[Tony2019] Pretty Woman: The Musical@Nederlander Theatre(208 W. 41st St.) 2018/07/30 20:00

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ヒットした同名映画の舞台ミュージカル化だが、舞台ならではの面白さがあって、ありがちな移植作に留まらない、いい作品になっている。一見の価値あり。

ということで、これからご覧になる予定の方は、ここから先は観劇後に読まれることをオススメします。

映画版の脚本家J・F・ロートンと、監督だった(日本ではゲイリーで通っている)ギャリー・マーシャル(2016年7月逝去)が共同で舞台用に脚本を手直ししている。
話は基本的に映画と同じ。一点違っているのは、ハッピー・マンという狂言回しが出てくること。ホームレスのような扮装で町中に登場し、主要な舞台となる高級ホテルでは衣装を替えて支配人となるこの男、ここぞというタイミングで現れて、主人公カップルの出会いから結末までを差配する神のごとき存在。彼がいるおかげで、出来すぎのストーリーも笑いながらすんなり飲み込める。
あ、話はごぞんじですよね? 遣り手実業家と娼婦とのバブル風味恋物語@ロスアンジェルス。

その狂言回しも舞台ならではの面白さの一つだが、この舞台版のキモは第2幕のオペラの場面にある。
主人公カップルが『La Traviata』(椿姫)を観にいき、オペラの主人公ヴィオレッタの悲劇に激しく感情移入するヒロインを見て、クールな遣り手実業家の心が動く。主人公たちの境遇とオペラのストーリーとが似ていることもあり、映画では、どちらかと言えば論理的にアタマで「なるほど」と理解する場面。
ここに舞台版は力点を置いた。歌える男女の役者を据え、前面に立ててオペラの歌を聴かせる場面に仕立てたのだ。観客は、ヒロインと同視線で、あるいはヒロインの感情移入がどうこうの前に単純に観客として、彼らの歌唱にグッとくる。この場面の充実ぶりで舞台作品として格が一段上がった。
ヴィオレッタ役がアリソン・ブラックウェル、相手のアルフレッド役がブライアン・カリ。ことにブラックウェルは素晴らしい。このクラスの歌い手がアンサンブル兼任で出演している辺りがブロードウェイの凄さ。

ちなみに、このミュージカルには映画で使われたロイ・オービソンの「Oh, Pretty Woman」は登場しない。楽曲は、オペラ以外は全て、ブライアン・アダムスと盟友ジム・ヴァランスのカナディアン・コンビが2年かけて書き下ろしている。楽曲に関しては真っさらの新作だ。それも楽しみの一つ。
さらに、演出・振付が、『La Cage aux Folles』『Kinky Boots』でトニー賞振付賞を受賞しているジェリー・ミッチェルだけに、ダンス・ナンバーもふんだん。盛り上がる。

役者で光るのは、懐の深いハッピー・マン役のエリック・アンダーソンと、その部下的な存在(天使?)の、ダンスが達者でユーモラスなホテル従業員ジウリオ役トミー・ブラッコ。
ヒロイン役のサマンサ・バークスは映画版『Les Miserables』でエポニーヌを演じて注目を浴びた人。イギリス出身だけにウェスト・エンドを中心に活躍してきていて、これがブロードウェイ・デビュー。充分に魅力的。
相手役のアンディ・カールは、看板役者となった『Rocky』『Groundhog Day』が内容的にも興行的にもイマイチだっただけに、ようやく当たりをつかんで喜びも一入(ひとしお)だろう(と感情移入してみる)。
ヒロインの親友役で活躍するオーフェは実人生ではアンディ・カールの連れ合い。

正式オープンの8月16日を前に、チケット売れ行き好調のニュースが流れている。興味のある方はお早めに。

[Tony2019] Gettin’ The Band Back Together@Belasco Theatre(111 W. 44th St.) 2018/07/29 19:30

IMG_0725ひと言で言えば、『The Full Monty』『Something Rotten!』の趣き。『School Of Rock』も加えたいところだが、楽器演奏はあちらの子供たちの方が上(判断には出演者の年齢差による不均衡の是正があります)。70年代後半から80年代にかけてのアメリカン・ロックと能天気なギャグが好きなら、けっこう楽しめる。

マンハッタンの会社をクビになった男が、母親の住むニュージャージーの実家に帰って来る。そこは相変わらず時間が止まったように無気力な町。そんな中、ただ一人燃えているのが、今もバンドを続ける、かつてのライヴァル。若い頃バンド合戦で主人公のバンドに獲られた優勝トロフィ奪還のため、手を回して彼の実家を借金のかたに差し押さえ、その解消を条件に再度バンド合戦で雌雄を決しようと迫る。
……という発端からしてフザケている。これに、主人公の恋人だった魅力的な女性が今はライヴァルと付き合っている、という出来すぎのネタが絡んで展開する話には、シリアスな要素はほとんどない。まあ、あるとすれば中年男の悲哀、か。

で、どこが『The Full Monty』かと言うと、昔のバンド仲間を再集結させる辺り。それぞれに悩みを抱えた、もう若くない男たちが、いろいろ乗り越えてバンド合戦に挑む。とはいえ、『The Full Monty』ほどの哀感はない。
どこが『Something Rotten!』かと言うと、ロックやミュージカルの小ネタが随所に挟まれてパロディ色が強くなっているところ。
いずれにしても、脇役たちのおかしなキャラクターと細かいギャグの積み重ねで出来上がっている作品。そこは面白い。
ちなみに、観た回は日曜夜だったこともあり、主人公役がミッチェル・ジャーヴィスではなく、いつもはスウィングのスコット・リチャード・フォスターだった。それもあって脇役の方が目立ったのかもしれないが。ともあれ、ジャーヴィスには悪いがトニー賞で主演男優賞候補にならないことを祈りたい。確認のために彼の出る回を観る、ってのは厳しいので。

作曲・作詞のマーク・アレンは、これがブロードウェイ・デビュー。
脚本を手がけているのは、プロデューサーでもあるケン・ダヴェンポートとグランドルショッツと名乗るライター集団てのが珍しい。

NYMF(New York Musical Festival)2018 #2

IMG_0773●Sonata 1962@Acorn Theatre(@Theatre Row) 2018/08/02 13:00
●Mythos:The Crimson Chorus@Green Room 42 2018/08/02 18:00
●Fatty Fatty No Friends@Green Room 42 2018/08/02 21:30

『Sonata 1962』は、1962年のアメリカを舞台に描く、LGBTQ差別の悲劇。
病院から帰って来た娘を腫物を触るように扱う母親とその友人。どうやら記憶の一部を失っているようなのだが……というところから始まる謎解き。
音楽の才能を認められて親元を離れ入学した先で、親しくなった同性の友人に抱くほのかな恋心。冒険のつもりで2人で出かけた違法なバーで、アルコールの入った勢いもあってキスしたところに警察の突然の捜査が入る。飲酒以上に同性愛を問題視されて放校になったことを知った母親は、医師に相談。医師はショック療法を勧め、母親はこともなげに受け入れる。ケネディ時代のアメリカの普通の家庭での出来事に客席もざわめく。
冒頭で本人が歌う、記憶をなくす以前に自分で書いた歌がキーになるモチーフとして使われて、そのアイディアはいいのだが、全体にギクシャクした印象。楽曲も歌い上げ系が多過ぎて、やや食傷。
作曲・作詞/トーマス・ホッジズ、補作詞・脚本/パトリシア・ラウリー。

以下の2作はコンサート形式での上演。

Mythos:The Crimson Chorusは、吸血鬼と人間との恋愛の葛藤を描いた作品。
これまで複数の吸血鬼ものミュージカルを観てきたが、規模の大小、趣向を問わず、ことごとく失敗していたが(あ、『ポーの一族』は除く。てか、日本の作品はあまり知らない)、これも微妙。
とはいえ、70年代ハード・ロックを髣髴させる楽曲は、勢いがあって悪くなかった。
作曲/デイヴィッド・ヴェラード、作詞・脚本/ヘザー・ジョプリング。

Fatty Fatty No Friendsは、肥満児に対するイジメがもたらす大パニック。
小学校でイジメられて孤立するトミーにエミリーという友達ができた。が、イジメの矛先はエミリーに向かい、エミリーはトミーを中傷するように追い込まれる。そして……。
このエミリーを追い込んでトミーを裏切らせるシーン(1曲)が実に長く執拗なので、これは何かあるな、と思ったら案の定。怒りにブチ切れたトミーは抑制していた食欲を全開にし、イジメっ子たちを次々に食っちゃう。そしてエミリーも。カタルシスがあると言えばあるが、やりきれなさも残る。
楽曲は、その執拗な1曲を除いては悪くない。
作曲/クリスチャン・デ・グレ、作詞/ジョセフ・アンダーソン。

かぐやひめ@古民家asagoro 2018/07/26 13:30

IMG_0706Pal’s Sharer(パルズ・シェアー)公演。出演者は9人の女性(白井美香、佐藤里真、秋田まどか、杏泉しのぶ、猪又麻由、尾方佑三子、米倉あや、木村理恵、篠原久美子)。上演脚本・演出/森さゆ里。

鷺ノ宮にある古民家の十畳程度の二間を、ふすまを取り払ってつなげ、舞台として使用。縁側に当たる方に観客を入れ、舞台を挟んで反対側にあるはずの何間かが楽屋。舞台と楽屋との間は複数箇所の引き戸で隔てられていて、そこが開け閉めされて役者が自在に出入りすることで想像上の空間が広がる。それが通常の場面転換を超えた遊戯感覚を生んで面白い。
遊戯感覚と言えば、そもそもが、台本を持ってのリーディング上演であることを逆手にとった、「竹取物語のお話をみんなで演じてみよう」的な構造になっていて、日本最古と言われる物語の素朴な空気感と演劇空間とが、なだらかに溶け合っている。
小道具はほとんど使わず、各自が手にした台本が、様々な「物」として象徴的に代用される。唯一出てくるのが、蛇腹状に折りたたまれた幅30センチほどの長い長い巻物のような紙三本(という数え方でいいのか?)。それぞれに「金」だの「銀」だのという筆文字ぽい漢字がデザイン的に書いてあり、伸ばした時に「金」や「銀」の川を表す。結局、小道具は全て「紙」。物語の内容や上演舞台の雰囲気に合わせてのことと思われる。いずれにしても観客の想像力を柔らかく刺激する演出だ。

「物語の内容」と書いたが、『竹取物語』は実に不思議な物語。様々な解釈がなされているのだろうが、不思議さを不思議なまま受け取ることができる、そんな舞台になっていた。それは、原作の持つ「物語ることの喜び」と、演者たちの「演じることの喜び」とが生む化学反応のせいだと思う。
楽しませてもらった。

 

 

NYMF(New York Musical Festival)2018 #1

IMG_0714●An American Hero: A New World War Ⅱ Musical@Acorn Theatre(@Theatre Row) 2018/07/29 13:00
●’68:A New American Musical@Acorn Theatre(@Theatre Row) 2018/07/29 17:00

小劇場で数多くのミュージカルが集中的に上演されるNYMF。その終盤に今年も駆けつけた。

『An American Hero』は、第二次世界大戦に巻き込まれたアメリカ人の生活を、市井の人々の目で捉え直そうとする作品。志は興味深いのだが、必ずしもうまくいっていない。
ひとつは、ミュージカルとしての流れがよくない。芝居と、歌あるいはダンスとがうまく融合せず、ミュージカル特有の化学反応が起きていない。
もうひとつは、戦時の苦々しさを戦場と銃後のエピソードで丁寧に描こうとしていて、見るべき場面もあるのだが、それらが最終的に“感傷”に収れんされるせいで、底が浅い感じになっている。
やや残念な仕上がり。

『’68』は、1968年に起こったシカゴ民主党大会での暴動について、関係した市井の人々にインタヴューして、証言を歴史に残そうとする司書を中心に話が進む。奇しくも、『An American Hero』同様、大事件を市民の視点で再確認しようとする試み。
インタヴューに応じるのは、最終的に民主党の大統領候補に指名されるハンフリーの、支持派、反対派、既存の政党不信派、取り締まりに来た警察官、会場だったホテルの従業員……。様々な人たちが、それぞれの視点で語る事実は、しばしば感情に支配されて脇道にそれるが、それが当時の状況をかえって生々しく映し出す。そこに、司書やその手助けをする青年の個人的事情も絡めながら、物語は歴史を再検証すること自体の意味にまで踏み込む。
ポール・レシェン(作曲)×ジェイミー・レオ(作詞)の楽曲が面白く、1968年当時の楽曲を想起させながらもパロディではない曲想で時代の気分を醸し出す。
プログラムを見ると当初は2幕構成だったようだが、観た回(最終回)は1幕になっていた。上演を重ねるうちに変わったのか? いずれにせよ、力作。

七月大歌舞伎@歌舞伎座 2018/07/23

IMG_0703●昼の部

三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)~出世太閤記

●夜の部

源氏物語

昼夜とも市川海老蔵中心の通し狂言。

「三國無雙瓢箪久」

明智光秀の謀反から秀吉が織田勢の中で実権を握るまでの話を、歌舞伎的見せ場たっぷりに、過去作をつなぎ合わせながら再構築した作品。海老蔵と獅童が大活躍。この二人が組むと楽しい。
松竹のクレジットによれば、補綴・演出に、織田紘二、石川耕士、川崎哲男、藤間勘十郎の名前がある。日本の演劇界で、歌舞伎界が一番コラボレーション意識が進んでいるような気がするが、いかが?

発想の発端に、秀吉に扮した先々代團十郎が三法師に扮する初舞台の先代團十郎と共に移った写真があったという。今回の上演にあたり、同じ構図・扮装で、海老蔵と息子堀越勸玄の写真が撮られた。もちろん話題作りではあるが、成田屋のただならぬ運命を感じずにはいられない。

海老蔵、獅童以外では、秀吉女房八重の児太郎が健闘。九團次の猪八戒もよかった。

幕開きの場面に孫悟空として登場する海老蔵が、昔の価値観での女性蔑視なセリフの後、それを現代視点で自己批評するが、これ、歌舞伎の今後にとって重要な案件になると思う。

『源氏物語』

海老蔵の『源氏物語』は2015年4月8日にオーチャードホールで観ているが、記憶の彼方。なので今回の公演に限って書く。

全体の感想をざっくり言えば、面白いところもあれば退屈なところもある、ということになる。
面白いのは、やはり荒事的な場面で、それ以外は、個別の演技には見るべきものはあるが、概して退屈。というのも、演劇的コンセプトが、歌舞伎・能・オペラの融合なのだが、それぞれの質は高くても、必ずしも融合していないから。
例えば、能の出てくる場面など、迫力はあるし視覚的にも魅力があるのだが、前後の場面とのつながりが緊密でないので、そこだけ浮いて見える。オペラの部分を担うカウンター・テナーとテノールの二人の歌手の場面などは、どうにも場つなぎに見えて盛り上がらない。音楽は悪くないし歌唱も聴き応えがあるのだが。あと、歌詞は日本語ではダメなのだろうか。

海老蔵の挑戦は断固支持。さらなる充実を図っての上演に期待したい。作/今井豊茂 、演出・振付/藤間勘十郎。

 

あなたの初恋探します@オルタナティブシアター 2018/07/24 19:00

初恋の人を探す商売って聞き覚えがあるなあ、と観る前に思って自分のサイトの観劇リストを検索したが出てこない。劇場で観始めたら、やっぱ見覚えあるんだけどなあ、デジャヴュか? って感じになり……。カーテンコールで背後に英語タイトルが映し出されてわかった。1年前に観た『ファインディング・ミスター・デスティニー』の再演、正確に言えば再々演だったんだ。しかし、ややこしい。
元々は韓国のオリジナルで、2006年に始まってロングラン・ヒット……と言うが、切れ目なく続いているのかどうかは不明。ごぞんじの方があったら教えていただきたいが。ともかく、ハングルの原題は『김종욱 찾기』(キム・ジョンウク探し)、英語タイトルが『Finding Mr. Destiny』。それが2010年に映画化され、2011年に日本で公開される際、『あなたの初恋探します』という邦題が付いた。と、そういうことでよろしいでしょうか。で、2016年に日本でも舞台版をやることになり、付いたタイトルが『キム・ジョンウク探し〜あなたの初恋探します〜』。キャストを替えて翌年に再演した際のタイトルが『ファインディング・ミスター・デスティニー』。で、今回が日本初演のキャストで再々演の『あなたの初恋探します』
どんな事情があるのかわからないが、観客の立場から言えば混乱の元。あまり誉められたことではない。

とはいえ、中身はよくできている。
ヒロインは活動的な若い女性(この設定がポイント)。戦場取材に行かせてほしくて提出した、新聞社の上司を脅すつもりの見せかけ辞表を受理されて失職。放浪の旅に出ようとするも父親に叱責され、結婚を促される。ってのが事の発端。
もうひとつの発端は、会社員としてはちょっとズレてる若い男が社長の不興を買ってクビになるが、ひょんなことから初恋の人を探す商売を思いつく。
二人が出会うのは、ヒロインが父親に押し付けられた見合いの相手から逃れるために、結ばれるなら初恋の人と、と言い出したため。その人とはインドで出会ったのだが、わかっているのは名前だけ。それがキム・ジョンウク。そして始まるキム・ジョンウク探しだが……。

この後、三転はしないが二転ぐらいする話も、そこそこ意外性があって面白いのだが、それ以上に面白いのが役者3人のコンビネーション。
この舞台、3人しか出演しないのに役数は25。数えてないけど、公式発表を信じれば。
ヒロイン役者は1役。初恋探し業の男役はキム・ジョンウクを兼ねて2役。で、残り22役を1人が演じる。これが肝。3人の緊密なやりとりと、本筋とは別に、3人目の役者が、いつ、どんな役で次に出てくるのかを楽しむ構造。
昨年のキャストは、ヒロイン=玉置成実、初恋探し業=高田翔(ジャニーズJr.)、第三の男ときどき女=坂元健児。初演及び今回が、ヒロイン=彩吹真央、初恋探し業=村井良大、第三の男ときどき女=駒田一。
去年もけっこう楽しんだ記憶があるが、今年のキャストはかなり強力。同じメンバーでの再演だからということもあるのか、まずは非の打ち所のない出来。宝塚歌劇を観てきた者としては、彩吹真央って女優になってもうまいな、と感慨深い。この役がハマリ役だということもあるのだろうが。

オリジナル・スタッフは、作曲/Hae Sung Kim、作詞・脚本/You Jeong Chang(発音の仕方をご教示ください)。日本版は、脚本・演出/菅野こうめい、振付/広崎うらん。バンドが素晴らしく、音楽監督・キーボード/かみむら周平、ギター/窪田晴男、ベース/バカボン鈴木、ドラムス/山下嘉範。

それにしても、このレヴェルの国産ミュージカルが、なぜ作れないかなあ。