NARUTO~ナルト~@新橋演舞場 2018/08/10 11:00

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脚本・演出のG2が、貫地谷しほり×一路真輝版『ガラスの仮面』(2014年初演)に勝るとも劣らない巧みな超ダイジェスト版に仕上げた。……と言いつつ実は原作は読んだことがない(苦笑)。なので、原作のファンの方は、あれが足りない、これが足りない、と思うのかもしれないが、『NARUTO~ナルト~』@新橋演舞場は、舞台版としては問題なく楽しめた。

ここで、「そもそも」という話を。
四代目を継いだ当代猿之助が「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」と銘打って、第一弾『空ヲ刻ム者~若き仏師の物語~』(作・演出/前川知大)を新橋演舞場で上演したのが2014年3月。題材的にも演出的にも先代の「スーパー歌舞伎」色が濃く残る仕上がりで、興行的には知らないが、舞台の成果としてはイマイチだった。
その反省があったのかどうか、2015年10月の第二弾は、打って変わって大ヒットしたコミック作品『ワンピース』の舞台化となった(脚本・演出/横内謙介、演出/市川猿之助)。前作の説教臭さはほぼ消え、やや暑苦しい“友情”を芯として残す娯楽活劇作品として、質的にも変身を遂げており、新鮮な舞台となって人気を呼んだ。
新鮮さの一因は、澤瀉屋一門以外の若手歌舞伎役者の起用。主要キャストとして登場した、板東巳之助(大和屋)、中村隼人(萬屋)の活躍が、舞台に若々しさをもたらした。
そして、2017年10月の新橋演舞場での『ワンピース』再演。猿之助の思わぬ負傷により、前年の松竹座・博多座公演から参加していた尾上右近が主演を務めることになる。これは、演舞場での再演時に試みられた、宝塚歌劇の新人公演に似た若手中心のキャスティングによる「麦わらの挑戦」という、料金が若干安いマティネ公演に準じた座組みで、結局、公演期間中の猿之助の復帰はかなわず、(尾上)右近、巳之助、隼人、(坂東)新吾らを軸にした上演となった。

これが『NARUTO~ナルト~』前史。
『NARUTO~ナルト~』の冠が「スーパー歌舞伎Ⅱ」ではなく、「新作歌舞伎」となっているのは、猿之助の立場が一歩引いたものになっているからだろう。だが、題材といい役者の布陣といい、明らかに『ワンピース』からの流れの中で作られている。

今作の最大の収穫は、メインの役者になった巳之助(うずまきナルト)、隼人(うちはサスケ)の演技から自信が感じられるようになったこと。中軸役者が相次いで亡くなって人材不足気味の歌舞伎界。若手の成長が待ち望まれるところだが、こうした大きな舞台での経験が本格的歌舞伎の演技にもプラスとなって返ってくるのを期待する。
貫禄が出てきた猿弥、不気味さが増した(笑)笑三郎、ラスボスとしてのハッタリ充分の愛之助が、若手二人を押し立てながら、『ワンピース』より役者陣が手薄になったことを感じさせない踏ん張りで、がっちり舞台を支えていた。

今後もこの系譜が続いていくのかどうかわからないが(ウケてるから続けるんだろうな)、あくまで「新作歌舞伎」の意識で、より歌舞伎寄りに進んでいってもらえれば、と、歌舞伎の面白さに触れてきた者としては願う。

 

七月大歌舞伎@歌舞伎座 2018/07/23

IMG_0703●昼の部

三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)~出世太閤記

●夜の部

源氏物語

昼夜とも市川海老蔵中心の通し狂言。

「三國無雙瓢箪久」

明智光秀の謀反から秀吉が織田勢の中で実権を握るまでの話を、歌舞伎的見せ場たっぷりに、過去作をつなぎ合わせながら再構築した作品。海老蔵と獅童が大活躍。この二人が組むと楽しい。
松竹のクレジットによれば、補綴・演出に、織田紘二、石川耕士、川崎哲男、藤間勘十郎の名前がある。日本の演劇界で、歌舞伎界が一番コラボレーション意識が進んでいるような気がするが、いかが?

発想の発端に、秀吉に扮した先々代團十郎が三法師に扮する初舞台の先代團十郎と共に移った写真があったという。今回の上演にあたり、同じ構図・扮装で、海老蔵と息子堀越勸玄の写真が撮られた。もちろん話題作りではあるが、成田屋のただならぬ運命を感じずにはいられない。

海老蔵、獅童以外では、秀吉女房八重の児太郎が健闘。九團次の猪八戒もよかった。

幕開きの場面に孫悟空として登場する海老蔵が、昔の価値観での女性蔑視なセリフの後、それを現代視点で自己批評するが、これ、歌舞伎の今後にとって重要な案件になると思う。

『源氏物語』

海老蔵の『源氏物語』は2015年4月8日にオーチャードホールで観ているが、記憶の彼方。なので今回の公演に限って書く。

全体の感想をざっくり言えば、面白いところもあれば退屈なところもある、ということになる。
面白いのは、やはり荒事的な場面で、それ以外は、個別の演技には見るべきものはあるが、概して退屈。というのも、演劇的コンセプトが、歌舞伎・能・オペラの融合なのだが、それぞれの質は高くても、必ずしも融合していないから。
例えば、能の出てくる場面など、迫力はあるし視覚的にも魅力があるのだが、前後の場面とのつながりが緊密でないので、そこだけ浮いて見える。オペラの部分を担うカウンター・テナーとテノールの二人の歌手の場面などは、どうにも場つなぎに見えて盛り上がらない。音楽は悪くないし歌唱も聴き応えがあるのだが。あと、歌詞は日本語ではダメなのだろうか。

海老蔵の挑戦は断固支持。さらなる充実を図っての上演に期待したい。作/今井豊茂 、演出・振付/藤間勘十郎。

 

松竹大歌舞伎(東コース)@サンシティ越谷市民ホール 2018/7/2 14:00

img_0685近江のお兼(おうみのおかね)

曽我綉俠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)~御所五郎蔵(ごしょのごろぞう)

高坏(たかつき)

菊之助を座長とする菊五郎劇団若手による巡業公演。

「近江のお兼」は梅枝の踊り。
2枚の布晒しと下駄を鳴らす振りが、なにげなく見えて、けっこう複雑。そもそも両手で長い晒を振りながら動いて、よく自分で踏まないな、と余計な心配をする素人です(笑)。

「御所五郎蔵」は、菊之助の五郎蔵、梅枝の皐月、彦三郎の土右衛門、米吉の逢州という布陣。もちろん今は菊五郎にははるかに及ばないが、菊之助のこういう役、今後が楽しみ。
五郎蔵と土右衛門の鞘当てを止めに入るのが團蔵、五郎蔵にくっついて来る取り立て屋が橘太郎、というのもうれしい。

一番の見ものが「高坏」。菊之助の次郎冠者の軽妙なこと。下駄タップも力みをまるで感じさせない軽快さ。楽しい。
大名役の團蔵が締めに軽く下駄を鳴らすのも素敵。ここでも橘太郎の太郎冠者が素軽さを見せて見事。萬太郎の高足売もいい感じ。

六月大歌舞伎@歌舞伎座 2018/06/11

●昼の部

妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)~三笠山御殿

文屋(ぶんや)

野晒悟助(のざらしごすけ)

●夜の部

夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)~鳥居前~三婦内~長町裏

巷談宵宮雨(こうだんよみやのあめ)~深川黒江町寺門前虎鰒の太十宅の場より深川丸太橋の場まで

 

「妹背山婦女庭訓」

ちょっと苦手な演目。だからというわけではないが、途中どうしても外部と連絡をとる必要があって、20分ほど抜けた。なので、松也の求女、新悟の橘姫、芝翫のおむらを観ていない。観たのはもっぱら、松緑の鱶七実は金輪五郎今国と、時蔵のお三輪。
時蔵のお三輪には、例えば七之助ぐらいの本当に若い役者がやるのとは、また別の何かがある。あたりまえだが。その辺に歌舞伎の面白さの秘密があるんだろうな。

「文屋」

先月の「喜撰」に続いて、菊之助の六歌仙の踊り。
「喜撰」では重力を超越しているようだったが、今回も軽妙でありつつブレがない。うっとりする。

「野晒悟助」

黙阿弥の侠客もので、五代目菊五郎による初演だったとか。当世菊五郎にもぴったりの役回り。
見どころの一つは、菊五郎、菊之助の男伊達どうしの対峙。それを止めに入る團蔵、という絵柄もうれしい。
悟助に一目惚れする大店の娘米吉の下女役で登場する橘太郎って配役も楽しい。
悟助の子分役の権十郎も、いつもより見せ場が多くていきいきしている。
……てな具体で、菊五郎劇団の、ことに世話物は、いつ観てもいい。

「夏祭浪花鑑」

吉右衛門の団七九郎兵衛、女房お梶が菊之助。錦之助の一寸徳兵衛、その女房お辰が雀右衛門。釣船三婦が歌六で女房おつぎが東蔵。よく考えると、夫婦ものばかりだ。
この演目、最初に観たのがコクーンの勘九郎(当時)で、以降、コクーンと中村座で観続けてきたので、どうしても比較してしまう。そうすると、吉右衛門は、味わいはあるが、品もありすぎるように見える。
最後の「長町裏」。義父三河屋義平次(橘三郎)との立ち回りは、観ている方も息がきれる。

「巷談宵宮雨」

宇野信夫作、昭和10年初演の新作歌舞伎。これが面白かった。
破戒坊主とその甥夫婦。小悪人ばかりの腹の探り合い。
六代目菊五郎が初演し、十七代目勘三郎が育んだ破戒坊主龍達を、芝翫がノリにノって演じるのが楽しい。
甥夫婦は松緑と雀右衛門。雀右衛門が、いつもと違う汚れ役でいきいき。松緑との息も合っている。
ここにも橘太郎が登場。身体を壊した薬売り役で、よろよろしながら坂をズリ落ちるところはシビレた。
昼の部の「野晒悟助」に続いて、児太郎が不憫な娘役。

しかし、歌舞伎狂言の女性に対する価値観は正直ひどい。昔の芝居とはいえ、そこにうんざりする人がいてもおかしくない。伝統芸だから、とばかり言っていられない日が近い将来やってくるかも。

切られの与三@シアター・コクーン 2018/05/15

IMG_0629七之助の魅力が炸裂。少し寂しげで少し甘ったれで少し悪くて色っぽい。でもって奥底に秘めたキラキラした生命力がここぞという時に閃光を放つ。

それだけで充分。満足すべき舞台。
でも、コクーン歌舞伎としては、いささか不満ではある。

以前から感じていたことだが、勘三郎の出ないコクーン歌舞伎は串田和美の演出が勝ち過ぎる。演出過剰な舞台は、オリーブオイルを使い過ぎたイタリアンのようなもので、素材の味が希薄になる。今回もその気味があった。
例えば……。与三郎の名台詞「しがねぇ恋の情けが仇」以降にジャズの生演奏を被せてリズム感を強調するところ。おそらく、今の七之助では、素で聴いたら物足りない可能性はあるとは思うが、この演出は明らかに役者の最大の芸である台詞回しの魅力を削いでいる。
加えて、過剰かどうかという話とは別に、串田演出全体に力感の薄まりを感じた。それが、あえて選んだ今回の方向性なのかどうか。
すでに勘三郎亡き今、そしてこれから、コクーン歌舞伎がどうなっていくのか。若手のさらなる台頭も期待しつつ追いかけさせてもらいたい。

とはいえ、七之助与三郎と梅枝お富の出会いの場面、元の歌舞伎版を視覚的にブラッシュアップした演出は光った。

 

團菊祭五月大歌舞伎@歌舞伎座 2018/05/14

●昼の部

雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)

女伊達(おんなだて)

●夜の部

弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)~序幕~雪の下浜松屋の場~稲瀬川勢揃の場~極楽寺屋根立腹の場~同山門の場~滑川土橋の場

鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)~菊畑

喜撰(きせん)

 

「雷神不動北山櫻」
海老蔵の歌舞伎はいつも楽しいが、團菊祭だと脇に菊五郎劇団の役者が付くので、よけい楽しい。歌舞伎を観ない人には海老蔵をカッコいいだけの役者だと考えている人が多いんじゃないかと思ったりするが、そんな人にこそ観てほしい演目。
それにしても、海老蔵の鳴神上人と菊之助の雲の絶間姫の場面は、次世代の團菊にしか生み出せない異次元の空気が漂ってゾクゾクする。

「女伊達」
種之助、橋之助を引き連れての時蔵の踊り。趣向を凝らして飽きない作り。

「弁天娘女男白浪」
菊五郎の至芸、弁天小僧。いつまでも観ていたい。左團次の南郷力丸との阿吽の呼吸。橘太郎の浜松屋番頭の小気味よさもたまらない。海老蔵が日本駄右衛門で登場。
世間的には寺嶋眞秀の出演も話題か。

「鬼一法眼三略巻」
実は面白いと思ったことのない演目。時蔵の源牛若丸は色っぽい。

「喜撰」
菊之助の喜撰法師の軽妙な踊りにうなる。一緒に踊る時蔵の艶然とした感じとの対比でよけいそう思うのだろうが、なにか重力を超越しているかのよう。

ごあいさつ

ニューヨークでミュージカルを観続けて30年。そろそろ経済的にも体力的にもヤバくなってますが、行かれる限りは行こうか、と。たまにロンドンにも。日本では、宝塚歌劇、歌舞伎、文楽、で、たまに国産ミュージカルも。20年を超えて運営してきたサイトを年内に閉じて、こちらで身軽に舞台の感想などをアップしていくつもりです。うまく移行できればいいのですが。