天守物語@歌舞伎座 2023/12/10 18:40

 どこか通底するところのある題材を扱った舞台を3日連続で観た。その感想、第3弾(第1弾は『ある都市の死』、第2弾は『東京ローズ』)。

 『天守物語』は、歌舞伎座『十二月大歌舞伎』第三部の一篇。2023年の歌舞伎座公演の最後を締めくくるに相応しい充実した内容だった。
 同作は過去に、2007年、2009年、2014年と3回、いずれも歌舞伎座『七月大歌舞伎』で玉三郎×海老蔵(現團十郎)の組み合わせで観ているが、白鷺城の天守閣に棲む“この世の者ならざる”姫(富姫)と“聖域”天守閣にやむを得ず登ってきた現世の若き武士(図書之助)との幻想的なラヴ・ストーリー、という認識だった。そして、イマイチ印象がはっきりしない作品でもある、という。
 が、今回は違った。こんな面白い作品だったのかと驚いた。正直、感動もした。

 原作は泉鏡花の書いた戯曲。発表は1917年だが、初演は鏡花没後の1951年、新派による新橋演舞場公演だったようだ。歌舞伎座での初演は4年後の1955年、中村歌右衛門×守田勘彌の顔合わせ。
 勘彌(四代目玉三郎)の養子だった当代坂東玉三郎は早くからこの演目に憧れたらしく(1960年歌舞伎座の歌右衛門×勘彌が初見とか)、1977年の日生劇場公演を皮切りに今日に到るまで富姫役で出演し続けている。それが今回は脇に回って、富姫の妹的立場の亀姫役。

 今回の富姫役は中村七之助。これ以前に、5月の平成中村座@姫路城で、今回同様、坂東玉三郎演出の下、中村虎之介の図書之助を相手に演じている(その時の亀姫は鶴松)。
 玉三郎×海老蔵との違いは、幻想味が薄いこと。と言うか、玉三郎×海老蔵の場合は、2人のスター・オーラが強すぎて(口跡の塩梅も含め)、とことんファンタジーな雰囲気だった。なので、天守閣で中盤以降に起こる地上界との騒動が、富姫と図書之助の恋の背景にしか見えなかった。
 今回は、その1つ1つが、家父長的価値観にしがみついて世を乱す男権主義者たちに対する嫌悪として、くっきりと浮かび上がってくる。耽美的に見える世界からの現実世界への批判。しかも、それは原作発表から100年以上隔たった“現在”にも通じるリアリティを伴っている。
 この変化の理由は、1つは七之助の持つ現実感にある。華やかなスター性を持つ一方で、やんちゃで下世話な感覚(褒めてる)が彼にはある。それが、この世ならざる幽界から一歩踏み出して図書之助に歩み寄る気配を強めた。
 もう1つの理由は、未完成ながらも抑えた演技で七之助に応える虎之介の清廉さにあったと思う。その佇まいが、図書之助を疎外する下界に対する違和感を観客に伝えていく。
 こうした、あくまでも現実世界に片足を残した2人が、天守にまで攻め登ってきた下界勢力と決死の思いで対峙するに到って、揺蕩うような妖しくも華やいだ空気の前半の意味(下界に対する批評性)が鮮明になり、同時に、そこに敷き詰められていた伏線の数々とその意味が解き明かされていく。これまでの観劇ではスター2人のファンタジー色濃厚な恋物語に目を奪われてはっきり見えていなかった作者の企みに改めて気づく、といったしだい。泉鏡花の手腕に感服。

 玉三郎の亀姫が愛らしく、前半の空気醸成を担って格別の存在感。勘九郎の舌長姥、吉弥の奥女中薄、獅童の盤坊、片岡亀蔵の武田家臣小田原修理と、それぞれ適役。
 玉三郎によれば、平成中村座の時には玉三郎初演時(1977年)に作った冨田勲によるシンセサイザー演奏を使ったらしいが、ここでの音楽は歌舞伎座に合う(玉三郎談)唯是震一作の和楽器演奏に変更されている。

おすすめ

[Index](暫定)

[The Chronicle of Broadway and me](海外観劇感想)
(spaces★は当該シーズンを振り返って語った旧twitter/現Xのスペースの録音)

<ニューヨーク編>
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●2020/2021シーズン (2020年3月)
●2021/2022シーズン 2022年5月~6月Tony Awards(予想)Tony Awards(結果と感想)
●2022/2023シーズン 2022年11月2022年5月~6月Tony Awards(予想)Tony Awards(結果と感想)
●2023/2024シーズン 2023年11月spacesXX

番外 Fosse(Japan tour)2001年&2002年

<ロンドン編>
1993年10月1996年12月(spaces02☆)/1999年3月(spaces03)/2000年8月~9月(spaces04)/2004年2月(spaces05~07)/2005年6月(spaces05~07)/2006年7月(spaces05~07)/2009年8月~9月2011年7月2018年1月2019年6月

<ライヴ・ヴューイング編>
Life Of Pi(NTLive)

※海外観劇作品の[Title Index]はこちら
 

[国内観劇感想]

※海外編と違い、観劇した作品の中から気まぐれにしか感想を書いていませんので悪しからず(一応、古→新の順/一部は旧サイトからの復刻です)
夢から醒めた夢The Sound Of Music太平洋序曲(Pacific Overtures)太平洋序曲(Pacific Overtures)[2]太平洋序曲(Pacific Overtures)[3]團菊祭五月大歌舞伎(2018)切られの与三天は赤い河のほとり/シトラスの風~Sunrise~虹のかけら~もうひとりのジュディ文楽平成30年5月公演 第二部不徳の伴侶~infelicity六月大歌舞伎(2018)雨に唄えば~Singin’ In The Rain松竹大歌舞伎 東コース(2018)ANOTHER WORLD/Killer Rouge愛聖女(サントダムール)~Sainte♡d’Amour~(ライヴ・ヴューイング)ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ七月大歌舞伎(2018)あなたの初恋探しますかぐやひめナイツ・テイル~騎士物語~NARUTO~ナルト~Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀/Killer Rouge 星秀☆煌紅エリザベート~愛と死の輪舞(ロンド)~MESSIAH(メサイア)~異聞・天草四郎/BEAUTIFUL GARDEN~百花繚乱~SMOKE蘭陵王~美しすぎる武将~On The Townアンナ・カレーニナ(ライヴ・ヴューイング)世界は一人20世紀号に乗ってMy (Left) Right Foot: The Musical新版 雪之丞変化君の輝く夜に~FREE TIME, SHOW TIMEリトル・ウィメン~若草物語~怪人と探偵カリソメノカタビラ~奇説デオン・ド・ボーモン~God Of Stars~食聖~/エクレール ブリアンFACTORY GIRLS~私が描く物語~蝙蝠の安さん八月花形歌舞伎(2020)眩耀の谷~舞い降りた新星~/Ray~星の光線~アルジャーノンに花束を人類史WELCOME TO TAKARAZUKA~雪と月と花と~/ピガール狂騒曲Nice Work If You Can Get Itイリュージョニストアナスタシア(ライヴ・ヴューイング)日本人のへそ桜姫東文章 上の巻ロミオとジュリエットJazzyなさくらは裏切りのハーモニー~日米爆笑保障条約~未練の幽霊と怪物~挫波/敦賀~アウグストゥス~尊厳ある者~/Cool Beast!!マノンエニシング・ゴーズ桜嵐記/Dream Chaser砂の女湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。さよなら、ドン・キホーテ!マドモアゼル・モーツァルトCity Hunter~盗まれたXYZ~/Fire Fever!ナイツ・テイル~騎士物語~[2]母 My Motherフィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~冒険者たち~Journey To The West~鼠小僧次郎吉/天日坊/ハナゾチル奇蹟~miracle one-way ticket~Top Hat(ライヴ・ヴューイング)The Parlorお勢、断行スワンキング/CROSS ROAD~悪魔のヴァイオリニスト パガニーニ~てなもんや三文オペラアラバスター風の谷のナウシカ 上の巻~白き魔女の戦記ナイチンゲール新選組巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~/Fashonable Empire(ライヴ・ヴューイング)モダン・ミリー田舎騎士道(Cavalleria Rusticana)/道化師(Pagliacci)太平洋序曲(Pacific Overtures)SPY×FAMILYマリー・キューリーFINAL FANTASY Ⅹおとこたちダ・ポンテ~モーツァルトの影に隠れたもう一人の天才刀剣乱舞~月刀剣縁桐カラフル大逆転裁判~新・蘇る真実~rainうたのステージ/楽屋殺人事件ヴァグラント愛するには短すぎる/ジュエル・ド・パリ~パリの宝石たち~ある都市の死東京ローズ天守物語三浦半島の人魚姫/箱根山の美女と野獣ボイルド・ドイル・オン・ザ・トイル・トレイル/FROZEN HOLIDAYイザボージョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド不思議な国のエロス神々の国の首都/諜報員HOPE~THE UNREAD BOOK AND LIFE~

[考察]

ボブ・フォッシー初期振付映画の謎を追ってデイヴィッド・ヤズベクの音楽ジーザスとエルヴィスのメンフィスな関係ディケンズとデイヴィスのディープな関係ロック/ポップス畑で活躍してきた大物アーティストたちのアメリカ・ミュージカル界への進出について(@1998)映像化『Cats』の出来栄え(1997年版)ロンドン産ミュージカルは“あざとい”何のためのチャリティ?「2003トニー賞授賞式」の完全版オンエアを観せてくれ!キャンペーンの軌跡2006年の“ジュークボックス・ミュージカル”の状況NYMF(ニューヨーク・ミュージカル・フェスティヴァル)って?ソンドハイムはお好き?
 

[My Favorites]

『The Producers』(video)『Chicago』(film)『Roxie Hart』(video)『Nine』(film)『Broadway』Renée Fleming(CD)『The Band Wagon』Original Motion Picture Soundtrack(CD)『The Tango Lesson』(film)『Moulin Rouge!』(film)『The Band Wagon』(film)『Easter Parade』(film)『Kiss Me Kate』(film)『Stritch』Elaine Stritch(CD)『Anastasia』1997(film)『West Side Story』2021(film)『Songs For A New World』World Premiere Recording(CD)『tick, tick…BOOM!』(film)『Theater Camp』(film)

FINAL FANTASY Ⅹ@IHIステージアラウンド東京 2023/03/19 12:00/17:30

 「新作歌舞伎」と銘打たれた『FINAL FANTASY Ⅹ』。同名ゲームの舞台化として、歌舞伎ファン以上にゲーム愛好家の間で話題になっていたのかもしれない。そちら方面の観客が少なからず見受けられた。

 尾上菊之助主導の「新作歌舞伎」は『風の谷のナウシカ 上の巻~白き魔女の戦記』が大きな成果を見せた後ではあるけれども、劇場が歌舞伎座から、360度劇場として知られる特殊なIHIステージアラウンド東京に移ることは少しばかり不安材料。前後編に分かれているのも、どうなんだろう……。
 と思っていたが、今作も”歌舞伎”としてうまく作ってあって、予想を上回る出来。
 装置や映像による派手な展開はあるが、それに頼り過ぎることなく、根本は役者の芸、という制作側のスタンスがはっきり見えるのがいい。ことに、幕開きから浄瑠璃を導入した後編はそれが顕著で、クライマックスの召喚獣たちとの闘いを舞踊で見せる心意気は、痛快ですらあった。
 また、中身もぎっしり。前編で闘いの一応の決着を見せた上で、後編ではさらなる波瀾が巻き起こる。

 内容を”超”ざっくり言うと、主人公の青年ティーダが高度な文明に覆われて繁栄している生まれ故郷の大都市ザナルカンドから時空を超えて機械文明を忌み嫌うスピラという地にタイムスリップして始まる、世界の危機と平穏を巡る物語。そういう話だが、背景に、個人と国家、文明と反文明、死生観、といった命題が横たわり、それを複眼的に捉えようとする姿勢がある。
 そうした抽象的で複雑なテーマを、いくつかの謎を孕む面白い物語にくるんで、ほどよい飲み込みやすさで提示してみせる。そんなところも含め、ナウシカ舞台版の後継作品的色彩が濃い。
 なにより、ヒロインのユウナを演じる中村米吉の印象が、ほとんどナウシカだし。

 企画・構成が尾上菊之助。脚本の八津弘幸はTVの仕事(『半沢直樹』他)の多い人。補綴で歌舞伎でもおなじみの今井豊茂が丁寧に仕上げた形か。
 演出は金谷かほりと尾上菊之助。前者の起用はテーマパークのショウを数多く手がけている経験からだろう。振付はナウシカで演出も手掛けていた尾上菊之丞。
 作曲は鶴澤慎司。

 出演は、ティーダ尾上菊之助、ユウナ中村米吉の他に、中村獅童、尾上松也、中村梅枝、坂東彦三郎、中村橋之助、中村萬太郎、上村吉太朗、中村芝のぶ、尾上丑之助(天才!)、中村錦之助、坂東彌十郎、中村歌六、尾上菊五郎(声の出演)。あと、ここに名前を挙げていないみなさんが召喚獣の舞踊はじめ様々な場面で大活躍する。
 それにしても、芝のぶのユウナレスカ。ここまでの大役は初めてではないかと思うが、よかった。

The Chronicle of Broadway and me #784(怪談乳房榎)

2014年7月@ニューヨーク(その4)

 『怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)(7月12日19:00@Rose Theatre/Lincoln Center’s Frederick P. Rose Hall)は、夏に行なわれるリンカーン・センター・フェスティヴァルに参加しての、平成中村座公演(三遊亭圓朝の創作で、落語では「の」を抜いて「ちぶさえのき」と呼ばれるようだ)。
 1回目が2004年7月『夏祭浪花鑑』@ダムロッシュ・パーク/リンカーン・センターに建てた仮設小屋。2回目が2007年7月『連獅子』『法界坊』@エイヴリー・フィッシャー・ホール(現デイヴィッド・ゲフィン・ホール)/リンカーン・センター。この3回目は、リンカーン・センターの飛び地にあるローズ劇場での開催。勘三郎没(2012年)後初の中村屋兄弟によるニューヨーク公演となった。

 勘九郎、七之助の他に、中村獅童、片岡亀蔵が参加。ほぼ同じメンバーで前年3月に「中村勘九郎襲名記念」として赤坂アクトシアターで同演目を上演している。その時(2013年3月9日)の感想(の一部)は次の通り。

<中村屋おなじみの『怪談乳房榎』の通し。今回は、滝の場面の後に、タイトルの由来である乳房榎前での大詰めまでやっていた。
 “中村勘九郎三役早替りにて相勤め申し候”とある通り、菱川重信、下男正助、うわばみ三次を勘九郎が演じる。悪役磯貝浪江が獅童、重信妻お関が七之助。亀蔵が松井三郎を演じて最初と最後を締める。>

 ローズ劇場はジャズなどのコンサート用劇場で、歌舞伎に相応しいとは言い難い作りだが、それでも楽しく観た。
 もっとも、ブロードウェイ・ミュージカルはブロードウェイの劇場で観る方が来日公演を観るより楽しいように、歌舞伎は日本の劇場で観る方がより楽しくはある。その場にいる観客の文化や小屋の作りも含めての観劇なのだと改めて思う。

八月納涼歌舞伎 第一部/新選組@歌舞伎座 2022/08/07 & 08/25 11:00

 歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』第一部、2本の演目の内の1本が、手塚治虫の同名コミックを原作にした新作歌舞伎『新選組』

 幕末の京都に住まう浪人の息子・深草丘十郎は、父を土佐藩士に殺され、仇討ちのために新選組に入隊する。同時に入隊した鎌切大作と親交を結び、剣の腕を磨き、本望を遂げるが、今度は仇として付け狙われる身となり、仇討ちの空しさを知る。一方で、横暴に振る舞う局長・芹沢鴨をめぐる新選組内の騒動に巻き込まれ、鎌切大作と共に芹沢に刃を向けることになる。
 という、青年・丘十郎の成長物語で、新選組の面々や坂本龍馬等、実在の人物は登場するが、基本はフィクション。

 当初(7日観劇時点)の配役は、深草丘十郎/中村歌之助、鎌切大作/中村福之助、近藤勇/中村勘九郎、土方歳三/中村七之助、丘十郎の仇・庄内半蔵/片岡亀蔵、だったが、歌之助と福之助がコロナ感染陽性になったため、2日間の公演中止を挟んだ後、19日から次の配役に変更された。
 深草丘十郎/中村七之助、鎌切大作/中村勘九郎、近藤勇/片岡亀蔵。
 再見したのは、そんな理由から。

 初見では、わかりやすい展開が、あっさりし過ぎる印象につながる、と思った。手塚まんがの、ある種の明晰さが、歌舞伎と合わないのかも。そんな風にも感じた。
 それが配役の替わった再見で覆った。
 例えば、劇中で「元がコミックだから」と登場人物がギャグで言う展開の早さも、「あっさり」というのではなく、「快調」に感じられ、むしろ転換の巧みさの方に目が行った。
 あるいは、登場人物たちのコミック版に依拠した動きが、アクションであってもユーモラスなものであっても、役者の見得の体技とうまく融合して歌舞伎ならではの面白さになっていることにも気づいた(宝塚歌劇を愛した手塚治虫にはそうした見どころの呼吸がわかっていたのかもしれない)。

 そうした印象の変化は、ひとつには半月の公演で練り上げられたことで生まれたのだろう。だが、もうひとつの理由は、やはり役者の交替にあると思う。
 歌之助、福之助の兄弟は、歌舞伎座で初めてと言っていい(それも新作の)主演級の役を新鮮に演じていた。“若手の挑戦”という“花形歌舞伎”的側面を持つ『八月納涼歌舞伎』にあっては、それを温かく見守りたい気持ちもある。が、その舞台を観ながら、この役が誰々だったら、と想像するのも歌舞伎観客の常。実際7日の時点で、個人的には、主演の2人が勘九郎、七之助だったら、と思いながら観た。
 その配役が不幸中の幸いとして実現したわけだが、観直した舞台は、さすがにワンランク上だった。役者の力で要所要所がピタリと決まることによって、作品全体が締まって見えた。
 そもそも、『新選組』歌舞伎化の発案は勘九郎のものらしい。だからというわけではないが、深草丘十郎は七之助を、鎌切大作は勘九郎をイメージして脚本が書かれているように思われる。その2人をイメージして歌之助、福之助が演じていたとしても不思議はない(クレジットはないが、勘九郎が演出的役割を担った可能性はある)。そういう意味でも、言ってみれば、ある種の“オリジナル・キャスト”として演じられたとも考えられる配役変更後の『新選組』。歌舞伎化の狙いが、よりはっきり表に出たのは間違いないだろう。

 ちなみに、配役変更後、七之助の演じていた土方歳三は出なくなり、土方が受け持っていた役割を中村虎之介演じる沖田総司が合わせて引き継いだ。かなりのセリフ量で、これまで観た中では最も前面に出た虎之介だったが、颯爽として、よかった。
 出演は他に、芹沢鴨/坂東彌十郎、坂本龍馬/中村扇雀、謎の浪人・仏南無之介/中村橋之助。片岡亀蔵の演じていた庄内半蔵役は片岡仁三郎に交替。
 鎌切大作行きつけの汁粉屋亭主役(けっこう重要な役)で出ているのが山崎咲十郎。本名は日下部太郎。この作品の脚本家でもある。2019年の坂東玉三郎の『新版 雪之丞変化』@歌舞伎座の脚本・演出補も彼が担当。

 装置のアイディアにコクーン歌舞伎的なセンスを感じる。これもクレジットはないが、勘九郎の意図を反映しているのかもしれない。

 8月30日まで。

 (追記)26日より歌之助、福之助が復帰しました。

お勢、断行@世田谷パブリック・シアター 2022/05/17 14:00

 一昨年(2020年)3月3日に観るはずだった舞台。2年2.5か月ぶりの上演実現はめでたい。それが面白かったのは、観客として、さらにめでたい。

 「からくり箱」のように、あちこちが出たり入ったり、見えたり隠れたりする精巧な2階建てのセットが、場合によっては演技の途中でも動き始め、時には会話をしている登場人物たちを分断して別の時空に連れ去ったりする。連動する、照明、音響、映像も巧みな効果を生む(舞台美術/二村周作、照明/杉本公亮、音響/高塩顕、映像/横山翼)。
 そもそも、舞台上の流れが、時系列に沿っているように見えて、必ずしもそうではなく、脈絡なく現れた場面が後から別の時系列に組み込まれ再現されて意味がわかったり、隠されていた場面が後から描かれて事情が明らかになったり、と、こちらも「からくり箱」のよう(ほとんどの場面が違う意味を持って2度演じられているのではないか)。最後の最後に暗示される謎解きが画竜点睛の感。
 こうした凝りに凝った構成と演出が、江戸川乱歩の同名小説に描かれた悪人たちの陰鬱な因果応報話を、庭の古井戸から引きずり出し、一層ミステリアスに暗く輝かせてみせる(作・演出/倉持 裕)。

 緻密でスピーディな演出に応える役者陣の健闘も光る。
 ことに、脇に回った、江口のりこ、池谷のぶえ、千葉雅子の演じる個性的なキャラクターが、ある意味“女性のドラマ”である本作の奥行きを深くしている。正名僕蔵、梶原善のしつこさも、おかしくて怖い。
 舞台上に久しぶりに大空ゆうひ(祐飛)を観て、感慨一入。

 斎藤ネコの音楽は思ったより控えめだった(もちろん悪くはない)。

 東京公演は5月24日まで。兵庫、愛知、長野、福岡、島根での公演もある。

 

鼠小僧次郎吉@歌舞伎座 2022/02/20 19:05/天日坊@シアターコクーン 2022/02/22 13:00/ハナゾチル@EXシアター六本木 2022/02/27 12:00

 およそ1週間の間に観た3本の黙阿弥作品通し上演、菊之助の『鼠小僧次郎吉』、中村屋兄弟と獅童の『天日坊』、海老蔵の『ハナゾチル』。それぞれに見どころがあり、面白かった。コロナ禍による突発的な休演があちこちで起こる中、予定通り全て観ることができたのは幸運だったかもしれない。

 『鼠小僧次郎吉』は歌舞伎座『二月大歌舞伎』第三部の演目の1つ。第三部は一時中止になっていたが、運よく観劇日から再開された(出演予定の巳之助は休演のままだったが)。
 同演目の初演は1857年。明治期に五世菊五郎が、次いで六世菊五郎が継承。その後上演が途絶えていたが、当代菊五郎が1993年に国立劇場で復活上演。今回は、その子息による29年後の再演というわけだ。織田絋二・神山彰/補綴、今井豊茂/補綴。
 騙されて大金を奪われ心中しようとする若い恋人たちを救うために働いた武家屋敷からの盗みが、その恋人たちを含む周囲の人々を連鎖的に窮地に陥れることになる前半の因果話。そこに“鼠小僧”自身の不幸な生い立ちや別れた妻、悪辣な育ての親も絡んできて、これまで抱いていた“鼠小僧”の痛快なイメージは皆無。しかも、『夏祭浪花鑑』的な成り行きで育ての親を殺してしまって万事休す。みんなを助けるためにも奉行所に名乗り出ることになる。
 お白洲に引き出され無実の罪で裁かれようとしている件の恋人たち、そして武家屋敷の辻番(実は“鼠小僧”の実父)。そこに真犯人として名乗り出る“鼠小僧”。ここで『伽羅先代萩』のお白洲場面的な悪玉奉行と善玉奉行の駆け引きがあり、恋人たちと辻番は許されるが、“鼠小僧”はお縄になる(その過程で実父と名乗り合う)。悪玉奉行は恋人たちを陥れた冒頭の策略の一味で(観客にはわかっている)、恋人たちをなぶり損ねた腹いせに“鼠小僧”を痛めつけようとする。その真相を知った“鼠小僧”は、するりと縄を抜け、大立ち回りを演じて逃げていく。いずれ善玉奉行の手で捕らえられることを心に誓いながら。
 最後の最後に「するりと縄を抜け」るまでの“巡る因果”に苛まれる“鼠小僧”を、情感を込めながらも持ち前のクールさを漂わせつつ演じる菊之助の佇まいは、どこか虚無的で、ある意味ハードボイルドですらある。それだけに、縄を抜ける瞬間のカタルシスは大きい。
 出演は他に、歌六、雀右衛門、権十郎、橘太郎、彦三郎、(坂東)亀蔵、新悟、米吉、丑之助。

 『天日坊』は10年前にやはりシアターコクーンで上演された、宮藤官九郎/脚色×串田和美/演出・美術版の再演。その舞台の感想は旧サイトにも残していないが、なにか煮え切らない印象があった。が、今回は「快調」。串田の指示で脚本を30分短縮した、とプログラムで宮藤官九郎が言っているから、その分凝縮されて舞台の核心部分がくっきりと表れた可能性はある。役者が時折使う「~なんじゃね?」といった現代的言い回しも、10年の時を経て、単なるギャグとしてではなくキャラクター表現として作品に溶け込んでいて、スピード感を増す。前回のコクーン歌舞伎『夏祭浪花鑑』がコロナ禍初期の手探り状態での上演で不完全燃焼だったこともあり、久々に中村屋の舞台らしい躍動感を味わった気がした。
 みなしごの法策が、身寄りのない老婆を殺して頼朝の書き付けと宝剣を奪い、将軍の“ご落胤”に成りすまそうとする、というのが大筋。その過程で、盗賊となってお家復興を画策する平家の残党と出会い、利害が一致して共に鎌倉を目指す。話は、黙阿弥らしい“実は実は”の連続で、目まぐるしく展開する。
 ドラマの肝は、善良な人間として慎ましく生きていた法策が、あまりにも大きな出世の糸口に目が眩んで生き方を180度変え、殺人を犯すところ。10年前は、ここの心情描写がクドカン、いや、くどかった記憶があり、それが煮え切らない印象を生んだ一因ではないかと思うが、今回は、この“悪”への転換が、おそらく勘九郎の演技がひと回り大きくなったこともあるのだろう、ある種の快感/凄みを伴う切れ味のいいものになっていた。
 その延長線上で、盗賊/平家の残党を演じる七之助、獅童とのトリオが、最終的に、“悪”に転換せざるをえなかった別作品の若者たち『三人吉三』の二重写しに見えた。それもまた、中村屋の芝居ならではの魅力を舞台にくっきり浮かび上がらせようとする演出と脚本の成果だろう。
 出演者は他に、扇雀、萬次郎、(片岡)亀蔵、笹野高史、小松和重、虎之介、鶴松。
 特筆すべきは音楽。クレズマー風味のジャズを奏でるのは、トランペット×6、キーボード、エレキベース、パーカッション×2、という編成のバンド。トランペットの平田直樹とキーボードのDr.kyOnが音楽監督としてクレジットされているから、この2人の作曲と考えていいのだろう。見事な雰囲気醸成だ。10年前もそうだったと思うが、殺しの場面でのトランペットは秀逸。

 『ハナゾチル』は、『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)、通称『白波五人男』を「六本木歌舞伎」風に脚色した作品。今井豊茂/脚本、藤間勘十郎/演出、三池崇史/監修。
 警官隊に追い詰められた現代の盗賊が、虚空から聞こえてくる謎の呼びかけに応えるようにタイムスリップして(舞台上ではタイムリープと言っていたようだが)江戸時代に現れる、というのが発端で、幕切れに再度現代が現れるが、中程は、まんま『白波五人男』の通し。呉服商浜松屋に弁天小僧と南郷力丸が武家の娘と従者に化けて現れる直前、五人男の首領、日本駄右衛門が“立派な侍”に化けて浜松屋の奥に入り込むところから始まり、「知らざあ言って聞かせやしょう」で有名な浜松屋店先、浜松屋の蔵前と来て、稲瀬川(五人男)勢揃い、大詰の極楽寺屋根での弁天小僧の立腹(切腹)までが描かれる。
 これが実にスピーディ。例えば、浜松屋で正体がバレて引き上げる際の弁天小僧と南郷力丸の金のやりとりや畳んだ着物と刀をどちらが持つかの駆け引き、なんてところはバッサリ省略。とりあえず、要所の見せ場は歌舞伎の様式美にのっとって派手に見せていきつつ、慣れていない客にもわかるように大筋のつながりの説明は押さえておく、という演出。歌舞伎鑑賞の入口としては、これはこれで「あり」だと思った。
 海老蔵が演じるのはもちろん弁天小僧菊之助。南郷力丸/右団次、日本駄右衛門/男女蔵、赤星十三郎/児太郎、忠信利平/九團次、浜松屋主人/市蔵、現代の盗賊/戸塚祥太(A.B.C-Z)。
 浜松屋の前に、児太郎が姫から小姓(赤星十三郎)に早替わりを見せる場面があって、現代劇から歌舞伎世界への導入として生きていた。

冒険者たち~Journey To The West~@KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ 2022/02/15 14:00

 経典を求めてインドに向かう三蔵法師をはじめとする『西遊記』一行が、なぜか現代の神奈川県にタイムスリップしてくるところから始まる、おかしな物語。
 KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督・長塚圭史の、地域密着型劇場を目指す新戦略の一環として生まれた舞台。なるほど、これは面白い。

 “なぜか”現代の神奈川にタイムスリップ&リージョンスリップ(そんな言葉あるのか?)してきた『西遊記』一行は、その瞬間別れ別れになってしまう。大筋は、三蔵法師が弟子たちを探して神奈川県を巡っていくという、言ってみれば『西遊記』の超縮小版。
 その過程で、県内に点在する土地に根差した民間伝承や歴史が解き明かされていく。それは、急速な近代化の流れの中に取り残された文化を掘り起こしているようにも見える。
 一方で、はぐれたのをいいことに三蔵法師の付けで飲み食いする猪八戒を案内役にして現代の県内グルメが紹介されていく。同時に、今の神奈川の風俗的な面の描写もある。
 そういう構成。あくまでコメディ・タッチだが、事実関係はきっちり押さえているところが舞台に厚みを与える。ちなみに、猪八戒は実際には登場せず、インスタの目撃投稿写真という形で出てくる。

 三蔵法師=柄本時生、孫悟空=菅原永二、沙悟浄=長塚圭史、玉龍(白馬、実は竜)=佐々木春香、という『西遊記』一行の他に、狂言回しとして神奈川県(という役!)で成河が出演。実はこの役、神奈川各地の道祖神なのだと後でわかる。様々に姿を変える道祖神として物語に道筋を付けていく成河の、文字通り八面六臂の活躍は見もの。菅原永二が演じる実在の(!)爬虫類研究家・白輪剛史役も、本役孫悟空以上の存在感を発揮して楽しい。
 そして音楽。作曲の角銅真実自身が、成河の手を一部借りながら、ほぼ1人で複数の楽器を演奏し、歌も歌う。この音楽が素晴らしい。幕開きから出演者たちも歌うので、ミュージカル的にも楽しめる。
 脚本・演出/長塚圭史、共同演出/大澤遊。長峰麻貴の装置・衣装もよかった。

 KAAT公演は2月16日で終わりだが、この後、神奈川県内を回るツアー公演もある。
 開かれた劇場を意図して1階アトリウムを仮設劇場に仕立てた『王将』三部作から始まった、芸術監督・長塚圭史の牽引するKAATの地域密着戦略は、着実に進化している。

The Chronicle of Broadway and me #482(連獅子/法界坊)

2007年7月@ニューヨーク(その5)

 『連獅子(平成中村座)』(7月16日19:30@Avery Fisher Hall)と『法界坊(平成中村座)』(7月17日19:30@Avery Fisher Hall)について旧サイトに書いた観劇当時の感想(<>内)。

<平成中村座1週間公演の演目は、初日のみ『連獅子』で、以降が『法界坊』
 『連獅子』の演出には特別なところはなし。力のこもった舞台だった。が、最高額250ドルってのは、どうなんでしょ(75ドルの3階席に座ったが、花道までよく見えた)。
 『法界坊』は、3年前の『夏祭浪花鑑』同様、初めに登場人物とあらすじを英語のナレーションで紹介。大詰めの前を若干省略して、その分、最後に勘三郎が何度も早替わりを見せた。また、日本で(コクーン歌舞伎『三人吉三』で)予告していた通り、勘三郎が法界坊の独白的セリフのかなりの部分を英語でやってみせた。
 そうした変更のあった舞台だが、出来はもちろん悪くない。大半は日本人客だが、明らかにアメリカ人客をも惹きつける勘三郎の奮闘にも感銘を受ける。
 しかしながら、だ。やはり海外公演のスリルは役者と海外の観客のものであって、頼まれもしないのに日本から観に来るのは筋違いだな、と改めて思ったのも事実。演劇は、そのホームタウンで観るのが一番だと思う。>

 『連獅子』は、(十八代)勘三郎、勘太郎(現勘九郎)、七之助が獅子、扇雀と橋之助(現芝翫)が旅の僧。
 『法界坊』は、串田和美演出で、主な出演者は、上記5人の他に、坂東彌十郎、片岡亀蔵、笹野高史という、いつもの顔ぶれ。

 エイヴリー・フィッシャー・ホールはニューヨーク・フィルの本拠地、今のデイヴィッド・ゲフィン・ホール。
 仮設小屋で行なった3年前の平成中村座同様、海外から招聘した公演をまとめて開催する夏のリンカーン・センター・フェスティヴァルの一環だった。

母 My Mother@シアター711 2021/12/23 14:00

 鄭義信(チョン・ウィシン)の新作戯曲。演出も鄭で、出演は、みょんふぁ。“一人芝居”だが、チャングの演奏者として李昌燮も出演する。

 日本占領下のソウル(当時の京城)で生まれ、「半島の舞姫」として日本のみならず、欧米でも人気を博したダンサー崔承喜(さいしょうき/チェ・スンヒ)と、その娘である安聖姫(アン・ソンヒ)の波瀾に満ちた人生が、安聖姫の回想という形で描かれる。それが、そのまま朝鮮の近代史でもある、という構想が素晴らしい。

 北朝鮮の寒村で質素に暮らす(という状況も後からわかるのだが)安聖姫の話を聞きに、日本から訪れた者がいて……というのが大まかな構造。
 これからご覧になる方のために詳述は避けるが、やがて自らも舞踊家になる安聖姫の、母・崔承喜に対する愛憎半ばの(と、しだいにわかってくる)心情が、生まれた日本占領下の朝鮮→戦時下の日本→日本敗戦後の朝鮮→朝鮮戦争後の北朝鮮、と、複数の国家に翻弄される人生と共に語られていく。
 実は、崔承喜も安聖姫も、父・安漠も、1960年代後半に北朝鮮で“粛清”されたと言われ、消息不明となっている(崔承喜の死は後に公表されているが)。したがって、安聖姫を日本人が訪ねてくる、という設定そのものが架空ではないかと思われるのだが(あるいは知られていない情報があるのかもしれないが)、それはともかく、その消息不明となる“謎”の核心部分が、中間部に置かれた回想劇(おそらく日本からの聞き手には語られなかった部分)で描かれてスリリング。

 本格的な舞踊も交え、二世代の安聖姫を演じる、みょんふぁが見事。李昌燮も、チャングの演奏だけでなく、舞台の中で存在感を発揮している。