The Chronicle of Broadway and me #067

19941月@ニューヨーク(その6

『Annie Warbucks』(1月9日18:30@Variety Arts Theatre)の当時の感想。

<1933年のニューヨークに生きる快活な孤児アニーを主人公にした大ヒット・ミュージカル『Annie』の、同じスタッフ(脚本・作曲・作詞・演出)による続編。昨年春からブロードウェイでの公演が予定され、今Cyrano: The Musicalをやっているニール・サイモン劇場に看板もかかっていたが、資金難でオープンできず、8月にオフ・ブロードウェイに劇場を移して開幕に漕ぎ着けた。
役者について。
よかったのはドナ・マケクニー。『A Chorus Line』キャシー役で知られる彼女がダンサーとしての魅力を発揮して、ふてぶてしくも陽気に歌い踊るシーンが、彼女のベストではないだろうが、このミュージカル最大の見せ場になっている。
次に光るのが、前作のハニガン女史に当たる憎まれ役ドイル夫人を演じた、アクの強いアリーン・ロバートソン。ただし、役のスケールはハニガン女史よりはやや小さい。
放浪の旅に出たアニーを助けてくれる農民親子3人のキャラクターも面白く、彼らのダンス・シーンは楽しい。
評判のアニー役、キャサリン・ザレンバは達者だが、思ったほど光らない。と言うのも、アニーの見せ場が、出番の割りには多くないからだ。
その原因は、観客が前作を知っていることを前提にした作りにある。アニーや養父ウォーバックス氏等、前作でも登場している主要キャラクターは、観客が知っているものとして動かしているので掘り下げが甘くなっている。従って、今回初めて登場する役ほどの印象的なシーンがないのだ。
ストーリー自体も前作とほぼ同じ骨組みで、新味に欠ける。が、前作を知っていれば、それなりに気軽に楽しめる作品。
音楽は、これぞ!という曲がないのが弱いが、どの曲も親しみやすいメロディを持っていてファミリー・ミュージカルらしい楽しい雰囲気を作り出している。が、その親しみやすさの裏に、時折どこかで聴いたような、という印象が表われるのも事実。それでも個人的には、作曲のチャールズ・ストラウスに「おめでとう」と言いたい気分だ。
1991年の失敗作『Nick & Nora』の作曲家がストラウスで、1977年の『Annie』の大成功以降は失敗続き。1980年代にブロードウェイに送り込んだ5本全てが1~70回で終了している。それだけに、オフ・ブロードウェイとはいえ『Annie Warbucks』の一応の成功は、喜びも一入、というやつだろう。
そう思いながら「Theater Week」の昨年8月2日号のストラウスのインタヴューを読んでいたら、なんと『Nick & Nora』の前に、ブロードウェイ入りできずにワシントンD.C.で終わった『Annie 2』という作品があったと書いてある。そう言えば、劇場のロビーに掲げてあった様々なデザインのアニーのポスターの内、何枚かは確かに『Annie 2』と書いてあった。あれは、この作品の苦闘の道のりを表わしていたんだなあ。でも、ブロードウェイは、近くに見えてもまだまだ遠いぞ。
なお、『Nick & Nora』には閉幕後録音のオリジナル・キャストCDがあって、音楽は決して悪くない (ストラウスは前述のインタヴューで、『Nick & Nora』の失敗の原因は脚本・演出のアーサー・ローレンツの混乱にある、と言っている)。>

作曲以外のスタッフは次の通り。作詞・演出/マーティン・チャーニン、脚本/トーマス・ミーハン、振付/ピーター・ジェナーロ。

最終的に200回のロングラン達成。当時のオフ・ブロードウェイのボックス・オフィス売り上げ記録を更新したという。残念ながらブロードウェイに到達しなかったのは、ご承知の通り。

The Chronicle of Broadway and me #066

19941月@ニューヨーク(その5

The Pirates Of Penzance(1月8日14:00@Symphony Space)は、19世紀後半に活躍したミュージカルの祖とも言うべきイギリスのオペレッタ作家コンビ、ウィリアム・S・ギルバート(作詞・脚本)&アーサー・サリヴァン(作曲)の作品を上演するためのカンパニー、ニューヨーク・ギルバート&サリヴァン・プレイヤーズ・オーケストラの公演。以下、当時の感想。

<幕が上がる前に長い序曲があり、歌もオペラ的で、ああこれがオーソドックスなオペレッタというものなのかな、と、ちょっと授業を受ける気持ちになって観ていた。ところが、さにあらず……と言うべきか、あるいはこれがミュージカル・コメディにつながるギルバート&サリヴァン製オペレッタ本来の精神なのか、とんでもないパロディが登場したりして、リラックスして楽しめる愉快な舞台だった。
海賊に育てられた青年が警視総監の8人の娘の1人に恋をしたことから始まる大騒ぎ、というストーリーもコミカルだが、登場人物のキャラクターも面白い。特に、警視総監のとぼけた味が良く、恐らくダジャレを連発しているに違いない早口の歌(パター・ソングと言うらしい)で満場の喝采をさらった。演じるはレックス・ハリスンの息子ノエル・ハリスン。また、娘の中に踊り好きがいて、何かにつけては踊ろうとするのがおかしかった。
さて、とんでもないパロディとは何か。第2幕も終盤に差しかかった頃に海賊たちが突然金ラメのトップハットを手にして踊り出す。それが、あの振り、あの曲。『A Chorus Line』の「One」。あまりの意外さに一瞬呆気にとられたが、二瞬後には劇場が爆笑に包まれた。
この作品の初演は1879年の大晦日で、上演場所はロンドンではなくニューヨーク。ロンドン以外で初演された唯一のギルバート&サリヴァンの作品らしい。ケヴィン・クライン主演(海賊)による1981年のブロードウェイ・リヴァイヴァルがヒットし、舞台とほぼ同じキャストで映画化されている。
ところで、この劇場、必ずしも小さくないのだが、オペレッタの伝統と自負か、PAを使っていなかった。>

1981年版のヒロインはリンダ・ロンシュタット(そろそろ「ロンスタット」表記にしてもいい気がするのだが)。

ちなみに、ギルバート&サリヴァンが(架空の)日本を舞台にした『The Mikado』を作るまでの話を映画化した『Topsy-Turvy』(1999年)も非常に面白い。

 

The Chronicle of Broadway and me #065

19941月@ニューヨーク(その4

Cyrano: The Musical(1月6日20:00@Neil Simon Theatre)は、近年しばしば日本で上演されているフランク・ワイルドホーン(作曲)×レズリー・ブリッカス(作詞・脚本)版ではなく、2000年に市村正親主演で翻訳上演されたアト・ヴァン・ダイク(作曲)×クーン・ヴァン・ダイク(作詞・脚本)のオランダ版。前年の10月にプレヴューが始まり、この年の3月20日にクローズしている。以下、当時の感想。

<一際高い鼻で有名なシラノ・ド・ベルジュラック(原作はフランスのエドモン・ロスタンが19世紀末に発表した戯曲)のミュージカル。
珍しいオランダ産で、主演、演出、製作、セット、衣装、照明、音響等の人たちはオランダから直接やって来て、ニューヨークのスタッフとの協力で作っている。そのせいかどうか、スタイルはオペラ的だが、同じくオペラ的なロンドン産の『The Phantom Of The Opera』やフランス産ロンドン経由の『Les Miserables』と比べると、あざとさと言うか、はったりの要素が少なく、展開もゆったりとした印象。
驚いたのが照明の精妙さ。微妙なタイミングで微妙に変化していく照明が、歌に深みを与え、ドラマにアクセントを加える。光の色のバランスも、ある瞬間の絵として絶妙であると同時に、時間的流れの中で観ても見事。決して派手ではないが、渋く、美しい。セットや衣装も費用をかけた凝った作りで、照明とあいまって視覚的な部分は申し分ない(余談だが、戦闘最前線のテントの群れのセットが『香港ラプソディー』冒頭の天安門のシーンとよく似ていて驚いた)。
オペラ的と書いたが、楽曲には親しみやすさもあり、時折ユーモラスな部分(道化的に描かれる驕慢なオペラ歌手や、お茶目な尼僧)があって、納まり返った舞台になっているわけではないし、イギリスの”fight director”が担当した、時間をたっぷり取った剣戟場面も迫力満点で飽きさせない。
こうした素晴らしい部分が数多くある、ある意味、完成度の高い舞台であるにもかかわらず、最後までどうしても入り込めなかった。なぜか。
それは、愛する女のために別の男との間を取り持ってやり、さらにそこから悲劇が生まれるという、古めかしく不合理な話を、ロマンティックで感動的なものに転化してしまうだけの”ノリ”が欠けているからだ。そして、その原因は、やはり演出(エディ・ハベマ)にあるのだろう。もったいない。>

照明、装置、衣装の担当は、それぞれ、Reinier Tweebeeke、Paul Gallis、Yan Tax。レイニアー・トゥイービーク、ポール・ギャリス、ヤン・タックスという英語的な読みでいいのかどうか。イギリス人”fight director”はマルコム・ランソン。
結局、この作品のオランダ人スタッフは、これ以降、少なくともブロードウェイには登場していない。ただし、プロデューサーのヨープ・ファン・デン・エンデだけは別で、おそらく、この時に人脈とアメリカ国内の口座を作ったのだろう、直近の『Pretty Woman: The Musical』に到るまで、数多くのブロードウェイ作品に出資を続けている。

ちなみに、『香港ラプソディー』は、1993年の3月1日から4月11日まで東京・アートスフィアで、4月16日から30日まで大阪・シアタードラマシティで上演された日本のオリジナル・ミュージカル。作曲/ディック・リー、作詞/竜真知子、脚本/永沢慶樹(原作/西木正明『スネークヘッド』)、演出・振付/宮本亜門、プロデューサー/池田道彦。劇中で宮本裕子の歌った「チャイナ・レイン」は名曲。

On A Clear Day You Can See Forever@Irish Repertory Theatre(132 W. 22nd St.) 2018/08/01 15:00

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極端に言えば……だが、ミュージカルにおけるストーリーは必ずしも完璧な説得力を必要としない、と思っている。荒唐無稽でいい、と言っているわけではない。多少の飛躍なら歌や踊りが観客を納得させてくれるし、それがミュージカルの力であり魅力の一つだと考えている。
『On A Clear Day You Can See Forever』(邦題:晴れた日に永遠が見える)の場合、その辺りをどう感じるか、世界観が納得できる範囲なのかどうかで評価が分かれてくるようで、初演の頃から議論の的になってきたらしい。初演に到る楽曲作者の交代劇についてはこちらに書いたが、その背景にもそうした事情があったのかもしれない。

なにしろ、ヒロインの設定がかなり変わっている。
花を咲かせたり、直後に起こることを予知したりという超能力の持ち主であるばかりでなく、18世紀後半のイングランドで若くして死んだ女性の生まれ変わりで、しかも、催眠状態に陥ると生まれ変わる前の人生を生きることができる(ように観客には見える)、というもの。
で、このヒロイン、現在の世界に婚約者がいるが、過去の世界にも恋人がいる。さらに、彼女の催眠療法を行なう精神医が、こともあろうに過去の世界の彼女に恋してしまう。……という、まことに入り組んだ話になってくる。

しかしながら、例えば、『天は赤い河のほとり』や『ふしぎ遊戯』を知る者にとっては、さほど突飛な話でもないとも言える。

この作品の舞台は過去に2度観ている。1度目は19935月にオフで、2度目は2011年11月にオンで。いずれも、それなりに初演版をひねっていたようで、ことにオンのヴァージョンはかなりの変化球だった。なので、今回の上演が最も素直に初演版の雰囲気を生かしているように感じた。初演版を観ていないのだから変な言い方なのだが、想像上の初演版のイメージが自分の中にあって、それに近い、という感じ。

演出は劇場創設者の1人でもあるシャーロッテ・ムーア。ニューヨーク・タイムズの劇評によれば、彼女が脚本の省略も行なったらしい。それが功を奏したのか、前述したように、時空を超えた不思議で複雑な三角関係がドラマの核にあるのだが、魅力的な音楽の力もあって、小ぶりな劇場が穏やかでユーモラスな空気感に包まれる。刺激的ではないが、ミュージカルの楽しさに満ちた舞台。

ヒロインはお久しぶりなメリッサ・エリコ。不思議ちゃんな感じがよく似合って、適役。精神医役のスティーヴン・ボガーダスは舞台を支える確かな熱演。アンサンブルのコーラスが幕開けからいい味だった。

この作品については2011年版でさらに語る予定。

The Chronicle of Broadway and me #064

19941月@ニューヨーク(その3

『My Fair Lady』(1月5日20:00@Virginia Theatre)を観たのは、これが初めて。1956年の大ヒット作のリヴァイヴァル。ブロードウェイでは、これ以前にも2回、1976年と1981年にリヴァイヴァル上演されている。以下、当時の感想。

<想像したよりずっとコンパクトな印象。
理由の1つは、セットのシンプルさから来る。抽象的とまでは行かないが象徴性の強いセットで、例えば冒頭の市場のシーンは、木箱のようなものをいくつも積み重ねて砦のようにしてある。基本的にその背景には何もない。ヒギンズ教授の書斎も、本がぎっしりと詰まった本棚を“想像させる”セットで、カリカチュアライズされた感じの実験装置や巨大な人間の頭の標本が脇に置いてある。
これについては観ていて何ら不満はなかったのだが、後で思ったことがある。このシンプルなセットが成立するのは、ほとんどの観客が作品の背景をよく知っているからではないか、と。広く知られる映画版や過去の舞台を体験している観客たちは、この象徴性の強いセットの向こうに自分の頭に刻まれている具象的セットを観ているのではないか。大ヒット作のリヴァイヴァルだからこそのアイディア、という気がした。
ただし、故レックス・ハリスンのイメージが強烈な主役ヒギンズ教授役を「テレビ・シリーズの王者と呼ばれた男」(byプレイビル)リチャード・チェンバレンが演じているのだが、そのヒギンズに上流階級のイメージがイマイチ足りなかったのは、豪華さの不足したセットにも原因があるのではないか。
コンパクトな印象の理由のもう1つは、構成に無駄がないため。まあ、1950年代を代表するミュージカルの1つなのだから完成度の高さは当たり前なのだが、それにしても、贅肉になるドラマ部分が全く見当たらない。名曲(だと、みんなが知っているのが強い)が歌われるシーンがひっきりなしに現れるからか。

とにかく楽しかったのがアンサンブルによるダンス(振付ドナルド・サドラー)。
ヒロイン、イライザの父役ジュリアン・ハロウェイ(初演でこの役を演じたスタンリー・ハロウェイの息子)を中心に始まる下層階級の人たちのお祭曲2つ、「With A Little Bit Of Luck」(邦題:運が良けりゃ)と「Get Me To The Church On Time」(邦題:時間通りに教会へ)で盛り上がる。特に後者にはヴォードヴィル的芸(ベン・ジョージ、ジョン・ヴィンセント・レッジオ)もあったりして、全編のハイライト。
ちなみに、「時間通りに教会へ」の市場の場面から次のヒギンズ教授の書斎へ移る場面が面白い。一旦ダンスが終わり拍手を受けた後、再び「時間通りに教会へ」の伴奏が流れ、市場のセットは左右に捌け始める。同時にダンサーたちも少しずつ舞台袖に消えていくのだが、後ろから書斎のセットが前進してきてヒギンズ教授が舞台に現れても、まだ数人のダンサーは舞台で踊っていて、ヒギンズ教授を横目で見る。で、「何この人!?」って反応を示してから去っていく。これはウケた。
競馬場の場面では、今度は上流階級に扮したアンサンブルの、半数近くが宙吊りになったまま、というユニークなダンスが観られる。別にアクロバティックなことをやるわけではないが、日傘やシルクハットをうまく使ってユーモラスな効果を上げていた。セットのない舞台の隙間を埋める、というのがそもそもの発想だったかもしれないが、結果的にはプラスに働いた。

イライザ役はメリッサ・エリコ。映画版のオードリィ・ヘプバーンと比較して云々する人もいるというが、充分に魅力的だった。>

当時はダンスさえあればOKな観客だったなあ、と改めて思う。今考えれば、あの変わったセットもコストダウンの末の苦肉の策だったのだろう。いろいろと誉めているが、記憶に残っているのは宙吊りのシーンだけ。コンパクトに感じたのは、いろんな意味で規模が小さかったのかも。
結局、トニー賞の候補に全くひっかからず、5月1日に幕を下ろしている。演出のハワード・デイヴィーズはイギリス出身で、もっぱらプレイを手がけた人。敗因はその辺にもありそう。

メリッサ・エリコは、その後もオンで主演を重ねるが、大きな当たりには巡り合っていない。2018年夏、オフのアイリッシュ・レパートリー劇場で上演された『On A Clear Day You Can See Forever』に登場。久しぶりに姿を観たが、相変わらず可憐なイメージ。それが逆に決め手に欠ける原因でもあるのだろうが、別にいいんじゃないかな。持ち味なんだし。

The Chronicle of Broadway and me #063

19941月@ニューヨーク(その2

Hello Again』(1月4日20:00@Mitzi E. Newhouse)は、<かなりセクシャルな動きを含んだモダン・バレエ的なダンスと歌による、オフ・ブロードェイならではの挑戦的なミュージカル。>という当時の印象が今も強く残る魅力的な作品。2017年映画版のオリジナル。上演されたミッツィ・E・ニューハウスは、リンカーン・センター内にあるヴィヴィアン・ボーモント劇場の地下に位置する、やや小ぶりなオフの劇場。
以下、当時の感想の続き。

<演出・振付はグラシエラ・ダニエル。観たものでは『Once On This Island』(演出・振付)、『The Goodbye Girl』(振付)を手がけた人。『Once On This Island』は好きなミュージカルで、「生命力溢れるダンスと躍動的で豊かな音楽、そして、それらを見事に生かした、残酷さと温かさを併せ持った幻想的な演出」と感想を書いている。
Hello Again』は、『Once On This Island』とはかなり趣の違う作品だが、演出や振付の底に、セクシャルな生命力、残酷さと温かさ、といった共通の印象を感じた。
ところで、この『Hello Again』、プレイビルに、戯曲「La Ronde」(邦題:輪舞)に ‘suggest’されたミュージカルだ、と書いてある。

「汲めども尽きぬウィーン情緒のうちに、洒脱にして鋭利な諷刺の筆致を以て、性的欲望に操られる人間の生態を活写したシュニッツラーの名作」というのが、双葉十三郎「ぼくの採点表」での戯曲「輪舞」の説明。原作者アルトゥル・シュニッツラーはオーストリアの作家。
「ぼくの採点表」によれば、この戯曲は、「娼婦と兵隊~兵隊と小間使~小間使と若旦那~若旦那と若い人妻~若い人妻とその夫~夫とおぼこ娘~おぼこ娘と詩人~詩人と女優~女優と伯爵~伯爵と娼婦、と尻とり式に人物が連鎖して輪をなす十景から成立っている」という。
「輪舞」は過去に少なくとも2回映画化されていて、中学生の頃に新しい方(1964年版ロジェ・バディム監督)をテレビで観た覚えがある。裸すら出てこなかったと思うが、それでも刺激的に見えたものだ。

Hello Again』も原作と同じく“尻とり式”に“性的欲望に操られる人間の生態”が繰り広げられるのだが、マイケル・ジョン・ラキウザ(作曲・作詞・脚本)は設定にいくつか変更を加えた。
まず、人物設定が若干変わっている。小間使→看護婦、若旦那→学生、詩人→作家(脚本家)、伯爵→上院(貴族院)議員、と、この辺はまあ、やや現代的になっている程度でそれほど大きな違いではない。最も違うのが、おぼこ娘→The Young Thing。このThe Young Thingというのがホモセクシャルの若者で、この設定はかなり“今的”だ。
もう1つ違うのが時代設定。と言っても単に時代を、例えば現代へと移してあるのではない。シーン毎に時代が変わるのだ。第1景/娼婦と兵隊がおよそ1900年なら、第2景/兵隊と看護婦は1940年代、第3景/看護婦と学生は1960年代、という風に。以下、最も新しい1980年代までの時代を行ったり来たりして、最後の第10景は現在と過去が重なり合うという設定になる。
この時代設定の変更の狙いは、原作の香りを生かしつつ原作の面白さを現代へと繋げる、と同時に、時代は変わっても変わらない人間模様を描く、ということにあると思う。
加えて、観客としては、“次の時代はどんな風に描かれるのか”という興味が湧いて面白かった。というのも、同じ設定の人物が、次の時代では、似てはいるが違う人物になっていて、服装も時代を反映して微妙に違っていたりするからだ。例えば看護婦は、第2幕1940年代では純情な従軍看護婦だが、第3幕1960年代では看護婦スタイルのドライなコールガールで、ガーターが見えるようなミニスカートにハイヒールというスタイルになっている。細部まで凝った衣装はトニ・レズリー・ジェイムズ。
実は、音楽のスタイルも時代設定に合わせて微妙に変わっていて、芸が細かい。だからこそのミュージカルなのだろう。
この新しい設定でストレート・プレイにすることも可能だったところを、ユニークなスタイルのミュージカルにしてしまうあたりに製作サイドの志の高さを感じる。ヒットしてブロードウェイに移るというような作品ではないが、刺激的だった。>

出演は、『The Secret Garden』のジョン・キャメロン・ミッチェル、『Falsettos』のキャロリー・カーメロ、『Crazy For You』のミシェル・ポークというブロードウェイで出会ってきた人たちの他に、これから何度もお目にかかることになる、ドナ・マーフィ、ジュディ・ブレイザー(もしかしたら『Me And My Girl』で出会ってるかも)、ジョン・ドセット、マルコム・ゲッツ……といった布陣。
マイケル・ジョン・ラキウザの作品には、いい役者が集まる。

ラキウザは、この前年に『First Lady Suite』でオフ・ブロードウェイ・デビューしているが、続編にあたる『First Daughter Suite』(2015年)同様、『Hello Again』に似た、独立した場面をつなげていく連作スタイルだった模様。この形式を模索していた時期なのかも。
この後、ラキウザのミュージカルは、オン、オフにコンスタントに登場してくる。充実した作品ばかりだが、中でも、やはりグラシエラ・ダニエル(演出・振付)と組んだ1999年の『Marie Christine』が、公演期間は短かったが忘れがたい。挑戦する人たちの作る舞台は面白い。
ラキウザ、ダニエルについては、いずれまた。

The Chronicle of Broadway and me #062★

19941月@ニューヨーク(その1

10度目のブロードウェイは1994年の新春(38歳)。前年に次いで2度目の冬のニューヨーク。

1994年の俯瞰は例によって次の「1994年5月」の項でやるってことで。
とりあえず、観劇リストを。

1月3日 20:00 Kiss Of The Spider Woman@Broadhurst Theatre 235 W. 44th St.
1月4日 20:00 Hello Again@Mitzi E. Newhouse/Lincoln Center
1月5日 14:00 Laughter on the 23rd Floor@Richard Rodgers Theatre 226 W. 46th St.
1月5日 20:00 My Fair Lady@Virginia Theatre 245 W. 52nd St.
1月6日 20:00 Cyrano: The Musical@Neil Simon Theatre 250 W. 52nd St.
1月7日 20:00 Crazy For You@Shubert Theatre 225 W. 44th St.
1月8日 14:00 The Pirates Of Penzance@Symphony Space 2537 Broadway
1月8日 20:00 Ballet Russes@Chernuchin Theatre 314 W. 54th St.
1月9日 15:00 She Loves Me@Blooks Atkinson 256 W. 47th St.
1月9日 18:30 Annie Warbucks@Variety Arts Theatre 110 3rd Ave.

この回の特徴(?)は、観ようと思って観られなかった作品がいくつかあったという、ネットのない時代ならではのできごと。以下に挙げてみる。

まずは、オンの『Red Shoes』@Gershwin Theatre。到着翌日に劇場に行くと閉まっていた。前年の11月2日にプレヴュー開始、12月16日に正式オープンしているが、同月19日でクローズ。
作曲/ジュール・スタイン、作詞/マーシャ・ノーマン&ポール・ストライカー、脚本/マーシャ・ノーマン、演出/スタンリー・ドーネン、振付/ラール・ルボービッチ。

次いで、オフの『The Little Prince』@John Houseman Theatre。これも劇場に行ったら閉まっていた。
作曲/リック・カミンズ、作詞・脚本/ジョン・スカウラー、演出/エリカ・グールド。

もう1つは、前年春にオープンして人気絶頂だったプレイ『Angels In America: Millennium Approaches』@Walter Kerr Theatre。これは当日券(ラッシュ・チケット)を買おうとして叶わなかった。

そんなこんなで再見が多くなっている。

ちなみに、ロンドンで観た『Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat』@Minskoff Theatreが前年秋に始まっていて、迷ったが、結局観に行かなかった。トニー賞の候補にならなかったせいか、5月いっぱいで終わっている。

観た作品の感想は次回以降で。