The Chronicle of Broadway and me #274(tick, tick…BOOM!)

2001年10月@ニューヨーク(その3)

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 『tick, tick…BOOM!』(10月5日20:00@Jane Street Theatre)の感想は旧サイトに残していないが、主人公の焦燥感と、スティーヴン・ソンドハイムの名前が出てくることは覚えている。タイトルは、張りつめた主人公の精神が時限爆弾のように爆発しそう、ってことの比喩だったはず。劇中で実際にチクタク音(古い)が何度か鳴ったと思う。

 『Rent』の楽曲作者ジョナサン・ラーソンが『Rent』以前に書いた作品だということだけは観る前に知っていた(脚本も)。注目を集めるには、それで充分すぎるわけだが。
 実際には、『tick, tick…BOOM!』『Rent』以前にラーソンがソロ・パフォーマンスとして自ら演じていたミュージカル。それを、ラーソンの死後、つまり『Rent』の成功後に、ラーソンの学友でこの作品のプロデューサーだったヴィクトリア・リーコックが、脚本家のデイヴィッド・オーバーンに依頼して、出演者3人の構成に仕立て直した、ということらしい。
 このオフ公演の後、ロンドン公演があり、近年はシティ・センター「アンコールズ!」のオフ・シリーズやシアター・ロウの劇場でのリヴァイヴァルもあり、日本での翻訳公演もあったらしいから、ご覧になった方もけっこういらっしゃるのではないだろうか。

 ミュージカルの楽曲作者として大成したいジョン(ジョナサン)だが、ダイナーのウェイターで食いつなぐ日々。30歳を目前にして、夢と現実の狭間で焦っていた。……と、まあ、骨子はそういう話。ラーソンの実人生をなぞった内容と考えていいのだろう。
 脇に出てくるのは、役者を諦めて実業の道に進み成功している親友と、ダンス教師をしているガールフレンド。彼女はニューヨークを離れて落ち着いた暮らしをしたいと思っている。
 ここにオペラ『La Boheme』の枠組みを持ってきて周辺の人物を膨らましていけば、そのまま『Rent』になる。そんな素材だ。

 ここで思うのは、これは独立した作品として面白いのか、ということ。『Rent』の楽曲作者のプレ『Rent』作品という側面がなくても面白いかどうか。
 『Rent』のプロデューサーになるジェフリー・セラーは、『tick, tick…BOOM!』のソロ・ヴァージョンを観てラーソンの仕事に注目し、その流れで『Rent』のニューヨーク・シアター・ワークショップ版に接してブロードウェイ行きを持ちかけたという。
 確かに、『Rent』発表以前に楽曲作者自身が演じていたヴァージョンというのは興味深く、時間を巻き戻してでも観てみたかったとは思う。もしかしたら、セラーのように、磨けば光る原石を見つけた気がしたかもしれない。
 が、『Rent』の成功の後に、複数の役者が出てくる通常の上演形態に変更された舞台を観ていると、なんとなく答合わせをしているような気になる。前述したように、『Rent』に近しい世界を扱っていて、しかも楽曲作者の自伝的要素が強いとなれば、どうしてもそうなる。
 となると、物足りなさが残るのは致し方ない。『Rent』と比べるとストーリーが弱く、登場人物の個性が弱いから。それが観劇当時に感じたこと。全く別の世界観の作品だったら、違った感想を抱くのだろうが……。

 劇中に、姿は見せないが名前で登場するスティーヴン・ソンドハイム(ラーソンは実際にソンドハイムと交流があったようだ)。その影響を強く受けているという楽曲は、決定打には欠けるが、魅力がある。他者作品からの引用も面白く、その感覚は(曲調と関わりなく)ヒップホップ的と言うべきなのか。
 ちなみに、楽曲ではなく作品全体の作風にソンドハイム作品『Company』の影響を感じるのだが、どうだろう。

 出演は、主人公ジョナサン役がラウル・エスパーザ(リヴァイヴァル版『The Rocky Horror Show』)、その恋人スーザン役(他)のオリジナル・キャストはエイミー・スパンガー(リヴァイヴァル版『Kiss Me, Kate』)だったが観た時はモリー・リングウォルド(映画『Pretty In Pink』)に交代後、親友マイケル役(他)がジェリー・ディクソン(『Once On This Island』『Five Guys Named Moe』)。そこそこ話題になる顔ぶれと言っていい。

 演出はスコット・シュウォーツ(『Jane Eyre』『Bat Boy: The Musical』)。この頃、売れっ子だったんだな。。振付リストファー・ガッテリ。

 リン=マニュエル・ミランダの初監督作品として、『tick, tick…BOOM!』の映画化が、Netflix公開を前提に進んでいるらしい。コロナ禍で作業が滞っているようだが、どんな姿で登場するのか。楽しみに待ちたい。