MESSIAH(メサイア)~異聞・天草四郎/BEAUTIFUL GARDEN~百花繚乱~@東京宝塚劇場 2018/09/19 13:30

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役者に固執することが少ないせいか、注意散漫なせいか、その両方かは不明だが(笑)、宝塚歌劇をわりと長く観てきていながら、男役三番手ぐらいまでしか生徒の顔と名前を覚えられない。なので、ときどきオッと思う生徒がいるとプログラムを買って調べることになる。この花組公演もそうだった。

水美舞斗(みなみまいと)。
『MESSIAH』では徳川幕府の要人、松平信綱を演じていた。この役、物語の上でかなり重要。
MESSIAH』は、倭寇(海賊)の首領だった男が難破の末に天草に流れ着き、土地の人に受け入れられて天草四郎になる、という話で、四郎はもちろん明日海りお。四郎の指揮した島原の乱の後、反乱軍側で唯一生き残るのが、実在の人物、山田右衛門作(えもさく)、またの名を山田祐庵(ゆうあん)。演じるのは柚香光。父家光の将軍時代に起こった島原の乱の真相を知りたいという徳川家綱に召された南蛮絵師・祐庵の回想として、話は語られる。

物語の大きな構図は、キリシタン弾圧及び過酷な年貢の取り立てを行なう肥前島原藩主・松倉勝家と、それに耐えきれず反乱を起こすことになる天草・島原の人々との対立。それを背景に、新参者で怪しげな四郎、元からの住人でキリシタンである右衛門作=祐庵、その恋人の娘・流雨(仙名彩世)、の三角関係が揺れ動く。……と、これだけなら、言っちゃなんだが宝塚歌劇ではわりとよくあるドラマ。そこに幕府の思惑、対応が加わることで厚みが増した。
その幕府の動きの中心になるのが、老中・松平信綱。
もとより反乱は鎮めねばならない。が、幕府に隠れて悪政を行なう松倉勝家にもそれなりの処罰を与える必要がある。そういう微妙な仕事を将軍家光に代わって現地に出向いて行なう信綱。立場上、冷徹であらねばならぬ。が、反乱の真意は実は痛いほどわかる。そんな風に見える演技を、完璧にとは言わないが、水美舞斗は熱を込めてやり遂げていた。この信綱の動きが、結果として四郎と祐庵との和解のきっかけとなることを思えば、やはり、この役の意味は大きい。
もっとも、この「異聞」は、あくまで宝塚歌劇的「異聞」であって、幕府にこうした「良心」があったとは思えないが、ここではドラマとして面白く収まった。作・演出/原田諒。

水美舞斗は、ショウ『BEAUTIFUL GARDEN~百花繚乱~』でも目に留まった。
明日海りお登場シーン(が華やかなのは当然なので、それ)以外でいちばん印象的だったのは、柚香光が傘を持って登場する「Rainy Day Garden~パリの花々~」と題された第3章だったが、その前の章の蜂に扮した場面を筆頭に、様々なところでキレのいい動きを見せたのが水美舞斗。まあ、『MESSIAH』で気になったからというのはあるが、それでも、ダンスが得意な人でもあったのかと改めて感心したしだい。作・演出/野口幸作。
見どころの多い花組公演だった。

SMOKE@浅草九劇 2018/10/25/14:00 Renacsence@Abrons Arts Center(466 Grand St.) 2018/11/04/15:00

2週間と間をおかずに観たこの2作、いずれも実在した詩人についての、トンガリ具合が刺激的なミュージカルだった。
『SMOKE』の詩人が朝鮮のイ・サン(李箱)で、『Renacsence』の詩人がアメリカのエドナ・セイント・ヴィンセント・ミレイ。

『SMOKE』は、イ・サンの連作詩「烏瞰図(うかんず)第15号」からインスピレーションを得て生まれた、と公式サイトに書いてある。ことに楽曲の詞には、それがかなり反映されているのだろうと想像する。
日本版ウィキペディアによれば……イ・サンは1910年9月14日(陰暦8月20日)生まれ、1937年4月17日没。難解で過度に自己中心的な作風は「天才」と「自己欺瞞」の両極端な評価を受け、独特の世界を描いている。27歳という若さで世を去ったことが、更に李箱の評価を難しくしている。亡くなる前年に東京に渡りホームレス的な生活をしていたが、思想不穏の嫌疑で西神田警察署に拘禁され、1か月後に健康悪化のため釈放。
……といった情報をまるで知らないまま観始めたのだが、冒頭のシーンはこの釈放の場面だった、と後でわかる。
倒れている男がいる。そして暗転。若者2人が誘拐計画を実行しようとしている。1人はさっき倒れていた男で、これが強気な詩人。もう1人は意志薄弱そうな画家。誘拐は成功し、金持ちの娘が2人の部屋に連れてこられるが、詩人が身代金のことで外出している間に画家は娘に懐柔され……。と、ここまでを読んで想像するいくつかの展開の、いずれでもない方向に話は進んでいく。登場人物が3人しかいないのに、その3人の正体すらわからなくなってくる。謎が謎を呼ぶ、というやつ。
緊迫感に満ちたドラマの行き着く先は、今後の再演をご覧になる方がいないとも限らないので伏せたままにするが、3人の役者の鬼気迫る演技もあって最後までハラハラ。見応え充分だった。
この作品、元は韓国産で、脚本・演出チュ・ジョンファ(추정화)、作曲・音楽監督ホ・スヒョン(허수현)。それを、あなたの初恋探します同様、菅野こうめいが日本版に仕立てたようで、クレジットには、上演台本・作詞・演出:菅野こうめい、とある。脚本・作詞にどれだけ手が入っているのか不明な上に、韓国版を観たことがないので比較はできないが、日本版単体で評価するなら、日本語詞の楽曲の質も含めて充分に成果は上がっている。
それと同時に、この日本版に意味があるのは、最初に書いた、イ・サンが東京で思想不穏の嫌疑で拘禁されていたことを描いていること。最後に再び釈放シーンがあるのだが、そこで彼に投げつけられる言葉が「不逞鮮人」。今の日本の空気を抉る瞬間だ。
役者は、大山真志、木暮真一郎、池田有希子。後者2人はダブル・キャスト。音楽・演奏には伊藤靖浩のクレジットがあった。

『Renacsence』は、エドナ・セイント・ヴィンセント・ミレイの若き日の断片×ポエトリー・リーディングといった趣向の舞台。
ミレイは1892年2月22日メイン州生まれ、1950年10月19日没。20歳の時にコンテストに応募した「ルネッサンス」という詩が評判となって頭角を現し、25の年にグリニッチ・ヴィレッジに移り住んでいる。その後、1923年に「竪琴をつくる者」(The Ballad of the Harp-Weaver)でピューリッツァー賞受賞。と、まあ、そういった経緯が、家族や友人や編集者との葛藤を交えたドラマとして描かれる。と同時に、ミレイの詩が楽曲となって歌われる。
作曲のカーメル・ディーンは、これが作曲家デビューだが、これまでブロードウェイで『If/Then』『American Idiot』『Hands On A Hardbody』『The 25th Annual Putnan County Spelling Bee』の音楽監督/編曲の仕事をしてきている。さらに、グリーン・デイやフィッシュ(Phish)とも仕事をしている。どちらかと言えば、エッジの立った音楽寄りの人。それが、ここでは生きている。
面白いのは、最後に観客を舞台に上げ、壁際にセットした椅子に座らせて、キャスト全員によるポエトリー・シンギング&ダンシングを間近で体験させること。100年前の詩人エドナ・ミレイならやったかもしれないと思わせる、小さな劇場ならではのアイディアだった。
ついでに書いておくと、上演されたアブロンズ・アーツ・センターは初めて訪れたが、マンハッタンには珍しい、のどかな雰囲気の中に佇む落ち着いた劇場だった。

 

The Chronicle of Broadway and me #049

19935月~6月(その5

『Blood Brothers』(6月1日20:00@Music Box Theatre)について、<日本でも、柴田恭平、国広冨之の主演で昨年(1992年)2度目の翻訳公演が行なわれた、イギリス産ミュージカル。1983年にリヴァプールでオープンし(作品の舞台がリヴァプール)、1988年にロンドンに移って今なお続演中だ。>と当時の感想に書いているが、これ事実誤認。
実際には、1983年にリヴァプールでオープンしたプロダクションが同年4月にロンドン(ウェスト・エンド)に移り10月まで上演。これがオリヴィエ賞を受賞。その後、ツアー公演があり、1988年から再びウェスト・エンドで上演開始(ロンドンでは、よくあるやり方)。劇場を移りながら2012年までロングランしている。
以下、当時の感想の続き。

<今回のブロードウェイ公演は、トニー賞の主演女優賞、主演男優賞候補を含む主要な出演者5人(女2人・男3人)が全員、ロンドンのプロダクションで今回と同じ役を演じた経験があるというイギリス人で、これがブロードウェイ・デビュー。言ってみればロンドンからの直輸入公演だ。
“ロンドンもの”らしく、ストーリー主体、歌主体のもの。そのストーリーも、生まれて間もなく別の姓を名乗り全く違う階級の人間として生きることになった双子の兄弟が、互いに兄弟と知らずに親友になり、恋敵になり、数奇な運命を辿って、やがて……という、山口百恵のTVドラマ「赤い~」シリーズも真っ青のメロドラマ。にも関わらず、自分でも意外なことに、その世界に否応なく引きずり込まれた。
と言うのも、イギリス人出演者5人が、さすがに過去に演じていただけあって、持ち役を魅力的に練り上げ、自信を持って演じているから。そして、その5人を中心にした総勢16人というブロードウェイ・ミュージカルとしては小規模なカンパニーが、がっちり手を組んで舞台を作り上げ、観客にまで親密な雰囲気をもたらしているから。アーヴィング・バーリンを共同所有者として1921年に作られたミュージック・ボックスという劇場の、古さ、規模の小ささも、その雰囲気作りを助けている。
作品自体は好きではないが、演じている役者たちを好きになる、そんな舞台だ。
中でも、主演男優のコン・オニールの、“野蛮なジェームズ・ディーン”あるいは“ドングリ眼じゃないアル・パチーノ”的魅力は、唾を飛ばしながらのリヴァプール訛と共に忘れ難い。トニー賞ノミネートは当然の結果だと思う。
ところで、やはりロンドンから来てトニー賞助演女優賞にノミネートされたチャーミングなジャン・グレイヴソンのプロフィールには、イギリス・タップ・ダンス選手権に2年連続で優勝したとある。次の機会にはその技を披露してくれることを期待せずにはいられない。>

“ロンドンもの”は、話がベタで、ダンスよりも歌中心、という風に思っていた。まあ、あまりハズレてはいないと思うが。
ここで観たイギリス人俳優は、その後、誰もブロードウェイの舞台には立っていない。母親役のステファニー・ローレンスは2000年に亡くなっている。
なお、2009年8月にはロンドンでロングラン中のこの作品を観て、「ドラマの根底にある階級意識の軋みがリアルに伝わってきた」という感想を書いている。

The Chronicle of Broadway and me #048

19935月~6月(その4

The Who’s Tommy(5月31日20:00@St. James Theatre)は、イギリスのロック・グループ、ザ・フーが1968年に発表した“ロック・オペラ”アルバム『Tommy』の舞台ミュージカル化だ。過去に、映画化、コンサート形式の舞台化はされたが、ミュージカルとしての舞台化は初めて。
ニューヨーク・タイムズの劇評家フランク・リッチは、トニー賞授賞式当日に載った「A New Generation on Old Broadway」というタイトルの記事の中で、この舞台を「ブロードウェイの権威の思考に対する過激な挑戦である」として、次のように言っている。

――『The Who’s Tommy』は、ブロードウェイで初めての、ロックの作曲家(ザ・フーのピート・タウンゼンド)との本当の共同作業であり、’50年代にロックンロールがブロードウェイのポップ・ミュージックをヒット・パレードから追い出して以来ブロードウェイ・ミュージカルの観客を奪い続けてきた容赦なき文化勢力であるロック・ミュージックへの、初めての知的な適応である。
何年にもわたって、ブロードウェイは、茶化したロック(『Bye Bye Birdie』)、見せかけのロック(『Hair』『Jesus Christ Superstar』)、そして、つまらないラス・ヴェガス型ロック・コンサートの複写(『Beatlemania』『Buddy』)を試してきた。そしてついに『The Who’s Tommy』で、本物のロックがミュージカル劇場のジェットコースターに取り込まれた。――

この見解に対する意見も含む、当時の感想は次の通り。

<オリジナル作者である筋金入りのロック・ミュージシャン、ピート・タウンゼンドが直接関わっている(作曲・作詞・脚本)こともあってだろう、音楽的な面だけでなく、作品全体が “ロック・ミュージカル”と呼ぶにふさわしいダイナミズムに溢れていたのは確かだ。
従来のミュージカルよりやや音量が大きく、かつベースが強調された音楽。幾何学的なイメージでデザインされた抽象性の強い装置(多様な空間を現出させる白いドアと白い窓をはじめ舞台上を天地左右自在に動く大道具、スライドによって変幻自在の背景を作り出したり時には鏡になったりするバックのスクリーン、ズラリと並んだモニターに映し出されるビデオ)。ポスターやTシャツに使われている色(オレンジ、黒、白、赤、黄)のイメージを生かした衣装や照明。……等々が、観ている側の印象で言うと、凄まじい勢いで洪水のように押し寄せてくる。
特に第1幕は、ウッドストックを知る世代には懐かしい「See Me, Feel Me」(テーマ曲的存在)や「Acid Queen」「Pinball Wizard」という耳慣れたヒット曲が含まれることもあってか、リッチの言葉を借りれば“ジェットコースター”のように、あれよあれよと言う間に終わってしまう。それに比べると第2幕、特にトミーが鏡を割って自閉の壁を破ってから(そういう話なんです)は、大仕掛けの装置が動く割にはやや退屈した。
むしろ第2幕では、トミーの叔父が1人でヴォードヴィル調の歌を気儘な感じで歌う、オーソドックスなスタイルのシーンの方が印象に残った。が、こういう人間臭いシーンは、このミュージカルの中では浮きかねない。と言うのも、“洪水のように押し寄せてくる”舞台の諸々の要素の中で、人物もその一要素と化し(「Pinball Wizard」の魅力的なダンス・シーンですら)、一括してプログラム化されているような印象を受けるからだ。
もちろん、ある意味で、ブロードウェイの舞台は全て冷徹なプロフェッショナルな感覚でプログラム化されている訳だが、それはあくまで舞台の質の高さを維持するためで、舞台の魅力は、そこで人々がどんな輝きを見せてくれるかにあるはずだ。出演者が記号に過ぎなくなってしまっている『The Who’s Tommy』は、そういう見方をすると魅力に乏しい。
トニー賞の審査員も同じように感じたのかどうかはわからないが、『The Who’s Tommy』からの出演者のノミネートは助演女優賞と助演男優賞の2部門だけで、結局どちらも受賞しなかった。
ここでさらに言えば、猿之助スーパー歌舞伎八犬伝』(装置/ハンス・シャーヴァノッホ)の大外連(だいけれん)を観ている(5月6日)目には、ハイテクを駆使した『The Who’s Tommy』の舞台装置も、面白くはあったが、さほど驚きではなかった。
もう一つ、これは『The Who’s Tommy』自身の問題ではなく、フランク・リッチの記事についての話なのだが、“本物のロック・ミュージカル”が1993年の時点で新しいか、という問題がある。
商業的なことを別にすれば、今やロックは世界の様々なポップ・ミュージックの一ジャンルに過ぎない。ブロードウェイにとって初めての“本物のロック・ミュージカル”だと言っても、20年前ならいざ知らず、今の時点で、そのこと自体が観客にとって特別な意味があるとは思えない。そういう意味では、“本物のロック・ミュージカル”だからといって、それが“茶化したロック・ミュージカル”や“見せかけのロック・ミュージカル”より優れている、とも言えない。
また、フランク・リッチは『The Who’s Tommy』について、「近年、ブロードウェイに氾濫しているノスタルジアものとは違い、我々が今、リアルタイムで生きていることを感じさせてくれる」と、その現在性を賞賛したそうだが(「シアター・ガイド」誌)、ある年代の人々にとっては『The Who’s Tommy』は充分にノスタルジックなのではないか(ただし、それがいけないとは思わない)。
どうも、リッチの褒め方は、少し見当違いなんじゃないか。
僕の結論を言えば、『The Who’s Tommy』は一見に値する。その面白さは、ディズニーランドの「キャプテンEO」の如し(ちなみに、このアトラクション、嫌いではありません)。>

“ロック・ミュージカル”という概念に対して懐疑的なのは、ずっと同じ。
それとは別に、この作品も、あんなに派手な装置を使わずに作られていたら、また別の印象があっただろうに、と少し残念に思わないでもない。とはいえ、2年強のロングランにはなったわけだし、まあ、いいのか。ミュージカル大型化が進む時代に大がかりな装置好きの演出(共同脚本)のデス・マカナフを起用した時点で、ああなることは必定だった、ということで。
ウェイン・シレントの振付は躍動的でよかった。
マカナフ×シレントのコンビは1995年に『How to Succeed in Business Without Really Trying』のリヴァイヴァルで再びブロードウェイに登場することになる。

ちなみに、楽曲の一部は、ザ・フーのメンバーであるジョン・エントウィッスルとキース・ムーンが書いていて、上に書いた第2幕のヴォードヴィル調の歌はキース・ムーン作。ブルース・シンガー、ソニー・ボーイ・ウィリアムスン楽曲の改作も1曲ある。

役者は……。
トミー役がマイケル・サーヴェリス。『Fun Home』の父親役でトニー賞主演男優賞を獲る、あの人。これがブロードウェイ・デビュー。鮮烈と言っていい印象的なデビューだった。受賞は逃したが、トニー賞助演男優賞にノミネート。
もう1人ここでブロードウェイ・デビューしているのがノーム・ルイス。精神科医(セラピスト?)役でソロで歌う場面もあった。
そのノーム・ルイスと『Side Show』の初演で共演するアリス・リプリーも出ているが、あまり覚えていない。
「Acid Queen」を熱唱するジプシー役シェリル・フリーマンのことは『Stars In The Alley』#046)のところで書いた。
印象的な叔父さん役はポール・カンデル。いとこのケヴィン役のアンソニー・バーライルもダンサー出身らしいシャープな身のこなしで記憶に残ったが、その後、役者としてはブロードウェイには出ていない。