[My Favorites] 『Love’s Labour’s Lost』(film)

 近々、この映画についてスペースで語られるという情報を見かけたので、旧サイトにあった公開当時のミュージカル好き的視点による簡単な感想(2000年12月22日アップ)を、こちらにも上げておきます(<>内)。

<なんか、あんまり話題になっているのを見ないので書きます。
 タイトルに“A Musical Comedy”とはっきり書いてある新作映画『恋の骨折り損』(Love’s Labour’s Lost)。ただ今公開中。東京はシネスイッチ銀座、横浜は関内アカデミー。

 この映画のことを教えてくれた友人の表現を借りれば、ブラナー流『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(Everyone Says I Love You)
 ブラナーってのは、イギリスの演出家兼俳優、ケネス・ブラナー。『世界中がアイ・ラヴ・ユー』は、みなさんごぞんじのウディ・アレン映画。
 友人の言わんとするところを解釈して言うと、「(ケネス・ブラナーお得意の)シェイクスピア世界で(『世界中がアイ・ラヴ・ユー』式に)ミュージカル経験のない役者たちが歌ったり踊ったりするハッピーな恋愛映画」ということか。てか、まあ、そういう映画(笑)。

 個人的には必ずしも仕上がりに満足していないのだが、でも、ミュージカル好きなら観る価値あり。なぜなら、ネイサン・レインが歌って踊るから。
 1991/1992シーズンにブロードウェイでヒットしたリヴァイヴァル版『Guys And Dolls』の主役の1人ネイサン・デトロイトを演じてトニー賞主演男優賞にノミネートされ、1995/1996シーズンのリヴァイヴァル版『A Funny Thing Happened On The Way To The Forum』で同賞を受賞したネイサン・レインは、今ブロードウェイで客を呼べる数少ないミュージカル(“も”こなせるコメディ)男優の1人。
 映画では、『Mouse Hunt』はもとより、『The Birdcage』でもかなり偏ってしか伝わらなかった、そんなレインのミュージカル役者としての魅力を、この作品では、けっこうまともな形で観ることができるのだ。と言っても、フィーチャーのされ方がちょっと物足りないんだけど。「There’s No Business Like Showbusiness」のシーン、もっともっとレインで押してくれたらなあ、と思う。
 もっとも、1960年生まれのブラナーは僕より5歳も若く、ってことは、 MGMミュージカルは完全に後追いで観てる世代で、しかもイギリス人。ウディ・アレンとはミュージカルに対する感覚が違って当然なわけだ。だから、まあ、そのへんは大目に見つつ、近頃では珍しい“A Musical Comedy”を、この週末あたり映画館で楽しんではどうだろう。
 出演者の1人、エイドリアン・レスターはウェスト・エンドのミュージカルに出ている人らしく、例外的にけっこう踊れます。>

[My Favorites] 『tick, tick…BOOM!』(film)

 Netflixで映画版『tick, tick…BOOM!』が公開された当時(2021年12月)こちらに書いた紹介記事をブログ仕様に変換して転載しておきます(<>内)。記事のタイトルは「Netflix映画『tick, tick…BOOM!』は、元になった舞台版を超えて多角的に面白い!」。

 書いたのが、ソンドハイムが亡くなる前だったこともあり、彼については全く触れていません。と言うか、これからご覧になる方のために、舞台版との違いについて、“勘どころ”だけを書きました。細かいことは、それぞれ楽しみながら掘り下げてください。

<このところ、コロナ禍で劇場街が閉まっていたことの穴埋めをするように舞台ミュージカルが様々な形で映像化され、話題を呼んでいる。そこに新たに加わったのが『tick, tick…BOOM!』
 『Rent』の伝説的作者ジョナサン・ラーソンが同作以前に作った自伝的ミュージカルを、『In The Heights』『Hamilton』のリン=マニュエル・ミランダが再構築した、ほろ苦くもスリリングな青春映画。バックステージものだが、舞台に詳しくなくても面白く観られる。若干の予備知識と共に紹介するので、多角的にお楽しみください。

■ミュージカル『Rent』を手掛けた作者の“伝説”となった青春

 ジョナサン・ラーソンは、1995/1996年シーズンのトニー賞でミュージカル作品賞、楽曲賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した『Rent』の作者(作曲・作詞・脚本)だが、同作がオフで幕を開ける直前に亡くなっている。
 『Rent』はブロードウェイで12年を超えるロングランを成し遂げ、映画化もされた大ヒット作品で、そのこと自体が作品の魅力を充分に証明しているが、スタート時点での作者の突然の死が作品に神秘性を与え、初期のイメージ形成に影響を及ぼしたことは間違いない。

 先頃、映画館公開の後にNetflixで配信の始まった映画版『tick, tick…BOOM!』は、そんな、今や“伝説”となったジョナサン・ラーソンの、成功に到る以前の青春時代を描いた同名舞台の映画化。元になった舞台版より面白い。正直そう思った。そこには、監督リン=マニュエル・ミランダによる巧妙な仕掛けが施されていて……。

■舞台版の限界とそれを超える映画版の仕掛け

 舞台版『tick, tick…BOOM!』がオフ・ブロードウェイのジェイン・ストリート劇場で幕を開けたのは、すでに『Rent』のブロードウェイでのロングランが丸5年を超えた2001年5月。同年10月にその舞台版を前にして思ったのは、これって『Rent』を知らない人が観ても面白いのだろうかということ。
 なにしろ同作は、ラーソンが『Rent』以前に書いた作品で、その内容は、さらに昔の、結局は世に出なかった『Superbia』というミュージカルを彼が苦しみながら完成させるまでの話。劇中の時点で『Rent』は影も形もない。もちろん、2001年のオフ・ブロードウェイの観客はその後の顛末を知った上で観ていたわけだが、そこから20年後の今回の映画化。はたして“今”の観客に通じるのか、と再び頭をもたげる部外者の余計な心配を、ミランダ監督はあっさり杞憂にしてみせた。映画を三層の入れ子構造にすることで。

 三層の入れ子構造。すなわち、映画版『tick, tick…BOOM!』の中で、舞台版『tick, tick…BOOM!』が丸ごと上演され、その舞台版の中で『Superbia』にまつわる物語が劇中劇(再現ドラマ)として展開する。
 外枠となる映画版は現在の視点で観客に『Rent』とラーソンを紹介し、映画内の舞台版では生前のラーソン(演じるのはアンドリュー・ガーフィールド)がピアノを弾きながら自身の過去について語り、再現ドラマ部分ではさらに何年か前のラーソンが苦闘する。この二重三重の虚構性が、逆に、“伝説”の彼方にあったラーソンの人生を“今”に引き寄せ、リアルな手ざわりで描き出すことに成功している。
 個人的な感触で言うと、20年前に舞台版を観ながら心の中で行なった『Rent』世界との“答合わせ”を映画ならではの魅力的な映像でやってみせてくれた。そんな印象。

■本筋以外にもオマケのお楽しみがいろいろ

 ドラマの内容はご覧になって確認していただくとして、この映画には、ミュージカル好き向けのオマケのお楽しみがいろいろある。その一つがキャスティング。ミュージカルの“レジェンド”がこぞって登場する「日曜のブランチ」の場面を筆頭に、あちこちに気になる役者が配されている。ぜひともエンドクレジットを観ながら各自チェックを。

 最後に、舞台版『tick, tick…BOOM!』の成り立ちについて細かい話をしておくと、まずは『Rent』以前にラーソン自身による小劇場でのソロ・パフォーマンスがあり、『Rent』以降(ラーソンの死後)に、プロデューサーであるヴィクトリア・リーコックが脚本家のデイヴィッド・オーバーンに依頼して、出演者3人の構成に仕立て直した。2001年のオフ・ブロードウェイで上演されたのは、その3人版。そういうことらしい。
 この経緯、映画版を観終わった方は、あれ? と思うかもしれない。映画内で演じられる『tick, tick…BOOM!』の舞台は出演者3人版で、その1人がラーソンだから。終盤、劇場のドアに貼られたその公演の告知がチラッと写り、そこに「ワン・ナイト・オンリー 1992年12月14日」という文字が見える。これは実際に行なわれたショウの再現なのか、それとも映画用の虚構なのか。この謎を解くのも、お楽しみのひとつ、なのかも。>

[My Favorites] 『Songs For A New World』World Premiere Recording(CD)

 今やニューヨーク演劇界を代表する楽曲作者となったジェイソン・ロバート・ブラウンの最初のミュージカル作品が『Songs For A New World』。その(準)オリジナル・キャスト・レコーディング・アルバムがこれ。
 舞台は未見。なので、アルバムを鳥羽口に、この作品の主にデータ的なことを挙げておきます。今週土曜日開催予定(2022年11月5日20:00~)のスペース「『パレード』で知られるジェイソン・ロバート・ブラウンのミュージカルの世界」の参考になれば幸いです。

 『Songs For A New World』の初演版は、1995年、オフ・ブロードウェイのWPA(Workshop of the Players Art Foundation)劇場で10月11日から11月5日まで上演。
 残念なのは、この上演期間とぴったり重なる1995年10月13日から19日までニューヨークにいて観劇していたこと。Wi-Fiはおろかネット環境のまるで整っていない情報の乏しい時代だったにせよ、あるいはジェイソン・ロバート・ブラウンという名前をまるで知らなかった頃にせよ(世に出る初の作品ですから)、見つけて閃いて観に行くのがシアター・ゴアーズの才能。悔やまれる。
 閑話休題(笑)。

 「二十歳でニューヨーク・シティに来た時には、デカいブロードウェイ・ミュージカルを書くんだと決心していた。ただひとつの問題は、この街での知り合いが中華料理店の配達のおにいちゃんしかいなかったことだ。」というのは、このアルバムのライナーノーツに書いてあるジェイソン・ロバート・ブラウン自身の言葉。
 それに続く本人の発言を信じるなら、『Songs For A New World』は次のような経緯で実現する。
 ブラウンはピアノ・バーで働きながら楽曲を書き溜めていたが、その店に来て彼の演奏を気に入ってくれた客の中にデイジー・プリンスがいた。最終的に『Songs For A New World』の創案者(conceived)/演出家としてクレジットされることになるデイジー・プリンスは、ハロルド・プリンスの娘。ブラウンは彼女に自分の楽曲の舞台化の相談をする。するとプリンスは、楽曲全体をまとめる(方向性を観客に提示する)オープニング・ナンバーを書くことを提案したという。
 苦心の末に書き上げたオープニング・ナンバー「The New World」は、基本的には、人生の一瞬先には新しい世界が待っている、ということを歌っているようだ。冒頭のこのナンバーが、中間部と終盤にも他の楽曲の中に挿入される形で登場して、全体をまとめる役割を果たしている。
 ブラウンの「書きたい気持ち」が溢れ出しているように感じられる、躍動的でヴァラエティ豊かな楽曲群が魅力的。

 こうして『Songs For A New World』は、3年の時を経て完成し、上演に漕ぎつける。
 前述のように、創案・演出デイジー・プリンス(彼女は『The Last Five Years』初演も演出)。

 出演者は4人。
 その年の春に始まっていた『How To Succeed In Business Without Really Trying』に途中から参加してブロードウェイ・デビューすることになるブルックス・アシュマンスカス(『Dream』『Little Me』Gypsy『Martin Short: Fame Becomes Me』『Promises, Promises』『Bullets Over Broadway『Something Rotten!』『The Prom』)。『In The Heights』に出演して脚光を浴びるアンドレア・バーンズ(『On Your Feet!』『Smart Blonde』)。ブラウンの次作『Parade』にも起用されるジェシカ・モラスキー(『Dream』『Sunday In The Park With George』)。『Kinky Boots』のスター、ビリー・ポーター(『Miss Sigon』『Five Guys Named Moe』『Grease!』『Radiant Baby』『Shuffle Along, Or The Making of the Musical Sensation of 1921 and All That Followed』)。逸材が集まっていたわけだ。
 ただし、ビリー・ポーターは「契約の関係」(ウィキペディア情報)でアルバムの録音には参加していない。最初に「(準)オリジナル・キャスト・レコーディング・アルバム」と書いたのは、そういう意味。
 代わりに加わったのがタイ・テイラー。複数のミュージカルに出演しているが、むしろ今では、ソウル・ロック・バンド、ヴィンテージ・トラブルのリード・シンガーとしての方が知られているだろう。

 このキャスト・アルバムは公演の翌年の1月25日と2月1日にスタジオで録音されている。
 公演でも録音でも、ピアノを弾いているのはジェイソン・ロバート・ブラウン自身。ちなみに、最後の曲では、デイジー・プリンスの提案を受けて、一節を歌ってもいる。

 ニューヨークでは2018年6月に、シティ・センター「アンコールズ!」の「オフ・センター」のシリーズとしてリヴァイヴァル上演されている。

 (追記)『Songs For A New World』は、「ソング・サイクル」と呼ばれる、楽曲を歌い継いでいくスタイルのレヴュー(ソング・サイクル=文学的・音楽的な関連性をもって構成された歌曲集)。

[My Favorites] 『West Side Story』(film)

 スティーヴン・スピルバーグ監督版『West Side Story』(ウエスト・サイド・ストーリー)についての紹介記事がこちらにアップされました。
 昨年のクリスマス・イヴ・イヴにTOHOシネマズ日比谷で試写を観て書いたものです。

 ちなみに、昨年夏に発行された配信音楽誌「ERIS」第33号に、『West Side Story』ブロードウェイ初演版の成立に関する“妄想”から始まる、同作にまつわるあれこれを書いてます。タイトルは「プエルトリカン・イン・ニューヨーク~『ウエスト・サイド・ストーリー』の生命力」。今回の新しい映画版は、その“妄想”の方向に沿った仕上がりだと勝手に納得しています(笑)。
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