[My Favorites] 『tick, tick…BOOM!』(film)

 Netflixで映画版『tick, tick…BOOM!』が公開された当時(2021年12月)こちらに書いた紹介記事をブログ仕様に変換して転載しておきます(<>内)。記事のタイトルは「Netflix映画『tick, tick…BOOM!』は、元になった舞台版を超えて多角的に面白い!」。

 書いたのが、ソンドハイムが亡くなる前だったこともあり、彼については全く触れていません。と言うか、これからご覧になる方のために、舞台版との違いについて、“勘どころ”だけを書きました。細かいことは、それぞれ楽しみながら掘り下げてください。

<このところ、コロナ禍で劇場街が閉まっていたことの穴埋めをするように舞台ミュージカルが様々な形で映像化され、話題を呼んでいる。そこに新たに加わったのが『tick, tick…BOOM!』
 『Rent』の伝説的作者ジョナサン・ラーソンが同作以前に作った自伝的ミュージカルを、『In The Heights』『Hamilton』のリン=マニュエル・ミランダが再構築した、ほろ苦くもスリリングな青春映画。バックステージものだが、舞台に詳しくなくても面白く観られる。若干の予備知識と共に紹介するので、多角的にお楽しみください。

■ミュージカル『Rent』を手掛けた作者の“伝説”となった青春

 ジョナサン・ラーソンは、1995/1996年シーズンのトニー賞でミュージカル作品賞、楽曲賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した『Rent』の作者(作曲・作詞・脚本)だが、同作がオフで幕を開ける直前に亡くなっている。
 『Rent』はブロードウェイで12年を超えるロングランを成し遂げ、映画化もされた大ヒット作品で、そのこと自体が作品の魅力を充分に証明しているが、スタート時点での作者の突然の死が作品に神秘性を与え、初期のイメージ形成に影響を及ぼしたことは間違いない。

 先頃、映画館公開の後にNetflixで配信の始まった映画版『tick, tick…BOOM!』は、そんな、今や“伝説”となったジョナサン・ラーソンの、成功に到る以前の青春時代を描いた同名舞台の映画化。元になった舞台版より面白い。正直そう思った。そこには、監督リン=マニュエル・ミランダによる巧妙な仕掛けが施されていて……。

■舞台版の限界とそれを超える映画版の仕掛け

 舞台版『tick, tick…BOOM!』がオフ・ブロードウェイのジェイン・ストリート劇場で幕を開けたのは、すでに『Rent』のブロードウェイでのロングランが丸5年を超えた2001年5月。同年10月にその舞台版を前にして思ったのは、これって『Rent』を知らない人が観ても面白いのだろうかということ。
 なにしろ同作は、ラーソンが『Rent』以前に書いた作品で、その内容は、さらに昔の、結局は世に出なかった『Superbia』というミュージカルを彼が苦しみながら完成させるまでの話。劇中の時点で『Rent』は影も形もない。もちろん、2001年のオフ・ブロードウェイの観客はその後の顛末を知った上で観ていたわけだが、そこから20年後の今回の映画化。はたして“今”の観客に通じるのか、と再び頭をもたげる部外者の余計な心配を、ミランダ監督はあっさり杞憂にしてみせた。映画を三層の入れ子構造にすることで。

 三層の入れ子構造。すなわち、映画版『tick, tick…BOOM!』の中で、舞台版『tick, tick…BOOM!』が丸ごと上演され、その舞台版の中で『Superbia』にまつわる物語が劇中劇(再現ドラマ)として展開する。
 外枠となる映画版は現在の視点で観客に『Rent』とラーソンを紹介し、映画内の舞台版では生前のラーソン(演じるのはアンドリュー・ガーフィールド)がピアノを弾きながら自身の過去について語り、再現ドラマ部分ではさらに何年か前のラーソンが苦闘する。この二重三重の虚構性が、逆に、“伝説”の彼方にあったラーソンの人生を“今”に引き寄せ、リアルな手ざわりで描き出すことに成功している。
 個人的な感触で言うと、20年前に舞台版を観ながら心の中で行なった『Rent』世界との“答合わせ”を映画ならではの魅力的な映像でやってみせてくれた。そんな印象。

■本筋以外にもオマケのお楽しみがいろいろ

 ドラマの内容はご覧になって確認していただくとして、この映画には、ミュージカル好き向けのオマケのお楽しみがいろいろある。その一つがキャスティング。ミュージカルの“レジェンド”がこぞって登場する「日曜のブランチ」の場面を筆頭に、あちこちに気になる役者が配されている。ぜひともエンドクレジットを観ながら各自チェックを。

 最後に、舞台版『tick, tick…BOOM!』の成り立ちについて細かい話をしておくと、まずは『Rent』以前にラーソン自身による小劇場でのソロ・パフォーマンスがあり、『Rent』以降(ラーソンの死後)に、プロデューサーであるヴィクトリア・リーコックが脚本家のデイヴィッド・オーバーンに依頼して、出演者3人の構成に仕立て直した。2001年のオフ・ブロードウェイで上演されたのは、その3人版。そういうことらしい。
 この経緯、映画版を観終わった方は、あれ? と思うかもしれない。映画内で演じられる『tick, tick…BOOM!』の舞台は出演者3人版で、その1人がラーソンだから。終盤、劇場のドアに貼られたその公演の告知がチラッと写り、そこに「ワン・ナイト・オンリー 1992年12月14日」という文字が見える。これは実際に行なわれたショウの再現なのか、それとも映画用の虚構なのか。この謎を解くのも、お楽しみのひとつ、なのかも。>

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