The Chronicle of Broadway and me #055☆

1993年10月@ロンドン(その1

初めてのロンドン。KLMで飛んだ。アムステルダム経由。たぶんノースウェストのマイレージで。
ヒースロー・エクスプレスはまだなく(開業は1998年)、地下鉄で市内に向かった。
宿泊はチャリング・クロス駅併設の現アンバ・ホテル・チャリング・クロス。当時は単にホテル・チャリング・クロスだった気がするが確信はない。土地鑑がなく、交通手段の塩梅もわからなかったので、とりあえず目当ての劇場の近くで選んだ。古風な作りで、広めのバスルームに猫足の細長いバスタブが置いてあり、シャワーがなかった。今では改装されていることだろう。

観劇の目玉はパティ・ルポン主演の『Sunset Boulevard』。が、ネット予約の時代は訪れておらず、到着後チケット入手に苦労することになる。まだロイド・ウェバーの名前でチケットが売れていた、と言うか、ロイド・ウェバー最後の(売れ行き上での)人気作と言ってもいいだろう。
観劇リストは次の通り。

10月26日 14:45 The Mousetrap@St.Martins Theatre West ST, Cambridge Circus, WC2H 9NH
10月26日 19:30 Carousel@Shaftesbury Theatre Shaftesbury Ave, WC2H 8DP
10月27日 15:00 Lust@Haymarket Theatre Haymarket, SW1Y 4HT
10月27日 20:00 Sunset Boulevard@Adelphi Theatre Strand, WC2E 7NA
10月28日 15:00 Crazy For You@Prince Edward Theatre Old Compton St, WC2N 5DE
10月28日 20:00 A Slice Of Saturday Night@Strand Theatre Aldwych, WC2B 5LD
10月29日 17:30 Buddy@Victoria Palace Theatre Victoria St, SW1E 5EA
10月29日 20:30 Hot Stuff@Cambridge Theatre Earlham St, WC2 9HU
10月30日 14:30 Joseph And The Amazing Technicolor Dreamcoat@London Palladium Theatre Argyll St, W1V 1AD
10月30日 19:30 Pickwick@Sadler’s Wells Theatre Rosebery Ave, EC1R 4TN

観られなかったのが、この年に幕を開けた『Grease』。<ロンドンで最も手に入りにくかったチケットは、ロイド・ウェバーの『Sunset Boulevard』を抑えて、なんとリヴァイヴァルの『Grease』。初演にはなかった映画版の曲も加えられ、主演に、TVのアイドル的スター、クレイグ・マクラクラン、歌手のデビー・ギブソンを据えての公演。チケット売れ行き好調の一因は、このキャストにもあるらしい。>と当時書いている。
1999年まで続いているが、結局観なかった。オーケストラ・ボックスが舞台上で浮かび上がったり(?)、レーザー光線が飛び交ったり、という派手な演出だったようだ。

<曇天続き、肌寒い日々>だった初のロンドンでの観劇記は、次回『Sunset Boulevard』からスタートだが、ミュージカルじゃないThe Mousetrap(邦題:ねずみとり)について、当時の感想から、ひと言。

<41年目という大ロングランのアガサ・クリスティのミステリー・プレイ。ここまで長くやってると話の種の観光名所化は必然。
内容は、ある冬のこと、山荘に人々が集まり……。おっといけない。カーテン・コールで出演者から、劇場を出たら口を閉ざしてくれと頼まれたのだった。>

66周年を超えて続演中なので、約束は守る(笑)。

The Chronicle of Broadway and me #054

19935月~6月(その10

トニー賞の行方を参考に、1992/1993年シーズンを振り返る。

作品別獲得数は多い順に次の通り。

『Kiss Of The Spider Woman』7(作品賞/楽曲賞★/脚本賞/主演女優賞/主演男優賞/助演男優賞/衣装デザイン賞※)
『The Who’s Tommy』
5(楽曲賞★/演出賞/振付賞※/装置デザイン賞※/照明デザイン賞※)
『My Favorite Year』
1(助演女優賞)
(※印のカテゴリーはミュージカルとプレイが混合で候補になっている。リヴァイヴァル作品賞も混合で、受賞はプレイ作品だった。★楽曲賞は珍しいダブル受賞。この年、編曲賞、音響デザイン賞はない。)

実り多かった前シーズンに比べて低調。トニー賞は、締め切り間際に幕を開けた大がかりな2作がほぼ独占した。
My Favorite Year』の助演女優賞は、もちろんアンドレア・マーティン。

このシーズンに登場して観られなかったミュージカルは次の5本(開幕順)。タイトルの後のカッコ内はプレヴュー開始日~クローズ日。

『Anna Karenina』(8/11/1992~10/04/1992)
『Oba Oba ’93』(9/9/1992~10/18/1992)
『3 from Brooklyn』(11/11/1992~12/27/1992)
『Face Value』(3/9/1993~3/14/1993)
『Ain’t Broadway Grand』(3/26/1993~5/09/1993)

『Anna Karenina』は2006年に、潤色/小池修一郎、演出/鈴木裕美、主演/一路真輝で上演され、その後再演も行われている東宝版のオリジナル。原作はトルストイの同名小説。作曲のダニエル・リーヴィン、作詞・脚本のピーター・ケロッグ共に(今のところ)ブロードウェイ作品はこれ1作のみ。
Oba Oba ’93』はブラジル音楽のショウだった模様。「’93」と付いているのは、1988年と1990年に同趣向で上演されているから。
3 From Brooklyn』はブルックリン讃歌のショウだったらしい。
問題はプレヴュー期間中に終わってしまった『Face Value』。1988年に『M. Butterfly』をヒットさせた劇作家デイヴィッド・ヘンリー・ホワンの作品で、どうやらプレイ扱いのようなのだが、作曲・作詞にホワンのクレジットがあるからだ。プレイ・ウィズ・ミュージックとカテゴリー分けしてある場合もあるし、ダンス音楽や振付の担当もいて、役者にジェイン・クラコウスキーの名前もある。いったい、どんな作品だったのだろう。
Ain’t Broadway Grand』は、『Man 0f La Mancha』の作曲家ミッチ・リーと『Bye Bye Birdie』の作詞家リー・アダムズが組んだ作品。ジプシー・ローズ・リーが出てきたりして(もちろん本人ではなく役として)面白そうなのだが……。
ともあれ、短命作品の多いシーズンではあった。

The Chronicle of Broadway and me #053

19935月~6月(その9

昨シーズンの主要3作のキャストの変更について、まとめて。

3度目の『Guys And Dolls』(6月3日20:00@Martin Beck Theatre)は、ネイサン・レインがすでに降板。キャスト変更多数。

4度目の『Crazy For You』(6月5日20:00@Shubert Theatre)は主要キャストの変更なし。

3度目の『Jelly’s Last Jam』(6月6日15:00@Virginia Theatre)については、キャストの変更に伴う印象の違いを当時の感想から引く。

<主役のジェリー・ロール・モートンが、ハインズからブライアン・ミッチェルに替わったのが5月4日。そのほぼ1か月前の4月6日から、ジェリーをあの世へ案内する狂言回し役、チムニー・マンに、1972年の『Pippin』でスターになった ベン・ヴェリーンを配したのは、おそらく、スターのイメージの移行(ハインズからヴェリーンへ)をスムーズにするためだと思う。
同時に、そのスターの入れ替わりによって、劇中でのジェリーとチムニー・マンとの比重が変わり、ミュージカル全体のイメージが変わった。
そのことにはっきり気づいたのが第1幕第2景。ジェリー・ロール・モートン役ミッチェルと少年時代のジェリーを演じるセイヴィアン・グローヴァー(体がひと回り大きくなった)とのタップの競演の後。昨年の7月23日、ここで客の1人 がしつこくアンコールを送り、次のセリフを言うべきチムニー・マンが立ち往生するという事件があった(#030)。
ところが今回は、2人のジェリーのタップ競演の後、間髪を容れずに「ブラボー!」と陽気に叫んで積極的に話を進めたのはチムニー・マン。ベン・ヴェリーンの陽性のスター性を生かした演出によってチムニー・マンの役が膨らみ、ジェリーと同等の重みを持つ人物になっていた。チムニー・マンを膨らますことで、ハインズが主役であるが故にグレゴリー・ハインズ・ショウにならざるを得なかった作品の真の全体像を鮮明に見せた印象。ハインズの求心力から解き放たれて全体像が鮮明に見えたことで、このミュージカルのタップの意味もはっきり見えてきた。
グレゴリー・ハインズだからタップを踊るのは当たり前だと思って観ていた。が、よく考えれば物語の上ではタップは必然性がない。なにしろジェリー・ロール・モートンはダンサーではなくピアニストなのだから。しかし、そうした演出上の困難を承知の上で、あえてタップを導入したのは何故か。このミュージカルでは、タップの持つ感情表現の力を、ドラマと有機的に結びつけることで、より深く豊かに発揮させようとしている。そういうことなのだ。それは、何気なく見えるが、実は、かなり画期的なことなのではないか。
屋台骨を背負うことになったベン・ヴェリーンの好演はもちろんだが、グレゴリー・ハインズの後という重いプレッシャーを負って、ブライアン・ミッチェルもよくがんばっている。ジェリーのイメージを変えない方針らしい演出に則った、ハインズの特徴を受け継ぎながらの演技とタップの大変さは、想像に余りある。ただし、ミッチェルの白人寄りの容貌は、クレオールであるが故の屈折を持った主人公を演じるのにより相応しく、今回、ジェリーが親友を黒人として侮辱する場面で客席からブーイングが起こったのは、その効果によるところも大きいと思う。>

ブライアン・ミッチェルは、もちろん、現ブライアン・ストーク・ミッチェル。その後、彼自身もスターになった。

The Chronicle of Broadway and me #052

19935月~6月(その8

ミュージカル以外の3本をまとめて。<>カッコ内が当時の感想。

『Balanchine Celebration/New York City Ballet』(5月30日19:00@New York State Theater/Lincoln Center)はバレエ公演。

<ジョージ・バランシンとかけてベンチャーズ(慣例により「ベ」表記)と解く。ココロは「Slaughter On Tenth Avenue」(邦題:10番街の殺人)。謎かけにも何もなっていないが、バランシンが振付を手がけた1936年のミュージカル『On Your Toes』は「バレエをストーリーの展開に不可欠な要素として使うことによって、ミュージカルの新しい方向を切り開いた」とされる(スタンリー・グリーン「ブロードウェイ・ミュージカル from 1866 to 1985」)。そのミュージカルで最高の見せ場になるのが、ジャズ風味のバレエ「10番街の殺人」だという。ベンチャーズの名演奏で知られる、あの曲だ(アレンジはまるで違うが)。観劇前のバランシン理解は、その程度。
5月4日から6月27日まで約2か月間行われていたバランシン作品の上演。観た日は1950年代に発表された3作品が踊られた。
「Divertimento No.15」モーツァルト(1956)
「Agon」ストラヴィンスキー(1957)
「Scotch Symphony」メンデルスゾーン(1952)
いずれも極めて明快で美しいバレエ。同じ動きをタイミングをずらして何人かで繰り返す、という振付が、不思議なヴァイブレーションを生み出す。しかし、踊る方にとっては、その緊張感たるや、凄まじいものがあるのではないか。
白・黒・赤の組み合わせ、黒一色等、作品毎の衣装の色の鮮やかさには息を飲んだ。>

バランシン→ジェローム・ロビンズというシティ・バレエの流れは、ボブ・フォッシーにも連なる。と思って、来日公演なども時折観ている。機会があれば、ぜひ。

『Fool Moon』(6月2日14:00@Richard Rodgers Theatre)はパントマイムのショウ。

<デイヴィッド・シャイナーとビル・アーウィンという2人のパントマイム芸人(というかクラウン?)によるショウ。昨年夏にリンカーン・センターで行なった同内容のショウが好評で、ブロードウェイに舞台を移してロングランの幕を開けることになったらしい。
攻撃的なシャイナー、弱気なアーウィン、というキャラクターの違いはあるが、漫才コンビのようなボケとツッコミの芸というわけではなく、それぞれがもっぱら1人の芸を見せ、途中何回か2人で組むという構成。バックにザ・レッド・クレイ・ランブラーズという、アメリカ+中近東フォーク・ミュージックのような音楽を演奏するユニークなバンドが付き、舞台を盛り上げ、時には笑わせもする。
鍛えぬき練り上げられた動きを、大笑いしながら大いに楽しんだ。中で、2人並んでお互いの頭を叩いたり引っ張ったりする度に身長が伸びたり縮んだりするという芸は、動きが単純な分、逆に際立って印象に残った。
ただ、もっと激しい動きを求めている自分にも気づいた。今年の元旦にリンカーン・センターで観た『The Big Apple Circus』の、シーザーという人のパントマイムのスピード感が頭に残っていたせいだろう。
ところで、シャイナーを攻撃的と書いたが、冒頭、客席に現れたシャイナーがチケットを手に席を探すふりをしながら、観客に文字通り攻撃を加える。それに対する観客の反応が、驚きながらも、よく慣れているのに感心。こうした客いじりの場合のみならず、観客が舞台に上げられた場合でも臆することなく積極的に楽しみ、時には見事な芸を見せたりもする、という風土は、実にうらやましい。もちろん、中には例外もあるのだろうが。
なお、この2人、サム・シェパードの撮っている『Silent Tongue』という映画に揃って出ているらしい。公開が楽しみ。>

この作品、この後、1995年、1998年のホリデイ・シーズンにも同じメンバーでブロードウェイでの期間限定公演が行われている。
ビル・アーウィンはミュージカル好きには1991年のライザ・ミネリ主演映画『Stepping Out』で知られているだろう。この作品以外でも、しばしばブロードウェイに登場。2005年のプレイ『Who’s Afraid of Virginia Woolf?』ではトニー賞主演男優賞を受賞している。ミュージカルでは2009年の『Bye Bye Birdie』に出ていた。
一方のデイヴィッド・シャイナーは、2000年のミュージカル『Seussical』に主人公のキャット・イン・ザ・ハットとして姿を見せた。
なお、公開が楽しみ、と書いた『Silent Tongue』は、この年に開かれた第6回東京国際映画祭で『アメリカンレガシー』という邦題で上映された後にヴィデオ発売。日本国内では通常の劇場公開はなかったが、2014年に、出演していた故リヴァー・フェニックスの“幻の遺作”と共に劇場にかかったらしい。『アメリカンレガシー』じゃ、お釈迦様でも気がつくめえ。

『An Evening With Liza Minnelli & Charles Aznavour In Concert』(6月4日20:00@Carnegie Hall)は、おそらくライザ・ミネリがトニー賞の司会をするのに合わせての企画だろう。ライザとシャルル・アズナヴールとは交流が深かったようだ。この時、初めてカーネギー・ホールに足を踏み入れた。

<席は2階の回廊のように張り出したバルコニーだが、1坪ちょっとぐらいずつに仕切られていて、そこに椅子が8つ置いてある。その仕切り毎に、廊下との間にドアが二重に付いているという、個室風の何だか偉そうな造り。ステージからは遠いが、気分は豪華。
ライザ・ミネリの歌をコンサートで聴くのは初めてだが、これがいい。聴いていて気持ちがよくなる。単なる熱唱ではない。やはり、うまいのだと思った。
後半のアズナヴールもよかったが、できればライザをたっぷり観たかった、というのが正直な気持ち。>

この頃はライザの声の調子がよかった。が、今となってはアズナヴールをたっぷり聴いておきたかった気分。人の心は移ろいやすい。

The Chronicle of Broadway and me #051

19935月~6月(その7

リヴァイヴァルが2本。

On A Clear Day You Can See Forever(5月29日20:00@Harold Clurman Theatre)は、オープニング・ドアーズ・プロダクションズ制作のオフ作品。ハロルド・クラーマン劇場は、今は複合劇場シアター・ロウ内に収まっているが、この時は、同じ場所に違う形であったと思う。以下、当時の感想だが、ニューヨーク到着日に観て、非常に眠い中での観劇だったため、覚えていることがごく一部になっています(苦笑)。

<ブロードウェイ初演は1965年秋にオープンし280回の公演を重ねている。オスカー・ハマースタイン二世を失ったリチャード・ロジャーズが、自ら作詞も手がけた『No Strings』の次に、アラン・ジェイ・ラーナーと組んで進めた企画だが、うまくいかずにロジャーズが手を引いた、という経緯があるらしい。替わって作曲を担当したのがバートン・レイン(『Finian’s Rainbow』や「How About You?」で知られる映画『Babes On Broadway』の作曲者)。
訪れたのが、この限定リヴァイヴァル公演の最終日だったせいか、そのバートン・レインが客席に来ていて、公演終了後スタンディング・オヴェイションを受けていた。
さて、眠い中はっきり覚えているのは第2幕第1場のナンバー「When I Come Around Again」。いかにも1965年らしいロックンロール・ナンバーで、これに乗って若者たちが踊るのは、いわゆるゴーゴー。ここが唯一と言っていい目立ったダンス・シーンで、全員熱の入った踊りよう。目が覚めた(笑)。中でも、精神科医の秘書役ニコル・ハルモスが、それまでの上品なイメージを裏切るセクシーなダンスを見せ印象に残った。
ところで、このナンバー、オリジナル・キャスト盤ではロシア的な(『Fiddler On The Roof』に出てくるような)曲で、タイトルも「When I’m Being Born Again」と少し変わっている。臨席していた作曲者自身によるリアレンジなのだろうか。>

時を経てブロードウェイとオフとで改めて観たので、後で詳述することになると思うが、2011年のブロードウェイ版はさらに大胆な改変が施されており、どうやら最近観たオフ版が一番オリジナルに近い感触だったようだ。

She Loves Me(6月5日14:00@Criterion Center Stage Right/Olympia Theatre)の初演は『On A Clear Day You Can See Forever』の2年半前。1963年春にオープンし、プレヴューも含め302公演を重ねている。製作も兼ねたハロルド・プリンスの初めての演出作品で、作曲・作詞は、翌年やはりプリンスの製作で『Fiddler On The Roof』をヒットさせるジェリー・ボックとシェルダン・ハーニックのコンビ。また、脚本のジョー・マスタロフは3年後に、製作・演出プリンス、作曲・作詞ジョン・カンダー&フレッド・エブという『Kiss Of The Spider Woman』トリオと組んで『Cabaret』を作っている。このリヴァイヴァルはラウンダバウト劇場の製作。この頃はまだ、タイムズ・スクエア東側のビル内にある小ぶりな劇場で上演していた。

<ラウンダバウトの上演劇場クリテリオン・センター・ステージ・ライトは、規模は小さいものの、リンカーン・センターのヴィヴィアン・ボーモント劇場同様、客席に突き出た半円状の舞台を見下ろす構造になっている。両端に近い席は観にくいと思うが、うまく使えば面白い効果を生む(例えば『Anything Goes』がヴィヴィアン・ボーモント劇場の半円の舞台を船のデッキに模して成功していたように)。今回の場合、円構造を利用して、回転による場面転換をうまく行なっていた。
1934年、ブダペストの香水店を舞台にした、すれちがいのラヴ・ストーリーは、他愛ないと言えば他愛ないが、キャラクター作りがしっかりと成された登場人物がそれぞれ魅力的で、心温まるミュージカル・コメディに仕上がっている。
出演者はみんなうまいが、先の『Anything Goes』で主演男優だったハワード・マッギリンが女たらしの厭味な色男を演じて意外なハマリ役。怪しげなカフェのウェイターを怪演したジョナサン・フリーマンは、映画『Aladdin』の悪人ジェイファーの声を担当した人だそう。
そして、嬉しかったのが、クリスティ・ラインズの出演。Catsのランプルティーザー役だった彼女が素顔で出演。脇役だが、猫ばりのアクション場面が用意されていて、陽気なアクロバット的動きを見せて喝采を浴びた。>

ヒロインはStars In The Alleyに登場したジュディ・キューン。最近では『Fun Home』の母親役が印象深い。この作品、約2ヶ月半の公演の後、一旦クローズし、プロデューサーが替わって10月から大きな劇場に移るが、その際ヒロインはダイアン・フラタントニに替わっている。主要キャストでただ1人の交替だが、翌年のトニー賞の候補にはキューンが挙がった。いろいろ不思議。
相手役はボイド・ゲインズで、トニー賞主演男優賞受賞。トニー賞受賞はこれが2度目。現時点で都合4度受賞している。

翌年1月に、移った劇場で再見するが、その際の追加感想も挙げておく。

<前回書き落としているが、このミュージカルにはダンスの見せ場もある。怪しげなレストランでの怪しげな客たちの狂騒的なダンスで、振付は『Kiss Of The Spider Woman』のロブ・マーシャル。
なお、この舞台を観る時にはメザニン(中2階席)がお薦め。と言うのはセットも2階建てになっているから。その席で良かったと、特に最後は思うはず。>

トニー・ウォルトンの手がけた魅力的な2階建ての店のセットは、観音開きになることも含めて、2016年版(デイヴィッド・ロックウェル)と、とてもよく似ていた。が、メザニンを薦めた理由は残念ながら全く覚えていない(笑)。

蘭陵王~美しすぎる武将~@KAAT神奈川芸術劇場 2018/12/04 13:00

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自覚のないまま強い者から虐待を受けていた孤独な少年と孤独な少女が、成人の後に運命のいたずらで巡り会い、最後の最後に手を組んで強大な権力にしっぺ返しを食わせる。要約すると、そんな話。設定は1500年前の中国だが、まっすぐ現代に通じる内容。
舞台の全てがうまくいっているわけではないが、木村信司らしい意欲作として興味深く観た(てか、予備知識なしで観に行って、幕開けの凪七瑠海のアナウンスで、作・演出が木村信司と知ったのだが)。

木村信司作品の特徴は、時事問題を孕んだテーマの設定と、それに対する理屈っぽく辛辣なアプローチ、そして、工夫を凝らした語り口(演出)、か。自然、寓話的感触になることが多い。ハマると、おーっ!と感動するが、ぎくしゃくすることもないではない。
今回の演出は、ストーリーの大半を「語り部」に語らせる、という一見安易な手法。初めは、1500年前の中国の状況をわかりやすくするための方策かと思ったが、途中から、別の意図がわかってくる。主人公の受ける性的な虐待を遠回しに表現すること。加えて、それによる主人公の内面の変化を表現すること。そうしたナーヴァスな案件の説明を「語り部」に託したわけだ。それは、ある程度、功を奏したと言っていいだろう。ちなみに、「語り部」は2人いるが、最初に出てくるメインの「語り部」の正体が最後に明かされる。驚くほど意外ではないが、全体が腑に落ちて幕を閉じる感じになって、うまいと思う。

蘭陵王(らんりょうおう)とは、中国・北斉の皇族、高長恭の諸侯王としての称号。というわけで、6世紀に実在した人物。
皇帝(実際には死後に追尊)高澄の四男として生まれるが、兄弟で一人だけ母親の姓名が不詳であることから、その出生について想像をふくらませることが可能になっている。さらに、敵軍に包囲された洛陽城の解放に向かった際、籠城中の兵に自分が味方であることを知らせるために防具である面を外してみせたことから、その美貌ゆえに味方の士気を削ぐことを恐れて常に面を被って戦った、という伝説が生まれた。この2点を軸に物語が作られている。
が、後者については、伝説誕生の瞬間として劇中ハイライト的に盛り上げてみせはするものの、作者自身の関心は、そこにはない印象を受ける。もっぱら前者、それも“美貌”伝説を踏まえての出生から成長過程の想像に、作者の軸足は置かれているようだ。
容貌の美しさゆえに幾たびか死地を逃れ、尋常ならざる庇護の下、強くなければ生きていかれないという人生観を育んできた孤児が、背中の入れ墨から亡き皇帝の息子であることがわかり、武術の訓練を積んで強力な武将となる。これが物語の土台。やや無理のある、この流れを強引に通してしまうのが、演出を凝らした語り部の妙技。
ここに、敵の間者であるヒロインを登場させることで、ドラマの根幹はほぼ出揃う。後にわかることだが、初めに書いたように、このヒロインも幼い頃から虐待を受けて育ってきた孤独な人間だったのだ。
そうした似た境遇から生まれた似た人生観が、敵対する立場でありながら、最後に2人を結びつけるのだが、この2人の出会いの設定が優れている。ストイックな主人公に時の皇帝が各地から選りすぐった女性を与えようとする。全くと言っていいほど関心を示さない主人公が唯一選んだのが、どこと言って特徴のない洛妃という娘。なぜ選んだのか。2人きりになって主人公は言う。敵の間者だと見抜いたからだ、と。
そこで死のうとする娘を説得する歌が、この作品の肝。全てを捨てて生きろ、という内容を、木村信司らしい回りくどい言い回しで歌うのだが、今回はその回りくどさが、いい方に出た。メロディもいい。同じ歌を、終盤、死罪を受け入れようとする主人公に向かって洛妃が歌う。その時、2人の関係の円環が見事に閉じられる(プログラムを買わなかったので作曲者不明のままです。ご教示いただければ幸いです)。

……と、根幹はうまくいっているのだが、肉付けがイマイチ。作品の質を上げていくべき余剰部分の豊かさが足りなかったのは残念。ことに、歌詞の練りが足りていない気がした。

専科に移って後の凪七瑠海の初主演作。ヒロイン洛妃が音くり寿。蘭陵王の異母兄弟で皇帝になる高緯がゲイという設定で、演じるのが瀬戸かずや。その寵愛の相手、逍遥君をクールに演じるのが帆純まひろ。全体を支えたメインの語り部は専科の京三紗。もう1人の語り部が花組副組長の花野じゅりあ。無骨な将軍をいい味で演じるのが専科の悠真倫。

カーテンコールの挨拶で花野じゅりあが言っていたが、花組はこの時点で4つに分かれて公演中とか。手薄な中での健闘が光った。

The Chronicle of Broadway and me #050

19935月~6月(その6

『Kiss Of The Spider Woman』(6月2日20:00@Broadhurst Theatre)についても、ニューヨーク・タイムズのフランク・リッチの記事を引きながら、当時、感想を書いている。

<フランク・リッチは、トニー賞最優秀作品賞はThe Who’s Tommyではなく『Kiss Of The Spider Woman』が獲るだろうと予測してみせた。その上で、『Kiss Of The Spider Woman』は最近のトニー賞(作品賞受賞)ミュージカルよりは遙かに冒険的であるが、作品賞受賞予測の根拠は、そのことよりも、作品の持つ「ショウビジスネの閃きと自由主義的な感傷の伝統的混合」が審査員にアピールしやすいことにある、と書いて、暗にトニー賞審査員の体質は古い、と皮肉った。
その是非はともかく、結果を先に言えば、ミュージカル作品賞はリッチの予測通り『Kiss Of The Spider Woman』が獲った。そして、トニー賞の審査の基準がどの辺にあるのかはわからないが、個人的には、今シーズンの新作の中では『Kiss Of The Spider Woman』が最も満足できた作品だった。
とにかく、1993年のチタ・リヴェラのダンスを、現在考えられうる最高の形で観られたことが、何よりもうれしかった。現在60歳のチタのダンスは体の隅々まで神経が行き届いていて切れ味が鋭い。確かに振付は、体力的な問題を考慮してか、できるだけ無理がなく、かつ最も華麗に見える、という動きを考えているように見えたが、そうしたことを超えて、彼女の放つオーラに魅せられた。遅れて来たミュージカル・ファンにとっては、これ以上の喜びはない。
1985年の映画版では一人三役だったという、蜘蛛女(人を死に誘う、言ってみれば死神のような存在)、幻想の映画女優、革命闘士の恋人。その前者二役を演じるのがチタ・リヴェラ。その出演場面を大幅に拡大し、彼女の凛々しく情熱的なダンスと歌をたっぷり見せ、聴かせるこのミュージカルは、まさしくチタのもの。
男物の白いスーツに白いボルサリーノという鮮やかなスタイルでダンディに歌い踊る「Where You Are」(トニー賞授賞式の舞台でも披露)、極楽鳥の如き扮装で密林ダンスの華になる「Gimme Love」、そして、ステージいっぱいの蜘蛛の巣を背に幻想的に歌う「Kiss Of The Spider Woman」といったナンバーでの印象は強烈だ。
想像だが、チタの「蜘蛛女」という構想はかなり早い段階で決まっていたのではないか。まずチタの見せ場があって、そこに残りの部分(実は物語の骨子の部分)が付け加えられていって全体ができ上がったとしても不思議はない。
軍事独裁国家の監獄で同房になったホモセクシャルのショーウィンドウ装飾家と革命闘士の物語という、いわゆる本筋のドラマ部分は、よく噛み砕かれているし、出演者たちも熱演している。チタの見せ場とのバランスもうまくとれている。やはり、ハロルド・プリンスの演出の力が大きいのだろう。ミュージカル舞台化が難しいに違いない題材を見事に料理しきったことは間違いない(リッチは、その題材の選び方を「冒険的」と言い、演出の手法を「伝統的」と言っているのか。しかし、伝統的で何が悪い?)。舞台全体を覆う可動式の格子のセットや、『The Who’s Tommy』同様スライドを駆使する照明等も効果的だった。
が、万が一そうした部分の作りが失敗していたとしても、チタ・リヴェラの素晴らしい見せ場があるというだけで、『Kiss Of The Spider Woman』を評価する。
極端に言えば、ミュージカルとはソング&ダンスの見せ場の連なりで、全体のドラマはその見せ場をより魅力的にするためのつなぎなのだ、と思う。もちろん、それが分かちがたく結びついて、より大きな感動を生む、という方向で発展してきたのではあるが、面白さの根本は、あくまでそこにあるはずだ。>

とにかくチタ・リヴェラを観たかった。すでに伝説だったし。ミュージカルの舞台で観られるのは最後かも、と当時は考えた。四半世紀後も現役だとは夢にも思わなかった(笑)。

この作品、カナダの興行会社ライヴェント(Livent)の単独プロデュースで、同社のブロードウェイ進出第1弾だった。『Kiss Of The Spider Woman』の後、同社は、1994年『Show Boat』、1997年『Barrymore』、同年『Candide』をブロードウェイで上演。翌1998年に倒産する。『Barrymore』(演出ジーン・サックス)は二人芝居のストレート・プレイだが、それ以外は大がかりな装置のミュージカルで、なにかバブルの置き土産のような印象の興行会社だった。ミュージカル3作は全てをハロルド・プリンスが演出している。
『Kiss Of The Spider Woman』は、当初、プリンス演出、スーザン・ストロマン振付で1990年に試演を行なったものの、芳しい評価が得られず、2年後にライヴェントが乗り出してトロントで再スタート、という経過だったらしい。この時すでにブロードウェイ初演の主要キャストが顔を揃えていたようだ。ショーウィンドウ装飾家=ブレント・カーヴァー(カナダ人俳優の鮮烈なブロードウェイ・デビュー)、革命闘士=アンソニー・クリヴェロ。振付はヴィンセント・パターソンに変更。共同振付でロブ・マーシャルの名前もある。
同1992年、ウェスト・エンドで開幕。1年近く上演してからブロードウェイ入り。ロンドン経由にしたのは、カナダの興行サーキットがイギリス(やオーストラリア)と関係が深いせいだと思うが、このロンドン公演は観に行こうかとかなり真剣に考えた。結局、初のロンドン訪問は、この年の秋になるのだが。
ついでに言えば、プリンス+ストロマンのコラボレーションは、ライヴェントの次作『Show Boat』でブロードウェイ入りする。

最後に一点書いておくと、ショーウィンドウ装飾家は自分の性認識が女性なのでホモセクシャルではなくトランスジェンダーと捉えるべきだという説が今日では有力らしい。