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八月納涼歌舞伎 第三部/新版 雪之丞変化@歌舞伎座 2019/08/12 18:30

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毎年、三部構成で若手を中心に座組みをし、様々な試みが行なわれる歌舞伎座『八月納涼歌舞伎』。今年は、その第三部が『雪之丞変化』(ゆきのじょうへんげ)。坂東玉三郎の演出・主演による「新版」だが、これが面白かった(脚色/日下部太郎、補綴/板東玉三郎)。

三上於菟吉(みかみおときち)の小説(1934年~1935年朝日新聞連載)を原作とする『雪之丞変化』は、こんな話。
江戸で売り出し中の中村菊之丞一座の人気女形・中村雪之丞は、敵討ちの誓いを胸に秘めていた。相手は元長崎奉行・土部三斎とその一味。彼らに陥れられ、財産も名誉も命までも奪われた長崎商人夫婦の子・雪太郎、というのが雪之丞の正体だった。三斎を江戸で見つけた雪之丞は、義賊・闇太郎の助けを借りて、悲願を果たそうとする。

映像化が複数あるが、観たことがあるのは1963年の市川崑監督版で、長谷川一夫が1935年~1936年の第1回映画化(林長二郎時代の三部作)以来の雪之丞を演じている。これが、市川崑ならではのシャープな映像と相俟って観応えのある出来。
長谷川一夫の雪之丞は妖艶。同時に二役で闇太郎を演じていて、こちらは鯔背(いなせ)な魅力全開、と見事な主役っぷり。
ついでに言うと、お侠な女スリお初に扮する山本富士子が素晴らしい。他に、昼太郎という闇太郎のとぼけたライヴァル役で市川雷蔵が出てきたり、勝新太郎や若尾文子も出てきて……。なんでも長谷川一夫の300本目の記念映画ということで、大映オールスター映画になっているらしく、悪役の土部三斎には重鎮、二代目中村鴈治郎が収まっている。

脇道に逸れたが、雪之丞にはそんな長谷川一夫のイメージがあったものだから、「新版」は意外だった。なにしろ、登場した雪之丞は、舞台上で意趣返しの刃傷沙汰を演じると敵討ちのことが頭に浮かんで我を忘れてしまう、という繊細な人物になっているのだ。

そのことが冒頭の劇中劇で明かされるのだが、その趣向がシャレている。
前述したように八月納涼歌舞伎は三部制なのだが、第一部の演目に『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)がある。監修(事実上の演出)が玉三郎で、中村七之助が女形の大役・政岡を演じている。
で、第二部を挟んで第三部。『雪之丞変化』の幕開きが菊之丞一座による『伽羅先代萩』の一場面という設定で、政岡が我が子千松を殺した八汐を刺すところ。政岡は雪之丞で、自身の敵討ちをイメージしてしまい、演技を忘れる。それを八汐を演じる先輩女形・星三郎に諫められ、我に返る。すなわち、雪之丞の秘密に迫るエピソードなわけだが、その配役。もちろん政岡=雪之丞は玉三郎。そして八汐=星三郎が、なんと七之助。朝から観てきた観客は、ニヤリとせずにはいられない仕かけになっている。
の趣向については、こちらにも書いたが、観客へのサーヴィスであると同時に、後進(七之助)を育て、かつ自身も新たな挑戦をするという二重三重の意図を感じて、楽しい

観客へのサーヴィスということで言うと、雪之丞と星三郎が“女形観”を語り合う場面もそう。
後輩の雪之丞(大先輩の玉三郎)と先輩の星三郎(若手の七之助)という逆転した立場そのものも面白いが、そこで語られるのが、七之助が実際に演じた、あるいは近々実際に演じる役の話だったりして笑いが起こる。歌舞伎座では、観慣れていない人たちの場違いな笑いがしばしば起こるが、この笑いは温かかった。

ま、ともあれ、そんなサーヴィス精神も見せながら、一方で大胆な映像使いで冒険もしてみせるのが、納涼歌舞伎ならでは。舞台奥のスクリーンだけでなく、複数の可動式パネルに、演技をする役者や踊る玉三郎が映し出される。舞台作品での映像使いについては賛否あると思うが、この作品に関しては功を奏した。
その映像使いのキモが、市川中車の五役。雪之丞の師匠・菊之丞、敵役・土部三斎、雪之丞を助ける闇太郎、雪之丞に剣法指南をする脇田一松斎、雪之丞を見守る孤軒老師、の五役を舞台と映像の両方で演じるのが市川中車で、よく計算されたタイミングはもちろんだが、映像でアップになった時の迫力とうまさが、長年その世界でやって来た、この人ならでは。ちなみに、生の玉三郎と映像の中車との会話シーンは、自然に見えたが、映像をその場で操作してタイミングを合わせているんだろうと思う。

「新版」の話そのものは、敵討ちと芸道の間で揺れる雪之丞が、宿願を果たした後、芸を究めていく決意を固める、という方向で収まる。が、まあ、そうしたテーマのようなものよりも、見せ場の多い面白い舞台として、納涼歌舞伎の中で成果を上げた作品だった。

 

The Chronicle of Broadway and me #214(Chicago[9])

19995月@ニューヨーク(その10)

『Chicago』(5月8日20:00@Shubert Theatre)9回目の観劇について旧サイトに書いた感想。観劇から2年後の2001年7月に、少し振り返る感じで書いている。

<1999年5月の『Chicago』は、カレン・ジエンバのロキシーの観納めだった。
『Chicago』を去った彼女は、この年の秋、リンカーン・センターで限定公演の幕を開ける『Contact』に出演して結局トニー賞を獲ることになるわけだが、『Chicago』でのジエンバは、すでに『Steel Pier』でオリジナル・ブロードウェイ・キャストの主演を経験していたにもかかわらず、ツアー・カンパニーからスタートし、3人目のロキシーとしてブロードウェイ入りするという経緯もあってか、イマひとつ正当な評価を得ていなかったような気がする。例えば、ロンドンのオリジナル・キャストにすぎない、と言っては失礼か、ともあれミュージカル女優としての力量がジエンバに勝るとは思えないウテ・レンパーが鳴り物入りで(ブロードウェイに大看板が出た)ブロードウェイに迎えられたのに比べると。
しかし、ダンスにやや難のあった メリル・ヘナーからロキシー役を引き継ぎ、ヴェルマ役ビビ・ニューワースと五分に渡り合って、質的に苦しくなりかけた『Chicago』の舞台を再び盛り上げたのは紛れもなくジエンバであり、主要オリジナル・キャスト4人の1人として最後まで残ったニューワースが去った後も、さらにその後を受けたレンパーが降板した後も出演し続けた、その功績はけっして小さくない(そのあり方は、2代目ヒロインとして最後まで踊り続けた『Crazy For You』の時のよう)。
さて、1999年5月、ジエンバ以外の主要キャストは次の通り。ヴェルマ→ナンシー・ヘス、ビリー・フリン→ブレント・バレット、エイモス・ハート→P・J・ベンジャミン、ママ・モートン→メイミー・ダンカン=ギブズ、メアリー・サンシャイン→R・ビーン。
前回新たに加わっていたビリー・フリン役とメアリー・サンシャイン役以外が全員交替。観劇後のメモに、「ヴェルマの演技が派手に(野暮ったく)なり、そのダンスの技術に問題がある」ことと、「ママ・モートンが貫禄不足である」ことが書かれている。もっとも、そうした不満は、“最高だった頃に比べると”という注釈つきのものではあるが、ヴェルマ役ナンシー・ヘスがロングラン開始時以来のヴェルマ&ロキシー両役のスタンバイであり、ダンカン=ギブズが元々は女囚の1人を演じるアンサンブルのキャスト兼ヴェルマやママ・モートンのアンダースタディだったことを思えば、この頃かなりキャスティングに苦労していたことがわかる。
とにもかくにも、そうした時期の看板役者として使命を全うしたジエンバに、改めて拍手。>

なお、これ以前の『Chicago』の感想(あるいはキャストの動向)は次の通り。
1996年5月1997年1月1997年6月1997年12月1998年3月1998年6月1998年10月1999年1月

The Chronicle of Broadway and me #213(Savion Glover Downtown)

19995月@ニューヨーク(その9)

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『Savion Glover Downtown』(5月5日20:00@Variety Arts Theatre)について旧サイトに書いた感想。タイトルは「タップのチャーリー・パーカーか」。

<昨年の5月から6月にかけて行なわれた限定公演を観られなかった『Savion Glover Downtown』の再演。『Noise/Funk』が終わった後だっただけに、うれしかった。

サブ・タイトルが、“ライヴ・コミュニケイション”。
内容をひと言で言えば、タップのジャム・セッション。ドラムス(パーカッション)、ベース、キーボード、サックス/フルート、という編成のバンドと、タップ・ダンサー(レギュラー4人、プラス、不定期のゲストが何人か)とが、伴奏者と踊り手という関係ではなく、共演パフォーマーとして一緒に音楽とダンスを紡ぎ出す。そういう舞台だ(案内役のようにして、詩人も1人登場する)。
だから、スタイルとしては限りなくジャズに近い。それもビ・バップに、と思った。
ビ・バップとは……ビッグ・バンドで毎夜ダンスの伴奏ばかりやってることに飽き足らないジャズ・ミュージシャンが、仕事の後で小さなクラブに三々五々集まって、自分たちの楽しみ(あるいは腕試し)のために自由な演奏をやったのが始まりのコンボ・セッションで、短いテーマとコード進行だけが決まっていて、後はひたすらアドリブの応酬、というのが特徴的なスタイル。
少人数のバンドとのアドリブ主体のセッションという点と同時に、観客よりも自分たちのためという気分が濃厚なところも、この『Savion Glover Downtown』は、ビ・バップを連想させる。
そのせいか、このショウの牽引役であるセイヴィアン・グローヴァー(演出・振付)の姿が、ひたすら自身のアドリブを追求することで周りのミュージシャン連中をビ・バップの渦に巻き込んでいった孤高の天才サックス奏者チャーリー・パーカーとダブって見えた。

実は、こうしたことを強く意識したのは翌日の夜、 2度目の『Fosse』を観た時で、「ああそうか、セイヴィアンがパーカーで、フォッシーがエリントンなんだ」と思ったのだ。
デューク・エリントンはご存知の通りビッグ・バンドのリーダーとして長くジャズ世界に君臨した人だが、その音楽スタイルを象徴する彼自身の有名な言葉が、「バンドが私の楽器だ」というもの。腕利きのミュージシャンを集めて存分に力を発揮させつつ、最終的には自分の思い描くサウンドを作り上げる、というのがエリントンのやり方だった。
高度な技術を持つダンサーたちの肉体を使って、フォッシー・スタイルとしか言いようのないパーソナルな色合いの濃いダンス・ナンバーを作り上げたボブ・フォッシーの発想と、よく似ていると思いませんか。
こうした、規模は違うが振付家の個性が際立つダンス・ショウを続けて観て思ったのは、これからの振付家は引き出しの数だけでは勝負できないな、ということだ。なにか、ダンス・ナンバーを通して振付家その人の生き方が問われるような、そんな時代が来ているような気がしてならない。スーザン・ストロマンの苦戦はその反映だと思うのだが、ま、この話はまた別の機会に。

ところで、この『Savion Glover Downtown』によく似たスタイルの、小さなバンドとタップ・ダンサーたちによるショウを、何年か前にアッパーイーストの小さなクラブで観たことがある。そこで中心になっていたのがジミー・スライド。ブロードウェイ・ショウ『Black And Blue』にも出てきたヴェテラン・タップ・ダンサーで、『Noise/Funk』でも主役ダンサーが鏡の前で踊りながら彼の名前を口にする。
その小さなクラブで観たスライドのショウは週1回のスケジュールで行なわれていたようだが、こうした仲間内が集まるようなショウは、おそらく伝統的に昔からあるんじゃないか。そして、スライドと人脈がつながるグローヴァーたちもその種のショウに参加したことがある可能性は高いだろう。
そんなビ・バップが生まれた時のようなアフターアワーズ的な色彩の強いクラブのタップ・ショウを、グローヴァーは、小さいながらも劇場という異空間に登場させた。その意図はいったい何だったのか。
もちろん根底に、『Noise/Funk』を当てた勢いのある今なら、こうしたラフな構成のショウでも成り立つだろう、という興行的な読みがあったのは間違いない。加えて、グローヴァーはこう考えたんじゃないか。
「これまでは内輪のような限られた客を相手に、どちらかと言えば趣味のようにやっていたショウだが、劇場の舞台に載せることで次のステップへの実験の場にすることができるんじゃないか。それが同時に、自分たちのを活動資金を集める場にもなるなら、一石二鳥だ。」
そんなしたたかな意図を、この舞台から感じた。そして、グローヴァーの視線が、ひたすら自分たちブラック・エンタテインメント・コミュニティの内側に向かっていることも。

自分たちの過去と現在を総括してみせた『Noise/Funk』の次。その足がかりを、グローヴァーはこのショウでつかんだのだろうか。
別に大がかりでなくていい。地に足の付いた、それでいて全く新しいコンセプトのショウを観せてほしい。期待は限りなく大きい。>

その後ミュージカルの表舞台からは遠ざかっていたセイヴィアン・グローヴァーだが、2016年の『Shuffle Along, Or The Making of the Musical Sensation of 1921 and All That Followed』で、振付家としてブロードウェイに復帰した。

[Tony1999] 予想/結果と感想

前シーズンに続き旧サイトでやった2度目のトニー賞予想、そして結果と感想を再掲載。前回同様、「予想」と「結果と感想」とをまとめてアップしますので、若干の編集あり。ただし、予想や感想の内容には手を加えていません。
ちなみに、主演女優賞と脚本賞で候補になっている『Marlene』は、1999年3月30日プレヴュー開始で5月2日クローズ。観ていません。2年前にロンドンでオープンして当たった舞台の引っ越し公演のようです。

予想と結果の一覧は次の通り(は予想時のマーク。ニュアンスは、本命=審査員が投票しそう、対抗=案外これが獲るかも/獲ってくれないかな、といった感じ)。

[作品賞]
The Civil War
Fosse 受賞
It Ain’t Nothing But The Blues
Parade
[リヴァイヴァル作品賞]
Annie Get Your Gun 受賞
Little Me
Peter Pan
You’re A Good Man, Charlie Brown
[主演女優賞]
Carolee Carmello Parade
Dee Hoty Footloose
Bernadette Peters Annie Get Your Gun 受賞
Sian Phillips Marlene
[主演男優賞]
Brent Carver Parade 
Adam Cooper Swan Lake
Martin Short Little Me 受賞
Tom Wopat Annie Get Your Gun
[助演女優賞]
Gretha Boston It Ain’t Nothin’ But The Blues
Kristin Chenoweth You’re A Good Man, Charlie Brown 受賞
Valarie Pettiford Fosse
Mary Testa On The Town
[助演男優賞]
Roger Bart You’re A Good Man, Charlie Brown 受賞
Desmond Richardson Fosse
Ron Taylor It Ain’t Nothin’ But The Blues
Scott Wise Fosse
[楽曲賞]
Tom Snow, Eric Carmen, Sammy Hagar, Kenny Loggins & Jim Steinman Footloose
Jason Robert Brown Parade 受賞
Frank Wildhorn & Jack Murphy The Civil War
Jeanine Tesori Twelfth Night(play)
[編曲賞]
Ralph Burns & Douglas Besterman Fosse  受賞
David Cullen Swan Lake
Don Sebesky Parade 
Harold Wheeler Little Me
[脚本賞]
Dean Pitchford & Walter Bobbie Footloose
Charles Bevel, Lita Gaithers, Randal Myler, Ron Taylor & Dan Wheetman It Ain’t Nothin’ But The Blues
Pam Gems Marlene
Alfred Uhry Parade ◎ 受賞
[演出賞]
Matthew Bourne Swan Lake 受賞
Richard Maltby, Jr. & Ann Reinking Fosse 
Michael Mayer You’re A Good Man, Charlie Brown
Harold Prince Parade
[振付賞]
Patricia Birch Parade
Matthew Bourne Swan Lake 受賞
A.C. Ciulla Footloose 
Rob Marshall Little Me
[装置デザイン賞]
Bob Crowley The Iceman Cometh(play)
Bob Crowley Twelfth Night(play)
Riccardo Hernandez Parade
Richard Hoover Not About Nightingales(play) 受賞
[衣装デザイン賞]
Lez Brotherston Swan Lake 受賞
Santo Loquasto Fosse
John David Ridge Ring Round The Moon(play)
Catherine Zuber Twelfth Night(play)
[照明デザイン賞]
Andrew Bridge Fosse 受賞
Mark Henderson The Iceman Cometh(play)
Natasha Katz Twelfth Night(play)
Chris Parry Not About Nightingales(play)

★予想

<作品賞は『Fosse』『Parade』かしかありえない。あとの2作は候補になったのが不思議なくらい。
賞はおそらく生き残っている『Fosse』に行くと思うが、それで文句はない。ただ、個人的には、野心作をゼロから作り上げた『Parade』に1票を投じたい。

リヴァイヴァル作品賞は『Annie Get Your Gun』で決まりだろう。これもOK。『Little Me』に票を入れるのは、限定公演ながら、質的には充分に拮抗しうるものだったから。『You’re A Good Man, Charlie Brown』も内容は悪くない。が、ブロードウェイ作品としては金をかけなすぎた。

俳優に対する賞の予想はむずかしいが、主演女優賞だけは間違いなくバーナデット・ピータース。『Parade』のキャロリー・カーメロはドラマ・デスク賞で受賞したので報われたでしょう。
助演女優賞も堅いかもしれない。ライヴァルになるとすれば、『Fosse』のヴァレリー・ペッティフォードだが、クリスティン・チェノウェスにスター誕生の輝きが見えた。
主演男優賞の候補は3人が終わった作品からという異様な事態。だから『Annie Get Your Gun』に流れるという可能性もあるし、トム・ウォパットも悪くないのだが、ここはスターの熱演を讃えてマーティン・ショートに行くんじゃないか。迷うところだが、やはり難役を見事に演じきったこの人を推したい。
助演男優賞も迷う。『It Ain’t Nothin’ But The Blues』はお話にならないが、『Fosse』の2人をどう見るか。スコット・ワイズはトニー賞の常連だが、今回はバレエ界から来たリチャードスンの方に分がありそう。個人的にはマーティン・ショート並みの熱演・快演を見せたスヌーピーに1票。案外獲っちゃうかも。

楽曲は『Parade』しかないと思うが、政治的な動きがあるとすれば、『The Civil War』もないではない。未見の『Twelfth Night』だったらゴメンナサイ(笑)。

編曲もむずかしいが、質の高さなら『Parade』だと自分の耳が言っている(笑)。ただ、この辺は生き残ってる作品に流れる可能性も高い。

脚本は『Parade』しか考えられない。これが外れたら2度とブロードウェイなんかに行かないぞ(笑)。

演出はハロルド・プリンスしかないと思うが、なにしろ終わっちゃってるから、『Fosse』に行きそうな気がする。

振付は、その『Fosse』が候補から外れたから余計むずかしい。『Footloose』も生き延びさせたいと投票者が考えれば、投じるならこのカテゴリーしかない。僕としては、『Parade』の夢幻的な振付も捨てがたいが、楽しかった『Little Me』にここで 1票。

装置、衣装、照明は、候補の大半が観ていないプレイなので予想できません。

★結果と感想

『Swan Lake』の獲った部門以外、予想がドンピシャ(笑)。
特に役者関係。チェノウェス(助演女優賞)と一緒に助演男優賞を獲っちゃったロジャー・バート、おめでとう。『You’re A Good Man, Charlie Brown』のチケットが売れるといいね。
『Parade』の脚本は当然だけど、獲ってくれてホッ。これでまたブロードウェイに行かれます(笑)。楽曲も認められて、これはバンザイの部類でしょう。
『Swan Lake』の振付と衣装はともかく、演出はどうなんだろう。今回唯一の「?」でした。>

The Chronicle of Broadway and me #212(The Gershwins’ Fascinating Rhythm)

19995月@ニューヨーク(その8)

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『The Gershwins’ Fascinating Rhythm』(5月4日20:00@Longacre Theatre)については旧サイトに感想を書いていない。おそらく観るべきところがなかったのだろう。ほとんど覚えていないので、データ的なことを書いておく。

タイトルにあるように、ガーシュウィンズ(作曲ジョージ・ガーシュウィン&作詞アイラ・ガーシュウィン)の楽曲による歌とダンスのレヴュー。ご承知の通り「Fascinating Rhythm」は彼らの代表曲の1つ。
使用楽曲数30曲弱。1曲だけ作詞がアイラ・ガーシュウィンとガス・カーンの共作を含んでいる(「Home Blues」)。でもって、上演時間が幕間なしの90分(!)。

出演者数13人。
役者の中心は『Ain’t Misbehavin’』への途中参加でブロードウェイ・デビューしているヴェテランのエイドリアン・レノックスだったと思う。
には……。『Spamalot』でトニー賞を獲ることになるサラ・ラミレズ。昨シーズンの新作『Pretty Woman』にも出ていたオーフェ。スウィングながら『Rent』のブロードウェイ・オリジナル・キャストで、この後も着実な活躍を見せるダリアス・デ・ハース。これがブロードウェイ・デビューで、この後、『The Full Monty』『Oklahoma!』と主役の座に就くことになるパトリック・ウィルソン。リヴァイヴァル版『Chicago』のオリジナル・キャストでフレッド・ケイスリー役を演じた、もっぱらダンサーとして堅実な活躍をしているマイケル・ベレス。あとはダンスのアンサンブル的な人たち(違ってたらごめんなさい)。今の目で見ると、成長株と手堅いダンサーを集めた感じ。
人選は悪くないが、この時点では客を呼べるスターがいない。これで90分のショウでは、仮に内容がソコソコだったとしても、ブロードウェイに来る客は満足できないだろう。

元々はコネティカットのハートフォード・ステージ・カンパニーが作った作品で、共同原案・演出のマーク・ラモスは同劇場の関係者のようだ。もう1人の原案が、2006年にブロードウェイに登場する『Dr. Seuss’ How the Grinch Stole Christmas!』の作曲者メル・マーヴィン。

4月2日にプレヴュー開始、正式オープン4月25日、5月9日クローズと、トニー賞授賞式を待たずに終わっている。滑り込みセーフで観ることができたわけだ。

 

 

The Chronicle of Broadway and me #211(Crazy For You[N.J.])

19995月@ニューヨーク(その7)

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『Crazy For You』(5月6日14:00@Paper Mill Playhouse)は、初めてのニュージャージー遠征で観た。旧サイトに書いた当時の感想。タイトルは「地方公演はのんびりと」。

<「一番好きなミュージカルは?」と訊かれると必ず答えていたのが『Crazy For You』。1996年1月7日にブロードウェイ最終公演を終えた後も、もう1度観たいミュージカル第1位の座を占め続けていた。
その作品がニューヨーク近郊で上演されるとあっては、観に行かないわけにはいかない。意を決して、ニュージャージーの小さな町まで列車で出かけた。が、これが拍子抜けするほど近い。わずか30分で到着する距離で、これならいつでも来られる。機会があったら、みなさんもぜひ。

さて、わが心の『Crazy For You』だが、結論から言うと、ややがっかり。ブロードウェイの舞台に比べると、ずいぶんとのんびりした仕上がりになっていた。

『Crazy For You』の命は、絶妙のタイミングによるギャグとダンスの連発にある。よーく考えれば「なんで?」という展開も、疑問を抱かせることなく進めてしまうテンポのよさ。それこそが、ノスタルジックな題材であったにもかかわらず、『Crazy For You』が1992年という年にあってもヒットした理由だ。
しかるに、ここニュージャージーでの公演では、その軽快なノリがなりをひそめ、少しぐらいウトウトしていても話についていけるぐらいの、よく言えばわかりやすい、悪く言うとやや間の抜けた舞台になっていた。
その理由は、すでに手本となるべきブロードウェイ公演がないという状況下、地方公演のみを繰り返していく中で、演出が地方の観客に合わせて変化していったからだと思われる。

もっとも、その兆候は、すでにブロードウェイのロングラン中にあった。主人公ボビー役が、オリジナルのハリー・グローナーからジェイムズ・ブレナンに替わると、演出がクドくなり始めたのだ。
あくまで飄々としていたグローナーに比べると、ブレナンの演技は粘っこい。
ブレナンの起用は、『Me And My Girl』つながりと言うか、同作の成功でブロードウェイで名を揚げた『Crazy For You』の演出家マイク・オクレントの推挙によると思われる。ブレナンは『Me And My Girl』のブロードウェイ版で、ロバート・リンゼイ、ジム・デイルというロンドン勢の後を受けて主役を演じていたのだ。
まあ、それはさておいても、公演が長引いて観光客度が上がるのに合わせて、演出の洗練度を、気持ち下げていったということは充分考えられる。

ミルバーンという、ニュージャージーの小さな町にあるペイパー・ミル・プレイハウスは、リヴァイヴァル主体の劇場で、演目を見ていると、ツアー・カンパニーの招聘ではない独自の上演を数多く行なっているように思える。比較的最近では、ベティ・バックリー主演の『Gypsy』という、ちょっと魅力的な出し物をやっていた。
今回の『Crazy For You』は、前述したジェイムズ・ブレナンの演出(出演はしていない)で、なんと1か月半に及ぶ長期公演。よほど集客力に自信がないとできないと思うのだが、その営業努力を反映するように、観た日はバスを連ねて集まってきた老人の団体客でいっぱい。
白髪が大半を占める客席を眺めながら、この客層では、ブレナンならずとものんびりした舞台に仕上げざるを得ないか、と妙に納得した。

今回のボビー役はジム・ウォルトン。オフのヒット作『And The World Goes ‘Round』出演を通じての、スーザン・ストロマン(振付)人脈だろう。ヴォードヴィルの香りを残した、いいダンサーだが、主役をやるには華がない。
ポリーは、ブロードウェイでオリジナルのパッツィ(ザングラー・ガールズのボケ役)を演じたステイシー・ローガン。『Beauty And The Beast』でバベット(羽箒)役だったことからもわかるように、ちょっと色っぽいトボケた役がハマる人で、これまたいいダンサーだが、ソロで歌うことの多いポリー役は(ブロードウェイ時代、同役のアンダースタディだったにもかかわらず)、ぴったりとは言いがたい。
ローガン以外にもブロードウェイ版のオリジナル・キャストが3人、ブロードウェイと同じ役を演じていて、うれしかった。ザングラー役のブルース・アドラー、ボビーの母役のジェイン・コーネル、そしてザングラー・ガールズの1人パトリシア役のアメリア・ホワイト。
もう1度、全員がオリジナル・キャストの舞台を観たいなあ。あ、ただし、ポリー役だけはカレン・ジエンバで(笑)。

セットのデザインが細かい部分でいろいろと違っていたこと、フィナーレでボビーとポリーを載せてせり上がっていく装置もなかったことを付け加えておく。>

「ニュージャージーの小さな町」ミルバーンまで「わずか30分」というのはサバ読み。実際には、New York Penn StationからNew Jersey TransitのMorris & Essex線でMillburnまで、45分。そこから劇場まで歩いて5分。
近年は、ディズニー系作品はじめ、ブロードウェイを目指す注目作の試演も多い。
この時ご一緒した秋野さん、お元気だろうか。

The Chronicle of Broadway and me #209(The Civil War)

19995月@ニューヨーク(その5)

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『The Civil War』(5月12日14:00@St. James Theatre)について、「凡庸な大作」というタイトルで旧サイトに書いた感想。

『Jekyll & Hyde』の“オペラもどき”ならぬ“『The Phantom Of The Opera』もどき”、『The Scarlet Pimpernel』の“オペレッタもどき”と、ここまでイギリス風味で攻めてきた作曲家フランク・ワイルドホーンは、ブロードウェイ3作目にして、初めて“アメリカの音楽”を提出してみせた。しかし、アレンジはともかく、楽曲はみんな、どこかで聴いたようなオリジナリティの乏しいものばかり。
加えて、脚本(ワイルドホーン、グレゴリー・ボイド 、ジャック・マーフィ)が平凡。と言うのも、それを支える歴史観が薄っぺらだからで、舞台から見えてくるのは、自分の書いた曲を聴かせたいという作曲者のエゴだけだ。
そうした凡庸な素材を、それなりに観られるものに仕上げた演出のジェリー・ザックスの手腕には、頭が下がった。

南北戦争(The Civil War)は、日本が明治になるより少し前の出来事。それにもかかわらず、「この前の戦争」と言うと南北戦争のことを指すと言われるぐらい、アメリカ人の心には深く刻まれてきた事件らしい。リンカーンが尊敬する大統領の2番目だかに挙げられるのも、そういうことと関係があるのだろうし、おそらく学校でもしっかりと教え込まれるのに違いない。
その南北戦争を時の経過を追って絵巻物的に見せていくミュージカル『The Civil War』からは、例えば聖書物語同様、必ずアメリカ人大衆に受け入れられるはずだ、という製作サイドの読みがうかがえる。

だから、あえて突っ込んだ描き方をしなかったということもあるのだろう。
登場人物に名前は付いているものの、それは、ある集団の中の類型的な誰かにすぎない。したがって、細切れに挿入されるエピソードも類型的。ああ、そういうことってあるよね、という観客の想像力を超えない。
例えば……、南軍北軍に分かれて戦うことになる友人、戦場に赴いた夫と家で待つ妻、娼婦を引き連れて戦地でひと稼ぎする男、等々が登場し……、南北に分かれた友人の一方はもう1人の腕の中で死に、妻の元には夫の訃報が届き、ポン引き男は裁きを受けるように殺される。何という意外性のなさ。
こうした白人たちの話の一方で、黒人たちの苦悩と希望が描かれるのだが、これがまた紋切り型。軸になるのは、奴隷市場で引き裂かれるように別々に売られた夫婦が再びめぐり会うという話だが、途中に何も物語がないので、ご都合主義にしか見えない。妻が仲間と決行した農地からの集団脱走がうまくいって(!)北を目指す途中で、自由の身になった夫とめぐり会うなんて! 面白かったのは、黒人の指導者の1人が希望を抱いてリンカーンに会いに行き、帰りに「政治家め!」と罵るところぐらい。
とにかく、あらゆる話がドラマとしての体を成していない。

それを、とにもかくにも 1つにまとめあげたのが、プロジェクション(ウェンドール・K・ハリングトン)と照明(ポール・ギャロ)を効果的に使った演出。
ことに、装置にかけなかった分の金をこちらに回したのだろうと思われるプロジェクションが、舞台のイメージを大きく広げていた。舞台奥に映し出されていた星条旗が左右にズレていくと、それぞれ南軍と北軍の旗になり、その前に兵士たちが整列するといった動的な使い方から、限りなく広がる空や鬱蒼とした森の映像で状況や気分を表現するという静的な使い方まで、様々な手法を駆使して貧弱なドラマ世界を支えた。
照明は戦闘シーンで力を発揮。3か所ほどのスポットライトの中で、兵士たちが、絵画的構図での静止とアクションを断続的に繰り返すという戦闘に描き方は、音楽や効果音(銃声等)とのタイミングもよく計算されていて、うまい。しかも、何度かある戦闘ごとに違う趣向を凝らしてあって、飽きさせない。これには、いわゆる殺陣(デイヴィッド・レオング)も貢献している。

そして音楽だが……。
ここには、大まかに言って3種類の音楽が出てくる。1つは相変わらずのオペラ的なもので、これは“アメリカの音楽”とはあまり関係がない。“アメリカの音楽”は残る2つ。カントリー・ロックとゴスペル。
ゴスペルはともかく、フォーク的なギター弾き語りからバンド演奏まで含めて、カントリー・ロック(と言ってしまうが)のサウンドは、今のブロードウェイ・ミュージカルにはないもので、なかなか新鮮だった。これは、ミュージカル・ディレクター(ジェフ・ラムズ)の功績だと思うが、そこには、作曲者ワイルドホーンの嗅覚も働いている気がする。3作目の“売り”として、そのぐらいのことを考えてもおかしくはない。
ただし、楽曲そのものは、初めに書いたように、オリジナリティに乏しい。悪いが、こちらは CRT(カントリー・ロッキン・トラスト)のサポーターだ。ゴスペルも古いものまでそれなりに聴いてきている。新鮮味がない、どころか、借り物感さえ漂っている気がした。ことにゴスペル的楽曲は怪しい。
そのゴスペル的なやつがいちばん盛り上がる、というあたりに、この作品の限界が見える。

どういう訳かワイルドホーン作品には資金を出す人がいるようで、それでワイルドホーン本人は勘違いしているのかもしれないが、最も成功した『Jekyll & Hyde』にしたところで、実は一流のミュージカルとは言いがたい。
同じように人間的な深みの感じられないアンドリュー・ロイド・ウェバー作品が、曲がりなりにも一流になったのは、それまで誰も作らなかったような趣向のミュージカルを手がけて成功してきたからだ。しかし、ワイルドホーン作品には、そうした新しさはない。
彼が自分の才能を生かそうと思うのなら、優れた脚本家、作詞家と組むことが必要なのではないだろうか。『Jekyll & Hyde』でレズリー・ブリカッスと組んだように。>

今や宝塚歌劇経由日本ミュージカル界御用達の感すらあるフランク・ワイルドホーンに対しては、ハナから否定的なわけではないことは『Jekyll & Hyde』の感想を読んでいただければわかると思うが、まあ、でも、そこでも言っているように、好みでないのは確か。基本、野暮ったいんですね。
カントリー・ロックうんぬんのところで音楽監督の功績を挙げているが、編曲のキム・シャーンバーグの手柄かもしれないので、改めて記しておく。
ちなみに、この作品、3月23日にプレヴューを開始して、トニー賞授賞式直後の6月13日にクローズしている。

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