The Chronicle of Broadway and me#1076(X: The Life And Times Of Malcome X)

 『X: The Life And Times Of Malcome X』(11月11日@Metropolitan Opera House/Lincoln Center)はアンソニー・デイヴィス作曲のオペラで、MET初演。台本はトゥラニ・デイヴィス。
 1985年のフィラデルフィアでの初演以来、何度か改訂が加えられて、このMET版に到ったようだ。

 マルコムXの半生と思想的変遷を描きつつ、アフリカン・アメリカンの視点からアメリカの現代史を捉え直す。ざっくり言うと、そういう内容なのだと思う。が、むずかしい。

 バプティスト(プロテスタントの一派)であり万国黒人地位向上協会の活動家でもある両親の下に生まれるが、父は(おそらく)白人至上主義団体に謀殺され、多くの子供を抱えたまま取り残された母は困窮を極めて精神を病む。で、マルコムも兄弟たち同様バラバラに養子に出される。
 その後いろいろあってニューヨークのハーレムでギャングの下働きになり、現世快楽主義的なボス“ストリート”の生き方に影響される。
 が、20歳の時に逮捕され、収監。刑務所内でブラック・ムスリムの思想と出会い、その中心人物であるイライジャ・ムハンマドと手紙で交流、イスラム教に改宗することになる。
 出所後はムハンマドが率いる組織ネイション・オブ・イスラムの広報を積極的に務め、個人的にも名を揚げるが、ムハンマドに失望して離脱。新たな組織を自ら立ち上げる。
 その果てに暗殺されるわけだが……。

 黒人の地位向上を目指すことでは一貫しているが、マルコムの思想や立場は文字通り二転三転する。それを、このオペラでは、“アフリカ回帰の夢”という目に見える形で統一してみせる。開幕直後に出てくる、宇宙船をイメージさせるセットと、アフリカ起源と思われる色鮮やかな衣装をまとった未来人(?)たちの姿で。そして、劇中劇を思わせる小振りな額縁舞台が、実際の舞台奥に設えてある。
 なので、マルコムの半生を追いながらも、全体には寓話めいた空気が漂う。

 そんなわけで、METの客席で観ている間は、挑戦的な演出と音楽の迫力に圧倒されながらも、細部は把握しきれなかった。その後、日本語字幕付きの松竹METライブビューイングを観るに及んで(2024年1月28日13:00@東劇)、なるほどそうだったか、とようやく飲み込んだしだい。マルコムの矛盾に満ちた複雑な人物像を複雑なまま現出させていたわけだ。それがアメリカの現代史でもある、と。
 それにしても、近年のMETの新作は面白い。字幕付きの再上映があれば、お観逃しなく。

 マルコム役はテレンス・ブランチャードのMETデビュー作『Fire Shut Up In My Bones』で話題を集めたウィル・リヴァーマン。ストリートとイライジャ・ムハンマドというマルコムのメンターを二役で演じるのはヴィクター・ライアン・ロバートソン。他に、リア・ホーキンズ、レイアン・ブライス=デイヴィス、マイケル・スムエルら。

 演出ロバート・オハラ。振付リッキー・トリップ。指揮カジム・アブドラ。

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