The Chronicle of Broadway and me #104(Hello, Dolly!)

1995年10月@ニューヨーク(その3)

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 『Hello, Dolly!』(10月18日20:00@Lunt-Fontanne Theatre)の初演は1964年1月に開幕。7年近いロングランを記録する大ヒット作。そのオリジナル・キャストとして主人公ドリーを演じたキャロル・チャニングによるリヴァイヴァルとなれば観逃すわけにはいかない、と興奮気味に劇場に出かけたことを覚えている。以下、当時の感想。

『Hello, Dolly!』はこんな話だ。

 19世紀末のニューヨーク。金持ちの夫を亡くしたドリーの主たる職業は結婚仲介業だが、臨機応変、名刺1つで様々な職種をこなす。彼女の当面の目標は、商人ヴァンダーゲルダーとの結婚。彼と夫婦になって、彼が貯め込んだ金を社会に還元したいのだ。
 ところが、ヴァンダーゲルダーが結婚しようと考えているのは、帽子店を経営するモロイ夫人。そこでドリーは、“パレードの女王”ミス・マネーとの見合いを勧めるが、ヴァンダーゲルダーはモロイ夫人に会いに行ってしまう。
 一方、ヴァンダーゲルダーの店に勤めるコーネリアスとバーナビーは、店主の言いつけを守らずに街に遊びに出かける。そして、冷やかしで入ったのがモロイ夫人の店。
 そこに追いかけるようにして入ってくるヴァンダーゲルダー。あわてて隠れるコーネリアスとバーナビー。2人を匿うモロイ夫人と店員ミニー。様子のおかしさに気づくヴァンダーゲルダーだが、ドリーが現われて場を収める。が、モロイ夫人の動向を怪しんだヴァンダーゲルダーは、夫人に見切りをつけ、ミス・マネーと見合いすることにする。
 妙な経緯で知り合ったモロイ夫人とミニーから、高級レストラン、ハーモニア・ガーデンに行きたいと言われたコーネリアスとバーナビーは、懐の寂しさもあり一旦は後込みするが、ダンス教師に変身したドリーからダンスの指導まで受け、意を決して2人を連れて出かける。
 さて、ハーモニア・ガーデン。コーネリアス&バーナビー+モロイ夫人&ミニー、見合い中のヴァンダーゲルダー+かなり太めのミス・マネー、ヴァンダーゲルダーが結婚を認めてくれない彼の姪+貧乏画家のカップル、の3組が、互いに気づかないままにいる。
 そこにやって来るドリー。夫の存命中は毎週このレストランを訪れていた彼女は、その陽気さで店員たちから愛されていた。久々の彼女の来店に、支配人以下店員が総出で彼女を迎える(ここで歌われるのが「Hello,Dolly!」)。
 そうこうする内に始まるのが、店の名物、賞金つきのポルカ・コンテスト。結婚資金調達が目的でやって来た姪+画家はもちろん、コーネリアス&バーナビー+モロイ夫人&ミニーもこのダンス・コンテストに参加。たちまちヴァンダーゲルダーに見つかり大騒ぎに。事態収拾のために警官隊まで登場して、店にいた全員が逮捕されてしまう。
 裁判になった途端に弁護士になったドリーは、ヴァンダーゲルダー以外の全員を弁護。全ては恋心のなせるわざ、というドリーの主張に感動した判事は、ヴァンダーゲルダー以外に無罪の判決を下す。
 翌日、尽くしてくれていた店員や唯一の肉親の姪が去っていくことになって、ようやく自分の狭量さに気づいたヴァンダーゲルダーは、新たな見合い相手を紹介に来たドリーに結婚を申し込むのだった。

 ドリー役のキャロル・チャニングは、初演時以後、1978年にもリヴァイヴァル公演のツアーでニューヨーク入りしている(今回と同じラント=フォンテイン劇場)。そんなわけで今回の公演は、チャニング=ドリー17年振りのご帰還。
 それを、ハーモニア・ガーデンの店員ならぬラント=フォンテインの観客は、嵐のようなスタンディング・オヴェイションで迎えた。それも、初登場シーンから始まってカーテン・コールまで、彼女の見せ場がある度に。ショウストッパーと呼ぶだけじゃあ不十分な、前代未聞のウケ方だ 。
 その気持ちはよくわかる。単に、伝説のスターが帰ってきたというだけではない。ましてや、年齢(74歳!)を感じさせないことへの感嘆だけでもない。そうした次元を越えて、ドリーを演じるチャニングは、ドリーが劇中の人々をみんな幸せにするように、劇場中の人々を幸せな気持ちにしてしまう不思議なオーラを放つのだ。
 加えて、脇を固めるコーネリアス役マイケル・デ・ヴリーズ、バーナビー役コリー・イングリッシュ、モロイ夫人役フローレンス・レイシー、ミニー役ロリ・アン・マール、それにヴァンダーゲルダー役ジェイ・ガーナーらが、達者なだけでなく、それぞれに愛すべき個性を発揮。そして、アンサンブルのダンスも、確かな動きで振付の華やかで力強い魅力を再現する。
 そう、この舞台の演出・振付は、初演のガワー・チャンピオンの演出・振付を再現することに主眼を置いているようだ 。そして、それは見事に功を奏している。これも初演時を再現したとおぼしい、シンプルと言うより素朴といった方が当たっているような書割の如きセット と相まって、舞台には、ブロードウェイ・ミュージカルがまだまだ自信を持ち、幸せだった頃の空気が溢れた。
 結局ミュージカルの魅力とは、莫大な金をかけた大仰な舞台装置などではなく、役者とその芸、そして音楽の素晴らしさに尽きるのだ。
 それにしても、と思う。プロは凄い。
 最大の見せ場、ハーモニア・ガーデンでの「Hello,Dolly!」の場面。ドリーと店員たちによる歌と踊り(オーケストラ・ピットを越えて舞台から銀橋 に飛ぶ!)が終わるのを待ちきれないかのようにスタンディング・オヴェイションが沸き起こる。これが止まない。その時だ。銀橋の中央で満場の拍手を浴びるチャニングが、困った顔をして後ろを振り向き店員役の1人を見た。すると、振り向かれた役者が首を横に振る。まだまだ、と言っているのだ。これを2度繰り返し、3度目にようやくOKが出て、チャニングは芝居に戻る。
おわかりだろう。受け方まで計算に入れ、計算に入れていることがわかってなお、さらにウケる演出をする。まいったと言うほかない。>

 演出・振付は1978年版でコーネリアスを演じていたリー・ロイ・リームズ。でもって、楽曲作者ジェリー・ハーマンが監修しているという辺りからも、チャニングが演じたかつての『Hello, Dolly!』を再現しようという方針が見てとれる。古い=価値がない、ということでは必ずしもない、ということを実感する舞台だった。もっとも、細部には手が加えられているのかもしれないが。