The Chronicle of Broadway and me #31

★1992年5月~6月(その5)

『Guys And Dolls』(@Martin Beck Theatre 6月1日20:00)と『The Most Happy Fella』(@Booth Theatre 5月28日20:00)は、いずれもフランク・レッサーの楽曲(作曲・作詞)によるミュージカル。

#28で触れたニューヨーク・タイムズのコラムで、フランク・リッチは、この2作の演出家、ジェリー・ザックス(『Guys And Dolls』とジェラルド・グティエレス(『The Most Happy Fella』を、「現代アメリカの劇作家たちとの(仕事で培った)豊かな経験を、通常なら彼らが感情的リアリティを探究したりしないような仕事に注ぎ込む若者たち」と呼び、「彼らのプロダクションは、手垢のついた言葉が指す意味でのブロードウェイ・リヴァイヴァルではなく、初演版を観るには若すぎたアーティストたちによるアメリカの古典の見直しである。」と評価している。さらに、その手法について、「古い芸や知名度の高いスターに頼る代わりに、新しいスター(特筆すべきフェイス・プリンス のような)を集め、作り上げることから始めている。」と書く。

――――――――――

フェイス・プリンスは『Guys And Dolls』にアデレイド役で出演、トニー賞主演女優賞を獲る。彼女については#9で、『Jerome Robbins’ Broadway』での印象的な演技について書いたが、ここでの役柄は、さばけていて陽気なキャバレーの歌手兼ダンサー。<それを、明るい性的魅力を発散しながら可愛らしく演じたプリンスには華があった。>と当時の感想に書いてある。

『Guys And Dolls』全体についての当時の感想は次の通り。

<デイモン・ラニヨンの短編小説に出てくる、1930年代のブロードウェイを舞台にしたギャンブラーと救世軍の女性とのロマンスに、サイコロ賭博の胴元とキャバレー歌手との永すぎる春の話をからめたストーリーが、そもそもコミカルで楽しい点は『Crazy For You』と共通している。今回のプロダクションが熱狂的に迎えられたのは、そこに登場するユニークで愉快な人物たちが、プリンスをはじめ油の乗った役者たちによって生き生きと演じられたからだろう。彼らの戯画化された欲望や生命力のリズムは実に現代的だ。
プリンスと並んでよかったのが、賭博の胴元ネイサン・デトロイト役のネイサン・レインで、調子がよくて山っ気があるが実は人のいい、というキャラクターを見事に演じてショウを支えていた。イメージは、日本で言えば財津一郎か西田敏行。また、救世軍の女性上官役ルース・ウィリアムスンの、普段は堅苦しいが、いい男を見ると急に色っぽくなるという演技にも笑った。
そしてダンス(振付クリストファ・チャドマン)の躍動的な力強さ。トニー・ウォルトンの舞台装置、ウィリアム・アイヴィ・ロングの衣装も、1930年代の雰囲気をアメリカン・コミック的に表現していて気分を盛り上げてくれる。>

この作品のフランク・レッサーの名曲群については、言わずもがな、かと思う。
俳優陣はとにかく充実していたが、上記の2人以外で特に印象に残ったのが、クライマックスのゴスペル風ナンバー「Sit Down, You’re Rockin’ The Boat」でリードをとるナイスリー・ナイスリー・ジョンソン役ウォルター・ボビー。後にリヴァイヴァル版『Chicago』を演出する、あの人。
ちなみに、1993年のウディ・アレン映画『Manhattan Murder Mystery』(邦題:マンハッタン殺人ミステリー)でアレンとダイアン・キートンが観劇に行き、序曲が始まったのにしゃべっていて注意されるのは、この作品。

――――――――――

<『The Most Happy Fella』の初演は『Guys And Dolls』から5年半後の1956年5月3日に幕を開けた。フランク・レッサーは、ここでは作曲・作詞に加え脚本も手がけており、公表されてはいないが共同プロデューサーでもあった。>というのが観劇当時の感想の書き出し。
続けて、同作のプレイビルに載っていた「『The Most Happy Fella』について」というコラムの引用をしている。「フランク・レッサーは彼のキャリアの初期に、同じスタイルの仕事を二度するのはよそうと決心した。」と始まるコラムの内容は以下の通り。

<レッサーの『The Most Happy Fella』の構想は遠大であった。そのために彼は、30曲以上のミュージカル・ナンバーを書き、詞を正確にするためにイタリアの方言の研究をすることになった。また、多様なスタイルで複雑な歌を書くという実験もせざるを得なかった。(中略)プロジェクトを完全なものにするのに結局4年かかった。(中略)しばらくの間『The Most Happy Fella』がミュージカルであるのかオペラであるのかで批評家たちの意見が分かれた。(中略)今日では、その違いはぼやけてきているだけでなく、重要ですらなくなっている。しかしながら、1956年にあっては、多くの批評家は、(中略)音楽が収まる所に収まっていることを望んでいた。レッサーの考えでは、このショウがどの世界に属するかは疑いがなかった。即ち「これは多用な音楽を伴ったミュージカル・コメディである」。>

とは言うものの、初演を見たアラン・ジェイ・ラーナーは著書で「大衆的オペラといってもよいもの」と言っており、また、プログラムには(初演も今回も)オペラの場合と同じように曲名の表記がない。それについての疑問に、プレイビルの質問コーナーは次のように答えていて、レッサーもオペラを意識していなかったわけではないと思われる。
「作者フランク・レッサーの依頼により、このプレイビルには曲のリストは載りません。」

前置きが長くなった。以下、当時の感想。

<舞台は1927年、カリフォルニアの田舎、ナパというのどかな村。そこの農場主で、人徳はあるが容貌に自信がなく、中年になるまで独身だったイタリア移民の男がいる。一方、サンフランシスコのレストランに、日々の生活に疲れた若いウェイトレスがいる。男はウェイトレスを見そめ手紙を書く。そして結婚を申し込むのだが、自分の写真の代わりに、その時農場にいた若い流れ者の写真を同封する。期待と不安を抱えてやって来た娘は、本当の婚約者が誰かを知り、動揺のあまり婚礼の夜に流れ者と同衾する。が、共に暮らす内、娘は農場主の人間味に触れ愛するようになる。しかし、流れ者の子を身籠もっていることに気づいた娘は農場を去ろうとする。農場主も一旦は絶望するが、最後には娘を許し、ハッピーエンドとなる。
暗い要素を抱えた話だが、カリフォルニアの無邪気さとイタリアの陽気さとがない交ぜになった周辺の人々の明るさが、全体のムードを和やかにしている。特に、笑いを一手に引き受けるイタリア人コック3人組 (バディ・クラッチフィールド、マーク・ロティト、ビル・ネイベル)の献身的な動きと、トニー賞助演男優を受賞したスコット・ワーラ演じる典型的アメリカン・カントリー・ボーイのボケが光った。
初演では劇場を広げて入れたという35人のオーケストラの演奏があったようだが、今回はうって変わって2台のピアノのみ。それをバックに朗々と歌う主演男優のスピロ・マラスは、初演の時のロバート・ウィード同様、元々はオペラ歌手。悠然たる演技でイタリア移民の困惑と誇りを豊かに表現していた。
「大衆的オペラ」であるこのショウが今日のブロードウェイに馴染むのかどうか確信はないが、少なくとも、こうしたショウもある、というのがブロードウェイにとっては好ましいと、個人的には考える。ミュージカルの奥の深さを見た気がした。>

Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀/Killer Rouge 星秀☆煌紅@梅田芸術劇場メインホール 2018/09/03 13:00

IMG_0824

前公演(ANOTHER WORLD/Killer Rouge@東京宝塚劇場)の好調さをそのまま維持して、再び、紅ゆずる率いる星組ならではの破天荒な演目で楽しませてくれた。

『Thunderbolt Fantasy(サンダーボルト ファンタジー)東離劍遊紀(とうりけんゆうき)』の元は、日本×台湾共同制作によるテレビ人形劇とのこと。10月に控えた台湾公演を想定しての演目のようだ。原案・脚本・総監修の虚淵玄(うろぶちげん)が、その人形劇の発案者。宝塚歌劇側の脚本・演出が小柳奈穂子。
サブタイトルは「異次元武侠ミュージカル」。古代中国を思わせる架空の世界を舞台に、最強の武器「天刑劍」をめぐって繰り広げられる策謀と戦いのドラマで、二転三転する謎解きめいた展開も面白い。

紅ゆずるの役どころは、超然とした態度で剣客や秘術使いを巧みに操る鬼鳥(きちょう)という謎の人物。しかしてその実体は、大盗賊、凜雪鴉(りんせつあ)。
この、とらえどころのない口先三寸の一見ペテン師のような人物を、紅は、ほぼ声の表情の変化だけで演じてしまう。その声だが、もはや宝塚歌劇の男役らしさにこだわることを超越したかのような、作った気配のない自然な発声。トップとしての確信に満ちた演技が魅力的。
鬼鳥=凜雪鴉に次いで重要な存在となるのが、流浪の剣客、殤不患(ショウフカン)で、演じるは七海ひろき。
礼真琴演じる捲殘雲(ケンサンウン)は、劇の構造としては観客視点の代行者で、超人的英雄に憧れる一般人的存在。とはいえ、かなり強い。
捲殘雲の憧れる対象が弓の名手、狩雲霄(シュウンショウ)で、演じるのが輝咲玲央。
……と、この辺りの配役は、序列よりも役者の個性に合わせて柔軟。それが功を奏している。
その他、善悪入り乱れてかなり数のキャラクターが登場するので、やや忙しくはあるが、多くの生徒たちに活躍の場面が与えられていて、それも楽しい。

『Killer Rouge/星秀☆煌紅(アメイジングスター☆キラールージュ)』は、前回公演のショウ『Killer Rouge』の新ヴァージョン。作・演出/齋藤吉正。
よくできた勢いのあるショウだっただけに、こうしたブラッシュアップによる再演はうれしい。特別ゲストで紅子が登場。アクが強くなっている気がしたのは久しぶりに観たせいか(笑)。

ところで、梅田芸術劇場は初めてだったが、音響にやや難アリ、ですか?

The Chronicle of Broadway and me #30

★1992年5月~6月(その4)

『Jelly’s Last Jam』(@Virginia Theatre 1992年5月27日 20:00)については、#8で『Black And Blue』のことを書いた時に少し触れたが、そこで出会ったセイヴィアン・グローヴァーに再会し、ブラック・ミュージカルについて考えるきっかけとなった作品。

ここで、無料配信音楽誌「ERIS」16号で書いた2015/2016年シーズンの新作『Shuffle Along, Or, The Making Of The Musical Sensation Of 1921 And All That Followed』についての原稿の一部を転載させていただく(表記の統一他、若干編集あり)。

<ユービー・ブレイク(作曲)とノーブル・シスル(作詞)が楽曲を書いた1921年上演の『Shuffle Along』は、アフリカン・アメリカンによる初の本格的ブロードウェイ・ミュージカルと言われる(とはいえ劇場の場所は通常の概念ではブロードウェイとは呼べない北の方だが)。今回の『Shuffle Along, Or, The Making Of The Musical Sensation Of 1921 And All That Followed』では、タイトルが示す通り、その『Shuffle Along』が成功するまでのスタッフとキャスト一丸となっての奮闘と、成功後の内紛と離散が描かれる。楽曲は『Shuffle Along』で使われたもので、ショウ場面の肝はタップ・ダンス。
『Shuffle Along, Or, The Making~』の最大の注目点は、主要スタッフが、ジョージ・C・ウルフ(脚本・演出)とセイヴィアン・グローヴァー(振付)という、1996年開幕の『Bring In ‘Da Noise, Bring In ‘Da Funk(略称Noise/Funkのコンビだということだ。
『Noise/Funk』は、(中略)奴隷としてアメリカに連れてこられて以来のアフリカン・アメリカンの芸能の変遷をたどるレヴュー形式のショウだが、何世代にも及んで積み上げられてきた自分たちのエンタテインメントとしての芸に対する再考察と、アフリカン・アメリカンである自分たちのアイデンティティの再検証、という側面が強く、ラップと、ヒップホップに呼応したストリート・タップとをブロードウェイの舞台に上げた作品としても画期的だった。自分たちの足元を、懐疑的な視線も交えつつ見つめ直し、伝統の再構築を行なう。それが彼らの姿勢だったわけだ。その背景には、現状の(相変わらずの白人中心の)社会構造に対する根本的な批判もあった。
今回の『Shuffle Along, Or, The Making~』も、そうした流れの延長線上にある作品で、ショウ的な見どころは満載だが、簡単には楽しませてくれない。ことに、仲間が離散していく後半は、かなり苦い。

演出家/脚本家ジョージ・C・ウルフのブロードウェイ登場作は『Jelly’s Last Jam』。ここにはセイヴィアン・グローヴァーは役者として参加していた。1992年のこの作品で、ウルフはすでにアフリカン・アメリカン社会の内部分裂を描いている。
主人公は、初期ジャズの創始者の1人と言われるジェリー・ロール・モートン。ヨーロッパ系との混血ゆえに、モートンが自身を白人と同列に置こうとすることで起こる悲劇。ざっくり言うと、そういう内容。楽曲は、モートン作曲のメロディに新たな詞(スーザン・バーケンヘッド)を付けたもの。そこにタップを持ち込んだのがユニークなところで、この作品の主演(モートン役)及び振付は、当時、名実共に最高のタップ・ダンサーと認められていたグレゴリー・ハインズだった。
実在したアフリカン・アメリカン(たち)の人生を独自の視点で洗い直す、当時の楽曲を掘り起こす、アフリカン・アメリカンの伝統芸であるタップ・ダンスを表現手段として駆使する、という点で、『Shuffle Along, Or, The Making~』『Jelly’s Last Jam』の同工異曲だと言っていいだろう。

ここで援軍にご登場いただく。1992年5月31日(その年のトニー賞授賞式当日)のニューヨーク・タイムズに載った、当時の同紙劇評担当フランク・リッチの記事だ。

――『Jelly’s Last Jam』は、単に黒人対白人のメロドラマという外面的出来事としてでなく、アフリカン・アメリカンのアイデンティティ (及び彼らの人種差別主義との戦い)を彼らの内側から見せることで、アフリカン・アメリカンを正しく描いた最初のブラック・ブロードウェイ・ミュージカルである。
ウルフ氏のテーマに対する深い見識、洗練、そして誠実さは脚本と演出に反映され、新しいミュージカルのスタイルを作っている。彼は、ジャズやブルーズ、そしてショウビジネス界では無類の影響力を持つグレゴリー・ハインズのタップ・ダンスをただ並べてみせたりはせず、ダンスで表現された痛みや激しい怒りと同様に、音楽の人種的政治的意味を暴き出そうとする。
このショウが(中略)様々な人種を含んだ観客によってヒットしつつあるのは、ブロードウェイ文化の歴史における画期的事件と言えそうだ。――

この記事の最後にある、「様々な人種を含んだ観客によってヒットしつつある」の部分に関連して、当時、興味深い場面を目撃した。トニー賞発表後の1992年7月23日(同年5月に次ぐ2度目)の観劇の時だ。
第1幕第2景、グレゴリー・ハインズとモートンの子供時代を演じるセイヴィアン・グローヴァーの2人がタップの競演をする最初の大きな見せ場があって、拍手と歓声がワッと起こる。普通なら、その拍手と歓声が静まり、狂言回し(死神)が次の景へと進行させる。ところが、その日は、いつまでも立ったまま拍手を止めずにダンスのアンコールを求める男性客(おそらく白人)が1人いた。おかげで狂言回しが次のセリフに入れず、結局ハインズが「オー・ノー!」と叫んでしまう。
フランク・リッチの言うように、作る側は「ジャズやブルーズ、そしてショウビジネス界では無類の影響力を持つグレゴリー・ハインズのタップ・ダンスをただ並べてみせたりはせず、ダンスで表現された痛みや激しい怒りと同様に、音楽の人種的政治的意味を暴き出そうと」している。にもかかわらず、昔ながらの“お楽しみ”だけを舞台上に求める無自覚な客もいる。そして、それが“ブロードウェイ”なのだ。だからこそリッチは、この作品が「ヒットしつつある」ことを「ブロードウェイ文化の歴史における画期的事件」と称えたわけだ(と言ってもロングランは1年半だったが)。>

ちなみに、『Jelly’s Last Jam』でジェリー・ロール・モートンをある種の差別主義者として描いたことについては異論もあるようで、フランク・リッチの劇評が掲載された日のニューヨーク・タイムズの読者投書欄に、長年「ジェリー・ロール・モートンの世界」というコンサート・ツアーを行なっているというボブ・グリーンなる人物の次のような投稿が載っていた。

<モートンの研究家であり演奏者である私に言わせれば(中略)ジェリー・ロール・モートンは独創的な作曲者でありピアニストであり楽団リーダーであった。そして、人種差別主義者ではなかった。(中略)厳しいが輝かしく創造的な人生を送ったモートンの亡霊をブロードウェイで辛いめに会わせていることに、彼は複雑な感情を抱くかもしれない。>

『Jelly’s Last Jam』は、トニー賞で作品賞を含むこのシーズン最多の11部門にノミネートされたが、受賞は主演男優賞(グレゴリー・ハインズ)、助演女優賞(トンヤ・ピンキンズ)、照明賞(ジュールズ・フィッシャー)の3部門に止まった。これについては、このシーズンのトニー賞の項で改めて触れる。

 

The Chronicle of Broadway and me #29

★1992年5月~6月(その3)

#28で引用したフランク・リッチによる『Five Guys Named Moe』批判の中の「実際の内容以上に見せかけるユーロ・ディズニーランドのハッタリのごときウエスト・エンドの美学」という表現は、『Miss Saigon』(@Broadway Theatre 1992年5月26日 20:00)にはそのまま当てはまる。
オープンの年にチケットを入手できなかった話題作を1年後に観ての当時の感想は次の通り。

<ごぞんじロンドン産のヒット・ミュージカルで、昨年4月ブロードウェイに上陸し、キャスティングの人種問題等の話題を振りまきながらニューヨークでも大ヒットとなった。昨年はチケットが取れなかったが、今年は公演前日に劇場窓口で買って前から12列目の中央の席だったし、隣席のアメリカの老婦人は当日買えたと言っていた。このチケットの売れ行きの鈍りと無関係ではないと思われるのが、主演の交代。昨年のトニー賞の主演男優賞と主演女優賞を獲ったジョナサン・プライス(休暇中とか)とレア・サロンガが、それぞれフランシス・ルイヴィヴァーとライラ・フロレンティーノに替わっている。今の2人も悪くないけど最初の2人は本当によかったと、オリジナルのキャストでも観たという隣席の婦人は幕間に言っていた。
オリジナル・キャストの印象が強く残るという現象は一般的なものだろうから断言はできないが、エンジニア(ポン引き)を演じたジョナサン・プライスに関しては、昨年トニー賞授賞式で披露されたショウの一部をTVで観た限りでは、やはりその個性はかなり強烈。本筋のベトナム女性とアメリカ兵とのメロドラマ(サイゴン陥落前の出会いから始まり、アメリカ兵の脱出・帰国、女性が出産した子供を巡る問題へと進む)の底が浅いために、本来なら狂言回しの立場にあるエンジニアが実質的主役にならざるを得ず、ショウの成否は、舞い下りる実物大のヘリコプターやキャディラックやダンス・ナンバー等にではなく、ひたすらエンジニアという人物の魅力にかかる。そんな中でフランシス・ルイヴィヴァーもかなり善戦したが、ドラマ自体の弱さをカバーするには到らなかった、というのが率直な感想。これがプライスならOKだったのかどうか。観て確かめたい気もするが、今は2度も観たくないという気持ちの方が強い。アジア系の人たちが多く観にきていたが、後味が悪くはなかっただろうか。
大詰めでエンジニアが歌う「The American Dream」というナンバーが『Gypsy』の中の「Rose’s Turn」によく似ていた。>

「キャスティングの人種問題」というのは、ヴェトナム人であるエンジニアをイギリス人俳優のジョナサン・プライスが演じることに対するアメリカの俳優組合の抗議だったと思う。アジア系の役者が演じるべきだ、という。
ちなみに、フランシス・ルイヴィヴァーはエンジニアを演じた最初のアジア系アメリカ人俳優として歴史に名を残す。血筋は中国×フィリピンで、香港生まれハワイ育ちだとか。残念ながら2001年に白血病で亡くなっている。享年40歳。

この作品自体に対する低評価は今も変わらない。

The Chronicle of Broadway and me #28

★1992年5月~6月(その2)

この年のトニー賞授賞式は5月31日。その日のニューヨーク・タイムズのアート&レジャー版第一面に同紙演劇担当主筆フランク・リッチの書いた、「On Broadway, the Lights Get Brighter」というタイトルのコラムが載っていた。ざっと、こんな内容。

<死んでいると言われるほど元気のなかった近年のブロードウェイだが、今シーズンは経済的にも内容的にも非常に盛り上がった。それも、イギリス産のショウに頼ることなく、多くの優れたアメリカのショウによって活況を呈した。若い世代の有能な作家や演出家も続々現れている。もちろん依然解決されるべき問題はあり、必ずしも手放しで喜んでいられるわけではないが、まだまだブロードウェイには未来がある。>

このコラムには個々のショウについての評価も細かく書かれているのだが、そこで、「取るに足らないショウであり、実際の内容以上に見せかけるユーロ・ディズニーランドのハッタリのごときウエスト・エンドの美学にニューヨークの観客が惑わされるのも、これで終わりを告げるだろう。」と手厳しく批判されているのが、ロンドンからやって来た『Five Guys Named Moe』(@Eugene O’Neal Theatre 1992年5月25日20:00)。それに(気弱に)反論している当時の感想は次の通り。

<タイトルからわかる(人はわかる)通り、偉大なるアフリカン・アメリカン、ルイ・ジョーダンの音楽によるミュージカルで、演じているのも6人のアフリカン・アメリカン俳優。
落ち込んでラジオに合わせてブルーズを歌っている青年の前に、ラジオの中からモーという名の5人の男が現れ、青年を励ます。……というのが筋と言えば筋だが、基本的にはルイ・ジョーダンのイカしたナンバーが次から次に出てくる歌と踊りのショウだ。
フランク・リッチは「モー」に対して厳しいが、そこには“ロンドン産”に対する必要以上の嫌悪がある気がする。
確かにミュージカルとしてはスケールが小さいし、現代的な切り口を持っているわけでもない。しかし、愉快で楽しい踊りと共にルイ・ジョーダンのナンバーがいきいきと演奏され歌われると、それだけで劇場全体がハッピーになる。ルイ・ジョーダンの音楽が持っている“今も生きる”力を十二分に引き出した素敵なショウであり、そのリズムは現代的だ。
驚いたのが、第1幕の最後のナンバー「Push Ka Pi Shi Pie」。突然、客席にサビの部分のナンセンスな歌詞が書かれたカードが降ってくる。それで客にコーラスを促し、さらに、舞台から通路に下りた役者が客を引き連れて踊りながら舞台へと行進する。この行進に参加した客が50人くらいいたんじゃないか。劇場は盛り上がり、幕が下りても興奮状態。その余韻もあって、第2幕の「Caldonia」のコール&レスポンスでも客席はノリノリ。こうした“客いじり”は、確かにオフ・ブロードウェイ的。リッチとしては、その辺も気に入らないのかもしれないが、観客としては単純に楽しめる。>

翌1993年、当のロンドンを訪れるに及んで、なるほどリッチの言う通りだな、とロンドン産ミュージカルについての認識を新たにするのだが、この時点ではまだわかっていない。まあ、この作品については、感想で書いている通りルイ・ジョーダンの楽曲のよさにノセられて弁護した面もあるが、この種のショウとしての出来は悪くなかったと今でも思う。
結果的に、トニー賞では作品賞と脚本賞のノミネーション枠には入った。プロデュースはキャメロン・マッキントッシュ。脚本は役者としても知られるクラーク・ピータース。

The Chronicle of Broadway and me #27

★1992年5月~6月(その1)

6度目のブロードウェイは1992年5月の終わりから6月にかけて(36歳)。

1992年は、4月にロスアンジェルス暴動が起きている。てことは、ダウンタウン(マンハッタン)を歩いていて「コリアン、ゴー・ホーム!」とアフリカン・アメリカンから言われたのは、この年の渡米時か。
同じ4月にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が始まっている。その流れで言うと、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の解体も4月。
のんきな方面では、やはり4月に、ユーロ・ディズニーランド(現ディズニーランド・パーク、通称ディズニーランド・パリ)が開園している。
10月にルイジアナ州バトンルージュで日本人留学生射殺事件。「Freeze!」ってやつ。撃ったアメリカ人は刑事裁判では無罪になったが、実は銃マニアで、民事裁判では殺意が認められて賠償命令が下されている。
11月、ビル・クリントンがアメリカ大統領選挙に勝利。12月、金泳三が韓国大統領選挙に勝利。

国内では、1月に共和汚職事件絡みの受託収賄罪でで阿部文男衆議院議員が逮捕、10月には東京佐川急便事件が暴かれていく中でヤミ献金を受け取ったとされる金丸信が衆議院議員辞職、と、現安倍政権下なら逃げきったであろう政治家の背信行為に、世論を背景にした審判が下されている。
さくら銀行、あさひ銀行という、すぐに消えることになる新社名が登場したのも、この年。バブル崩壊に関わりなくCI(コーポレートアイデンティティ)ブームは続いていたわけだ。ちなみに、大蔵省発表によれば、9月末段階での都市銀行の不良債権総額は12.3兆円とか。
ミュージカル好きとしては、いずみたく(5月)、中村八大(6月)の逝去も挙げておきたい。世間的には、尾崎豊(4月)と長谷川町子(5月)だろうが。
ハウステンボス開業はバブルの余韻か。風船おじさん消息不明、なんてニュースもあった。

ブロードウェイはこの年、アメリカ勢の復調で盛り上がる。

観劇リストは次の通り。

5月25日 20:00 Five Guys Named Moe@Eugene O’Neal Theatre 230 W. 49th St. ★
5月26日 20:00 Miss Saigon@Broadway Theatre 1681 B’way
5月27日 14:00 Catskills On Broadway@Lunt-Fontanne Theatre 205 W. 46th St. [V]
5月27日 20:00 Jelly’s Last Jam@Virginia Theatre 245 W. 52nd St. ★
5月28日 20:00 The Most Happy Fella@Booth Theatre 222 W. 45th St. ★
5月29日 20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St. ★
5月30日 14:00 Death And The Maiden@Brooks Atkinson Theatre 256 W. 47th St. [P]
5月30日 20:00 Falsettos@Golden Theatre 252 W. 45th St. ★
5月31日 15:00 Man Of La Mancha@Marquis Theatre 1535 Broadway ★
5月31日 19:30 Forever Plaid@Steve McGraw’s 158 W. 72nd St. [off]
6月 1日 20:00 Guys And Dolls@Martin Beck Theatre 302 W. 45th St. ★
6月 2日 20:00 Lost In Yonkers@Richard Rodgers Theatre 226 W. 46th St. [P]
6月 3日 14:00 A Streetcar Named Desire@Barrymore Theatre 243 W. 47th St. [P]
6月 3日 20:00 The Will Rogers Follies@Palace Theatre 1546 B’way

勤めていた会社の“リフレッシュ休暇”制度の適用で、なんと11泊。この“輝かしい”年に長期滞在できたのはツイていた。

末尾のマークの意味は次の通り。★が1991/1992シーズンの新登場ブロードウェイ・ミュージカル。無印はそれ以前からのロングラン・ミュージカル。[off]はオフ・ブロードウェイ・ミュージカル。[P]はプレイ。[V]はヴァラエティ・ショウ。

とりあえず、ミュージカル以外をざっと。

『Catskills On Broadway』。キャッツキルはニューヨーク市から内陸部を北上していったところにある保養地で、その地のホテルに出演する名のある芸人がブロードウェイにやって来た、という趣向。なので、いろんな芸が観られるのを楽しみにしていたが、基本は話芸。マリリン・マイケルズ(Marilyn Michaels)という人の歌マネの一部以外はまるでわからず、爆笑の渦の中で孤独を味わう。唯一わかったのが、出演者の一人が、親戚が失業して東京に行ったという話をした後で「日本人のお客様、あなたの国へようこそ」と言った皮肉。そういう時代だった。
ちなみに、マイケルズのバーブラ・ストライサンドの歌マネはちょっと見もの。ネットに多数上がっている。

『Death And The Maiden』はアリエル・ドーフマンの新作戯曲。邦題『死と乙女』。長い独裁政権が終わって民主化された直後の、とある国。夫婦と行きずりの医師の3人による、過去の疑惑をめぐるミステリアスなサスペンス劇で、内容は言わぬが花。タイトルはシューベルトの同名歌曲から採られている。出演者は、グレン・クロース、リチャード・ドレイファス、ジーン・ハックマン。映画で知る有名俳優を観たかったわけだ。演出マイク・ニコルズ。

『Lost In Yonkers』は、#26にも書いたが、ニール・サイモンの新作で前シーズンのトニー賞作品賞受賞作。その他に、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞も受賞したが、観た時には3人とも去っていた。その内の1人がケヴィン・スペイシー。ノスタルジックな人情劇だということはわかるが、機微がわからないので、相変わらず豚に真珠。演出ジーン・サックス。
なお、このシーズンにもサイモン×サックスの新作『Jake’s Women』が幕を開けたが、そちらは半年ちょっとで幕を下ろしている。

『A Streetcar Named Desire』は、ごぞんじテネシー・ウィリアムズの有名作。邦題『欲望という名の電車』。アレック・ボールドウィンとジェシカ・ラングという、これまた有名俳優目当て。筋は知っていたんで、おおよそは理解できた。当時の感想に「ジェシカ・ラングは、役柄のせいもあるが、鬼気迫っていた。」と書いてある。演出はグレゴリー・モッシャー。プロデュースにサントリーが参画。

楽しいミュージカル群は次回以降に。