The Chronicle of Broadway and me #153(1776)

19979月@ニューヨーク(その2)

IMG_1430

『1776』(9月16日20:00@Roundabout Theatre)の初演は1969年。劇場を替えながら1972年まで3年近いロングランを記録している(ベティ・バックリーのブロードウェイ・デビュー作)。このリヴァイヴァルも、11月16日までの限定公演の後、劇場を移って都合11か月ほど続く。
以下、旧サイトに「異色の建国ミュージカル」と題して書いた感想。なぜか細かく長いです。

<例えば坂本竜馬を主人公にしたミュージカルを作ろうとする場合(って、すでにいくつかあるようですが)、竜馬が船中八策を考えてから薩摩にそれを納得させるまでの間だけを描く、なんてことは、まず考えられない。
そんな話し合いばかりの素材がミュージカルになるとは思えないからだ。
ところが、この『1776』は、まさにそういうミュージカル。アメリカ独立宣言の起草から採択に到るまでを描いた、ディベート・ミュージカルとでも言うべき作品なのだ。
そんなミュージカルがいったい面白いのだろうか。半信半疑で観にいったのだが、これがよくできている。
特有のこぢんまりした半円形のステージをうまく生かして視覚的にも魅力のある舞台に仕上げた、この異色作のリヴァイヴァル。初演版の1968/1969年シーズンのトニー賞受賞はダテじゃないってところを見せてくれた。

舞台は1776年のペンシルヴェニア州フィラデルフィア。
北アメリカ東海岸14州の代表による第2回大陸会議が開かれている。2年前の第1回会議で本国イギリスとの通商断絶を決定して以来、両国の関係は悪化の一途をたどり、状況はアメリカ独立やむなしというところまで来ていた。
独立推進派の急先鋒は、マサチューセッツのジョン・アダムズ。それに、ヴァージニアのリチャード・ヘンリー・リーとトーマス・ジェファーソン。それを援護しているのが、ペンシルヴェニアの重鎮ベンジャミン・フランクリン。
反対派の中心は、フランクリンと同じペンシルヴェニアのジョン・ディキンソン。
第1幕では、この両派の間で独立うんぬんが議論される。第2幕の初めには、ジェファーソンが独立宣言の草案を書くところまで来て、なんとかまとまるかに見えるのだが、ここで草案に盛り込まれていた奴隷解放が問題となる。
サウス・キャロライナのエドワード・ラトレッジがこれに反発。第2幕後半でも再度激しく議論が戦わされる。
もちろん最後は独立宣言が全員一致で採択されるわけだが、そこに到るまでは、議論、議論、議論だ。

これをミュージカルとして、どう見せていくか。

まずはショウ場面。
これが、緩急、硬軟のバランスよく、ヴァラエティにも富んで、巧み。
主な楽曲(作曲・作詞シャーマン・エドワーズ)で追っていくと……。

第1幕第1景最初の、会議のメンバー全員による迫力あるコーラス「Sit Down, John」で伝えた緊迫感は、その景最後のアダムズ夫妻(妻は夫の空想の中に現れる)によるバラード「Till Then」で和らげられ、表に出た第2景では、リーがフランクリンとアダムズを従えて、陽気にマーチ風の「The Lees Of Old Virginia」を歌って開放的気分になる。
続く第3景で議論の後に歌われる「But Mr. Adams」では、ドゥワップめいたコーラスを交えてコミカルな味つけも見せる。
一番楽しいのは、第4景の「He Plays The Violin」。
ジェファーソンが独立宣言の草稿を書き上げるのをやきもきしながら待つアダムズとフランクリンが、ジェファーソンの可愛らしい妻マーサを誘い出して、表通りで歌い踊る(振付キャスリーン・マーシャル)。これがなんとも微笑ましく、温かい。
第1幕最後の第5景は再び会議場に戻り、ディキンソンを中心とする反対派代表たちが、その名も「Cool, Cool, Considerate Men」という歌を文字通りクールに歌って、先の展開に不安感を残す。
第2幕は、冒頭で、出来上がった独立宣言草稿に対する期待を持って、アダムズ、フランクリン、ジェファーソンが「The Egg」を明るく歌うが、後は会議場に舞台を移して、宣言採択までの議論場面で押し通す。
そこでまず歌われるラトレッジの「Molasses To Rum」の誇り高く激しい調子は、劇場を圧倒する。
その後、論議が行き詰まり、孤立したかに見えるアダムズを慰め、励ますように妻が現れて「Compliments」を歌い、続けてアダムズが、一縷の望みを抱いて無人の会議場の空間に歌いかけるのが、感動的な「Is Anybody There?」。そして再び会議場に代表たちが戻り、宣言は採択される。
決して派手ではないのだが、全体の中でのその楽曲のねらいが確かで、確実に効果を上げている。

実は、ひとつ、印象に残ったが、わざと書かなかった楽曲がある。第1幕最後に、州代表たちがいなくなった会議場で、若い伝令が、用務員らを相手にしんみりと歌う「Momma Look Sharp」。
この少年伝令、ここまでにも何度か会議場に現れ、ワシントンからの伝言を秘書に渡して去っていく。ワシントンはイギリス軍と戦闘中で、つまり、この伝令は戦場と会議場を行き来しているわけだ。したがって、埃まみれ汗まみれで、彼が会議場に現れると異臭が漂うという設定になっていて、コミカルな描かれ方をしている。
それが、ここに到って、1人の人間として改めて描かれる。彼と話をする用務員たちも、ここで初めて舞台の表に出てくる。
ここには、アメリカの将来を決定すべく議論を繰り返している各州の代表はいない。だが、今ここにいる、発言の機会すらない人々もアメリカ人なのだ。そして、そのアメリカ人少年が、人知れず歴史の一端を担いつつ、心許ない思いを吐露する。
全体の中で唯一トーンの異なるこのシーン。この無名の少年を描いたことで、この作品に深みが生まれた。

さて、前述したように、この舞台は、視覚的に魅力がある。

ひとつは装置(トニー・ウォルトン)の魅力。
劇場は、半円状に突き出した舞台を要(かなめ)に客席が扇状に上に向かって広がる、という形状だが、舞台の中心部、つまり半円のひと回り内側の部分が回転するようになっている。
これを生かさない手はないわけで、例えば1993年のリヴァイヴァル『She Loves Me』などでも、回転盆の半分を覆う形で作られた店舗の外壁で、舞台となる香水店の内と外を巧みに使い分けている。
今回も、ほぼ同様の規模で回転盆を半周する壁が設けられた。こうして壁を作ると、盆の半回転だけで場面転換ができ、軽快。
壁の内側はもちろん会議場だが、外側は、会議場の表だったり、街路だったり、時にはジェファーソンの部屋だったりする。それを、会議場の場合は紋章、部屋の場合は装飾灯に机と椅子、といった簡潔な装置で表わす。実にさりげないが、安っぽくなく説得力を持って見せるのは、見事な技だ。
こうした工夫を凝らした装置が舞台全体にシャープな印象をもたらしている。

もうひとつは照明(ブライアン・ネイソン)の魅力。
木漏れ日、窓の影など、自然光をイメージした照明を効果的に使って、舞台に柔らかさを与え、広がりも感じさせる。
また、波間を通して海底に届くような、やや抽象的な印象の照明があり、これは、静止した舞台を覆って、現代との時の隔たりを感じさせる。
そうした静的な照明とは別に、ダイナミックな効果を見せる照明の妙もある。
例えば、第2幕後半の連日の会議場面。日にちが重なっていくのを表わすのに日めくりのカレンダーを使うのだが、議論が適当な区切りまで来ると人々が一瞬静止し即座に暗転、同時にカレンダーにスポットが当たる。係の男だけがゆっくりと動いてそれをめくると、明るくなって再び議論が始まる。これを繰り返すことで、装置が変わらないことを補う変化を、舞台に与えていく(そして日付はしだいに7月4日に近づいていく)。
あるいは、会議場内で行き詰まって悩むジョン・アダムズにスポットが当たると、同時に、会議場入り口に(想像上の)アダムズの妻がスポットを浴びて現れ、2人の心の交流が描かれる、といった具合に、場面に次元の変化を与える。
とにかく、意味のない照明はないというぐらいに神経が行き届いていて、素晴らしい。

活人画的構図も、視覚的魅力のひとつとして挙げられる。
冒頭、壁が半周して会議場が現れると、14州の代表たちがそれぞれ思い思いの姿勢で静止している。一幅の絵のように。
その時に起こった拍手の大きさからして、何かしら歴史の1シーンを(アメリカ人に)感じさせる絵柄であったのだろう。
最後、独立宣言に全員が署名した後、同様に場面が静止するのも、同じような効果を考えてのことだと思われる。
活人画は、往年の大プロデューサー、フローレンツ・ジーグフェルドも好んだという手法のひとつ。それを生かすにふさわしい題材ではある。

派手なスターはいないが、フランクリン役のパット・ヒングルはじめ経験豊富な役者陣が、引き締まった舞台を作り出した。
脚本ピーター・ストーン(『Titanic』)、演出スコット・エリス(『Steel Pier』)。

ニューヨーク在住の演劇評論家、大平和登氏によれば、オリジナルのプロダクションよりもよくできていた、とのこと。
渋い作品なので万人にオススメというわけにはいかないかもしれないが、こういうミュージカルの作り方もある、という意味では一見の価値あり、です。
前売りは完売ですが、必ずキャンセルが出ているようで、当日の午後5時頃窓口に行ったら買えました。また、開演時間が近づくとキャンセル待ちのラインができるようです。

The Chronicle of Broadway and me #152★(1997/Sep.)

19979月@ニューヨーク(その1)

1997年を振り返る。

日本ではバブル崩壊の余波で金融関係が次々に破綻している。
4月、日産生命保険が債務超過により大蔵省から業務停止命令を受け破綻。11月、三洋証券、北海道拓殖銀行破綻。いずれも、保険会社、証券会社、都市銀行の戦後初の倒産。そして11月24日には、四大証券会社の一角、山一證券の破綻がやって来る。

神戸連続児童殺傷事件が起こったのがこの年(2月~5月)。逮捕は6月。犯人は息子と同学年の中学生で、後に「酒鬼薔薇世代」と呼ばれたりもした。
3月に渋谷で東電OL殺人事件発生。5月に犯人逮捕されるも冤罪(2012年無罪確定)。謎が多い。
7月には松山ホステス殺人事件で指名手配中の福田和子が時効21日前に逮捕なんてのもあった(これを題材にした、阪本順治監督、藤山直美主演による2000年の映画『顔』が印象深い)。

TVアニメ『ポケットモンスター』の放送開始が4月。映画「もののけ姫」の公開が7月。
同じく7月に1回目のフジロック開催。ただし、2日目は台風が来て中止。
11月には、サッカー日本代表がワールドカップ初出場を決めている。

今月(2019年6月)に入って起こった大規模デモにつながる香港のイギリスから中国への返還も7月。
その中国では、2月に鄧小平が亡くなっている。

亡くなった人で言うと、映画関係で、3月に萬屋錦之介、12月に三船敏郎が死去。伊丹十三の自殺も12月。
ダイアナ(元)妃の交通事故死はこの年8月。同じ8月に永山則夫の死刑執行。

5月、イギリス総選挙で労働党勝利。党首トニー・ブレアが首相に。
10月、金正日、朝鮮労働党総書記に。
12月、韓国大統領選挙で金大中が当選。韓国憲政史上初の平和的な与野党の政権交代らしい。

★★★★★

この時の渡米も実は前回に引き続き、アル・ハーシュフェルド著『笑うブロードウェイ』絡み。これまた訳者大平和登氏の計らいで、ニューヨークの大使公邸でハーシュフェルド氏を囲む夕食会が催され、それに招待していただいたので赴いた。
ハーシュフェルド氏ご夫妻、大平氏の他に、大平氏の招きで作曲家ヘンリー・クリーガー氏も出席。なんとも贅沢な顔ぶれだった。

そんなわけで、この回も観劇は3本のみ。
順に、ブロードウェイ・ミュージカルのリヴァイヴァル、オンのダンス・ショウ、オフの伝記的ミュージカルです。

9月16日 20:00 1776@Criterion Center Stage Right 1530 B’way
9月17日 14:00 Forever Tango@Walter Kerr Theatre 219 W. 48th St.
9月18日 20:00 Always…Patsy Cline@Variety Arts Theatre 110-112 3rd Ave.

感想はそれぞれ別項で。

 

Octet@Romulus Linney Courtyard Theatre/Pershing Signature Theatre(480 W. 42nd St.) 2019/06/02 14:00

IMG_1386

『Natasha, Pierre & The Great Comet Of 1812』の楽曲作者/脚本家デイヴ・マロイの新作ミュージカル。
2017年11月にマロイ自身も出演してニューヨーク・シアター・ワークショップで上演されていた『Ghost Quartet』が、ソールドアウト→キャンセル待ちで、並んだ結果観られなかったので、今度ばかりはぜひとも、と、言ってみれば、これを観るために飛んだ今回。

タイトルの下に「ア・チェインバー・クワイア・ミュージカル」とあるように、この作品の楽曲は、8人(オクテット)の出演者によるア・カペラ・コーラスで歌われる。
そのア・カペラの様式が実に多様で、そこがまず面白い。ゴスペル的なものから、ダーティ・プロジェクターズ+ビョークやなんかを思い起こさせるものまで振れ幅が大きい。少数のパーカッションを使ったプリミティヴな印象の曲では、ア・カペラではないがリアノン・ギデンズの音楽、ことに最新アルバム『There Is No Other』の何曲かとの共通性を感じた。

三方を客席に囲まれた長方形の舞台は、入口から客席への通路の装飾も含めて、教会の集会所の設定。
壁際に置かれた小さなラジオから、賛美歌やピアノヴァイオリンの室内楽やスライドギターによる「Summertime」の演奏などが流れてくる。この選曲の雑多さは、後に歌われる楽曲のヴァラエティと緩くリンクしているのかも。
フロアには木のベンチが1つと小さなテーブルが3つ。テーブルの周りに折りたたみ椅子が計8脚。中央のテーブルにはビンゴの装置が置かれ、残りのテーブル上にはビンゴ・カードがやコーヒー・カップが散在して……。つまり、さっきまでビンゴ・ゲームが行なわれていた感じ。
そこに役者たちが現れ、ビンゴの道具、コーヒー・カップ、テーブルを片づけていく。そして、8脚の椅子を輪にして並べ、集会が始まる。椅子1脚は空席のままだが。

集会の目的はセラピーで、共通した「症状」はネット依存症らしい。初めはセラピーのために全員で歌を歌っているのだが、各人の告白も歌になり、その境(現実と内面世界との境)が、しだいになくなっていく。そこがスリリング。
歌詞の素材は、ネット上の掲示板、科学的議論、宗教の文言、イスラム神秘主義の詩などから採られたという(それ以外にも、制作にあたって影響を受けたという、テクノロジー、メンタル・ヘルス、精神性に関する、文章、芝居、映画、音楽、ゲームなどが、マロイ自身の挙げたリストとしてプログラムに挟んであった)。それらが、人種も性別も年齢も職業も違うメンバーの状況に合わせて、それぞれの告白の中にちりばめられているわけだ。正直、この辺になると、1度観ただけでは、ほとんどつかめない。
そこらを緩和してくれるのが、メンバーのキャラクターと人間関係で、時にユーモラスに、時に緊張を伴って小さなドラマが作られていく。
その触媒の役割を果たすのが、遅れてやって来て空いていた席に座る新規参加の若いインド系の女性(クルー・ヴェルマ)で、彼女が集会を客観視(疑問視)する役割を担っている。そのことについて特に発言するわけではないが、集会のルーティンをいつも疑わし気に見ている。象徴的なのが、集会が終わった後で参加者の1人に、また参加するかと訊かれて「わからない」と答えるところ。
いずれにしても、お互いに干渉しないような、微妙にするような、そんな人間関係自体がネット依存症的現代人を表わしているとも言える。

しかし、とにかく8人の出演者の歌とコーラス・ワークが素晴らしく、マロイの繰り出す様々な楽曲スタイルにいきいきと対応して、感銘を受ける。
ブロードウェイの『Rocky』でエイドリアンを演じたマーゴ・サイバートが出ているのを意外に思ったが、この人、ヒューマン・ビート・ボックス・ミュージカル『In Transit』のブロードウェイ版にも出ていたんだった。

演出のアニー・ティッペは、観られなかった『Ghost Quartet』でもマロイと組んでいた人で、狭い空間でのセラピー集会という限られた設定を、アイディアに満ちた手法で面白く見せていく。
一見さりげないが実は細部に凝ったセットは、エイミー・ルービン&ブリタニー・ヴァスタの仕事。それにシンクロして文字通り舞台に陰影をもたらす照明は、クリストファ・バウザー。音楽監督/音楽監修は『Natasha, Pierre & The Great Comet Of 1812』でもマロイと一緒だった、オア・マティアス。
音響の中條英則は音響助手としてブロードウェイ作品『Gigi』『Allegiance』『The Front Page』『Be More Chill』で実績を積んできている人で、オンでの独り立ちも近いのかも。

6月30日までの期間限定公演。

IMG_1383

劇場前のビルボード。写真中央はマーゴ・サイバート。

 

The Chronicle of Broadway and me #151(Bermuda Avenue Triangle)

19976月@ニューヨーク(その3)

IMG_1416

『Bermuda Avenue Triangle』(6月11日14:00@Promenade Theatre)については、「老いてなお現役」ってタイトルで旧サイトに感想を書いている。このココロは……以下の続きをどうぞ。

<まさか、この人を生で観ることができる日が来るとは。
ナネット・ファブレイ。
MGM映画『The Band Wagon』でブロードウェイ作家夫妻の妻リリー・マートンを演じた人。’40年代、ブロードウェイのミュージカルに主役クラスで出ていたことも、文献で知ってはいた。その人が、まだ現役だったとは!

『Bermuda Avenue Triangle』は、老いらくの恋の三角関係とでもいったストーリーの、ほろにがロマンティック(?)・コメディ。
恋した年寄りの過激さが、スカッとするほど気持ちいい。

友人である2人の未亡人テス(ナネット・ファブレイ)とファニー(ルネ・テイラー※)は、それぞれの娘が共同で買ってくれたラスヴェガスの豪華なコンドミニアムで一緒に暮らすことになる。が、2人とも娘の家庭から体よく追い払われたという気分をぬぐえず、素直に喜べない。
厳格なカソリックとして育ったやせぎすのテスはいらだって頑なになり、豊満なファニーはだらしなくメソメソと泣いてばかりいた。
そこに転がり込むのが怪しげなイタリア男ジョニー(ジョー・ボローニャ)。行き倒れていたのを2人が拾ってくるのだが、着ている物は悪くない。
危ないから警察に届けようと話し合ったテスとファニーだが、まずファニーが、そしてテスが言葉巧みにジョニーに口説かれ、ベッドインしてしまう。
その翌日、色鮮やかな衣装、キリッとしたメイク、派手なカツラで若々しく変身したテスとファニーが、それぞれの思惑を秘めて、悩ましげな視線をジョニーに送っていた。

この後ジョニーのジゴロ的振る舞いがあり、予想通りだと思っていると最後にちょっと意外な展開があって、しみじみと幕を閉じる。
第1幕では娘たちに反発するテスたちの寂しさを押し隠した辛辣さを、対照的に第2幕では大変身した2人の生命力あふれるしたたかさを描いて、構造は明快。
ジョニーの口説きのシーンが最大の山場だと思うのだが、すっかり希望を見失っていた2人の年老いた女性が抵抗を示しながらも易々と(あるいはぬけぬけと)ベッドルームに入っていくという図を、笑いに包みながら艶っぽくもあっけらかんと描けるというのは、やっぱりある種の文化的成熟ってもんだよな、と感嘆。
本はファニー役とジョニー役のルネ・テイラー&ジョー・ボローニャ夫妻。才人たち。

それにしてもナネット・ファブレイ、すでに80近いはずで、さすがに往年の弾けるような輝きは失せてはいるものの、独特のチャーミングさの名残りはあって、今なお個性的。
前半ことさら老けたメイクで登場するのでエッ!と思うが、第2幕での変身を観て納得。老人3人で軽く踊ってみせるショウ場面もあり、水曜マティネーに集まったオールド・ファンには大受け。思わずニヤニヤしちゃいました。
いやあ、楽しかった。>

1920年10月27日生まれのナネット・ファブレイは、この時76歳。昨年(2018年)2月に97歳で亡くなった。
お、Renée Taylorは日本ではレニー・テイラーと呼ばれているようだが、発音から言うとルネ・テイラー(ホントはルネイって感じだけど、ルネ・フレミングと同じ綴りなので)。

The Chronicle of Broadway and me #150(A Funny Thing Happened On The Way To The Forum[2])

19976月@ニューヨーク(その2)

IMG_1420

『A Funny Thing Happened On The Way To The Forum』(6月10日20:00@St. James Theatre)の2度目を観ることにしたのは、主演がウーピー・ゴールドバーグに替わったから。それで舞台がどう変わったか、ということについて、「触媒ウーピーが生み出す化学反応」というタイトルで旧サイトに書いた感想が下。

『A Funny Thing Happened On The Way To The Forum』は、ネイサン・レイン(主演)、ジェリー・ザックス(演出)という、大ヒットした1992年の『Guys And Dolls』コンビによる4年振りのミュージカル・コメディで大いに期待したが、ちょっと裏切られた。

というのが、昨1996年5月6日に観た時の感想。
詳細こちらを読んでいただきたいが、ともあれ、『Guys And Dolls』でスターになり映画出演も相次いだネイサン・レインの知名度と熱演で約1年の公演を続けた『A Funny Thing Happened On The Way To The Forum』は、レインの後釜にウーピー・ゴールドバーグを選んだ。
知名度から言えば申し分ない。と言うか、スーパースターと言っていい人。
初登場は今年の2月11日。4か月の契約は延長されていたが、最終出演日は7月13日と決まった。

レインからゴールドバーグにバトンタッチして変わったのは何か。
観客とのコミュニケーション、だ。

例えば、遅れてきた客への軽口。
オープニング・ナンバー「Comedy Tonight」が終わったところで、遅れた客が席に案内されるのだが、彼らに向かってゴールドバーグは言う。
「あら、1曲目は終わっちゃったわよ。もうやんないのよ。残念ねえ。渋滞に巻き込まれたの? それともレストランの席を離れられなかったの?」
これ、いつものことらしいが、完全にスタンダップ・コミックのノリ。

元々この役は主役であると同時に狂言回しでもあるので、観客に向かってしゃべるのだが、そのスタンスが、レインとゴールドバーグでは微妙に違う。
レインは俳優だが、ゴールドバーグはスタンダップ・コミック。
レインは舞台上の役者側代表として観客に接しているが、ゴールドバーグは役者と観客との間に立って、両方との距離を測りながら演じている。
レインの時は役者が一体になって完成度の高さを目指したのに対して、ゴールドバーグの出ている舞台はもっとライヴな感じ。ゴールドバーグを触媒にして、観客と役者が、あるいは役者同士が、生々しく反応し合っている。そんな印象。

ゴールドバーグが生み出す、そうした要素が、どちらかと言えば今日性に欠けるこの舞台をうまく活性化させた。
実は、ゴールドバーグは、脚本にある芝居部分に関してはレインに比べると押し出しが足りない感じで弱いのだが、それを補って余りあるアドリブ部分のノリ。レインにもアドリブはあったが、客との直接交渉に関してはゴールドバーグに一日の長があった。
もっとも、それ以前に観客のゴールドバーグに対する期待感がものすごく、導入部分で彼女が幕前に出てくるや拍手の嵐、嵐、嵐。彼女独特のクネクネダンスをちょっと見せただけで大受け。という状況なのではあるが。

とは言え、ショウ場面が弱いという印象はレイン時代と変わりない。こればかりは役者の力だけではどうしようもありませんな。>

The Chronicle of Broadway and me #149★(1997/Jun.)(Chicago[3])

19976月@ニューヨーク(その1)

21度目のブロードウェイ(40歳)。

……と言っても、この回は特殊。
アル・ハーシュフェルド著「笑うブロードウェイ」の著者サイン会が、訳者大平和登氏のご尽力により、ロックフェラー・センターにあった紀伊國屋書店で催されることになったので、それに立ち会うために出かけて、ついでに(笑)観劇した、という次第。編集予算がなかったので、宿代だけは経費で捻出してもらったものの、エアは自分のマイレージで予約した覚えがある。そのかいあって、個人的にも下のようなありがたりサインをいただいた。家宝だ。

img_0954

そんなこんなで、毎回この時期のリストの中で触れるこの年の状況全般については、次回訪米時リストに回すことにする。

6月10日 20:00 A Funny Thing Happened On The Way To The Forum@St. James Theatre 246 W. 44th St.
6月11日 14:00 Bermuda Avenue Triangle@Promenade Theatre 2162 Broadway
6月12日 20:00 Chicago@Shubert Theatre 225 W. 44th St.

この回の観劇は、上記3本。
再見2本で、もう1本がプレイという超変則。

初めの2本の感想は別項に譲るとして、ここでは『Chicago』についてだけ簡単に。旧サイトの当時の感想を短く編集したものです。

IMG_1417

<3度目の『Chicago』
マニアックに言えば、シティ・センター(1996/5/4)、リチャード・ロジャーズ劇場(1997/1/9)、そして今回のシューバート劇場、3劇場にまたがってのオリジナル・キャスト・ニューヨーク公演“完全”制覇。
観るたびに打ちのめされてきたが、これが観納めだと思うと感激もまたひとしおだ。もうニューヨークではオリジナル・キャストは観られない。
アン・ラインキングは、この10日後、6月22日のマティネー公演を最後に『Chicago』を去った。

ともあれ、ラインキングの振付は、舞台の続く限り残っていくわけで、ぜひ、その目で素晴らしさを確かめてみてください。

なお、オリジナル・キャストはロンドン初演に向けて続々と海を渡るらしい。
あ、それから、映画化の話はもう伝わってますか。マドンナ主演だそうで。>

忘れてましたが、マドンナで映画版『Chicago』の噂が当時あったんですね。マドンナのロキシー、観てみたかった気がしないでもない。
この後、ブロードウェイ版はもう1度引っ越して、今も続くアンバサダー劇場に移る。……てのはご承知の通り。

The Chronicle of Broadway and me #148(season summary)

19975月~6月@ニューヨーク(その8)

例によって、トニー賞を目安にシーズンを振り返る。1996/1997年シーズンのミュージカル関係のトニー賞受賞者は次の通り。

●作品賞 『Titanic』
●リヴァイヴァル作品賞 『Chicago』
●主演男優賞 ジェイムズ・ノートン『Chicago』
●主演女優賞 ビビ・ニューワース『Chicago』
●助演男優賞 チャック・クーパー『The Life』
●助演女優賞 リリアス・ホワイト『The Life』
●演出賞 ウォルター・ボビー『Chicago』
●脚本賞 ピーター・ストーン『Titanic』
●楽曲賞 モーリー・イェストン『Titanic』
●編曲賞 ジョナサン・テュニック『Titanic』
振付賞 アン・ラインキング『Chicago』
装置デザイン賞 ステュワート・レイング『Titanic』
衣装デザイン賞 ジュディス・ドーラン『Candido』
照明デザイン賞 ケン・ビリングトン『Chicago』

このシーズンにブロードウェイに登場したミュージカルは次の10本(★はリヴァイヴァル)。

『Chicago』
『Once Upon a Mattress』
『Play On!』
『Annie』
『Dream』
『Titanic』
『Steel Pier』
『The Life』
『Jekyll & Hyde』
『Candide』

IMG_1350

前シーズン、初めてオンの全ミュージカルを観ることができたのだが、このシーズンは『Play On!』が短命(プレヴューも入れて2か月チョイ)に終わったために、早くも、その記録が途絶えた(苦笑)。
デューク・エリントン・ナンバーによる1940年代のハーレムのショウ、という内容だったようで、トニー賞では、ルーサー・ヘンダーソンの編曲賞の他、『Jelly’s Last Jam』『Chronicle of a Death Foretold』に出演していたトーニャ・ピンズが主演女優賞に、そして今年(2018/2019年シーズン)『Hadestown』で助演男優賞を受賞したアンドレ・デ・シールズがやはり助演男優賞にノミネートされている。

1996/1997年は『Chicago』のシーズン、と呼びたいところだが、同作は前年5月にシティ・センター版としてすでに登場しているので、そうなるとトニー賞の数の上からは『Titanic』のシーズンということになるのだが、前評判が大きかった割には『Titanic』にはそこまでの強い印象はない。前シーズンが大騒ぎだっただけに、よけいに、このシーズンは停滞感が強く、全体の印象も曖昧だ。
実際、ヴェテラン楽曲作者の作品やリヴァイヴァルが多く、例えば、新顔の楽曲作者は?と見ると、『Jekyll & Hyde』でレズリー・ブリカッス(作詞)と組んだ作曲者フランク・ワイルドホーンぐらい。

そのワイルドホーン、『Victor/Victoria』の追加曲3曲の作曲で実質ブロードウェイ・デビューしているが(ここでブリカッスと組んだ)、本格的な第1作『Jekyll & Hyde』以降、今日までに6作品をブロードウェイに送り込んでいる。しかしながら、トニー賞で候補になったのは1999年の『The Civil War』と2012年の『Bonnie And Clyde』のみ。受賞はない。獲るんなら、この年だったと思う。この人、ドラマ・デスクも獲ってないんだよな。
ちなみに、『Jekyll & Hyde』感想に書いた、「この作品に限っては、トニー賞と縁がなかったことと関係なくロングランするんじゃないかという気がする」という予測は当たって、3年半を超える上演に。この記録は、今なお続く『Chicago』を除けば、このシーズンのミュージカルとしては最も長かった。