The Chronicle of Broadway and me #097(John & Jen)

19956月@ニューヨーク(その3)

『John & Jen』(6月16日20:00@Lamb’s Little Theatre)は、ミュージカル版『The Addams Family』『Big Fish』の楽曲作者アンドリュー・リッパの作曲家デビュー作。作詞はトム・グリーンウォルドで、脚本は2人の共同。演出はガブリエル・バレ。
以下、当時の感想。

<タイムズスクエアに近い小さな劇場で上演されているのが、出演者2人だけのミュージカル『John & Jen』全2幕。2人の対話とモノローグを歌で綴っていくこのささやかな舞台が、今回一番面白く、心に沁みた。

第1幕は1952年から始まる。アメリカの小さな田舎町。ジェン(キャロリー・カーメロ)6歳。弟のジョン(ジェイムズ・ラドウィグ)は生まれたばかり。2人は互いを慈しみながら成長していくが、マッチョな父に対する思いは、性別や年齢の差もあって180度違う。激しく反発する姉ジェン。漠然とした憧れを抱く弟ジョン。その違いが、’60年代という激動の時間の中で2人の人生を大きく変えていく。
ジェンは都会の大学へ行き、ドロップアウトの思想に触れる。地元の高校の野球部で活躍するジョンは、この時代の保守的な町に暮らすアメリカ人らしい愛国心を持っている。
学校の休みに久しぶりに家に帰ったジェンを「WELCOME HOME」と書いた幕で迎えるジョン。再会を喜ぶが、やがて互いの考えの違いに気づき、言い争って別れる。そしてジョンはヴェトナムへ行く。
1幕の最後、棺に入って家に戻るジョン。ジェンは、やりきれない表情で、吊ってあった「WELCOME HOME」の幕を外し、棺に掛ける。裏返された幕の模様は星条旗。
第2幕は1972年のカナダから始まる。未婚の母になっているジェン。息子の名はジョン。
クリスマスに息子に古いグローブを贈るジェン。それは弟が初めて使った思い出の品。リトルリーグに入れて息子を弟のように育てようとするジェン。反発する息子ジョン。
反発と理解を繰り返しながら、互いに自立していく母と息子。ジェンはようやく弟に対する罪の意識から解放されていく。

出演の2人は歌もうまく、どこにでもいそうで、それでいて魅力のあるアメリカ人を演じて見事。ことに、衣装 の変化だけで6歳から中年までを違和感なく演じきったジェン役のカーメロの熱演は特筆に値する。
アイディアに満ちたシンプルな装置を有効に使って、めまぐるしい時代の動きに翻弄されるドラマをテンポ良く見せた演出と、ウェットになりそうな素材を、時にユーモラスに深刻になりすぎずに描いて快い感動を呼んだ台本と楽曲も、練り上げられた確かさがあって素晴らしい。ピアノ、チェロ、パーカッションというユニークなバンドも、小編成ながら深い味わいを醸し出していた。

ところで、劇場に置かれたこのミュージカルのチラシには、こう書かれている。
「No need to wait for ‘Forrest Gump: The Musical.’ It’s here in ‘john & jen.’」
アメリカの現代史を個人の視点で捉え直す、という点で確かに共通している『John & Jen』『Forrest Gump』。一方は小さな舞台、一方は大ヒットの小説&映画という違いはあるが、肌触りもよく似ている。厳しさと温かさのバランスとか。
プログラムによれば、この作品の初演はグッドスピード・オペラ・ハウスだったということ。>

44丁目、7番街と6番街の間に建つ教会内にあったラムズ劇場(ラムズ・リトル劇場はその1階にあった)は、ホテル化するために2007年にクローズ。

2015年の2月から4月にかけて、やはりオフでリヴァイヴァル上演されたが、そちらは残念ながら観逃した。

The Chronicle of Broadway and me #096(Chronicle Of A Death Foretold)

19956月@ニューヨーク(その2)

『Chronicle Of A Death Foretold』(6月20日20:00@Plymouth Theatre)は、1981年に発表されたガブリエル・ガルシア=マルケスの同名小説(邦題:予告された殺人の記録)の舞台ミュージカル化。1988年には映画化もされている。リンカーン・センターによるブロードウェイの劇場での期間限定という珍しい公演だった。
以下、当時の感想。

<ガブリエル・ガルシア・マルケス作品のミュージカル化と聞くと、素材のユニークさで、すぐにマルケスと同じラテン・アメリカ出身の作家マヌエル・プイグの『Kiss Of The Spider Woman』が頭に浮かぶ。
原作や映画からは仕上がりの想像がつかなかった『Kiss Of The Spider Woman』だが、僕らの前に姿を見せたのは実に斬新なミュージカルだった。それでも、そこはプロ中のプロ、ハロルド・プリンスの演出、いかに冒険的であってもブロードウェイ・ミュージカルの話法の範囲内にぎりぎり留まって、確実なヒットをも狙っていた。『Chronicle Of A Death Foretold』『Kiss Of The Spider Woman』同様、素人にはミュージカル化のイメージが見えてきにくい作品だが、出来上がってきたのは密度の高い素晴らしいダンス・ミュージカル。しかも、目前のヒットなど気にせず2~3年後の優勝を目指して選手の個性を伸ばしている、という感じの、可能性にあふれた舞台だった。
男が殺された。なぜ? 時間を遡って殺人に至るまでの事情が語られる。そこには不可解で深い愛情のもつれがある……という物語が、ラテン・アメリカ色濃厚な楽曲とダンスによって、呪術的不吉さと官能的な香りを漂わせながら、さながら一つの祝祭の儀式の如く繰り広げられていく(休憩なしの全1幕)。
ラテン・アメリカ色と言っても様々だが、楽曲(ボブ・テルソン)は、アフロ・キューバン、タンゴ、さらに(ラテン・アメリカではないが)フラメンコ的な要素までも含んでいて、美しく、豊かな味わいがある。歌唱法も、楽曲の背景にある民族音楽の影響を受けて、プリミティヴな印象が強い。
ダンスも、タンゴやフラメンコの要素が強いが、音楽同様一つの型にはまることなく、奔放。男たちが見せる地を這うような足捌きにはアフリカ的なものも感じさせる。ナイフやボトルを小道具に使う場面もありスリリングだが、大道芸的な華やかさからは遠い。と言うのも、儀式的色彩が濃いからだ。
そう。この舞台を「ダンス・ミュージカル」と呼んだのは、いくつかの見事なダンス・ナンバーがあるからだが、同時に、前述した通り全体が1つの儀式のようであり、その儀式の中で全ての動きが舞踊的に演出されているように見えるからでもある。
考案・演出・振付はグラシエラ・ダニエル。1990年、オフからオンに進出した『Once On This Island』のカリブ海の呪術的寓話ミュージカルで成果を収め、1994年、オフの『Hello Again』でウィーンを舞台にした古い戯曲を今日的にアレンジ、モダン・バレエ的ダンス・ミュージカルにした野心作を世に問うた。『Chronicle Of A Death Foretold』は、明らかに、その2つのミュージカルの成果を踏まえて登場している。
この一連のダニエルによる野心的ミュージカルに共通の特徴は、ダンスが定型的でなく感情を能弁に表現する、官能的で抽象性が高い、主人公1人を中心にした構成ではない、ショウストッパーやハイライト・ナンバーといった発想が希薄、そして、見え隠れする南米的要素。
いずれもブロードウェイの観客にすんなりと受け入れられる要素ではない。かと言って狙いが見当外れかというとそうでもない。むしろ数年の後には大きな実を結ぶのではないかと思わせる充実感と説得力とがある。そして何より、その志の高さが素晴らしい。
深い暗さの中で幻想的効果を上げる照明(ジュールズ・フィッシャー+ビヴァリー・イモンズ)。くすんだ調子が美しい背景(クリストファー・バーレカ)。暗闇に溶け込むような渋い色調の衣装→一転して鮮やかな主要人物が象徴的に纏った純白の衣装、真紅の布(トニ-レズリー・ジェイムズ)。舞台の豊潤な空気を支えている、こうした要素も忘れがたい。
セットについては、舞台上に独立してありながら移動して背景の壁の一部として収まってしまう扉や、背景の右上方に左に30度ほど傾いてある窓(開閉する)が後半ゆっくりと振り子のように左に振れてゆき今度は右に傾いて止まって開閉する、といった手品のような仕掛けが、ユニークなだけでなく不思議なムードのこの舞台に合っていて印象に残った。
野心とアイデアに満ちた『Chronicle Of A Death Foretold』。ブロードウェイの未来へ向かうエネルギーが、ここにはある。>

ちなみに、楽曲作者のボブ・テルソンは、1987年のヒット映画『Bagdad Café』(邦題:バグダッド・カフェ)の挿入歌として知られる「Calling You」を書いた人。『Bagdad Café』は舞台ミュージカル化されていて、2004年から2006年にかけてヨーロッパで上演されたようだ。

She Loves Me@Studio 54(254 W. 54th St.) 2016/03/29

P1010821

「松竹ブロードウェイシネマ」の第1弾として映画館での上映が始まった『She Loves Me』についての、ブロードウェイ上演時の感想をアップしておきます。

『She Loves Me』を観るのは……調べたらペイパー・ミル・プレイハウス(ニュージャージー)でのリヴァイヴァル以来で11年半ぶり。もうそんなか。後半生は時間が経つのが早い(笑)。ハンガリー生まれのミクロス・ラズロの戯曲が原作で、エルンスト・ルビッチ監督による1940年の映画化『The Shop Around The Corner』(邦題:街角/桃色の店)が有名。1998年の『You’ve Got Mail』(邦題:ユー・ガット・メール)は、そのリメイク。作曲ジェリー・ボック、作詞シェルドン・ハーニック、脚本ジョー・マステロフによる舞台ミュージカル版のブロードウェイ初演は1963年。この時の演出はハロルド・プリンス(製作も)。1930年代、ブダペストの香水店を舞台にしたロマンティック・コメディだ。
最初に観たのは、今回と同じラウンダバウト劇場の製作による1993年版。まだ同劇場(団体)はタイムズ・スクエア脇の、その名に因んだかどうかは知らないが半円形の小ぶりな劇場(Criterion Center)をホームにしていた。主演のカップルはボイド・ゲインズとジュディ・キューンで、約2か月間の同劇場での限定公演を終えて、その2か月後からブルックス・アトキンソン劇場に移って9か月強のロングランを行なう(主演女優はダイアン・フラタントニに交代)。そちらも1994年の年頭に観ている。その際の演出も、今回と同じスコット・エリス。なので、他のスタッフは違っているが、コンパクトにまとまった可愛らしいセットも含め、全体の印象は、ほとんど同じ。
となると見どころは役者になるわけで、今回のスターはローラ・ベナンティ。品のいいコメディエンヌとして、すでに独自の境地にあり、もちろん悪くない。が、今回の見どころは、13年ぶりにブロードウェイ復帰のジェイン・クロコウスキーだろう。長期休養明けだが体も絞れて(って馬じゃない!)、相変わらずのキュートなお色気にやられる。ベナンティの相手役が『First Date』でブロードウェイ・デビューしたザッカリー・リーヴァイ。コメディ・リリーフとして芝居の要になるのが、この手の役で引っ張りだこのマイケル・マッグラス。……てな具合で役者もいい。
新味はないが、よく出来たリヴァイヴァル。>

The Chronicle of Broadway and me #095★(1995/Jun.)

19956月@ニューヨーク(その1)

15度目のブロードウェイ(39歳)。

1995年。日本国内は、いつにも増して大変な年。ことに前半に2つの大事件。
1つは1月17日の阪神・淡路大震災。もう1つが前回の渡米前日3月20日に起こった地下鉄サリン事件。後者の犯人であるオウム真理教は、実はそれ以前から未遂も含め数多くの殺人事件を起こしていたことが今ではわかっている。
アメリカでは、4月19日に168人の死者を出したオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件が起こっている。犯人は湾岸戦争にも参加していた元アメリカ陸軍兵士の白人だったが、事件直後は周辺在住の中東系の人々が警察の拘束を受けたという。
4月に東京都知事になった青島幸男が、公約通り5月に世界都市博覧会の開催中止を決定するという、珍しく筋の通った事案もあった。
高速増殖炉もんじゅ廃炉のきっかけとなったナトリウム漏洩事故は、この年12月。当初は隠蔽されていた。
11月に盧泰愚、12月に全斗煥と、暮れ近くになって2人の元大統領が韓国で逮捕されている。いずれも罪状は金銭問題。今の日本なら何人逮捕されることやら。
ドル/円の為替レートは4月に1ドル=79.95円を記録。一旦、円高のピークを迎える。
Windows95発売、Amazon.comサーヴィス開始、野茂英雄の大リーグ入りもこの年。MP3ファイルもそうらしい。
5月にテレサ・テンが気管支喘息で亡くなっている。

6月に観た舞台は次の通り。

6月14日 20:00 Love! Valour! Compassion!@Walter Kerr Theatre 219 W. 48th St.
6月15日 20:00 Swingtime Canteen@Blue Angel Supper Club 323 W. 44th St.
6月16日 20:00 John & Jen@Lamb’s Little Theatre 130 W. 44th St.
6月17日 15:00 The Fantasticks@Sullivan Street Playhouse 181 Sullivan St.
6月17日 20:00 All Robbins Program/New York City Ballet@New York State Theater/Lincoln Center
6月18日 14:00 Swinging On A Star@Goodspeed Opera House East Haddam, Connecticut
6月19日 20:00 How To Succeed In Business Without Really Trying@Richard Rodgers Theatre 226 W. 46th St.
6月20日 20:00 Chronicle Of A Death Foretold@Plymouth Theatre 236 W. 45th St.

ブロードウェイの新作は『Chronicle Of A Death Foretold』1本。再見の『How To Succeed In Business Without Really Trying』、ストレート・プレイ『Love! Valour! Compassion!』、バレエ公演『All Robbins Program/New York City Ballet』以外はオフ公演と地方公演。『Swinging On A Star』を観に、初めてコネティカットまで足を延ばした。

個別の感想は次回以降で。

The Cradle Will Rock@Lynn F. Angelson Theater/Classic Stage Company(136 E. 13th St.) 2019/03/31 14:00

IMG_1183

1937年にブロードウェイで初演された『The Cradle Will Rock』は、マーク・ブリッツスタインの作曲・作詞・脚本によるミュージカル。オーソン・ウェルズの演出した“労働者のオペラ”としても知られている。ブリッツスタインは、クルト・ヴァイル(作曲)&ベルトルト・ブレヒト(作詞・脚本)の『The Threepennie Opera』(原題:Die Dreigroschenoper/邦題:三文オペラ)の英訳者でもある。
初演の際の一騒動は、1999年公開の映画『Cradle Will Rock』(邦題:クレイドル・ウィル・ロック)で採り上げられている。大恐慌後のニューディール政策の一環であるフェデラル・シアター・プロジェクトという、主に演劇関係者の雇用を目的とした施策の中で製作されたミュージカルだったが、ブロードウェイでの開幕4日前にWPAという政府の上部団体が、内容が過激過ぎるという理由で出資を差し止め、上演中止を命令。さらに、小道具や衣装を持ち出せないように上演予定の劇場を封鎖してしまう。フェデラル・シアター・プロジェクトのプロデューサーであるジョン・ハウスマンと、演出家であるオーソン・ウェルズは、ブリッツスタインと共に一計を案じ、別の劇場を借りて予定通りの日に開幕させる。それも、給与がきちんと払われないことを理由に演奏家組合が参加を拒否し、俳優組合は元々のプロデューサーである政府の許可がないので役者が舞台に立つことを禁じる、という状況の下、ブリッツスタインがピアノを舞台上で演奏し、役者は全員客席で演技するという奇策を用いて。
……と、まあ、そういう空気の中で上演されたミュージカルであったらしい。

どう“過激”だったのか?
内容をざっくり言うと、アメリカのスティール・タウンという架空の工業都市を舞台に、札束で頬を叩いて思うがままに人々を操る資本家ミスター・ミスター、カネに目がくらんでそれに従う多くの人々、自分の尊厳を守ろうと過酷な状況に立ち向かう少数の人々が絡み合う寓話。
その資本家の描かれ方が“過激”と判断されたのではないだろうか。自分と身内の利益のためなら手段を選ばない。どこかで聞いたような話だが、ミスター・ミスターは、そんなヒトデナシとして描かれている。それに遺憾の意を唱える“忖度”主義者がWPA内にいた、と。想像だが。

演出家ジョン・ドイルは、初演から82年後の今回のリヴァイヴァルを手がけるにあたって、その当時の空気を再現するかのように、簡素なスタイルを採用(装置デザインもドイル)。演奏はやはりピアノ1台だけ。舞台上に大道具はなく、舞台奥に積まれたドラム缶(工場のイメージか)のいくつかを場面に応じて持ち出すのが装置としては唯一の変化。加えて、ミスター・ミスターによって何度もバラまかれる札束。実に殺伐とした雰囲気。そんな中、役者たちの演技には緊迫感がみなぎる。戯画的に描かれているが感触はシリアス。寓話とはいえ、初演当時、劇場の外には紛れもなく過酷な現実があったわけだが、それは今も同様なのだと言わんばかりの舞台作りだ。
初演と違うのは、ピアノは1台だが、弾き手が複数いること。最初の弾き手がブリッツスタインの立場の専任ピアニストかと思っていると、途中でピアノを離れて演技に加わり、替わって演技をしていた役者の1人が弾き手になる。ジョン・ドイルお得意の役者による楽器演奏なわけで、舞台中央に出ていない役者が入れ替わり立ち替わりピアノの前に座る(計4人)。こうした“素人による即興劇”的な演出が、芝居世界をさらに劇場の外の現実と結びつけていく。

演劇のスタイル、題材選び、その切り口など、明らかに『The Threepennie Opera』に範を採ったと思われるブリッツスタインの作風だが、もちろん楽曲にも影響が表れていて、少なからず曲調はクルト・ヴァイルを連想させる。が、そもそも『The Threepennie Opera』を作曲するにあたって、それまでもっぱらクラシック畑の仕事をしていたクルト・ヴァイルはジャズを研究したはずであり、そういう意味では、ひとひねりした先祖帰りとも言える。“労働者のオールド・ジャズ風味のオペラ”と呼んでもいい。

役者は、ミスター・ミスター役デイヴィッド・ギャリソン、痛めつけられる労働者役トニー・ヤズベクはじめ、ブロードウェイ級がずらり。
休憩なしの90分だが、観応え充分。これを2か月ロングランさせるクラシック・ステージ・カンパニーの志の高さに敬服する。