The Chronicle of Broadway and me #107(Patti LuPone On Broadway)

199510月@ニューヨーク(その6)

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 『Patti LuPone On Broadway』(10月14日20:00@Walter Kerr Theatre)について、<ニューヨークに着くまでその存在を知らなかっただけに、うれしいプレゼントだった。>と当時の感想に書いている。
 パティ・ルポンは、初めてニューヨークを訪れた1988年5月に観た『Anything Goes』の主演者としてブロードウェイ・ミュージカルの素晴らしさを教えてくれた人。以下、感想の続き。

<ルポンが『Anything Goes』の次にミュージカル女優として姿を見せたのは1993年のロンドン、ウェスト・エンド。彼女にトニー賞をもたらした『Evita』の作曲者アンドリュー・ロイド・ウェバーの新作『Sunset Boulevard』の主役としてだった。そのまま久し振りにブロードウェイに帰ってくるのではないか、という期待もあったのだが、ロンドン公演開幕の後、最終的に、プロデューサー兼作曲者アンドリュー・ロイド・ウェバーはアメリカ公演に彼女を使わないことを決めた。
 その背景には、作品は(※追記/最終的に)ヒットしたものの批評家の評価が必ずしも芳しくなく、ロンドンのトニー賞とも言うべきオリヴィエ賞を『Sunset Boulevard』は1部門も獲得できないという結果に終わり、ロイド・ウェバーがその原因を一部の批評家の書いたルポン=ミス・キャスト説に求めた、という事実がある。
 そして、アメリカ(ロスアンジェルス→ニューヨーク)で主役を務めたグレン・クローズは絶賛を浴び、結局今年(1995年)のトニー賞で主演女優賞を獲ってしまう。
 そのクローズの受賞が決まるひと月ほど前(5月4~6日)、ルポンは、シティ・センター恒例“アンコールズ!”シリーズの1作『Pal Joey』で静かにニューヨークの劇場に帰ってきていた。
 なぜ、こんなことを長々と書いているか。それは、この『Sunset Boulevard』主演交替劇が、今回のルポンのショウをドラマティックに盛り上げる伏線になっているからだ。

 ショウは2幕構成。
 第1幕は『Anything Goes』の「I Get a Kick Out of You」で始まって思わずニッコリ。が、このミュージカルに対する客席の反応は鈍い。第2幕でタイトル曲「Anything Goes」も歌われたが、さほど沸かなかった。なんてこった。それに比べて『Evita』は……と、これも第2幕の話だ。第1幕は、最後に歌う『Company』からのナンバー「Being Alive」まで、どちらかと言えばヴァラエティ豊かに展開する。
 その合間の語りでルポンは、具体的に作品名や役名を言わないが、はっきりそれとわかる言い方で『Sunset Boulevard』の話を皮肉混じりのギャグにする。これがウケる。冗談めかしているが降板はかなりの屈辱だったはず。でも、それで笑いを取ってしまうのは、さすがプロ。そんな風に、こちらも思う。
 第2幕は、彼女のミュージカルのキャリアをたどる形で進行する。セレクトされた楽曲は歌い上げるタイプのものが多い。例えば、『Evita』のハイライト曲「Don’t Cry for Me, Argentina」、『Les Miserables』の「I Dreamed a Dream」 なんてところが並ぶ。
 そして、やはり合間に『Sunset Boulevard』ネタのギャグが出る。例えば、出演したミュージカルの衣装がズラッと出てきて、それぞれについての思い出を語るのだが、そこに『Sunset Boulevard』の衣装もあり、それについてはあえて触れない、という具合。
 ここに到って、もう『Sunset Boulevard』のナンバーは歌わないのだな、と確信する。歌わなくとも私のショウは充分成立する、とでも言いたげに見える。主演交替劇の根はそこまで深いか……。
 と、それは唐突に始まった。第2幕も終わり近く。聞き覚えのあるイントロが流れ、暗い舞台を数本のスポットがグルグルさまよったかと思うと、中央にスッと集まる。そこに浮かび上がるのは、懐かしいパラマウント・スタジオを訪れたノーマ・デズモンドになりきったルポン。『Sunset Boulevard』の最も印象的なシーン「As If We Never Said Goodbye」 の再現だ。会場騒然。
 自信に満ち溢れて歌うルポンがスポットライトの中で輝く。やはり彼女は、歌うことでミュージカル女優としての力量を主張したのだ。これでもグレン・クローズより劣るかと。
 スタンディング・オヴェイションが起こる。かすかに涙ぐんだかに見えるルポン。観客たちは、結局観られないのかもしれないと思った幻のロンドン版初演『Sunset Boulevard』を観たことに感動し、歌うルポンの背後に見え隠れするシビアなショウ・ビジネス世界のドラマに酔う。
 そうか、そう来るのか。見事な裏切り。演出の冴え。
 アンコールの後、さらなるカーテン・コールに応え、明るい照明の中、無造作にア・カペラで1曲歌ったルポン。アドリブのように見えてこれも演出なのだろうな、と思いつつも、すっかり感動してしまう。

 ロンドン版『Sunset Boulevard』を観ての個人的感想は「パティ・ルポンの健在振りを確認できたこと以外、楽しめなかった」で、あの作品のまずさは企画そのものにあると思っているから、今回のショウのこの趣向は我が意を得たりだった。
 ルポンの歌も好調。バック・コーラスとして登場した4人の男性シンガーも実力充分で、それほど多くの表情を持つわけではないルポンの歌に見事な彩りを添えていた。>

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 原案・演出はスコット・ウィットマン。彼は、この作品に編曲者の1人として関わったマーク・シャイマンと組んで、後に『Hairspray』『Catch Me If You Can』『Charlie And The Chocolate Factory』で作詞家として活躍することになる。脚本はジェフリー・リッチマン(TV畑の人らしく、ブロードウェイは今のところこの1作だけ)。

 ところで、上記感想のオリヴィエ賞の下りを読みながら、受賞ナシ? そうだっけか? と調べ直したら、そもそも候補にすらなっていなかった。ノミネーションは作品賞と主演女優賞(もちろんルポン)のみ。あの装置も候補にならずか。しかも、作品賞は『City Of Angels』との一騎打ちで敗れている。そんな周囲の援護のない中で候補になったルポンは、むしろ健闘したのでは? と思ってしまう。
 ま、でも、主演交代劇のおかげで、こんな面白いショウができあがったのだから、観客としてはいいのか(苦笑)。
 ちなみに、この後、ルポンのブロードウェイ登場はプレイやコンサートが続き、ミュージカルは2005年の『Sweeney Todd』まで待たされることになる。

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