イリュージョニスト@日生劇場 2021/01/27 13:30

 「世界初演(ワールド・プレミア)」と銘打って日本で上演されたミュージカルには、えっ!これが? と思うものが残念ながら少なくないが、これは違った。
 久しぶりの生オーケストラ(13人と聞いている)だった分、迫力と音質のせいで評価が甘くなっているとしても、ミュージカル最大の魅力である楽曲(作曲・作詞/マイケル・ブルース)が、よくできていたことは間違いない。加えて、脚本(ピーター・ドゥーシャン)がよく練られており、演出(トム・サザーランド)も細部にまでアイディアがあって丁寧だった。

 19世紀末のウィーン。
 街の話題は、座長ジーガの仕切りで興行中のショウ。
 ショウの目玉は“イリュージョニスト”アイゼンハイム。
 その楽屋を胡散臭げに覗きに来る自称マジック好きのウール警部。
 噂を聞いて劇場にやって来る公爵令嬢ソフィ。
 彼女に同行する婚約者のオーストリア皇太子レオポルド。
 主要登場人物は、この5人。
 公式サイトやプログラムに書かれている範囲でストーリーをざっくり紹介すると……。

 アイゼンハイムとソフィは幼い頃、互いに恋心を抱いていた。劇場で再会して密かに逢瀬を重ねる2人。独善的で嫉妬深い権力者レオポルドは2人の仲を疑い、ウール警部に動向を探らせる。2人の密会を知ったレオポルドは激怒してソフィを問い詰め……。そして、発見されるソフィの死体。曖昧な死因を探り始めるウール警部。その真相は?
 プロダクションに失礼して、もう一歩踏み込むと、アイゼンハイムはソフィ殺害の犯人は皇太子だと主張、イリュージョニストの本領を発揮してソフィの霊魂を呼び出し、観客の前で真相を語らせようとする。

 スティーヴン・ミルハウザーの短編小説「幻影師、アイゼンハイム」の映画化『幻影師アイゼンハイム』(共に原題:The Illusionist)を原作とする内容は、文学的に言えば“叙述トリック”の使われたミステリー。ミステリーを読み慣れた人なら途中で“謎”の正体が推測できるのではないかと思うが、だからと言って面白さが削がれるわけではなく、“謎”の周辺に張り巡らされたトリックや伏線の妙技を楽しむことができる。それに、登場人物たちよりも観客の方が事情がわかっているという状況はサスペンスを生む。これはエンタテインメントの定石。もちろん、“謎”がわからなければ“驚き”が待っていて、それはそれで楽しい。
 いずれにしても、ストーリー上の“謎”は舞台の魅力の一部で、むしろ、その“謎”を成立させる世界観の醸成を味わうというのが、このミュージカルの面白さの本質だろう。

 ごぞんじの方も多いと思うが、このプロダクション、関係者から新型コロナの感染者が複数出たため、制作の中断を余儀なくされ、一旦は上演中止の決断をするに到ったらしい。が、規模を縮小し、装置をほとんど使わないコンサート形式にすることで、なんとか上演に漕ぎ着けることになった。
 感染対策でスタジオ入りができなかったため、全体だけでなく、役者、オーケストラ、舞台裏の技術、それぞれの部門の合同リハーサルも、万全の検査の後の1月14日の劇場入りで初めて行われたという。そこから在ロンドンの演出家によるリモートでの各部門のチェックが始まり、本番直前まで細かい変更が加えられた……と、これは編曲/音楽監督の島健さんからうかがった話。

 しかし、眼前に現れた舞台には、そうした突貫工事感はまるでなかった。隙なく流れるように動いていく人物たち。テンポよく進んでいく展開。幕間なしの2時間弱。少しも緩みがない。
 オーケストラを背後に配したステージ中央に、一段高い方形の“もう一つのステージ”が設置されていて、芝居は基本その上で演じられていく。小道具は複数の椅子で、役者は全員が、ほぼ常時と言っていいぐらい舞台に姿を見せている、という辺り、劇中劇的な構造も含めて、ちょっとリヴァイヴァル版『Chicago』の気分もある。
 当初の計画よりかなり規模が小さいのだろう(本来は大がかりな、文字通りイリュージョンのための装置も用意されていたという)。が、それがかえって、装置に頼らず観客の想像力を喚起する小劇場的な濃密な空気を醸し出してもいて、最終的にいい結果をもたらしたのではないだろうか。日生という、大きすぎず、それなりに歴史を感じさせる劇場だったのも幸いしたと思う。
 もしかしたら、という憶測に過ぎないが、脚本家ピーター・ドゥーシャンのこれまでの代表作がオフ・ブロードウェイの佳作『Dogfight』であることや(2012年7月28日に観劇)、楽曲作者マイケル・ブルースが近年ロンドンの小劇場ドンマー・ウェアハウスで仕事をしていたことなどを考え合わせると、この作品には、こうした小規模で濃密な舞台づくりの方が似合っているのかも。そんなことを思わせるほど、全体の雰囲気が今回のコンサート版の細やかな演出にハマっていた(近い将来、“完全版”を観る機会があれば、その当否もわかるだろう)。

 最初に書いたように、楽曲がよくできていた。中でも、ソフィの歌う“愛のアリア”的な曲の中間部のメロディが魅力的で、印象に残った。

 役者は、アイゼンハイムが海宝直人、ソフィが愛希れいか、皇太子レオポルドが成河、ウール警部が栗原英雄、座長ジーガが濱田めぐみ。加えて、アンサンブルが10人超。
 配役の変更があり、中止の報があり、という混乱を経た上での、超短い準備期間しかない変則的な上演。その過程を乗り切るのは困難を極めたと思うが、そうした舞台裏の事情は抜きで「舞台に現れる結果が全て」という基準に照らしても、観客として不満はなかった。素晴らしい集中力でした。
 ふくよかで表情豊かなオーケストレーションを聴かせてくれた島健はじめ、全ての関係者のみなさんにも、拍手を送らせていただく。上演おめでとうございます。

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