The Chronicle of Broadway and me #825(Amazing Grace)

2015年7月@ニューヨーク(その3)

 『Aamzing Grace』(7月15日20:00@Nederlander Theatre)について旧サイトに書いた観劇当時の感想(<>)内。

<6月25日にプレヴュー開始、7月16日に正式オープン。観たのは正式オープン前日の夜公演。

 6月にチャールストンの教会で発生した銃乱射事件の犠牲者の葬儀でオバマ米大統領が歌ったのも記憶に新しい「Amazing Grace」の誕生を巡る物語で、主人公は同曲の作詞をしたイギリス人、ジョン・ニュートン。

 ストーリーをざっくり書くと……。
 ジョンの父は有力な貿易商で奴隷貿易にも手を染めている。母を早くに失ったジョンは、そんな父に頭を押さえつけられ反発している。一方でジョンは、幼馴染みの女性メアリーを愛している。そのメアリーは、密かに活動する奴隷解放主義者たちと繋がりを持つ。また、ジョンの家には黒人の召使いトーマスがいて、幼い頃からジョンの面倒をみている。そんな人間関係の中、大人になりきれないジョンは、父を乗り越えようとして父と同じ道を歩むことになり、結果的にメアリーもトーマスも裏切る。
 行き当たりばったりのひどい主人公で、観客としては、いつになったらジョンは奴隷制度の非人間性に気づいて改心するのだろう、と思いながら観ているわけだが、その瞬間は大詰めになるまで訪れない。
 西アフリカで現地の支配者に囚われている(実は囚われた後に彼の地の女王に従って奴隷貿易を指揮していた!)ジョンを救いに来た父が敵の銃弾に倒れて、ようやく過ちに気づき、父の部下たちと共に船で脱出。イギリスを目指す途中で大嵐に遭うのだが、自らを帆柱に縛って九死に一生を得る。そこで神の慈悲に目覚めたジョンは、“回心”して、結果「Amazing Grace」の歌詞が生まれる。

 驚くと言うより呆れるような話だが、文献をあたった限りでは、大筋は史実に則っているようだ。
 まあ、これも、ある種の宗教譚として見れば納得できるのかもしれない。実際、多くのアメリカ人観客はそんな風に観ているのではないか。なにしろ最後に、“あの”「Amazing Grace」がキャスト全員によって歌われるわけで、カーテンコールでは客席も自然に合唱に加わる。こうなると、極東から来た無宗教の人間でも、それまでの話と関わりなく最後には感動しそうになる。要するに、そういう構造のミュージカルなのだ。
 街中に数多くの教会があり、それらが、かなりの割合で劇場スペースを備え(この作品のメインのプロデューサーであるキャロリン・ロッシ・コープランドは、そうした教会内劇場の1つであるラムズ劇場の創設者)、それらの劇場で、しばしば宗教にまつわるドラマを上演している、というのがニューヨークの一面であってみれば、これも特別変わった趣向ではない。実際、ブロードウェイにも、宗教絡みというより、まっすぐ宗教者を主人公にしたミュージカルすら何本か登場してきている。これは、それらに近い1本、という理解でいいのだろう。

 ところで、肝心の楽曲だが、正直、「Amazing Grace」以外のオリジナルは可もなく不可もない印象。いい役者は揃っているのだが、もったいない。
 唯一、西アフリカの場面で現地の伝承歌のように歌われる「Yema’s Song」という楽曲のメロディが「Amazing Grace」を髣髴させ(舞台上で言及はされないが、明らかにそういう設定で書かれている)、さらに演奏がミニマルなリズムを内包していて、これは記憶に残る。そのアフリカ路線で、もう1曲強力な楽曲があれば、と思わないでもないが、そうなると「Amazing Grace」とのバランスが悪くなるのかもしれないし、微妙か。
 作曲・作詞のクリストファー・スミスは、これがプロとしての初仕事だそう(ちなみに、彼は脚本もアーサー・ギロンと共同で担当)。いずれにしても、魅力的な楽曲が題材だけに、音楽的な掘り下げがもっと欲しかった。残念。

 ジョン・ニュートン役ジョシュ・ヤング(『Jesus Christ Superstar』)、メアリー役エリン・マッケイ(『Sondheim On Sondheim』『Chaplin』)、トーマス役チャック・クーパー(『The Life』『Caroline, Or Change』『Lennon』『Finian’s Rainbow』)。>

 出演は他に、トム・ヒューイット(『The Rocky Horror Show』『Dracula, The Musical』『Jesus Christ Superstar』『Doctor Zhivago』)、レイチェル・フェレラ、クリス・ホック(『Shrek The Musical』『La Cage Aux Folles』)、スタンリー・バホレック(『Queen Of The Mist』)、ハリエット・D・フォイ、エリザベス・ワード・ランド(『The Scarlet Pimpernel』『Scandalous: The Life And Trials Of Aimee Semple McPherson』)。

 演出ガブリエル・バレ(『John & Jen』『Cinderella』@N.J.『A Fine & Private Place』)。振付クリストファー・ガッテリ(『The Baker’s Wife』『Altar Boyz』『Bat Boy: The Musical『I Love You Because』『Martin Short: Fame Becomes Me』『High Fidelity』『Sunday In The Park With George』『South Pacific』『13』『Godspell』『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』『Silence! The Musical』『Newsies The Musical『Dogfight』)。

 特筆すべきは、アフリカ人によるアフリカ人の奴隷売買が行なわれていたことを描いたことか。
 年を越すことなく、10月25日にクローズする。