskoff Theatre 200 W. 45th St.
1月4日14:00 Guys And Dolls@Martin Beck Theatre 302 W. 45th St.
1月4日20:00 Show Boat@Gershwin Theatre 222 W. 51st St.
1月5日20:00 A Doll’s Life@York Theatre/St.Peter’s Church 619 Lexington Ave.
1月6日14:30 Christmas Spectacular@Radio City Music Hall/Rockfeller Center
1月6日20:00 Stomp@Orpheum Theatre 126 2nd Ave.

以上の内、ミュージカルではない2演目について簡単に。

The Flying Karamazov Brothers Do The Impossible!は、上記の「クリスマス・シーズンの限定公演」の内の1つ。フライング・カラマーゾフ兄弟はジャグラーの4人組で、プレイビルでは「フライングK’s」と略称されていた。結成は1973年。その世界では有名な存在らしい。以下、当時の感想から。
<最大の見せ場は4人入り交じっての驚異的なジャグリングだが、その他にもアイディアがいっぱい。ジャグリングしながら、そのピンでマリンバを演奏する。同様に、ジャグリングしながらピンで、背負ったシンセドラムを演奏する。腕や足を中心に体の各所にシンセサイザーのキイを仕込み、ジャグリングしたボールをキイに当てて演奏する。……という音楽系がかなり秀逸。
ジャグリングする物では、刃物がスリリングなのはもちろんだが、ザ・ギャンブルと言うコーナーで客の持ち寄った物の中からジャグリングする物3つを選ぶのも、おかしいだけでなく緊張する。観た日に選んだのは、中にゼリー状の物が入ったゴム風船、突起のたくさん出た木の玩具、むき出しの棒状バター。見事規定の10回ジャグリングを一発でクリアした。その他、手品的芸、扇子を使った踊りや英語俳句等もやるが、この辺はジョーク。それより、1人ずつでも見事な芸を見せる各メンバーのキャラクターにそれぞれ味があるのが何より楽しい。
長年組んでやっているという5人組のバンド、カミカゼ・グラウンド・クルーも、スネア・ドラムス+チューバのリズム隊に、スライド・トランペット、バリトン・サックス、アルト・サックスという編成で客席からマーチングで登場、ユニークなサウンドを聴かせた。>

『Stomp』は、今も続く人気パフォーマンス。前年(1994年)2月にイギリスから渡って来て話題になっていた。同じく、当時の感想。
<モップだのバケツだの、そこらにある、楽器以外の“パーカッション用具”を駆使し て繰り広げるリズムの洪水ショウで、7人登場するメンバーも癖のある個性が演出されていて楽しい。が、長引くと、やや単調な印象も受ける。
最後に観客を巻き込んで手拍子の演奏になるが、複雑でついていけなかった。>

 

 

The Chronicle of Broadway and me #083

19949月@ニューヨーク(その3)

残る3本については、変化したところについて簡単に。

Kiss Of The Spider Woman』(9月19日20:00@Broadhurst Theatre)は、映画女優オーロラ=蜘蛛女がヴァネッサ・ウィリアムズに、モリーナ役が3代目ハワード・マッギリンに、ヴァレンティンが2代目ブライアン・ストーク・ミッチェル(当時ブライアン・ミッチェル)に変わっている。
ウィリアムズはこれがブロードウェイ・デビュー。シアターウィーク誌6月27日号のインタヴューで本人が「チタ(・リヴェラ)は特別ね。でも私なりにベストを尽くしてやり遂げるつもり。今はまだ彼女みたいに頭の上まで足を蹴り上げられないけど、リハーサルが終わるまでには多分ね(できるようになってるわ)」と語っていた、と当時の感想にある。

Crazy For You』(9月20日20:00@Shubert Theatre)は、ボビーが代役で、クリストファー・ウェルズだった。<ハリー・グローナーに比べると数段劣る>と当時書いている。あと、ポリーの父役をプロデューサーのロジャー・ホーショウが演じていた。役得ってやつか。

Blue Man Group “TUBES”』(9月23日19:30@Astor Place Theatre)は、<(初見の)1992年の7月当時すでに一部の好事家の間でカルト的話題を呼んでいたが、その後、大ヒット&チケット入手困難状態を続け、今や観たいけど観られないニューヨーク名物の1つになってい>たようだ。

あと、この時、「Brilliantly and Fully Restored for Its 30th Anniversary」という謳い文句でロードショウ公開されていた70ミリ映画版『My Fair Lady』(1964年)をガラガラに空いたジーグフェルド劇場で観ている。以下、その感想。
<双葉十三郎「ぼくの採点表」で☆☆☆☆の評価を受けているこの映画、初めてきちんと観たが、ミュージカル映画としては決して満足できるものではなかった。と言うのも、歌や踊りの場面でのカットの数が多く、それも大半は無用に思えるアングルの切り替えだったりして、せっかくのショウ場面のダイナミズムが台無しになっているのだ。アステアの映画を観て勉強してほしいって感じ。映画のミュージカルならではのアイディアもあまりなく、がっかりした。
ところで、この映画のヘプバーンの歌声が吹き替えられているのは有名だが、ヴァースの部分はヘプバーンの声という曲もある、というのがわかるぐらいに、はっきり吹き替えがわかる。その吹き替え前のヘプバーンの歌が聴かれるヴァージョンがロンドンで公開されるというニュースを見た。ちょっと観てみたい。>
「ヘプバーンの歌が聴かれるヴァージョン」は未だに観ていない。どこかで観られるのか?

The Chronicle of Broadway and me #082

19949月@ニューヨーク(その2)

Jelly Roll!』(9月21日14:00@47th Street Theatre)は、グレゴリー・ハインズが演じて話題を呼んだ『Jelly’s Last Jam』の主人公でもあったジャズ・ピアニスト、ジェリー・ロール・モートンを、ピアノ1台をバックに1人で演じるオフ・ブロードウェイ・ミュージカル。「これが面白かった」と当時の感想に書いている。以下、続き。

<自ら台本も書いて演じるヴァーネル・バグネリスは、モートン同様ニューオーリンズの出身。映画『Down By Law』『Pennies From Heaven』に出演している他、興味深い経歴がある。この人が、歌い、語り、踊る。
語り口調は円生の落語を思わせる。話のうまい大道芸人が街角で身振りを交えながら、「昔、ジャズなんてぇものが生まれるか生まれないかの時期のことでございます。ジェリー・ロール・モートンてぇ男がおりまして……」とやっているのを観ている感じだ(言葉はどうやらニューオーリンズ訛りのようだが)。歌もその延長で、メロディはきちんと付けるが、トーキング・ブルースの印象。踊りは、ダンスと言うよりキャブ・キャロウェイのアクションに近い。その様が、ユーモラスで、セクシャルで、どことなく優雅。そうした抑制の利いた演じ方が逆に、面白うてやがて哀しきモートンの人生を、くっきりと浮き彫りにする。
バグネリスと絶妙のコンビネーションを見せるピアニストのモーテン・ガナー・ラーセンはノルウェイ人。プログラムによれば、世界でも屈指のラグタイム・ピアニストとして知られているとのこと。その演奏は、古き佳き感じを出しながらもノスタルジックな世界に留まらず、生なエネルギーを発散する。何回かあるピアノ・ソロ曲では長い演奏を、時に高度なテクニックを交えつつスリリングに聴かせ、飽きさせない。>

相当わかった感じで書いているが、語りについては、おそらくソコソコの理解に過ぎないだろう……と、実態は忘れたが自分で想像する。が、こういうスタイルのショウがあることに感銘を受けたのは間違いない。日本で言えば、三波春夫が長編歌謡浪曲(『俵星玄蕃』とか)を三味線だけをバックに歌い演じるようなもの。そんな風に考えると、日本でもいろんな可能性が広がるのだが。

The Chronicle of Broadway and me #081(1994/Sep.)

19949月@ニューヨーク(その1)

12度目のブロードウェイ(38歳)。
「遅めの夏休みをとって」と当時の記録に書いてある。と同時に「端境期」とも書いてある。そうだろう、観た5本の内、3本が既に観た作品。それでも飛んだのは、『Show Boat』が観たかったから。

9月19日 20:00 Kiss Of The Spider Woman@Broadhurst Theatre 235 W. 44th St.
9月20日 20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St.
9月21日 14:00 Jelly Roll!@47th Street Theatre 304 W. 47th St.
9月22日 20:00 Show Boat@Gershwin Theatre 222 W. 51st St.
9月23日 19:30 Blue Man Group “TUBES”@Astor Place Theatre 434 Lafayette St.

Show Boat』(9月22日20:00@Gershwin Theatre)は、トロントでの1992年10月17日からのトライアウト公演を成功させて前評判が高かった。なぜトロントかと言うと、『Kiss Of The Spider Woman』と同じカナダのライヴェントの製作だから。以下、当時の感想。

<話題作のプレヴューの初日ってのはいったいどういうもんだろう。ちょっとワクワクしながら『Show Boat』の劇場を訪れたのだが、プレヴューはプレヴュー、特別なことは何もなかった。ブロードウェイの劇場としては大きめのガーシュウィンだけに、席も2階の後ろの方は空いていた。
が、内容は素晴らしい。素材としての作品(楽曲・脚本)がよく、役者がよく、演出もいい。豪華でもあり、$75は決して高くない。
『Show Boat』の初演は1927年12月27日開幕。67年前。作曲ジョローム・カーン、作詞・脚本オスカー・ハマースタイン二世。ハマースタインがリチャード・ロジャーズと組んだ第1作『Oklahoma!』オープンの16年も前。製作は名高きフローレンツ・ジーグフェルド。まだフレッド・アステアがブロードウェイで現役だった時代のことだ。
にもかかわらず、このミュージカル、ちっとも古びていない。リヴァイヴァル上演中のロジャーズ&ハマースタイン第2作『Carousel』が、素晴らしい舞台を作り上げながらも佳き古典の枠を抜け出せなかったことを考えると、このリヴァイヴァル版『Show Boat』の現代にも生きる普遍的な魅力は驚異的と言っていい。

物語は1887年に始まる。
ミシシッピ河畔、ナッチェズの町に移動劇場であるショウ・ボート、コットン・ブロッサム号がやって来る。乗っているのは、座長であるアンディ船長、その妻パーシィ、年頃の娘マグノリア、マグノリアが姉のように慕う花形女優ジュリー、その夫スティーヴ、フランクとエリーのダンサー夫妻、それに水夫、下働きの黒人たち。公演を前に事件が起こる。ジュリーに横恋慕していた男が、ジュリーが白人と黒人の混血であることを密告。白人である夫との結婚を認めない州法に違反するとして、ジュリーとスティーヴは逮捕される。その穴埋めに役者としてスカウトされたのが賭博師ゲイロード。ジュリーとスティーヴの代わりに舞台に立ったマグノリアとゲイロードは客に受け、事なきを得る。公演を続ける内、マグノリアとゲイロードは真剣に愛し合うようになり、母に反対されながらも結婚する(第1幕終わり)。
2年後。マグノリアとゲイロードは新しい生活を求めてシカゴに行く。そして10年後。経済的にままならずゲイロードが稼ぎの旅に出て、後に残されたマグノリアは、フランク&エリー夫妻に再会、彼らの紹介でナイトクラブのオーディションを受ける。そのナイトクラブのスターは人生に疲れたジュリー。マグノリアの姿を見たジュリーは、声を掛けたい気持ちを抑え、マグノリアに職を与えるためにそっとナイトクラブを去る。その年の大晦日、妻と共にシカゴを訪れたアンディ船長は、偶然立ち寄ったナイトクラブでステージに立つマグノリアを観る。ステージで怯むマグノリアを、アンディは、往年の座長として、父として、励まし、再会を喜ぶ。さらに時は流れ、1927年(初演時の現在)のナッチェズ。ショウ・ボートのスターはシカゴで名を売ったマグノリア。娘のキムも美しく成長している。そこに戻ってきたゲイロード。離れても愛し続けていたマグノリアは、彼を優しく受け入れる(幕)。

一歩間違えば“お涙頂戴”になりかねないドラマに深みを与えているのは、登場人物たちの、熱気と、どこかさばさばとした人生観だ。
素晴らしいのは、アンディ船長のキャラクター。重さ(熱情)と軽さ(笑い)のバランスが絶妙。演じるジョン・マクマーティンは、愛すべき『Sweet Charity』のオリジナル・キャストでチャリティと婚約する青年を演じた人(映画版も)。間違いなく、彼の懐の深い演技がこの舞台を支えている。トニー賞主演男優賞ノミネート確実。
そのマクマーティンと並んで特筆すべきなのが、ダンサー夫妻の夫フランク役、ジョエル・ブラム。1991年7月、オフ・ブロードウェイのウエストサイド劇場でヒット中だった『And The World Goes ‘Round』で、今『Crazy For Youに出ているカレン・ジエンバと共に、あきれ返るほどエネルギッシュで見事なダンスを見せてくれた人だ。ここでも、ダンサーとして、さらにはコメディリリーフとして、その時と同様スーザン・ストロマンの振付の下で献身的な動きを見せる。それも、ヴォードヴィルの臭いをプンプンさせて、時にスラップスティックなまでに。いやあ興奮しました。助演男優賞決定!!
ジョエルの相方のドロシー・スタンリーも動き良く、愛嬌があり(ちょっと歳がいってて達者な動きで愛嬌があるというタイプに弱いです)、好演。この人、調べたら、『Jerome Robbins’ Broadway』でフェイス・プリンスがやってた役を引き継いでいて、『Kiss Of The Spider Woman』ではチタ・リヴェラの代役で控えていたという実力派。むべなるかな。
アンディ船長の妻パーシィ役のイレイン・ストリッチは、見せ場は少ないながらも、微妙な役どころを貫祿でこなしている。彼女の強烈な存在感は、オリジナル・キャスト・アルバム録音風景を収録したCompanyFollies On Concert等のヴィデオで観ることができる。
マグノリア役のレベッカ・ルーカー、ゲイロード役のマーク・ジャコビーは、ドラマの中心となる2人を過不足なく演じて快い。
ジュリーは裏の主役とでも言うべきキャラクターで、ショウストッパーになる可能性を秘めているが、演じたロネット・マッキーはそこまでは到らない。歌もうまく熱演ながら今一つ凄味が足りない気がした。もっとも、観客の多くはこの役の重要性をよく知っていて(と言うのも1951年の3度目の映画化ではエヴァ・ガードナーが演じ、実質的な主役扱い)、彼女の歌には盛んな拍手が送られたが。
ジュリーが裏の主役なら影の主役はジョー。演じるマイケル・ベルが素晴らしいバスで聴かせる「Ol’ Man River」は、過酷な生活を強いられる黒人たちの哀感を歌い上げるだけでなく、進行していく劇の背後で何度も歌われることにより、時の流れに翻弄される人生の無常感のようなものを醸し出す。
ベルと並んで、下働きの黒人女性クィーニー役のグレサ・ボストンも歌が素晴らしい。
ハロルド・プリンスの演出は、前述したように重厚な「Ol’ Man River」を底流にして人々の人生の悲哀を感動的に描きながら、一方でアンディ船長やフランク&エリー夫妻等のキャラクターの陽気さを生かして笑いを忘れない。名作にはいつも笑いがある。笑いのない舞台は硬直して小さく見える。プリンスは、大掛かりなセットや大人数の出演者も実に手際良くさばいてみせ、豪華でありながら軽快な感じのする舞台に仕上げている。セットの入れ替わりを垂れ幕で仕切る(その垂れ幕を上げ下ろしするのは舞台上の人物)という方法の選択も、何気ないようでかなり大胆な決断だ。
さて、スーザン・ストロマンの振付。ミュージカルとしては『Crazy For You』後の初仕事。大いに期待したが、かなり満足すべき内容。ジョエル・ブラムの軽さを生かしきったことは先に触れた。印象に残ったのは他に2場面。
第2幕第9景、シカゴのホテルの前。時代が1900年から1921年まで移り変わっていく。その様子を街往く人々のダンスのスタイルの変遷で見せるシーン。もう1つはフィナーレ前、マグノリアとゲイロードの娘キム(タミー・アマーソン)が取り巻きの青年たちと「Kim’s Charleston」を踊るかなり長いダンス・シーン。前者は振付にストロマンを得たればこそのアイディアだろうし、後者は明らかにスター振付家ストロマンのための見せ場で、まずは快調。暮れのパラマウント劇場での『Christmas Carol』が楽しみ。>

『Christmas Carol』は、マディソン・スクエア・ガーデン内のパラマウント劇場でホリデイ・シーズンに期間限定上演された、スーザン・ストロマン(振付)とマイク・オクレント(演出)の『Crazy For You』コンビによる新作。これを観るために暮れにも飛ぶことになる。

冒頭で、上演中だった『Carousel』と比較して、このリヴァイヴァル『Show Boat』の古びなさを誉めているが、2017年版の素晴らしい『Carousel』を観て、同作に対する評価も変わった。当たり前だが、演出や役者で作品は変わる。

役者のトニー賞予想の結果については、後日のお楽しみということで。

The Chronicle of Broadway and me #080

19945月@ニューヨーク(その11)

例によって、トニー賞を参考に1993/1994年シーズンを振り返るが、その前に『Crazy For You(5月9日20:00@Shubert Thatre)について簡単に。ポリー役2代目のカレン・ジエンバが登場。そのことによる変化について、当時の感想から。

<彼女は、この『Crazy For Youの振付家スーザン・ストロマンの出世作となったオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『And The World Goes ‘Round』でドラマ・デスク賞を受賞している。その後、やはりストロマンが振付した1992年6月のカーネギー・ホールでのソンドハイム楽曲のコンサートに出演し、『Crazy For Youのツアー・カンパニーでポリー役を務めていることからして、ストロマンお気に入りのダンサーなのだと思われる。
そういうこともあってだろう、ジエンバの出演箇所の演出や振付がかなり変えられていた。オリジナル・キャストのジョディ・ベンソンも踊れないという訳ではなかったが、ジエンバのダンスの能力はボビー役のハリー・グローナーに匹敵すると思われる。そのジエンバのダンスをより生かす方向での改変だろう。>

さてトニー賞だが、当時、受賞結果と自分の評価の比較をしているので載せておく。左が受賞者/右が自分なりの評価。『Passion』に否定的で『She Loves Me』に好意的な姿勢が強すぎる(笑)。なお、助演男優賞、照明デザイン賞に個人的に挙げたバーク・モーゼズ、レイニアー・トゥィービークは、そもそも候補になっていない。

●作品賞 『Passion』/該当作なし
●リヴァイヴァル作品賞 『Carousel』『She Loves Me』
●主演男優賞 ボイド・ゲインズ『She Loves Me』/同
●主演女優賞 ドナ・マーフィ『Passion』/ジュディ・キューン『She Loves Me』
●助演男優賞 ジャロッド・エミック『Damn Yankees』/バーク・モーゼズ『Beauty And The Beast』
●助演女優賞 オードラ・アン・マクドナルド『Carousel』/同
●演出賞 ニコラス・ハイトナー『Carousel』/スコット・エリス Scott Ellis『She Loves Me』
●脚本賞 ジェイムズ・ラパイン『Passion』/該当作なし
●楽曲賞 スティーヴン・ソンドハイム『Passion』/該当作なし
●振付賞 ケネス・マクミラン『Carousel』/同
●装置デザイン賞 ボブ・クロウリィ『Carousel』/同
●衣装デザイン賞 アン・フード=ワード『Beauty And The Beast』/同
●照明デザイン賞 リック・フィッシャー『An Inspector Calls』(プレイ)/レイニアー・トウィービーク『Cyrano: The Musical』

ミュージカル作品賞の候補は、受賞作『Passion』以外は、『A Grand Night for Singing』『Beauty And The Beast』『Cyrano: The Musical』の3作。『A Grand Night for Singing』は10月13日プレヴュー開始、11月17日正式オープン、1月1日クローズ。タッチの差で観られなかった短命作品。ロジャーズ&ハマースタイン作品を歌い継ぐレヴューだったはず。『Cyrano: The Musical』は観ることはできたが、こちらも短命。早い話、このシーズンは、新作に関しては『Passion』『Beauty And The Beast』の一騎打ちだった。しかも、ニューヨーク演劇界の空気は圧倒的にアンチ・ディズニー。他に選択肢がない、という状況下での『Passion』の受賞ではあった。

上記『A Grand Night for Singing』の他に、このシーズンに登場して観られなかったミュージカルは次の3本(開幕順)。タイトルの後のカッコ内はプレヴュー開始日~クローズ日。

『Camelot』(6/17/1993~8/7/1993)
『Joseph And The Amazing Technicolor Dreamcoat』(10/26/1993~5/29/1994)
『The Red Shoes』(11/2/1993~12/19/1993)

この内、『Joseph And The Amazing Technicolor Dreamcoat』は観ようと思えば観られたが、前年秋にロンドンで観ていたので敬遠した。

ちなみに、やはり短命に終わった『My Fair Lady』について、クローズにまつわる噂話を当時書き留めているので載せておく。あくまで噂だが、ありそうな話ではある。

<今回の『My Fair Lady』のクローズは、看板だった主演リチャード・チェンバレンの降板、ピカリング役のパクストン・ホワイトヘッドの臨時主演による中継ぎ、新主演マイケル・モリアーティの登用、と、誰の目にも明らかなトラブルの末の事だったのだが、このチェンバレンの降板の裏に、実はプロデューサーとの確執があったと言われている。そして、その原因は、プロデューサーのあまりの採算第一主義にチェンバレンが怒ったからだとも。その報復に、プロデューサーは、トニー賞ノミネーションからチェンバレンを外すように働きかけたという噂もある。>

[考察002]デイヴィッド・ヤズベクの音楽

『The Band’s Visit』オリジナル・キャスト盤のグラミー賞ベスト・ミュージカル・シアター・アルバム受賞を祝して、無料配信音楽誌「ERIS」20号掲載の記事(連載「ブロードウェイまで12時間と45分~NYミュージカル・シーンの音楽的動向~第13回/楽曲作者デイヴィッド・ヤズベクの新作が登場」)を転載します。2017年7月に書いたもの。このブログで既発表の[Tony2018] The Band’s Visitは、この記事の中間部分を、ブロードウェイ版『The Band’s Visit』観劇後に手直ししたもの。そこは内容がダブるが、ご容赦を。

<現地時間6月11日に発表された今年のトニー賞は、予想通り、新作『Dear Evan Hansen』とリヴァイヴァル『Hello, Dolly!』とが多くの賞を獲得して終了。ブロードウェイも新たなシーズンが始まった。

2017/2018年シーズンのブロードウェイに最初に登場するミュージカルは、8月3日にプレヴューを開始する『Prince Of Broadway』。プロデューサー、演出家として活躍してきたハロルド・プリンスの足跡を辿る名場面集的内容で、2015年の10月から12月にかけて、東京のシアターオーブと大阪の梅田芸術劇場メインホールでワールド・プレミア公演が行われ、宝塚歌劇団星組トップだった柚希礼音の退団後初出演作として話題になった。
東京公演を観たが、演出に、御大ハロルド・プリンスと並んでスーザン・ストロマンの名前があり、音楽監修がジェイソン・ロバート・ブラウンと来れば、これは“本気”モード。役者もブロードウェイの主演クラスが並び、しっかりと作られていた。ただ、同趣向の『Jerome Robbins’ Broadway』(1989年)や、『Fosse』(1999年)が、振付家から演出家へと進んだジェローム・ロビンズやボブ・フォッシーの“演出・振付の再現”という一貫性を備えていたのに比べると、ハロルド・プリンスはプロデューサーとして出発した後に演出家になっただけに、再現される場面が必ずしもプリンスの演出とは限らず、振付に到っては全く他人の仕事だったりするわけで、その辺りに若干割り切れないものを感じたのも事実。
ともあれ、ほぼ同スタッフで、キャストはさらに強化されるブロードウェイ版。プレヴュー初日のチケットを押さえたので、楽しみに待ちたい。

次いで登場するのが、10月7日にプレヴュー開始予定の『The Band’s Visit』(原作映画邦題:迷子の警察音楽隊)。『Prince Of Broadway』が実質的にはリヴァイヴァルな内容なので、こちらが今シーズン最初の“新作”ということになる。
その楽曲作者(作曲・作詞)デイヴィッド・ヤズベク(David Yazbek)にとっては4本目のブロードウェイ・ミュージカルになるが、彼はソロ・アーティストとしてロック/ポップのフィールドでも活動し、5枚のアルバムを発表してきている多才なミュージシャン。ファースト・ソロ・アルバムにはXTCのアンディ・パートリッジが参加して日本でも話題になったりしている。
今回は、その『The Band’s Visit』及び楽曲作者ヤズベクの話題で一席うかがいたい。、

ヤズベクについて私が知っている二、三の事柄

まずは、デイヴィッド・ヤズベクを知っている範囲で紹介。ソースはもっぱらイカリ、じゃなかったウィキペディアです。

デイヴィッド・ヤズベク。1961年ニューヨーク生まれ。母はイタリア系ユダヤ人、父はレバノン系。この家系は『The Band’s Visit』に影響していると思われる……が、それは後ほど。
小学校でチェロを学び、10代でピアノに親しむ。大学では、オリジナル・ミュージカルを書いたり、学生グループによるミュージカル『Hair』の演出をしたりした。
卒業後、かのデイヴィッド・レターマンのトーク番組のライターになり、チームとしてエミー賞を獲得。その後、CMのジングルや子供向け番組の音楽を手掛けたが、中でも、高校時代の友人である、ロッカペラのメンバー、ショーン・アルトマンと組んで書いた“カーメン・サンディエーゴ”シリーズのテーマ曲は番組のヒットと共に広く知られることになる。
で、その“カーメン・サンディエーゴ”シリーズ絡みの楽曲を集めたコンピレーション・アルバム『Out Of This World』てのが1993年に出されるのだが、その中に、ヤズベクやアルトマンの楽曲に混じって「Cherry In Your Tree」という曲が入っている。これを演奏しているのがXTC、書いたのがメンバーのアンディ・パートリッジ、プロデュースがヤズベク。
これが縁でパートリッジがヤズベクのファースト・アルバムに参加することになったと思われる。同ファースト・アルバムにはショーン・アルトマンもコーラスで参加している。
ちなみに、前述の『Out Of This World』のくだりは、ファースト・ソロ・アルバムの日本盤ライナーには記述がない。XTCの楽曲にヤズベクが関わってパートリッジと知己を得たことはわかっていたようだが、おそらく、『Out Of This World』がXTC単独のアルバムでなかったため、これを特定する情報がなかったのだろう。代わりに、企画中だというXTCのトリビュート・アルバムについて触れていて、それを“指揮している”のがヤズベクだ、と書いてある。ライナーにある大物揃いの参加候補アーティストとは顔ぶれがかなり違うが、実際、1995年にヤズベクがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めた『Songs Of XTC: Testimonial Dinner』というコンピレーション・アルバムは世に出ている。けっこう面白い内容だが、話題になったんでしょうか?

で、だ。前述したように、デイヴィッド・ヤズベクは『The Band’s Visit』以前に3本のブロードウェイ・ミュージカルの楽曲を書いている。時系列で並べると、次の通り(日付はプレヴュー開始日~終演日)。

『The Full Monty』(フル・モンティ) 2000年9月25日~2002年9月1日(2000年11月4日観劇)
『Dirty Rotten Scoundrels』(ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ) 2005年1月31日~2006年9月3日(2005年2月4日観劇)
『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』(神経衰弱ぎりぎりの女たち) 2010年10月8日~2011年1月2日(2010年11月21日観劇)

※他に、2004年の『Bombay Dreams』にも追加の作詞で関わっているが、これは別扱いでいいだろう。

秋に幕を開ける『The Band’s Visit』を含め、いずれも映画の舞台ミュージカル化で、ここに書いた邦題は元になった映画に付けられたもの。ちなみに、『The Full Monty』『Dirty Rotten Scoundrels』は日本でも翻訳ミュージカルとして日本人俳優により上演されたが、その際、後者の邦題は『ペテン師とサギ師』と短縮されていた。

既発表ミュージカル3本の出来は?

では、過去作3本をサクッと解説しよう。

『The Full Monty』は3本の中では最も当たった作品。元になったのは1997年の同名イギリス映画で、舞台となる町をイギリス北部のシェフィールドからニューヨーク州バッファローに移し替えて、舞台ミュージカル化した。
製鉄会社の操業停止で失業した男たちが、女性客専門の男性ストリップが人気なのを目撃し、自分たちも同じ手でひと山当てようと考える。オーディションで6人のメンバーを揃えるが、それぞれ抱えている問題があって空中分解しそうになる。が、家族の励ましもあり、最後には全員で“フル・モンティ(真っ裸)”のステージに挑む。
名匠テレンス・マクナリーが脚本を書き、映画にはなかった業界通のヴェテラン女性リハーサル・ピアニスト(キャスリーン・フリーマン!)を加えたりしながらミュージカル寄りにうまく修正。マチズモ批判を隠し味に、市井の人々の笑って泣けるドラマに仕立てていた。
ヤズベクの楽曲は、〈基本にファンキーなR&Bテイストがあって、ビート感が強い。それが、ブルーカラーの街のぶっちゃけた気分を出しているし、舞台に今日的な印象を加えてもいる。そうした中に、シンガー・ソングライター的な感触のバラードが時折交じって、しんみりした心情を伝える。さらには、陽気なラテン・ナンバーも1曲用意されていて、華やかでユーモラスな彩りを添える。〉……と、これは当時サイトに書いた感想から。ヤズベクのことを、〈器用さを持つと同時にアメリカン・ミュージックの魅力の核もつかんでいるように見える〉とも書いている。続く2作の楽曲も、基本的には同じ印象。
ただ、『The Full Monty』には、年嵩の一見ショボいオヤジがオーディションにやって来て意外にもファンキーに踊りまくる「Big Black Man」と、最後の“フル・モンティ”に向けて盛り上がるストリップ・ショウのナンバー「Let It Go」(もちろんディズニーの“あれ”とは別曲)という強力な2曲があり、これが後続作品より興業的にうまくいった要因の1つだと思われる。

『Dirty Rotten Scoundrels』の元は1988年の同名アメリカ映画で、それ自体が1964年の映画『Bedtime Story』(邦題:寝室ものがたり)のリメイク。’64年版がマーロン・ブランドとデイヴィッド・ニーヴン、’88年版がスティーヴ・マーティンとマイケル・ケインの共演、と言うか競演(?)。リゾート地を舞台にした2人の詐欺師の丁々発止の駆け引きがあって、そこに若い女性詐欺師が絡むという、いわゆるコン・ゲームがその内容。ちなみに、’64年版の女性詐欺師役は、後にパートリッジ・ファミリーの“お母さん”になるシャーリー・ジョーンズだった。
舞台版の詐欺師は、ノーバート・レオ・バッツ、ジョン・リスゴー、それにシャーリー・レネ・スコットという顔ぶれ。バッツは2003年『Wicked』の主要オリジナル・キャストで、この作品でトニー賞主演男優賞を獲る。リスゴーは映画でも知られているが、’70年代から舞台で活躍してきたヴェテラン。スコットは2000年『Aida』の敵役アムネリスでスターになった人。実力派3人が、ドラマの中だけでなく役者としても火花を散らす、という構図だ。
本作と次作の脚本は、主にテレビ畑で仕事をしてきたらしいジェフリー・レイン。うまくまとめ上げているが、全体にこぢんまりした印象に留まっていた。
ここでのヤズベクの仕事ぶりは、設定に沿って『The Full Monty』よりヨーロッパ寄りに幅を広げた…と言うか、昔風のミュージカル・ナンバーが増えた感じ。歌の内容に合わせてカントリー調の楽曲もある。

『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』の元は1988年のスペイン映画で、スペイン語タイトルが「Mujeres al borde de un ataque de nervios」。複数の男女の恋愛狂騒曲といった内容で、筋が入り組んていて、そこが面白いはずなのだが、あまりうまくいっていない。
演出のバートレット・シェールは、リンカーン・センターで手掛けた『The Light In The Piazza』『South Pacific』で大掛かりな装置を丁寧に使って美しい舞台を作り上げた人だが、ここでは凝った装置(コンピュータ制御の大道具+プロジェクター類の映像)を導入したものの、煩雑な印象を強めて、結果マイナス。慌しいコメディには向いていないのかもしれない。もちろん、ジェフリー・レインの脚本にも責任はあるだろう。
役者は、前作のシェリー・レネ・スコットに加え、パティ・ルポン、ローラ・ベナンティと人気女優を揃え、男優陣もブライアン・ストークス・ミッチェル、ダニー・バースタインというトニー賞クラスの他、「アメリカン・アイドル」出身のジャスティン・グァリーニまで投入したが、当初予定されていた限定公演最終日を3週間繰り上げるという、事実上の空振りに終わっている。
この作品のヤズベクの楽曲には、舞台がスペインであることに合わせてフラメンコ色が加わったものや、若干だがダブ感覚が入ったものが含まれる。

以上3作の全てで、ヤズベクはトニー賞の楽曲賞候補になり、受賞は逃している。

作風が変化した『The Band’s Visit

で、最新作の登場となるわけだが、『迷子の警察音楽隊』という邦題にお聞き覚えはないだろうか。元はエラン・コリリン監督・脚本による2007年のイスラエル映画で、第20回東京国際映画祭に出品され、最優秀作品賞に当たる東京サクラグランプリなる賞を受賞している。
今回のミュージカル化舞台は昨年秋にオフのアトランティック・シアター・カンパニーのホーム、リンダ・グロス劇場で上演され、好評を得て複数の賞も獲得。1年の時を経てブロードウェイに登場することになった。
実のところ、この作品におけるヤズベクの楽曲は、過去3作とは少し印象が違う。という話を、昨年のオフ上演を観ての感想を交えて書いてみる。

物語の舞台は1996年のイスラエル。そこにエジプトの伝統ある警察音楽隊の8人が親善のためにやって来る。翌日、ペターティクヴァ(Petah Tikva)という町の文化センターで演奏することになっているのだが、空港に来ているはずの迎えがいない。うまく連絡もとれず、しかたなく自力で目的地へ向かうことにする。ところが、乗り込んだバスの着いた先は、発音のみ似て実態は非なるベターティクヴァ(Bet Hatikva)という砂漠の中の小さな町だった。戻りのバスはすでになく、また宿もなく、その日は、最初に訪ねた食堂の女主人の厚意で、3組に分かれて別々の家に泊めてもらうことになる。そんな経緯で始まる、一筋縄ではいかない関係にあるエジプトとイスラエルという国の、めったに巡り合うことのない“普通の人々”が共に過ごす一夜の物語。
原作の映画を観ていただくとわかるが、最大の事件は発端で音楽隊が違う場所に着いてしまうことだけで、後は淡々と進んでいく。日常言語が通じ合わないアラビア語とヘブライ語なので、共通言語の英語でたどたどしく話すことも、それに輪をかける。にもかかわらず、観ていて飽きることがない。ユーモラスで、苦味もあり、静かに感動する。
舞台版も、ほぼ同様の展開で、実に淡々としている。一般的なミュージカルのソング&ダンスというイメージからは遠いと言ってもいいかもしれない。音楽隊だけに、登場人物が楽器演奏をする場面もあるが、控えめだ。場面転換も、舞台が静かに回っていくスタイルで、派手さは全くない。
したがって、ヤズベクの楽曲も、これまでと違って抑え気味。むしろ“沁みる”系のナンバーが多い。そういう意味では、新たな気持ちで臨んだプロダクションだったのではないだろうか。そして、それが少なくともオフでは成功していた。
ちなみに、演出のデイヴィッド・クローマーはもっぱらストレート・プレイを手掛けてきた人。こうした舞台には、むしろ向いているのだろう。ただ、7月下旬現在での話だが、ブロードウェイ版『The Band’s Visit』公式サイトには「演出/デイヴィッド・クローマー」と書かれているが、プレイビル・オンラインの同作品ページには、主要のキャストやスタッフの名前が挙がっている中、なぜか演出家の名前が出ていない。何か揉めているのか。あるいは交代があるのか。小規模なプロダクションだっただけに、ブロードウェイの劇場での変更を考えているのか。少し心配。
話をヤズベクに戻すと、この作品でのヤズベクの起用が誰の発案なのか、あるいはヤズベク自身がこの素材の舞台ミュージカル化を望んだのか、気になる。なにしろ、先に書いたように、ヤズベクは、母方がユダヤ、父方がレバノンの家系。ご承知の通り、エジプトはイスラエルを挟んでレバノンの反対側にある国。しかも、なぜか3枚目のソロ・アルバムに「ダマスカス」(レバノンとの国境近くに位置するシリアの首都)というタイトルを付けていたりもする。音楽的にも政治的にも関心がないはずがない。この件に関するヤズベクのインタビューがどこかにないかと検索したが、今のところ見つけられていない。

良質のソロ・アルバム群

最後に、デイヴィッド・ヤズベクの5枚のソロ・アルバムを挙げておく。

『The Laughing Man』1995年(*注)
『Tock』1998年
『Damascus』2001年
『Tape Recorder:Collected Works』2005年(過去3作のベスト盤)未入手
『Evil Monkey Man』2007年
*注=ウィキペディアにもヤズベクの公式サイトにも1996年と書いてあるのだが、日本盤を見る限りは1995年なので、そちらを採った。

音楽的な特徴は手がけたミュージカルの楽曲と基本違わない。あえて、ひとことで言えば、洒落たアレンジのパワー・ポップ、ということになるのだろうが、ニュアンスが豊かで飽きない作風だ。ギターも弾くが、本来はキーボード奏者で、地声(たぶん)で歌うとベン・フォールズに似ていなくもない。もっとも、声も楽曲によって微妙に使い分けているから一概に言えないのだが。さらに言えば、コーラス・ワークも巧みで、バンド・メンバーによるコーラスに加えて、一人多重録音も駆使していたりする。
もちろん、共演メンバーや年月と共にサウンドが変化するところもあるが、それでも1枚目から3枚目まではかなり近い印象。それに比べると、5枚目では、やや大きく変化している。
実は、5枚目のCDジャケットの裏には、表や背のヤズベクの単独名義とは別に、「DAVID YAZBEK AND HIS WARMEST REGARDS」と書かれていて、ライヴなバンド色を強めている。メンバーはピアノ/オルガン/ヴォーカルのヤズベクの他に、ギター/ラップ・スティール/バック・ヴォーカル、アップライト・ベース/エレクトリック・ベース、ドラムス/パーカッション/バック・ヴォーカルの3人。ゲストでサックス奏者が入るが、あくまでバンドは4人。アレンジは過去作よりシンプルで、曲によってはほぼ弾き語りの場合もあるし、楽曲もスローが増えている。この辺りの感触が、『The Band’s Visit』の音楽につながっているのかもしれない。
ちなみに、ドラムスのディーン・シェアナウは、近作でヤズベクと並んでプロデューサーとしてクレジットされている他、『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』のキャスト盤でも共同プロデュースを務めている。…と思って調べてみたら、『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』までのミュージカル3作ではドラムス担当で舞台のオケピに入っていて、かつ『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』以降、音楽コーディネーターとして、ヤズベク作品以外のブロードウェイ・ミュージカルでも活躍しているようだ。また、初期作に参加してるギターのビリー・ストラウスは、例のコンピレーション『Out Of This World』と、『The Full Monty』『Dirty Rotten Scoundrels』のキャスト盤に共同プロデューサーとして名を連ねている。
アンディ・パートリッジやショーン・アルトマンの件と言い、こうしてみると、どうやら、ヤズベクはコラボレーションの達人のようだ。そうした才覚が、舞台世界で重用される理由の1つなのかもしれない。
いずれにしても、『The Band’s Visit』がブロードウェイで当たるのかどうか。興味は尽きない。

(追記)
ヤズベク3枚目のソロ・アルバムのタイトル「ダマスカス」が気になって、フェイスブックを通じてヤズベク本人に由来を質問してみた。
で、割とすぐに答えは返ってきたのだが、それが、たったのひと言、「Lawrence of Arabia」。え??? これだけ?
映画『アラビアのロレンス』の中ではダマスカスの戦いはロレンスの運命の転換点として描かれているはず。そう思って、「ターニング・ポイントという意味?」と問い直してみたが、こちらの答えは未だに届いていない。砂漠の風に舞っているのだろうか(笑)。>

★from ERIS No.20

あの地味な内容で約1年半のロングラン。『The Band’s Visit』は当たったと言っていいだろう。ちなみに、演出家の変更がなかったのはご承知の通り。

[My Favorites]『Nine』(film)

「映画版『Nine』をどう評価するか」というタイトルで書いた旧ウェブサイトの2010年の記事を再掲。

<ロブ・マーシャルによる映画版『Nine』。昨年、クリスマス公開だったニューヨークで観た。すでに日本でも公開済みなので、ご覧になった方も多いだろう。これを、どう評価するか。
個人的な結論を言えば、贅沢な失敗作、といったところだ。

ご承知の通り、この作品の大元はフェデリコ・フェリーニ監督映画『8 1/2』(1963年)で、ということは、やはりロブ・マーシャルの監督したミュージカル映画版『Chicago』同様、映画→ミュージカル舞台→ミュージカル映画、と変遷している。しかしながら、大きく違うのは、元の映画版『市俄古(公開当時の邦題)が元々ヴォードヴィル世界周辺を描いた、舞台に親和性の高い作品だったのに対し、『8 1/2』が映画についての映画的な性格を持った、舞台とは距離のある作品だ、というところだ(ちなみに、『Chicago』の場合は最初の映画の前にストレート・プレイの舞台があったし、途中に、『Roxie Hart』というジンジャー・ロジャーズ主演の、ダンス含みの第2弾映画化作品もある)。
そんなメタ映画とも言うべき映画『8 1/2』を思い切って舞台ミュージカルに生まれ変わらせたところに、舞台作品『Nine』の独創があった。それを再度スクリーンに移すことの意味は、もちろん商売としては“あり”だろうが、はたして面白いことなのだろうか。
観る前に思った疑問がそれで、残念ながら、その危惧は当たっていた。具体的に言うと、映画の中で、現実を描く部分とショウ場面とが乖離してしまっているのだ。
その直接的な原因は、映画版『Chicago』の時には功を奏した「映画内現実部分」と「映画内“超”現実部分(ショウ場面)」との分離の意味づけが、うまくいかなかったことにある。

『Chicago』の場合、舞台ミュージカル版は初めから作品世界全体をヴォードヴィル・ショウとして描いている。人々は一夜の余興だけを求めている、それが世界だ、という認識の表現。全てをヴォードヴィル・ショウとして描くことに必然があった。
それを映画化するにあたり、ロブ・マーシャルは、写実的な描写の現実部分と、ショウ場面として描く“超”現実部分とに分け、後者をロキシー・ハートの妄想という設定にした。ヴォードヴィルのスターになりたかったロキシーが、目の前で起こっている現実から逃避したいがゆえに妄想してしまう現実のショウ場面化。ヴォードヴィルへの憧れと現実逃避、その 2つが重なり合って、ロキシーの頭の中では現実が誇張された形のヴォードヴィル・ショウになる、という構造(だから、ロキシーが目撃出来ない、つまり、妄想のショウ場面になりえない「Class」のシーンは最終的に削られたのだと思われる)。その、現実と“超”現実とが交互に描かれている内に、しだいに境目がわからなくなり、写実的に描かれる現実もロキシーの妄想の“超”現実と違わないんじゃないか、いや、現実は“超”現実以上にヴォードヴィル・ショウのようなものなんじゃないか、という風に見えてくる。つまり、舞台版の世界観に近づいてくる。説明すると野暮ですが、「映画内現実部分」と「映画内“超”現実部分(ショウ場面)」とを描き分けたことが、そんな風に結実していく。そこが映画版『Chicago』成功の重要な理由の 1つだろう。

では、『Nine』の場合はどうか。
入れ替わり立ち替わり女優が登場してショウ場面を展開していく舞台版『Nine』の印象は、『Chicago』舞台版に似てヴォードヴィル・ショウ的。しかしながら、『Chicago』が、その世界観をスタイルに反映させているほどには、ヴォードヴィル・ショウ的であることに意味はない。むしろ、「イタリア的な楽曲のミュージカルを書きたいという楽曲作者の欲求」と「女性に取り囲まれて混乱するグイドというイタリアの映画監督という設定」とを結びつけて舞台ミュージカルとして成立させようとし、(おそらくは『Company』あたりの成功を参考にしながら)ギリギリのところで、この形式でまとめ上げた、という風に見える。
ともあれ、映画化にあたり、今回もロブ・マーシャルは、「映画内現実部分」と「映画内“超”現実部分(ショウ場面)」との分離という『Chicago』同様の手法を採った。そして、「映画内“超”現実部分(ショウ場面)」が主人公(映画監督グイド)の妄想、というところも『Chicago』と同じ。目の前で起こっている現実から逃避したいがゆえに、グイドが頭の中で展開してしまう現実のショウ場面化、というわけだ。
しかしながら、実は、映画『Nine』においてグイドの妄想が“ショウ場面化”する必然性はない。なぜなら、グイドはロキシーのようにはヴォードヴィルに憧れてはいないから。さらに、『Nine』は、現実がヴォードヴィル・ショウのようなものだ、という世界観で描かれた作品でもない。したがって、「映画内現実部分」と「映画内“超”現実部分(ショウ場面)」とは平行線のまま、どこまで行っても交わることはなく、現実と妄想とが混濁して世界の見え方が変わるというような結実には到らない。ただただグイドの混乱を描き出すのみだ。
結果、映画『Nine』のショウ場面には“とってつけた感”が漂う。早い話、わざわざミュージカルにしなくてもよかったんじゃないか、という感じがするのが、映画『Nine』だ。したがって、『Chicago』を当てたんで、今回はお金をふんだんに遣い、豪華な女優を数多く揃え、イタリア現地ロケも行ないました、という贅沢な印象だけが残る失敗作となった、というのが感想。
いかがでしょう。

ショウ場面の出来だけを取り出して話をすれば、特筆すべきは1曲、ファーギーの「Be Italian」のみ。ずらりとダンサーたちが並んで砂をザバザバやるシーンは、ごまかし抜きで観応えがあった。
予告で画像が使われ、ラジオでもよく流れていた、舞台版にはない楽曲「Cinema Italiano」の場面は、ダンスのカットを割りすぎで、完全に楽曲の PVと化していて感心しない。>

★from WEBsite Misoppa’s Band Wagon(5/10/2010)