The Chronicle of Broadway and me#1055(& Juliet)

2022年11月@ニューヨーク(その13)

 『& Juliet』(11月30日14:00@Stephen Sondheim Theatre)についての感想。

 『& Juliet』について、英語版ウィキペディアは、おおよそ次のように説明している。

 子供から大人への成長物語のミュージカルで、スウェーデン・ポップの楽曲作者マックス・マーティンの音楽をフィーチャーし、脚本はデイヴィッド・ウェスト・リードが書いている。ストーリーは、シェイクスピアの『Romeo & Juliet』の最後でジュリエットが死ななかったら、という、“もしも”のシナリオから生まれている。

 ワールド・プレミア公演は2019年9月のマンチェスター。11月にウェスト・エンドで開幕してヒットし、2020年のオリヴィエ賞では、作品賞は逃したものの、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞を受賞。このブロードウェイ版は今年(2022年)10月28日プレヴュー開始、11月17日に正式オープンしている。
 あまり期待せずに観たが、けっこう面白かった。
 作品の進行中に作者が筋を書き換えることで物語が違った方向に展開していく、という手法はありがちだが、この作品の場合は、名作として知られるウィリアム・シェイクスピアの戯曲の筋書きに、妻のアン・ハサウェイが異議を唱えるという形で介入してくるのが新味。有名女優と同姓同名のアン・ハサウェイのことは、シェイクスピアより8歳年上だということ以外わかっていないことが多いらしく、それを逆手にとってのアイディアなのだろう。

 で、話は前記のように、ロメオの死後にジュリエットが死ななかったら、というところから始まる。
 その後の展開を大雑把に言うと、妻からの改変の申し出にとりあえず応じる素振りは示したものの、従来の価値観でなんとかまとめようとするシェイクスピアと、そうはさせじとアイディアを駆使するアンの争いが、しだいにエスカレートしていく。やがて、主導権を握ろうとする作者夫妻は、それぞれ別人格を装って物語世界に出現、話を自分に有利に進める裏工作まで始める。それは当然のように作中の登場人物にも影響を与える。ことにジュリエットは、混乱の中で明らかに自我に目覚めていく(ウィキペディアが指摘する「子供から大人への成長」はそのあたりを指しているのか)。そして、シェイクスピアとアンの対立が頂点に達した時、激したアンが執筆用の羽根ペンを折ってしまう。結果、物語はもはや誰にもコントロールできない状態に陥り……。
 ネタバレだけど充分に予想できることなので混乱の一部を書いてしまうと、死んだはずのロメオを蘇らせたり、とか。そんな、なんでもありの展開だが、それらは総じてフェミニズムやLGBTQ問題を想起させる方向で作られていることに気づき、なるほど、と思う。
 難点は、そのジェンダーの捉え方がステレオタイプな印象で、“今日的に色づけしてみました”的な感じがしないでもないところ。登場人物たちの背景がドラマとして充分に描かれていないせいか、そこに込められているはずの思いのようなものがイマイチこちらに迫ってこない。そこは少し残念。

 マックス・マーティンによる楽曲は、1曲を除いては全て、バック・ストリート・ボーイズやブリトニー・スピアーズらに提供された既成のヒット曲。つまりは、典型的なロンドン産“ジュークボックス・ミュージカル”。なので、イントロが流れるだけで客席が、おおっ!と湧いたり、笑いが起こったりする。そうした俗っぽさとシェイクスピア世界との融合、といったあたりが作品の狙いなのだろう。
 EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)主体のビートの効いた楽曲に乗ってのダンスは、アイドル・グループの群舞的で楽しい。と思ったら、振付は『Kpop』も手がけているジェニファー・ウェバーだった。
 演出ルーク・シェパード。
 バズ・ラーマン(『La Boheme』)世界を小ぢんまりさせたような印象のサウトラ・ギルモアによる装置、『Six: The Musical』にも通じる中世×現代風味のパロマ・ヤングによる衣装、それらを際立たせるハワード・ハドソンによる照明など、独特の世界観を作り上げている各種デザインは、トニー賞に絡んできそう。

 ジュリエット役ローナ・コートニーは『Dear Evan Hansen』に途中参加でブロードウェイ・デビューの後、2020年の『West Side Story』を経て、ここで主役級に。事実上の主演者として舞台を引っ張るのはアン役ベッツィ・ウルフ(『110 In The Shade』『Everyday Rapture』『Merrily We Roll Along』『The Mystery Of Edwin Drood』『The Last Five Years』『Bullets Over Broadway『Falsettos』)。シェイクスピア役はスターク・サンズ(『American Idiot』『Kinky Boots』『To Kill a Mockingbird』)。
 他に、ジュリエットの親友でノン・バイナリーのメイ役ジャスティン・デイヴィッド・サリヴァン、ジュリエットの乳母アンジェリーク役メラニー・ラ・バリー、ジュリエットがパリで出会うフランソワ役フィリップ・アローヨ、その父ランス役パウロ・スゾット(『South Pacific』)、ロメオ役ベン・ジャクソン・ウォーカー。