The Chronicle of Broadway and me #1035(A Strange Loop)

2022年5月~6月@ニューヨーク(その7)

 『A Strange Loop』(5月28日20:00@Lyceum Theatre)についての感想。

 『A Strange Loop』オフ版を2019年7月6日にプレイライツ・ホライズンズのメイン・ステージで観ているが、予備知識なしに観たこともあり、その複雑な語り口が理解できず、全く付いていけなかった。
 どういう語り口かというと……。
 幕が上がると舞台上に主人公の他に6人の役者がいる。その6人は主人公内に共存する6つの異なる思考(thoughts)の人格化で、しかも、どうやら彼らはマトリョーシカのように、主人公の中に1番目の思考があり、1番目の思考の中に2番目の思考があり、2番目の思考の中に3番目があり……という具合に存在するらしい。でもって彼らは、主人公の思考を絶えず検証し合い、議論し合う。

 この趣向がなければ、ミュージカルの楽曲作家/作家を目指す青年の都会での苦闘の日々、という内容は、それほど特異なものでもなく、例えば『tick, tick…BOOM!』あたりに似ていなくもない。
 ただし、そこに、ブラックでゲイで太っているという、本人が強調するところのマイナス要素が加わったりもするのだが、それでも、この作品の最大の見どころは、6人の別人格的存在を登場させ、幾重にも重なったレイヤーを1枚1枚はがすようにして主人公の過剰に渦巻く自意識の奥底を表現する、という趣向そのものにあると言っていい。
 そもそも、主人公の他には人格化された思考を演じる6人の役者しか登場せず、話に出てくるその他の役は、主人公の両親なんていう重要なものであっても、その6人中の誰かが演じることになる。脇役が何役も演じるという舞台は少なからずあるが、この作品の場合は、その特殊な趣向ゆえに、眼前で演じられていることの全てが主人公のアタマの中“だけ”で起こっていることのように見えてくる(実際そうなのかも)。その感触はけっこうドラッギーで、例えば『Be More Chill』の世界観を連想させる。
 もちろん、作曲・作詞・脚本のマイケル・R・ジャクソンの実体験に基づいたと思われるエピソードの数々は面白いし、実のところ切実でもある。そうした『tick, tick…BOOM!』的要素を、エピソードの本質をしつこ過ぎるぐらいに掘り下げることで、ややダウナーに、『Be More Chill』的空気感を伴って描き出すというユニークな作品が生まれた。そんな感じ。
 そうした作者の“苦悩のループ”を描いた作品が、実世界では結果的に、オフ・ブロードウェイ→ブロードウェイ→トニー賞候補という形で(ある種の)栄冠をつかんでいるというのは、これまた“奇妙なループ”ではある。

 演出が『Be More Chill』のスティーヴン・ブラケット(『The Lightning Thief: The Percy Jackson Musical』)なのは、むべなるかな。振付ラジャ・フェザー・ケリー。

 出演者は、主人公がオフのラリー・オーウェンズからジャケル・スパイヴィーに替わっているが、思考の人格化6人はオフから変わっていない。思考の人格には番号が付いていて、1から順に、L・モーガン・リー、ジェイムズ・ジャクソン・ジュニア、ジョン=マイケル・ライルズ、ジョン=アンドリュー・モリソン、ジェイソン・ヴィージー、アントウェイン・ホッパー。
 で、観た回は代役が2人。主人公役がカイル・ラマー・フリーマン、思考6役ホッパーの替わりがジョン=マイケル・リース(ジョン=~という名前が3人もいるのが“奇妙”)。

 トニー賞では、ミュージカル作品賞、楽曲賞、編曲賞(チャーリー・ローゼン)、脚本賞、演出賞、主演男優賞(スパイヴィー)、助演女優賞(リー)、助演男優賞(モリソン)、装置デザイン賞(アルヌルフォ・マルドナド)、照明デザイン賞(ジェン・シュリーヴァー)、音響デザイン賞(ドリュー・レヴィー)の10部門でノミネート。
 助演女優賞のL・モーガン・リーはトランスジェンダーを公にした役者として初めてトニー賞にノミネートされた。