[考察008] 何のためのチャリティ?

2002年2月8日に旧サイトに書いた文章です。
文中冒頭にありますが、当時、日本で開催された「ブロードウェイを救うためのチャリティ・コンサート」に対する疑念を表明しています。
この件に限らず、“日本のミュージカル界”の“本場”に対する意識の歪み、みたいなものを日常的に感じていて、これを書いた根底には、その違和感があります。

<3月25、26日の2日間、東京・青山劇場で開かれる、『Thank you! Broadway!~We Love N.Y.~』と題された“チャリティ・コンサート”が話題になっている。日本のミュージカル(出演経験のある)俳優たちが一堂に会してブロードウェイ・ミュージカルの楽曲を歌うという催しで、すでに始まっている先行予約では多くの人が抽選から漏れている様子。どうやらチケット入手困難な気配が濃厚だ。
このコンサートの内容自体については、それなりに楽しくて、いいのかもしれない、とは思う。が、“チャリティ”については大いに異議あり、だ。

主催の産経新聞社(ニッポン放送との共同主催)のサイトにある告知記事を読むと、チャリティの目的は 「ブロードウェイ再興」らしい。
“再興”って? と疑問が湧くが、その記事では、ブロードウェイの現状を次のように説明している。

9月11日の事件以降、[観光客の減少により][劇場が閉鎖されたり、スタッフやキャストの賃金大幅カットなどで窮地に立たされてい]て、[経営回復への道のりはまだまだ遠く、苦しい]、と。
で、[今回の公演で集まった収益の一部は、ブロードウェイの俳優達に寄付]する、と書いてある。

うーん。なんか、いろんな意味で勘違いしてないか。

まず、根本的なところで疑問がある。
ブロードウェイの観客が少なくなった時に、ブロードウェイ関係者やブロードウェイを観光の目玉と考えるニューヨーク市がイヴェントを行なって、ブロードウェイ劇場街に観客を呼び戻そうとするのなら話はわかる。なにしろ彼らは当事者なのだ。例えば、そうしたキャンペーンの資金を集める目的でチャリティ・コンサートを行なったとしても、それはとても納得のできることだし、ブロードウェイを愛しているならブロードウェイを盛り上げるイヴェントにお金を払って参加してください、と彼らが言うことに疑問を挟む余地はない。
しかし、日本の劇場で、日本の新聞社・放送局の主催で、日本のスタッフやキャストが、ブロードウェイ・ミュージカルの楽曲を歌うコンサートを、日本の観客を相手に開いて、その収益の一部をブロードウェイの俳優に寄付する、ということになると話は別。まるで理由がわからない。そもそも、どこの国であろうと、興行界で観客の数に波があるのは日常茶飯事。なのに、あえて今回、日本のミュージカル関係者がブロードウェイを支援しようとするのには、何か特別な理由があるのか。

ここで、話は10年ほどさかのぼる。1991年の湾岸戦争の時だ。アメリカ(を中心とする多国籍軍)のイラク攻撃開始と前後してイラクの(主にアメリカに対する)報復攻撃の可能性が懸念され、例えば日本では、多くの会社が社員の海外出張を制限。そうした空気の中、ニューヨークも観光客が激減して、ブロードウェイではいくつかの舞台がクローズを余儀なくされた。しかし、その時、日本でブロードウェイに向けてのチャリティ・イヴェントが行なわれたという記憶はない。
今回は、あの時と何か違うのか。

[2001年9月11日に起こったニューヨーク同時多発テロ(注:どうでもいいことですが、一般に流通している呼び名は“全米同時多発テロ”だと思うんですけど)は今もなお、世界中の人々の心に大きな傷跡を残し、様々な分野に影響を与えています。ブロードウェイもその一つ。]
コンサートの告知サイトの冒頭に書いてある見解だ。このことからして、今回の“チャリティ”の動機には、10年前には存在しなかった、ニューヨークでのテロ事件に対する同情があると考えて間違いないだろう。しかし、事はそんなに単純なのだろうか。

確かに今回は湾岸戦争の時と違って、テロという形でアメリカ本土が攻撃を受けた。けれども、アメリカが何もしていないのに突然攻撃を受けたわけではない。潜在的に戦争状態にあったからこそアメリカでテロ事件が起こったわけで、状況の本質は変わらない。湾岸戦争の時も今回も、アメリカが戦争をしていて危険なので海外からの旅行者が減った。それでブロードウェイの観客も少なくなった。アメリカが戦争をする→観光客が減る→ブロードウェイの観客が減る。ブロードウェイの観客が減った原因は、今回も10年前同様、アメリカの政治にある。
アメリカが潜在的に戦争状態にあった、という部分を、もう少し詳しく説明してみよう。
例えば、今回やり玉に上がっているタリバーンのいるアフガニスタンについて言えば、こんな歴史がある。アメリカは、ソ連の侵攻に遭ったアフガニスタンを対ソ連防衛戦の前線と想定し、アフガニスタンの自由を守るという大義名分で軍事援助を実施、内戦を始めさせた。アフガン人を戦力にしてソ連を叩き、ソ連が撤退すると、戦闘が日常化して内戦の終わらない荒れ果てたアフガニスタンを、アメリカは見捨てた。なおかつ、タリバーンを中心に国内が政治的には一応の安定を見せ始めた1998年、自らが対ソ連用に育て上げたテロリスト、オサマ・ビン・ラディンが潜伏していることを理由にアフガニスタンを空爆。その後も、国連安保理を動かしてアフガニスタンへの制裁を開始。大干ばつで死に瀕している人々を救おうと各国のNGOが支援活動を行なっていた2000年暮れには、再び国連の名前でさらなる制裁を決議。アフガンの人々を文字通り死の淵にまで追いつめた。
別に、だからテロ行為が正当だと言っているわけではない(もっとも、テロの背後にいたのがタリバーンだという証拠も未だにないのだが)。ただ、こうした経緯を見てくると、昨年9月11日に何の理由もなく突然アメリカが攻撃されたわけではないということがわかると思う。つまり、他国を日常的に“制裁”しているつもりのアメリカにその自覚があったかどうかはわからないが、アフガニスタンやその周辺のイスラム勢力にしてみれば、自分たちの国を直接的にも間接的にも窮地に陥れるアメリカ相手の戦争がずっと続いていて、その戦闘の1つがアメリカ本土攻撃だったということだ。
要するに、テロがニューヨークで起こったのはアメリカ自身が行なっている戦争のひとコマなのだ。ただ、これまでアメリカ本土が戦場になったことがなかったのと、標的となったビルがとてつもなく大きかったという事情が重なって、何かこれまでになく特別なことが起きたように見えた、ということだ。
(繰り返すが、どちらがよくてどちらが悪いという話をしているわけではない。戦争をしていれば、こういうことも起きる、と言っているだけだ。)

そうした状況分析は状況分析として、困っているアメリカの“同業者”を日本のミュージカル関係者が助けようとするのは悪いことではないのではないか、と考える人もいるかもしれない。今回の“チャリティ”は、そんなめんどくさい話とは関係ないんじゃないか、という風に。
しかし、“チャリティ”という名目で人々から金銭を集める以上、自分たちのやろうとしていることの意味をはっきりさせる義務が、主催者にはあると思う。“チャリティ”の動機が、ニューヨークでテロ事件が起こって大変そうだから、っていうんじゃ子供と同じだろう。しかも、その“テロ事件”は、複雑で大きな政治的背景を持っているのだから、なおさらだ。例えば、実はブッシュの姿勢を支持するつもりでやるんだ、っていうんなら、それはそれではっきりさせてもらわないと。知らないうちに政治的なイヴェントに巻き込まれたっていうんじゃ納得いかないもんな。

でもねえ、直接的な“チャリティ”の内容が、[収益の一部]を[ブロードウェイの俳優達に寄付することだってのも、よくわかんないんだよね。だって、ブロードウェイの俳優は、例えばアフガンの難民や阪神淡路大震災の罹災者のように生命の危機にさらされたり住居を失ったりという直接の被害を受けたわけじゃない(中には偶然そういう目に遭った人もいるかもしれないが、今回の寄付はそんな人限定ではないだろう)。早い話、業界が不況になったので仕事が減って収入もダウンしているだけ。でもって、“ブロードウェイの俳優”というからには、間違いなく組合に入っているわけで、仕事がなくても最低限の保証はあるはず。そんな彼らに幾ばくかの金銭(収益の一部って、いくらだ? 公表されるのか?)を差し上げたとして(なんだか失礼な話のような気がするのだが)、それが[ブロードウェイ再興]とどうつながるのか、まるで見えてこない。
そして、さらに、もう1つ。ブロードウェイって、日本の“同業者”に同情されなくちゃいけないほどの[窮地に立たされてい]るの? ホントに?

いろいろとわからないことの多い今回の“チャリティ・コンサート”。チケットを買って観に行くみなさんは、どう考えるのだろう。
え? 僕が行くのかどうか? 残念ながら、ちょうどその2回のコンサートが行なわれている時間は、ニューヨークの空港と帰国の飛行機の中にいるってことになりそうです。>

チャリティ・イヴェント開催後に、主催者宛に、チャリティのその後の措置について公開質問状を出したりしていますが、それについては、気が向いたら(笑)、また別稿で。

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