The Chronicle of Broadway and me #052

19935月~6月(その8

ミュージカル以外の3本をまとめて。<>カッコ内が当時の感想。

『Balanchine Celebration/New York City Ballet』(5月30日19:00@New York State Theater/Lincoln Center)はバレエ公演。

<ジョージ・バランシンとかけてベンチャーズ(慣例により「ベ」表記)と解く。ココロは「Slaughter On Tenth Avenue」(邦題:10番街の殺人)。謎かけにも何もなっていないが、バランシンが振付を手がけた1936年のミュージカル『On Your Toes』は「バレエをストーリーの展開に不可欠な要素として使うことによって、ミュージカルの新しい方向を切り開いた」とされる(スタンリー・グリーン「ブロードウェイ・ミュージカル from 1866 to 1985」)。そのミュージカルで最高の見せ場になるのが、ジャズ風味のバレエ「10番街の殺人」だという。ベンチャーズの名演奏で知られる、あの曲だ(アレンジはまるで違うが)。観劇前のバランシン理解は、その程度。
5月4日から6月27日まで約2か月間行われていたバランシン作品の上演。観た日は1950年代に発表された3作品が踊られた。
「Divertimento No.15」モーツァルト(1956)
「Agon」ストラヴィンスキー(1957)
「Scotch Symphony」メンデルスゾーン(1952)
いずれも極めて明快で美しいバレエ。同じ動きをタイミングをずらして何人かで繰り返す、という振付が、不思議なヴァイブレーションを生み出す。しかし、踊る方にとっては、その緊張感たるや、凄まじいものがあるのではないか。
白・黒・赤の組み合わせ、黒一色等、作品毎の衣装の色の鮮やかさには息を飲んだ。>

バランシン→ジェローム・ロビンズというシティ・バレエの流れは、ボブ・フォッシーにも連なる。と思って、来日公演なども時折観ている。機会があれば、ぜひ。

『Fool Moon』(6月2日14:00@Richard Rodgers Theatre)はパントマイムのショウ。

<デイヴィッド・シャイナーとビル・アーウィンという2人のパントマイム芸人(というかクラウン?)によるショウ。昨年夏にリンカーン・センターで行なった同内容のショウが好評で、ブロードウェイに舞台を移してロングランの幕を開けることになったらしい。
攻撃的なシャイナー、弱気なアーウィン、というキャラクターの違いはあるが、漫才コンビのようなボケとツッコミの芸というわけではなく、それぞれがもっぱら1人の芸を見せ、途中何回か2人で組むという構成。バックにザ・レッド・クレイ・ランブラーズという、アメリカ+中近東フォーク・ミュージックのような音楽を演奏するユニークなバンドが付き、舞台を盛り上げ、時には笑わせもする。
鍛えぬき練り上げられた動きを、大笑いしながら大いに楽しんだ。中で、2人並んでお互いの頭を叩いたり引っ張ったりする度に身長が伸びたり縮んだりするという芸は、動きが単純な分、逆に際立って印象に残った。
ただ、もっと激しい動きを求めている自分にも気づいた。今年の元旦にリンカーン・センターで観た『The Big Apple Circus』の、シーザーという人のパントマイムのスピード感が頭に残っていたせいだろう。
ところで、シャイナーを攻撃的と書いたが、冒頭、客席に現れたシャイナーがチケットを手に席を探すふりをしながら、観客に文字通り攻撃を加える。それに対する観客の反応が、驚きながらも、よく慣れているのに感心。こうした客いじりの場合のみならず、観客が舞台に上げられた場合でも臆することなく積極的に楽しみ、時には見事な芸を見せたりもする、という風土は、実にうらやましい。もちろん、中には例外もあるのだろうが。
なお、この2人、サム・シェパードの撮っている『Silent Tongue』という映画に揃って出ているらしい。公開が楽しみ。>

この作品、この後、1995年、1998年のホリデイ・シーズンにも同じメンバーでブロードウェイでの期間限定公演が行われている。
ビル・アーウィンはミュージカル好きには1991年のライザ・ミネリ主演映画『Stepping Out』で知られているだろう。この作品以外でも、しばしばブロードウェイに登場。2005年のプレイ『Who’s Afraid of Virginia Woolf?』ではトニー賞主演男優賞を受賞している。ミュージカルでは2009年の『Bye Bye Birdie』に出ていた。
一方のデイヴィッド・シャイナーは、2000年のミュージカル『Seussical』に主人公のキャット・イン・ザ・ハットとして姿を見せた。
なお、公開が楽しみ、と書いた『Silent Tongue』は、この年に開かれた第6回東京国際映画祭で『アメリカンレガシー』という邦題で上映された後にヴィデオ発売。日本国内では通常の劇場公開はなかったが、2014年に、出演していた故リヴァー・フェニックスの“幻の遺作”と共に劇場にかかったらしい。『アメリカンレガシー』じゃ、お釈迦様でも気がつくめえ。

『An Evening With Liza Minnelli & Charles Aznavour In Concert』(6月4日20:00@Carnegie Hall)は、おそらくライザ・ミネリがトニー賞の司会をするのに合わせての企画だろう。ライザとシャルル・アズナヴールとは交流が深かったようだ。この時、初めてカーネギー・ホールに足を踏み入れた。

<席は2階の回廊のように張り出したバルコニーだが、1坪ちょっとぐらいずつに仕切られていて、そこに椅子が8つ置いてある。その仕切り毎に、廊下との間にドアが二重に付いているという、個室風の何だか偉そうな造り。ステージからは遠いが、気分は豪華。
ライザ・ミネリの歌をコンサートで聴くのは初めてだが、これがいい。聴いていて気持ちがよくなる。単なる熱唱ではない。やはり、うまいのだと思った。
後半のアズナヴールもよかったが、できればライザをたっぷり観たかった、というのが正直な気持ち。>

この頃はライザの声の調子がよかった。が、今となってはアズナヴールをたっぷり聴いておきたかった気分。人の心は移ろいやすい。

The Chronicle of Broadway and me #044

199212月~19931月(その8

『Christmas Spectacular』(1月4日11:00@Radio City Music Hall)を初めて観たのが、この年。以下、当時の感想。

<ラジオ・シティ・ミュージック・ホールの『Christmas Spectacular』は、ファミリー向けの一大レヴュー。なんとこれが60周年記念公演とか。巨大な劇場が子供連れでいっぱいだ。
ファミリー向けだからといって手を抜かないどころか、これでもかのサーヴィス精神で迫るのが本場のエンターテインメント。パイプオルガン、大オーケストラ、イルミネーション、大胆に動く舞台装置、ぬいぐるみ版くるみ割り人形』、ダイジェスト・ミュージカルクリスマス・キャロル』、ダンサーズ、アイススケーター、活人画、等々。そしてもちろん、スターはロケッツ!!
ロケッツはいい。いわゆるラインダンスはもちろんのこと、史上有名な(らしい)ブリキの兵隊のドミノ倒し、大きなサイコロを使った「MERRY CHRISTMAS」と「A HAPPY NEW YEAR」のメッセージ、背中に着けたベルリラを演奏し合いながらのダンス等、堪能させてもらった。
しかし、このショウの観客はマナーが悪い。とにかくショウの間中フラッシュの嵐なのだ。係員もすっかり諦めている様子のところを見ると、毎年こうなのかも。>

まだ、冒頭を飾る3D映像絡みの場面がない頃。その後、その3Dを含め進化を遂げるが、変わらない(方がいい)ところは変えないのが伝統の力。ロケッツを観ずしてニューヨークのエンターテインメントを語るなかれ。一生に一度はぜひ。

3度目のCrazy For You』(1月4日20:00@Shubert Theatre 225 W. 44th St.)については省略。
1992/1993年シーズンの総括は、次項(1993年5月~6月)の最後で。

 

The Chronicle of Broadway and me #040

★1992年12月~1993年1月(その4)

Gypsy Passion』(1月2日20:00@Plymouth Theatre)は本物のジプシーたち15人によるフラメンコ主体のショウ。最近の日本では「ジプシー」という呼称は差別的として「ロマ」と言い換える傾向もあるが、ここでは本人たちによる自称なので、そのまま使わせてもらう。プレイビルには、「『Gypsy Passion』は、アンダルシアのジプシーたちの物語である。彼らの喜びと絶望、命と愛、伝統と芸術表現、ジプシーに独特のもの全てを捉えている。それらは全て、彼らを結びつけ、彼らに希望をもたらすただ一つのものに集約される。即ちフラメンコ!」という記述があった。以下、当時の感想(若干編集)。

<第1幕は、族長のギター弾き語りによる一族の物語の歌→工芸品を売るために町に出る前夜のキャンプで子供が生まれ人々の喜びが高まる→町で取引きを終えた後の酒場で歌い踊る大人たち→自発的なやり方で感情を表わす子供たち。第2幕の舞台はジプシーの村。恋に落ちた2人の若者が歌い踊る→恋人たちが家族の承認を受け、伝統に則った結婚式が行なわれる→花婿は花嫁のために父の鍛冶屋で働く→フィナーレ。
一応こういう設定があるが、ドラマ的な演出は最小限に抑えられていて、それで観客を引きつけようとする意図は感じられない。それぞれの設定の中で、持ち回りのように誰かが歌い始め、誰かが踊り始める。むしろ、ストーリーは演じる側の感情の流れとして意味があるのだと思う。観る側にとっては、ギター3本と手拍子の伴奏による歌と踊りが繰り返されるフラメンコのコンサートに来たのとほとんど変わらない。
最初は、これは退屈するぞ、と思った。凝ったセットもなければ、ドラマらしいドラマもない。が、第1幕の後半から、単調に思えた歌と踊りが盛り上がり始める。特に終盤の子供たち (10代の女の子4人)の踊りには、成熟する前の明るい色気と茶目っ気があって楽しくなった。第2幕は、第1幕に比べれば感情移入もしやすい。ことに、若い恋人2人の踊りが素人目にも変化があって飽きない。
総じて、歌も踊りもエキゾティシズムといった興味を超えて素晴らしい。最終公演ということもあってか、客席からは惜しみない拍手が送られていた。が、前述したように、結果的にはフラメンコのコンサートという印象で、ブロードウェイの舞台に乗せるショウとしては娯楽性に欠ける結果になっていたのも否めなかった。
過去にブロードウェイに登場した同趣向のショウに、『Tango Argentino』(1985年)や『Black And Blue』(1989年)を成功させたクラウディオ・セゴヴィアとエクトル・オレゾリのプロデュースによる『Flamenco Puro』(1986年)があるが、これも必ずしも成功しなかったようだ。その舞台を観たニューヨーク在住の評論家、大平和登氏は「舞台の上の芸術的精度が磨かれ、一級の公演に近づけば近づくほど、皮肉にも観客からの距離が大きくなる」として、その理由を、「フラメンコの精髄は、自在に興奮状態を創り上げる出演者たちが、自然に客席をまき込む舞台と客席との一体感にあ」り、「ジプシー舞踊とはまるでうらはらな、スノービッシュな空間や観客の前では、ジプシーたちの魂の叫びも情熱的な汗も、ひいてはそのあり様まで歪められてしまう」からだと書いている(「ニューヨークのパフォーミング・アーツ」)。
Gypsy Passion』は、ジプシーたちの生活の場での歌と踊り、というムードを演出することで、舞台と客席の溝を埋めようとしたのかもしれない。が、結局は『Flamenco Puro』とほぼ同じ結果が表われたわけで、この大平氏の評をプロデューサーが読んでいれば、さらに斬新な演出を試みたか、あるいは公演そのものをあきらめていたか。が、11月17日から1月2日という約7週間の公演は、それでも長く続いたと言えるのかも。>

当時はまだ、大平和登氏にはお目にかかっていない。その著作を穴の開くほど読んで、過去の舞台を一生懸命想像していた時期だ。「想像」と「実地検証」の比較検討の時期だったとも言える。自然、感想にも熱がこもり、長くなりがちな時期でもあった(笑)。

The Chronicle of Broadway and me #037★

★1992年12月~1993年1月(その1)

8度目のブロードウェイは1992年の大晦日から1993年初頭にかけて(37歳)。

1993年の俯瞰は次の「1993年5月~6月」の項に回すが、1993年の1月にアメリカ大統領が交代していることは書いておく。父ブッシュからクリントンへ。共和党から民主党へ。
ただし、ニューヨーク市長について言えば、民主党のデイヴィッド・ディンキンズ時代は1993年で終わり、翌年から共和党のルドルフ・ジュリアーニに替わる。

初の冬の渡米。観劇リストは次の通り。

12月31日 22:00 Forbidden Broadway@Theatre East 211 E. 60th St.
1月 1日 12:30 The Big Apple Circus@Lincoln Center Damrosch Park
1月 1日 20:00 My Favorite Year@Vivian Beaumont Theatre/Lincoln Center
1月 2日 14:00 Madison Avenue@Lonestar Roadhouse 240 W. 52nd St.
1月 2日 20:00 Gypsy Passion@Plymouth Theatre 236 W. 45th St.
1月 3日 15:00 Tommy Tune Tonite!@Gershwin Theatre 222 W. 51st St.
1月 3日 19:00 Jacques Brel Is Alive And Well And Living In Paris@Village Gate 160 Bleeker St.
1月 4日 11:00 Christmas Spectacular@Radio City Music Hall 1260 6th Ave.
1月 4日 20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St.
1月 5日 20:00 Manhattan Moves@American Place Theatre 111 W. 46th St.
1月 6日 15:00 Hello Muddah, Hello Faddah!@Circle In The Square(downtown) 159 Bleecker St.
1月 6日 19:30 La Boheme@Metropolitan Opera House/Lincoln Center
1月 7日 20:00 Ruthless!@Players Theater 115 McDougal St.

なぜ、この時期に飛んだのか。今となってはまるで覚えていないが、考えられるのは、『Tommy Tune Tonite!』の終了に合わせて、か。1月3日は日曜だから、観た昼公演が最終公演だったはず。当時のトニー・テューンは注目の的だった。
いずれにしても、この回は、堰を切ったようにオフの劇場に足を運んでいる。目玉は最終日の『Ruthless!』だが、とりあえず、ここではミュージカル以外について簡単に触れておく。

『The Big Apple Circus』はホリデイ・シーズンにリンカーン・センターの敷地内にテントを立てて行なわれていたサーカス。
<規模は大きくなく、演出もハッタリが少ないが、よく練られていて、とても楽しい。>と当時の感想に書いてある。すでに記憶の彼方だが、<ゲストとして出演していたシーザーという人のスピード感のあるパントマイム芸が、他ではちょっと観られないもので、感心した。>ともある。
2016年に倒産するが、再建されて昨年暮れからのホリデイ・シーズンには無事リンカーン・センターでの公演が行なわれたようだ。

『La Boheme』はご承知の通りプッチーニのオペラ。日本では1988年に公開された映画『月の輝く夜に』(Moonstruck)に影響されての観劇。$55でオーケストラ後方の席。
出演者は、ミミ=レオナ・ミッチェル、ロドルフォ=リチャード・リーチ、ムゼッタ=ダイアナ・ソヴィエロ、マルチェッロ=クリストファー・ロバートソン、ショナール=ヴァーノン・ハートマン、ショナール=ヤン=ヘンドリック・ローテリング、という布陣。指揮ジョン・フィオーレ。
当時の感想を読むと、第二幕の大人数に驚いている。

The Chronicle of Broadway and me #036★

★1992年7月(全)

1992年7月、7度目のニューヨークは仕事絡み。初めてブロードウェイ・ミュージカルを観る執筆者の方を案内しての渡米だった。そんなこともあって、6本中5本が再見(★)。#30で書いた『Jelly’s Last Jam』中断事件が起こったのは、この時。

7月22日 20:00 Five Guys Named Moe@Eugene O’Neal Theatre 230 W. 49th St.★
7月23日 20:00 Jelly’s Last Jam@Virginia Theatre 245 W. 52nd St.★
7月24日 20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St.★
7月25日 14:00 Guys And Dolls@Martin Beck Theatre 302 W. 45th St.★
7月25日 20:00 Cats@Winter Garden Theatre 1634 Broadway★
7月26日 15:00 Tubes@Astor Place Theatre 434 Lafayette St.

初見の『Tubes』は、今ではすっかり演者である「Blue Man」の方がタイトル化してしまったが、元々の演目タイトルはこちら。ブルー・マン・グループによるパフォーマンスがパブリック・シアター向かいのアスター・プレイス劇場で幕を開けたのが1991年。その翌年の観劇だったわけで、話題の舞台として観客の熱が(最初の)ピークを迎えつつある、という気配を感じた。
ウナギの寝床のように細長い劇場で繰り広げられる驚いて笑えるパフォーマンスの数々については多くの方がご承知かと思うが、よく練られたパーカッション演奏が基本にあることがロングランを支えていると思った。
印象的だったのは、開演前、いろいろと笑える案件が掲出されていた電光掲示板にジェファーソン・エアプレインの「White Rabbit」(1967年)の歌詞が流れた始めたら会場全体が歌いだしたこと。日本では音楽好きの間でも認知度が高いとは言えないこの楽曲が、
アメリカではこんなに有名なのか、と、当たり前のことながら驚いた。
レイト・カマー(遅刻者)をいじるのが仕込みなのは後の2度目の観劇時にわかったが、途中で舞台に上げる観客が日本人の女性である確率が高いのも意図的だったのか。プロデューサー、出口最一氏に尋ねたことがあるようなないような(笑)。

その出口氏とお話しする機会を得るのはもう少し先だが、この時には、同行した執筆者の取材で現地の日本の方何人かにお目にかかった。
その人脈に後々いろいろと助けられることになる。ことに、正規のチケット・エージェント業を営んでいたMご夫妻にはお世話になった。
そういう意味では、新たに観た演目が『Tubes』のみだったにもかかわらず、結果的に実り多い渡米となった。