The Chronicle of Broadway and me #054

19935月~6月(その10

トニー賞の行方を参考に、1992/1993年シーズンを振り返る。

作品別獲得数は多い順に次の通り。

『Kiss Of The Spider Woman』7(作品賞/楽曲賞★/脚本賞/主演女優賞/主演男優賞/助演男優賞/衣装デザイン賞※)
『The Who’s Tommy』
5(楽曲賞★/演出賞/振付賞※/装置デザイン賞※/照明デザイン賞※)
『My Favorite Year』
1(助演女優賞)
(※印のカテゴリーはミュージカルとプレイが混合で候補になっている。リヴァイヴァル作品賞も混合で、受賞はプレイ作品だった。★楽曲賞は珍しいダブル受賞。この年、編曲賞、音響デザイン賞はない。)

実り多かった前シーズンに比べて低調。トニー賞は、締め切り間際に幕を開けた大がかりな2作がほぼ独占した。
My Favorite Year』の助演女優賞は、もちろんアンドレア・マーティン。

このシーズンに登場して観られなかったミュージカルは次の5本(開幕順)。タイトルの後のカッコ内はプレヴュー開始日~クローズ日。

『Anna Karenina』(8/11/1992~10/04/1992)
『Oba Oba ’93』(9/9/1992~10/18/1992)
『3 from Brooklyn』(11/11/1992~12/27/1992)
『Face Value』(3/9/1993~3/14/1993)
『Ain’t Broadway Grand』(3/26/1993~5/09/1993)

『Anna Karenina』は2006年に、潤色/小池修一郎、演出/鈴木裕美、主演/一路真輝で上演され、その後再演も行われている東宝版のオリジナル。原作はトルストイの同名小説。作曲のダニエル・リーヴィン、作詞・脚本のピーター・ケロッグ共に(今のところ)ブロードウェイ作品はこれ1作のみ。
Oba Oba ’93』はブラジル音楽のショウだった模様。「’93」と付いているのは、1988年と1990年に同趣向で上演されているから。
3 From Brooklyn』はブルックリン讃歌のショウだったらしい。
問題はプレヴュー期間中に終わってしまった『Face Value』。1988年に『M. Butterfly』をヒットさせた劇作家デイヴィッド・ヘンリー・ホワンの作品で、どうやらプレイ扱いのようなのだが、作曲・作詞にホワンのクレジットがあるからだ。プレイ・ウィズ・ミュージックとカテゴリー分けしてある場合もあるし、ダンス音楽や振付の担当もいて、役者にジェイン・クラコウスキーの名前もある。いったい、どんな作品だったのだろう。
Ain’t Broadway Grand』は、『Man 0f La Mancha』の作曲家ミッチ・リーと『Bye Bye Birdie』の作詞家リー・アダムズが組んだ作品。ジプシー・ローズ・リーが出てきたりして(もちろん本人ではなく役として)面白そうなのだが……。
ともあれ、短命作品の多いシーズンではあった。

The Chronicle of Broadway and me #051

19935月~6月(その7

リヴァイヴァルが2本。

On A Clear Day You Can See Forever(5月29日20:00@Harold Clurman Theatre)は、オープニング・ドアーズ・プロダクションズ制作のオフ作品。ハロルド・クラーマン劇場は、今は複合劇場シアター・ロウ内に収まっているが、この時は、同じ場所に違う形であったと思う。以下、当時の感想だが、ニューヨーク到着日に観て、非常に眠い中での観劇だったため、覚えていることがごく一部になっています(苦笑)。

<ブロードウェイ初演は1965年秋にオープンし280回の公演を重ねている。オスカー・ハマースタイン二世を失ったリチャード・ロジャーズが、自ら作詞も手がけた『No Strings』の次に、アラン・ジェイ・ラーナーと組んで進めた企画だが、うまくいかずにロジャーズが手を引いた、という経緯があるらしい。替わって作曲を担当したのがバートン・レイン(『Finian’s Rainbow』や「How About You?」で知られる映画『Babes On Broadway』の作曲者)。
訪れたのが、この限定リヴァイヴァル公演の最終日だったせいか、そのバートン・レインが客席に来ていて、公演終了後スタンディング・オヴェイションを受けていた。
さて、眠い中はっきり覚えているのは第2幕第1場のナンバー「When I Come Around Again」。いかにも1965年らしいロックンロール・ナンバーで、これに乗って若者たちが踊るのは、いわゆるゴーゴー。ここが唯一と言っていい目立ったダンス・シーンで、全員熱の入った踊りよう。目が覚めた(笑)。中でも、精神科医の秘書役ニコル・ハルモスが、それまでの上品なイメージを裏切るセクシーなダンスを見せ印象に残った。
ところで、このナンバー、オリジナル・キャスト盤ではロシア的な(『Fiddler On The Roof』に出てくるような)曲で、タイトルも「When I’m Being Born Again」と少し変わっている。臨席していた作曲者自身によるリアレンジなのだろうか。>

時を経てブロードウェイとオフとで改めて観たので、後で詳述することになると思うが、2011年のブロードウェイ版はさらに大胆な改変が施されており、どうやら最近観たオフ版が一番オリジナルに近い感触だったようだ。

She Loves Me(6月5日14:00@Criterion Center Stage Right/Olympia Theatre)の初演は『On A Clear Day You Can See Forever』の2年半前。1963年春にオープンし、プレヴューも含め302公演を重ねている。製作も兼ねたハロルド・プリンスの初めての演出作品で、作曲・作詞は、翌年やはりプリンスの製作で『Fiddler On The Roof』をヒットさせるジェリー・ボックとシェルダン・ハーニックのコンビ。また、脚本のジョー・マスタロフは3年後に、製作・演出プリンス、作曲・作詞ジョン・カンダー&フレッド・エブという『Kiss Of The Spider Woman』トリオと組んで『Cabaret』を作っている。このリヴァイヴァルはラウンダバウト劇場の製作。この頃はまだ、タイムズ・スクエア東側のビル内にある小ぶりな劇場で上演していた。

<ラウンダバウトの上演劇場クリテリオン・センター・ステージ・ライトは、規模は小さいものの、リンカーン・センターのヴィヴィアン・ボーモント劇場同様、客席に突き出た半円状の舞台を見下ろす構造になっている。両端に近い席は観にくいと思うが、うまく使えば面白い効果を生む(例えば『Anything Goes』がヴィヴィアン・ボーモント劇場の半円の舞台を船のデッキに模して成功していたように)。今回の場合、円構造を利用して、回転による場面転換をうまく行なっていた。
1934年、ブダペストの香水店を舞台にした、すれちがいのラヴ・ストーリーは、他愛ないと言えば他愛ないが、キャラクター作りがしっかりと成された登場人物がそれぞれ魅力的で、心温まるミュージカル・コメディに仕上がっている。
出演者はみんなうまいが、先の『Anything Goes』で主演男優だったハワード・マッギリンが女たらしの厭味な色男を演じて意外なハマリ役。怪しげなカフェのウェイターを怪演したジョナサン・フリーマンは、映画『Aladdin』の悪人ジェイファーの声を担当した人だそう。
そして、嬉しかったのが、クリスティ・ラインズの出演。Catsのランプルティーザー役だった彼女が素顔で出演。脇役だが、猫ばりのアクション場面が用意されていて、陽気なアクロバット的動きを見せて喝采を浴びた。>

ヒロインはStars In The Alleyに登場したジュディ・キューン。最近では『Fun Home』の母親役が印象深い。この作品、約2ヶ月半の公演の後、一旦クローズし、プロデューサーが替わって10月から大きな劇場に移るが、その際ヒロインはダイアン・フラタントニに替わっている。主要キャストでただ1人の交替だが、翌年のトニー賞の候補にはキューンが挙がった。いろいろ不思議。
相手役はボイド・ゲインズで、トニー賞主演男優賞受賞。トニー賞受賞はこれが2度目。現時点で都合4度受賞している。

翌年1月に、移った劇場で再見するが、その際の追加感想も挙げておく。

<前回書き落としているが、このミュージカルにはダンスの見せ場もある。怪しげなレストランでの怪しげな客たちの狂騒的なダンスで、振付は『Kiss Of The Spider Woman』のロブ・マーシャル。
なお、この舞台を観る時にはメザニン(中2階席)がお薦め。と言うのはセットも2階建てになっているから。その席で良かったと、特に最後は思うはず。>

トニー・ウォルトンの手がけた魅力的な2階建ての店のセットは、観音開きになることも含めて、2016年版(デイヴィッド・ロックウェル)と、とてもよく似ていた。が、メザニンを薦めた理由は残念ながら全く覚えていない(笑)。

The Chronicle of Broadway and me #050

19935月~6月(その6

『Kiss Of The Spider Woman』(6月2日20:00@Broadhurst Theatre)についても、ニューヨーク・タイムズのフランク・リッチの記事を引きながら、当時、感想を書いている。

<フランク・リッチは、トニー賞最優秀作品賞はThe Who’s Tommyではなく『Kiss Of The Spider Woman』が獲るだろうと予測してみせた。その上で、『Kiss Of The Spider Woman』は最近のトニー賞(作品賞受賞)ミュージカルよりは遙かに冒険的であるが、作品賞受賞予測の根拠は、そのことよりも、作品の持つ「ショウビジスネの閃きと自由主義的な感傷の伝統的混合」が審査員にアピールしやすいことにある、と書いて、暗にトニー賞審査員の体質は古い、と皮肉った。
その是非はともかく、結果を先に言えば、ミュージカル作品賞はリッチの予測通り『Kiss Of The Spider Woman』が獲った。そして、トニー賞の審査の基準がどの辺にあるのかはわからないが、個人的には、今シーズンの新作の中では『Kiss Of The Spider Woman』が最も満足できた作品だった。
とにかく、1993年のチタ・リヴェラのダンスを、現在考えられうる最高の形で観られたことが、何よりもうれしかった。現在60歳のチタのダンスは体の隅々まで神経が行き届いていて切れ味が鋭い。確かに振付は、体力的な問題を考慮してか、できるだけ無理がなく、かつ最も華麗に見える、という動きを考えているように見えたが、そうしたことを超えて、彼女の放つオーラに魅せられた。遅れて来たミュージカル・ファンにとっては、これ以上の喜びはない。
1985年の映画版では一人三役だったという、蜘蛛女(人を死に誘う、言ってみれば死神のような存在)、幻想の映画女優、革命闘士の恋人。その前者二役を演じるのがチタ・リヴェラ。その出演場面を大幅に拡大し、彼女の凛々しく情熱的なダンスと歌をたっぷり見せ、聴かせるこのミュージカルは、まさしくチタのもの。
男物の白いスーツに白いボルサリーノという鮮やかなスタイルでダンディに歌い踊る「Where You Are」(トニー賞授賞式の舞台でも披露)、極楽鳥の如き扮装で密林ダンスの華になる「Gimme Love」、そして、ステージいっぱいの蜘蛛の巣を背に幻想的に歌う「Kiss Of The Spider Woman」といったナンバーでの印象は強烈だ。
想像だが、チタの「蜘蛛女」という構想はかなり早い段階で決まっていたのではないか。まずチタの見せ場があって、そこに残りの部分(実は物語の骨子の部分)が付け加えられていって全体ができ上がったとしても不思議はない。
軍事独裁国家の監獄で同房になったホモセクシャルのショーウィンドウ装飾家と革命闘士の物語という、いわゆる本筋のドラマ部分は、よく噛み砕かれているし、出演者たちも熱演している。チタの見せ場とのバランスもうまくとれている。やはり、ハロルド・プリンスの演出の力が大きいのだろう。ミュージカル舞台化が難しいに違いない題材を見事に料理しきったことは間違いない(リッチは、その題材の選び方を「冒険的」と言い、演出の手法を「伝統的」と言っているのか。しかし、伝統的で何が悪い?)。舞台全体を覆う可動式の格子のセットや、『The Who’s Tommy』同様スライドを駆使する照明等も効果的だった。
が、万が一そうした部分の作りが失敗していたとしても、チタ・リヴェラの素晴らしい見せ場があるというだけで、『Kiss Of The Spider Woman』を評価する。
極端に言えば、ミュージカルとはソング&ダンスの見せ場の連なりで、全体のドラマはその見せ場をより魅力的にするためのつなぎなのだ、と思う。もちろん、それが分かちがたく結びついて、より大きな感動を生む、という方向で発展してきたのではあるが、面白さの根本は、あくまでそこにあるはずだ。>

とにかくチタ・リヴェラを観たかった。すでに伝説だったし。ミュージカルの舞台で観られるのは最後かも、と当時は考えた。四半世紀後も現役だとは夢にも思わなかった(笑)。

この作品、カナダの興行会社ライヴェント(Livent)の単独プロデュースで、同社のブロードウェイ進出第1弾だった。『Kiss Of The Spider Woman』の後、同社は、1994年『Show Boat』、1997年『Barrymore』、同年『Candide』をブロードウェイで上演。翌1998年に倒産する。『Barrymore』(演出ジーン・サックス)は二人芝居のストレート・プレイだが、それ以外は大がかりな装置のミュージカルで、なにかバブルの置き土産のような印象の興行会社だった。ミュージカル3作は全てをハロルド・プリンスが演出している。
『Kiss Of The Spider Woman』は、当初、プリンス演出、スーザン・ストロマン振付で1990年に試演を行なったものの、芳しい評価が得られず、2年後にライヴェントが乗り出してトロントで再スタート、という経過だったらしい。この時すでにブロードウェイ初演の主要キャストが顔を揃えていたようだ。ショーウィンドウ装飾家=ブレント・カーヴァー(カナダ人俳優の鮮烈なブロードウェイ・デビュー)、革命闘士=アンソニー・クリヴェロ。振付はヴィンセント・パターソンに変更。共同振付でロブ・マーシャルの名前もある。
同1992年、ウェスト・エンドで開幕。1年近く上演してからブロードウェイ入り。ロンドン経由にしたのは、カナダの興行サーキットがイギリス(やオーストラリア)と関係が深いせいだと思うが、このロンドン公演は観に行こうかとかなり真剣に考えた。結局、初のロンドン訪問は、この年の秋になるのだが。
ついでに言えば、プリンス+ストロマンのコラボレーションは、ライヴェントの次作『Show Boat』でブロードウェイ入りする。

最後に一点書いておくと、ショーウィンドウ装飾家は自分の性認識が女性なのでホモセクシャルではなくトランスジェンダーと捉えるべきだという説が今日では有力らしい。

The Chronicle of Broadway and me #049

19935月~6月(その5

『Blood Brothers』(6月1日20:00@Music Box Theatre)について、<日本でも、柴田恭平、国広冨之の主演で昨年(1992年)2度目の翻訳公演が行なわれた、イギリス産ミュージカル。1983年にリヴァプールでオープンし(作品の舞台がリヴァプール)、1988年にロンドンに移って今なお続演中だ。>と当時の感想に書いているが、これ事実誤認。
実際には、1983年にリヴァプールでオープンしたプロダクションが同年4月にロンドン(ウェスト・エンド)に移り10月まで上演。これがオリヴィエ賞を受賞。その後、ツアー公演があり、1988年から再びウェスト・エンドで上演開始(ロンドンでは、よくあるやり方)。劇場を移りながら2012年までロングランしている。
以下、当時の感想の続き。

<今回のブロードウェイ公演は、トニー賞の主演女優賞、主演男優賞候補を含む主要な出演者5人(女2人・男3人)が全員、ロンドンのプロダクションで今回と同じ役を演じた経験があるというイギリス人で、これがブロードウェイ・デビュー。言ってみればロンドンからの直輸入公演だ。
“ロンドンもの”らしく、ストーリー主体、歌主体のもの。そのストーリーも、生まれて間もなく別の姓を名乗り全く違う階級の人間として生きることになった双子の兄弟が、互いに兄弟と知らずに親友になり、恋敵になり、数奇な運命を辿って、やがて……という、山口百恵のTVドラマ「赤い~」シリーズも真っ青のメロドラマ。にも関わらず、自分でも意外なことに、その世界に否応なく引きずり込まれた。
と言うのも、イギリス人出演者5人が、さすがに過去に演じていただけあって、持ち役を魅力的に練り上げ、自信を持って演じているから。そして、その5人を中心にした総勢16人というブロードウェイ・ミュージカルとしては小規模なカンパニーが、がっちり手を組んで舞台を作り上げ、観客にまで親密な雰囲気をもたらしているから。アーヴィング・バーリンを共同所有者として1921年に作られたミュージック・ボックスという劇場の、古さ、規模の小ささも、その雰囲気作りを助けている。
作品自体は好きではないが、演じている役者たちを好きになる、そんな舞台だ。
中でも、主演男優のコン・オニールの、“野蛮なジェームズ・ディーン”あるいは“ドングリ眼じゃないアル・パチーノ”的魅力は、唾を飛ばしながらのリヴァプール訛と共に忘れ難い。トニー賞ノミネートは当然の結果だと思う。
ところで、やはりロンドンから来てトニー賞助演女優賞にノミネートされたチャーミングなジャン・グレイヴソンのプロフィールには、イギリス・タップ・ダンス選手権に2年連続で優勝したとある。次の機会にはその技を披露してくれることを期待せずにはいられない。>

“ロンドンもの”は、話がベタで、ダンスよりも歌中心、という風に思っていた。まあ、あまりハズレてはいないと思うが。
ここで観たイギリス人俳優は、その後、誰もブロードウェイの舞台には立っていない。母親役のステファニー・ローレンスは2000年に亡くなっている。
なお、2009年8月にはロンドンでロングラン中のこの作品を観て、「ドラマの根底にある階級意識の軋みがリアルに伝わってきた」という感想を書いている。

The Chronicle of Broadway and me #048

19935月~6月(その4

The Who’s Tommy(5月31日20:00@St. James Theatre)は、イギリスのロック・グループ、ザ・フーが1968年に発表した“ロック・オペラ”アルバム『Tommy』の舞台ミュージカル化だ。過去に、映画化、コンサート形式の舞台化はされたが、ミュージカルとしての舞台化は初めて。
ニューヨーク・タイムズの劇評家フランク・リッチは、トニー賞授賞式当日に載った「A New Generation on Old Broadway」というタイトルの記事の中で、この舞台を「ブロードウェイの権威の思考に対する過激な挑戦である」として、次のように言っている。

――『The Who’s Tommy』は、ブロードウェイで初めての、ロックの作曲家(ザ・フーのピート・タウンゼンド)との本当の共同作業であり、’50年代にロックンロールがブロードウェイのポップ・ミュージックをヒット・パレードから追い出して以来ブロードウェイ・ミュージカルの観客を奪い続けてきた容赦なき文化勢力であるロック・ミュージックへの、初めての知的な適応である。
何年にもわたって、ブロードウェイは、茶化したロック(『Bye Bye Birdie』)、見せかけのロック(『Hair』『Jesus Christ Superstar』)、そして、つまらないラス・ヴェガス型ロック・コンサートの複写(『Beatlemania』『Buddy』)を試してきた。そしてついに『The Who’s Tommy』で、本物のロックがミュージカル劇場のジェットコースターに取り込まれた。――

この見解に対する意見も含む、当時の感想は次の通り。

<オリジナル作者である筋金入りのロック・ミュージシャン、ピート・タウンゼンドが直接関わっている(作曲・作詞・脚本)こともあってだろう、音楽的な面だけでなく、作品全体が “ロック・ミュージカル”と呼ぶにふさわしいダイナミズムに溢れていたのは確かだ。
従来のミュージカルよりやや音量が大きく、かつベースが強調された音楽。幾何学的なイメージでデザインされた抽象性の強い装置(多様な空間を現出させる白いドアと白い窓をはじめ舞台上を天地左右自在に動く大道具、スライドによって変幻自在の背景を作り出したり時には鏡になったりするバックのスクリーン、ズラリと並んだモニターに映し出されるビデオ)。ポスターやTシャツに使われている色(オレンジ、黒、白、赤、黄)のイメージを生かした衣装や照明。……等々が、観ている側の印象で言うと、凄まじい勢いで洪水のように押し寄せてくる。
特に第1幕は、ウッドストックを知る世代には懐かしい「See Me, Feel Me」(テーマ曲的存在)や「Acid Queen」「Pinball Wizard」という耳慣れたヒット曲が含まれることもあってか、リッチの言葉を借りれば“ジェットコースター”のように、あれよあれよと言う間に終わってしまう。それに比べると第2幕、特にトミーが鏡を割って自閉の壁を破ってから(そういう話なんです)は、大仕掛けの装置が動く割にはやや退屈した。
むしろ第2幕では、トミーの叔父が1人でヴォードヴィル調の歌を気儘な感じで歌う、オーソドックスなスタイルのシーンの方が印象に残った。が、こういう人間臭いシーンは、このミュージカルの中では浮きかねない。と言うのも、“洪水のように押し寄せてくる”舞台の諸々の要素の中で、人物もその一要素と化し(「Pinball Wizard」の魅力的なダンス・シーンですら)、一括してプログラム化されているような印象を受けるからだ。
もちろん、ある意味で、ブロードウェイの舞台は全て冷徹なプロフェッショナルな感覚でプログラム化されている訳だが、それはあくまで舞台の質の高さを維持するためで、舞台の魅力は、そこで人々がどんな輝きを見せてくれるかにあるはずだ。出演者が記号に過ぎなくなってしまっている『The Who’s Tommy』は、そういう見方をすると魅力に乏しい。
トニー賞の審査員も同じように感じたのかどうかはわからないが、『The Who’s Tommy』からの出演者のノミネートは助演女優賞と助演男優賞の2部門だけで、結局どちらも受賞しなかった。
ここでさらに言えば、猿之助スーパー歌舞伎八犬伝』(装置/ハンス・シャーヴァノッホ)の大外連(だいけれん)を観ている(5月6日)目には、ハイテクを駆使した『The Who’s Tommy』の舞台装置も、面白くはあったが、さほど驚きではなかった。
もう一つ、これは『The Who’s Tommy』自身の問題ではなく、フランク・リッチの記事についての話なのだが、“本物のロック・ミュージカル”が1993年の時点で新しいか、という問題がある。
商業的なことを別にすれば、今やロックは世界の様々なポップ・ミュージックの一ジャンルに過ぎない。ブロードウェイにとって初めての“本物のロック・ミュージカル”だと言っても、20年前ならいざ知らず、今の時点で、そのこと自体が観客にとって特別な意味があるとは思えない。そういう意味では、“本物のロック・ミュージカル”だからといって、それが“茶化したロック・ミュージカル”や“見せかけのロック・ミュージカル”より優れている、とも言えない。
また、フランク・リッチは『The Who’s Tommy』について、「近年、ブロードウェイに氾濫しているノスタルジアものとは違い、我々が今、リアルタイムで生きていることを感じさせてくれる」と、その現在性を賞賛したそうだが(「シアター・ガイド」誌)、ある年代の人々にとっては『The Who’s Tommy』は充分にノスタルジックなのではないか(ただし、それがいけないとは思わない)。
どうも、リッチの褒め方は、少し見当違いなんじゃないか。
僕の結論を言えば、『The Who’s Tommy』は一見に値する。その面白さは、ディズニーランドの「キャプテンEO」の如し(ちなみに、このアトラクション、嫌いではありません)。>

“ロック・ミュージカル”という概念に対して懐疑的なのは、ずっと同じ。
それとは別に、この作品も、あんなに派手な装置を使わずに作られていたら、また別の印象があっただろうに、と少し残念に思わないでもない。とはいえ、2年強のロングランにはなったわけだし、まあ、いいのか。ミュージカル大型化が進む時代に大がかりな装置好きの演出(共同脚本)のデス・マカナフを起用した時点で、ああなることは必定だった、ということで。
ウェイン・シレントの振付は躍動的でよかった。
マカナフ×シレントのコンビは1995年に『How to Succeed in Business Without Really Trying』のリヴァイヴァルで再びブロードウェイに登場することになる。

ちなみに、楽曲の一部は、ザ・フーのメンバーであるジョン・エントウィッスルとキース・ムーンが書いていて、上に書いた第2幕のヴォードヴィル調の歌はキース・ムーン作。ブルース・シンガー、ソニー・ボーイ・ウィリアムスン楽曲の改作も1曲ある。

役者は……。
トミー役がマイケル・サーヴェリス。『Fun Home』の父親役でトニー賞主演男優賞を獲る、あの人。これがブロードウェイ・デビュー。鮮烈と言っていい印象的なデビューだった。受賞は逃したが、トニー賞助演男優賞にノミネート。
もう1人ここでブロードウェイ・デビューしているのがノーム・ルイス。精神科医(セラピスト?)役でソロで歌う場面もあった。
そのノーム・ルイスと『Side Show』の初演で共演するアリス・リプリーも出ているが、あまり覚えていない。
「Acid Queen」を熱唱するジプシー役シェリル・フリーマンのことは『Stars In The Alley』#046)のところで書いた。
印象的な叔父さん役はポール・カンデル。いとこのケヴィン役のアンソニー・バーライルもダンサー出身らしいシャープな身のこなしで記憶に残ったが、その後、役者としてはブロードウェイには出ていない。