The Chronicle of Broadway and me #18

★1991年6月~7月(その1)

4度目のブロードウェイは1991年6月初旬(35歳)。続けて7月の下旬に短期で5度目の渡紐。

1991年は湾岸戦争の年。前年8月のイラク軍クウェート侵攻をきっかけに高まった中東をめぐる世界の緊張関係が、1991年1月17日の多国籍軍によるイラク爆撃で一気に火を噴いた形。
その影響をニューヨーク演劇界も直接受けたようで、観光客激減で劇場への客足が軒並み落ちたと聞く。多国籍軍側についた日本でも、海外渡航自粛の勧告がなされた。それから半年近く経ってから訪れたニューヨークだが、確かにトニー賞授賞式前後にしては賑わっていない気がした。
日本国内では、3月に成田エクスプレス運行開始、4月に新都庁開庁、5月に芝浦のジュリアナ東京オープン、と、バブルの余韻は続く。成田エクスプレスには、すぐには乗らなかった。まだバスの方が安かったからだと思う。
湾岸戦争の流れで海上自衛隊のペルシャ湾掃海派遣が行われたのも、この年。

観劇リストは次の通り。

6月2日 15:00 City Of Angels@Virginia Theatre 245 W. 52nd St.

6月3日 20:00 Cats@Wintergarden Theatre 1634 Broadway

6月4日 20:00 Fiddler On The Roof@Gershwin Theatre 222 W. 51st St.

6月5日 14:00 Gypsy@Marquis Theatre 1535 Broadway

6月5日 20:00 Once On This Island@Booth Theatre 222 W. 45th St.

6月6日 20:00 The Secret Garden@St. James Theatre 245 W. 44th St.

6月7日 20:00 The Will Rogers Follies@Palace Theatre 1546 Broadway

7月20日 20:00 Cats@Wintergarden Theatre 1634 Broadway

7月21日 15:00 Once On This Island@Booth Theatre 222 W. 45th St.

7月23日 20:00 And The World Goes ‘Round@Westside Theatre 407 W. 43rd St.

『Gypsy』は前回に続く再見なので感想は#14をご覧いただきたいが、一つだけ、劇場の変更について書いておく。
このプロダクション、1989年秋にセイント・ジェイムズ劇場で幕を開けたが、1991年1月6日に一旦幕を下ろし、同年4月28日からマーキーズ劇場に移って再び開演している。最終的には、この年の7月28日でクローズするのだが、劇場移動については長い間、湾岸戦争による観客減で閉めたせいだと思っていた。が、日程を見ると戦争勃発より前に閉めているから違うのか。1月に入ってすぐクローズするのはホリデイ・シーズン終了後ということで、よくあること。ただ、そうだとすると、なぜ再開したのか。いろいろと謎。
ここで仮の解答として考えられるのが、直前にマーキーズ劇場で上演されていた『Shogun: The Musical』が短命で終わっていること。1990年11月1日にプレヴュー開始で翌年1月20日にクローズ。そこでマリオット・マーキーズ・ホテル内にあるマーキーズ劇場から、客寄せのための再開依頼が『Gypsy』のプロダクションにあった、ということはあり得ないだろうか。ま、全て想像だが。
そう言えば、この『Shogun: The Musical』にも角川春樹が出資していた。ちなみに、『Gypsy』にはTBSが出資。円高の反映。そう言えば、1993年に観ることになるブルー・マン・グループの『Tubes』がオフのアスター・プレイス劇場で幕を開けるのもこの年。プロデューサーの一人は日本人の出口最一。やはり円高とは無縁ではないだろう。

 

The Chronicle of Broadway and me #17

19905月(その6

残るBlack And BlueJerome Robbins’ Broadwayについては、それぞれ#8と#9で触れたので、ご覧ください。

さて、例によって、トニー賞を参考にしながら、1989/1990シーズンを振り返ってみるが、このシーズンにブロードウェイに登場して、この時に観なかったミュージカルは次の5本(日付はプレヴュー開始日~クローズ日)。

『Sweeney Todd』1989年8月5日~1990年2月25日
『3 Penny Opera』1989年10月19日~1989年12月31日
『Prince of Central Park』1989年10月24日~1989年11月11日
『City of Angels』1989年11月21日~1992年1月19日
『Aspects of Love』1990年3月19日~1991年3月2日

上の3本は、前回渡米と今回渡米の間に開幕して閉幕、といずれも短命。ハナから観ることができなかった作品。
問題は残る2本。なぜ観なかったか。
『City of Angels』はチケットが買えなかった。何度も言うが、当時はニューヨーク到着後にチケットを買う方式だったので、人気の演目は買うのが困難だった。
一方の『Aspects of Love』はと言えば、思い出すに、なんとなく観なかった(笑)。ロイド・ウェバーのロンドンものだってことで消極的だった、ような気もする。結果、翌年の渡米時には終了していて観られないまま。まだミュージカル好きとしての性根が据わっていない時代だった、ということで(笑)。

で、トニー賞。
作品賞、楽曲賞、脚本賞、主演男優賞、助演女優賞、装置デザイン賞が『City Of Angels』
演出賞、振付賞、主演男優賞、衣装デザイン賞、照明デザイン賞が『Grand Hotel:The Musical』
リヴァイヴァル作品賞、主演女優賞が『Gypsy』
結局、3本で分け合っている。そういう意味では、この年もまだ不作だった。とはいえ、最大の話題作を観ていないわけで……。

そんなこんなで、『City Of Angels』は翌年に持ち越し。てか、翌年観られてホントによかった、と改めて思う。

ちなみに、短命に終わった3本の内の『3 Penny Opera』は、あのヴァイル&ブレヒトの『三文オペラ』のリヴァイヴァルで、スティングやモーリン・マクガヴァンが出演していたが、日本では角川春樹が出資していることで少し話題になったことを思い出した。そんな時代。

(追記)このシーズンの1990年4月28日に『A Chorus Line』の初演プロダクションが15年近いロングランの幕を下ろしている。いつでも観られるつもりで観ないでいたので、少しショックだった。

The Chronicle of Broadway and me #16

★1990年5月(その5)

『Meet Me In St. Louis』観劇当時の感想は次の通り。

<1944年のMGMミュージカルが元、ということからも想像できる通り、古き佳きアメリカのイノセントなラブ・ストーリー。そこにどれだけ芸が込められているか、に期待したのだが、イマイチな印象。ハイスクールのパーティ、ハロウィン、アイススケートなど、趣向を凝らした楽しいダンス・ナンバーもあるのだが、やや凝り過ぎた感のあるセットの場面転換が少しうるさい。電動の豪華なトロリーも生かしきれてなく、もったいなかった。
音楽はいいし、ムードは好きなんだけど。>

この時、まだ、ヴィンセント・ミネリ監督、ジュディ・ガーランド主演の同名映画(邦題『若草の頃』)は観ていない。まあ、観ていたとしても舞台の感想は変わらないだろう。より物足りなく思ったかもしれない。なにしろジュディ・ガーランドが出ていないわけだから。それぐらいに映画はガーランドのために作られている。
それよりも、この舞台にMGMミュージカルの常連でもあったベティ・ギャレットが出ていたのに、当時まだ彼女のことを知らなかったのが残念。もっと目に焼き付けておきたかった。
いずれにしても、1989年10月にプレヴューを開始して、トニー賞4部門で候補になるも受賞はなく、授賞式直後の1990年6月10日にクローズ、という興行的には全くの失敗作に終わっている。演出のルイス・バークが、細君でもある振付のジョーン・ブリックヒルと組んでメインのプロデューサーにもなっていた。第三者的に的確な判断のできるプロデューサーがいなかった辺りにも失敗の原因があるのかもしれない。

2007年になってオフのアイリッシュ・レパートリー劇場で再びこの作品に出会うが、そちらは、よりコンパクトにまとめたヴァージョンになっていて、家庭劇として楽しめた。

ちなみに、タイトル・ナンバーでもある「Meet Me In St. Luis」は、1904年に開催されたセントルイス万博のテーマ曲。つまり、三波春夫の「世界の国からこんにちは」と同じ趣向というわけ。いや、一度そう言ってみたかっただけです(笑)。

The Chronicle of Broadway and me #15

★1990年5月(その4)

『Cat On A Hot Tin Roof』はキャスリーン・ターナー目当てで観たストレート・プレイ。
ターナーは、前年が『ローズ家の戦争』(原題:The War of the Roses)、翌年が『私がウォシャウスキー』(原題:V.I. Warshawski)と映画界で売れまくっていた時期。眼前にすると肉体的迫力が半端なかったのは覚えている。
例によって会話が聞き取れず、ほとんどわからなかったのだが、映画版の重苦しい印象と違って意外にも観客がよく笑っていた。てことは映画も笑えるのか? なんてことを当時考えた。
以上(笑)。

『The Phantom Of The Opera』のチケットは、当時ニュージャージーに住んでいた知人に頼んで事前にチケット・エージェント経由で取ってもらった。$175。通常料金の倍ぐらいだった気がする。
ブロードウェイ版は1987/1988年シーズンの新作で、#4で書いたように、その年のトニー賞で、ミュージカル作品賞、演出賞、主演男優賞、助演女優賞、装置デザイン賞、衣装デザイン賞、照明デザイン賞を獲っている。開幕から2年以上経ってもチケットが入手困難……というか、ミレニアムの頃までTKTSにディスカウントが出ない人気作だった。
#1でも触れたが、1988年4月29日に日本でも劇団四季が上演を始めている。『Les Miserables』の東宝版同様、対応が早い。プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュの戦略だったと思うが、どうだろう。
<わかった。なぜ四季でも“凄いらしい”のがやれるのか。仕掛けがすごいんだわ。>というのが当時の感想。「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いらしい」という日本版の宣伝コピーへの反応だ。
さらに、冒頭のシャンデリアの件を説明し、<その後もスピーディでトリッキーな場面転換の“技”が鮮やかに決まっていく。>と続けている。
5年後の1995年10月18日に再度観た後、1999年に自分のサイト用に書いた総括的評価。
<アンドリュー・ロイド・ウェバーの最高傑作と言われるが、この作品を成功に導いた最大の功労者はハロルド・プリンスだと思う。半ば冗談のように大袈裟な装置を駆使してゴシック・ロマンの世界を舞台上に現出させたのは、プリンスの、スケールの大きな、そして遊び心に満ちた演出力に他ならない。
とは言え、ウェバーの書いたメロディも、ハッタリがいい方に作用した印象的なものが多く、刷り込み効果も高いため、脳裏に刻みつけられる。
『Les Miserables』同様ほとんどダンス・シーンがなく、第2幕冒頭の「Masquerade」でダンス好きはわずかに慰められる程度だが、スペクタクル・ミュージカルとしての完成度は高い。>
その後、2009年に本家ロンドンで、2015年にブロードウェイで観ているが、万人が楽しめる作品という印象は動かない。
なお、“シャンデリアの件”をごぞんじない方は、ごぞんじないまま観劇なさることをお勧めします。

The Chronicle of Broadway and me #14

★1990年5月(その3)

『Gypsy』。ジューリー・スタイン作曲、スティーヴン・ソンドハイム作詞、アーサー・ローレンツ脚本。
初演は、ジェローム・ロビンズ演出・振付、エセル・マーマン主演で、1959年5月にブロードウェイ劇場で開幕。その後、劇場をインペリアルに移して1961年3月まで上演。スタンリー・グリーン著「ブロードウェイ・ミュージカルfrom 1866 to 1985」(青井陽治訳)には、「ジプシー・ローズ・リーの冷酷な母親を演じたエセル・マーマンの生涯の当たり芸、そして傑出した出来栄えとなった音楽と脚本によって、『ジプシー』はミュージカル史上に残る傑作の一つとされる。」とある。
ジプシー・ローズ・リーは実在のバーレスクのスターで、この作品は彼女の自伝を元にしているが、その“冷酷な母親”を主人公にしたところがミソ。主人公ローズは、ヴォードヴィルのスターになれなかった自身の夢を娘たちに押しつける、今なら完全に児童虐待で訴えられるだろう、ひどい母親。それを愛すべき人物として描ききっているところが作者たちの功績。

観たのはブロードウェイでは2度目のリヴァイヴァルで、前年(1989年)10月にプレヴューを開始している。演出は脚本を書いたアーサー・ローレンツ。主演のタイン・デイリーは1976年の映画『ダーティハリー3』(原題:The Enforcer)で注目された人だが、その時には気づかない。10年以上の時を経て、すっかり貫禄がついていたからだ。
デイリーのブロードウェイ出演は、これ以前には60年代後半に短命に終わったストレート・プレイの記録があるだけだが、この、いきなりのミュージカルの大役、見事にこなしていた。トニー賞主演女優賞受賞。
彼女の姿は、翌年、劇場を変えて再度観るが、その後、2015年の『It Should Been You』までご無沙汰することになる。

観劇当時の感想に、演出についての驚きが三つ書いてある。
<一つは、子供たちの成長をステージ上で一気に見せたシーン。小さい子供たちが舞台の幕前に横いっぱいに広がり、軽快な曲をバックに、実際には同じ位置で、上手から下手に向かって走っていくかのように手足を前後に大きく動かす。ライティングがストロボに変わる。気がつくと、子供たちがみんな、成長した役者と入れ替わっている!!
二つ目は、ジプシー・ローズ・リーがステージに立つシーン。初めは奥を向いて立っている。舞台はバーレスクのステージという設定で、彼女の向こうには閉じた幕、その向こうに劇中の想像上の観客がいる。劇中の幕が上がる。と同時にジプシー・ローズ・リーが振り返って実際の観客に向き直る。その瞬間、劇中の観客と実際の観客とがシンクロする。
三つ目も、観客をうまく使った演出。母親ローズが、自分の幻想の中でステージに立ち、歌う。その歌に対して実際の観客が拍手をする。その拍手を、ローズは幻想の中の拍手として聞き、お辞儀をする。>
その後、こうした手法は舞台演出のルーティンであるとわかってくるのだが、初めて観た時には実に新鮮だった。そして未だに、わかっていても興奮するのが、こうしたノウハウの積み重ね。舞台ならではのマジックだ。

『Gypsy』は、2000年代になってからバーナデット・ピータース版とパティ・ルポン版を観ることになるが、演出によって感触が変わっても、いずれも面白い。ミュージカル十八番というものがあるなら、ぜひとも加えたい一作だ。

The Chronicle of Broadway and me #13

★1990年5月(その2)

『Grand Hotel:The Musical』を観て、ようやく本格的なブロードウェイ・ミュージカルの新作に出会った気がした。と言うのも、それまで観た舞台が、ロンドンものだったり(『Starlight Express』『Les Miserables』『Me And My Girl』)、アフリカものだったり(『Sarafina!』)、リヴァイヴァルだったり(『Anything Goes』)、リヴァイヴァル的な集大成だったり(『Jerome Robbins’ Broadway』)、新曲のないノスタルジックなショウだったり(『Black And Blue』)したからで、新作の『Into The Woods』にしても開幕から1年以上経って、オリジナル・キャストの大半が去っていた。その点、『Grand Hotel』はまっさらの新作……とはいえ、小説を元にした同名映画(1932年)の舞台ミュージカル化ではあるのだが、それでも何かが起こる現場に立ち会ってる感が強かった。
演出はトミー・テューン。この頃が演出家としての名声のピークかも。周囲の期待感が高かったのを覚えている。

当時書いた感想は次の通り。

<舞台は1928年、第一次大戦前夜のベルリン、グランドホテル。ある者は訪れ、ある者は去り、そして、ある者は留まる。そんな人間たちの人生が、このホテルで一瞬交錯する。絡まり合ったオムニバス・ストーリー。これ即ち“グランドホテル形式”。
ザ・バンドの「The Last Waltz」のテーマを思わせる「The Grand Waltz」に乗って悲喜劇の合間を踊り抜ける1組の男女。その女性は盲目で……。と、厭世的な雰囲気の中で展開されていくドラマは、なかなか見応えがあった。
『The Phantom Of The Opera』と違ってセットはほとんど動かない。その代わり、椅子や真鍮のバーを使った巧妙な場面転換が行なわれる。
印象に残ったのは、大金を持って (おそらくは亡命しようとしているユダヤ人の)会計士が、酔っぱらいながらも真鍮のバーに絡まってアクロバット的に踊るシーン。まるで酔拳のようだった。>

群像劇をこの映画にちなんで“グランドホテル形式”(または“グランドホテル方式”)と呼ぶのは、どうやら日本独自のやり方のようで。
……てなことはともかく、何をおいても会計士オットー役。亡命しようとしているんじゃんくて、ホテルで死のうとしているのだが(苦笑)。宝塚歌劇ファンには、1993年の涼風真世、2017年の美弥るりかでおなじみの“あの役”。
演じたのはマイケル・ジーター。彼が男爵と酒を酌み交わしながら文字通りのバーを前にして歌い踊る「We’ll Take A Glass Together」がなければ、この作品が当たったかどうか怪しいとさえ思う。今もネット上でトニー賞授賞式でのパフォーマンス映像を観ることができるが、素晴らしいのひと言だ。ジーターは、翌年公開された映画『The Fisher King』での怪演も忘れがたい。
ところで、その授賞式に男爵役で出ているのは、その後『Chicago』で何度もビリー・フリンを演じることになるブレント・バレット。が、実はオリジナルの男爵役はデイヴィッド・キャロルだった。当時のプレイビルがすぐに出てこないので確認できないのだが、観た回はキャロルだった気がする。で、なぜキャロルはトニー賞に出ていないのか。これは推測だが、すでに容態が芳しくなかったのではないだろうか。彼、2年後の3月にエイズが元で発症した肺塞栓症のために亡くなっている。それも、権利問題で録音が遅れていた『Grand Hotel』オリジナル・キャスト盤のレコーディング・スタジオで。結局、男爵の歌声はバレット版で残ることになったが、アルバムには、キャロルがこの作品のナンバーをクラブで歌った時の音源がボーナス・トラックとして収められた。

役者としてもう一人書いておきたいのは、ジェイン・クラコウスキー。
彼女のブロードウェイ・デビューは『Starlight Express』。なので観てはいるのだが覚えていない。まあ扮装のせいもあると思うが。でも、この作品での彼女はよく覚えている。ハリウッドでの成功を夢見るタイピスト役。かわいいが少し軽薄で幸薄い感じ。すでにキャラクターが確立していた。
その後、今日に到るまで、出演したブロードウェイ・ミュージカルは全て観てきた、後半生の伴侶と言ってもいい女優さんです(笑)。

ちなみに、涼風真世版『Grand Hotel』@宝塚大劇場が私の宝塚歌劇初観劇。

The Chronicle of Broadway and me #12

★1990年5月(その1)

3度目のブロードウェイは1990年5月(34歳)。

日本はバブル経済最後の年だそうで。
象徴的なのが4月1日開幕の大阪花博(国際花と緑の博覧会)と、4月22日開業の北九州スペースワールド。いずれも、さる雑誌の取材で訪れたので、空々しい感じをよく覚えている。ことに前者は、開幕翌日に会場内を走るウォーターライドなる乗り物が脱線事故を起こしたりして、浮かれ騒ぎの終焉を思わせた。
暮れ(12月)にサンリオピューロランドも開園。確か、宮本亜門演出でハローキティのショウをやってたはず。
ローリング・ストーンズやポール・マッカートニー単独の初来日もこの年か。ストーンズは行ったっけか?
11月にスーパーファミコン発売。神保町の奥野かるた店で予約して買ったな。息子のために。
この年、海外渡航者が初めて1000万人突破したらしい。その内の1人です(笑)。
海外では、2月にネルソン・マンデラ釈放。
3月にミハイル・ゴルバチョフがソ連の初代大統領に就任。その流れで言うと、7月にロシア共和国最高会議議長ボリス・エリツィンがソ連共産党を離党。前年の東欧革命、ベルリンの壁崩壊、米ソによる冷戦終結宣言から、翌年のソ連崩壊へと東側の政情が急激に動いていく。

この時の観劇リストは次の通り。

5月20日 1500 Black And Blue@Minskoff Theatre 200 W. 45th St.

5月21日 20:00 Grand Hotel:The Musical@Martin Beck Theatre 302 W.45th St.

5月22日 20:00 Gypsy@St.James Theatre 246 W.44th St.

5月23日 14:00 Cat On A Hot Tin Roof@Eugene O’Neill Theatre 230 W.49th St.

5月23日 20:00 The Phantom Of The Opera@Majestic Theatre 245 W.44th St.

5月24日 20:00 Meet Me In St. Louis@Gershwin Theatre 222 W.51st St.

5月25日 20:00 Jerome Robbins’ Broadway@Imperial Theatre 249 W. 45th St.

19日の土曜日に着いたが、その日はユニオン・スクエア辺りのライヴ・ハウスでアラン・トゥーサンを観ている。楽しかったが、今では考えられない狼藉(笑)。でもって、まだオフにまでは足を伸ばしていない。じれったいぐらいに、のんびりした観劇スケジュールだ。

『Black And Blue』『Jerome Robbins’ Broadway』は再見。このシーズンの新登場作が、『Grand Hotel』『Gypsy』『Meet Me In St. Louis』、それにストレート・プレイの『Cat On A Hot Tin Roof』。そして、『The Phantom Of The Opera』をついに観た。

個別の感想は次回から。