The Chronicle of Broadway and me #821(Preludes)

2015年5月~6月@ニューヨーク(その4)

 『Preludes』(5月31日19:00@Claire Tow Theatre/Lincoln Center)は、『Natasha, Pierre And The Great Comet of 1812』(この時点では、まだオフ公演のみでブロードウェイには登場していない)で注目された楽曲作者デイヴ・マロイが、同作で組んだ演出家レイチェル・チャヴキン(後に『Hadestown』)と再び組んだ、小品ながら密度の濃いミュージカル(作曲・作詞・脚本デイヴ・マロイ、共同創案・演出レイチェル・チャヴキン)。
 クレア・トウ劇場はLCT3(Lincoln Center Theater 3)という略称で呼ばれる、リンカーン・センター内の、ヴィヴィアン・ボーモント劇場(オン)、ミッズィ・E・ニューハウス劇場(オフ)に次ぐ、第三の演劇用劇場。オフ・オフ規模の小劇場で、ヴィヴィアン・ボーモント劇場入口脇にあるエレヴェーターで上がったところにある。

 主人公は、ロシア出身の作曲家、ピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)。
 そのラフマニノフが舞台上に2人登場する。1人は中央に置かれたグランド・ピアノを弾く。もう1人は、どうやらセラピストの催眠療法を受けているらしい。記憶に残る様々な人物や事象が彼の脳内に現れては消えていく。
 1900年のモスクワという舞台設定があり、セラピストの名はダーリ。1897年ペテルブルクにおける「交響曲第1番」が不評に終わって深く傷ついた若き日のラフマニノフを救ったのがニコライ・ダーリの催眠療法だった、という説に基づいていると思われるが、この舞台で(単に)ダーリと呼ばれる役を演じているのは(いわゆる)女性。なので、あくまでフィクションだということなのだろう(そりゃそうだ)。

 とにかく面白くて魅力的なのは、ラフマニノフにインスパイアされたデイヴ・マロイの音楽。
 ラフマニノフの楽曲をそのままピアノ演奏で聴かせる場面も少なからずあるが、それらをモチーフにして独自の歌曲に作り替えたり、あるいはハウス・ミュージックに仕上げたりして、自由自在(舞台上のピアノの他にシンセサイザー奏者2人がクレジットされている)。振れ幅は大きいが、全体としての空気が統一感のあるものになっているあたりは『Natasha, Pierre And The Great Comet of 1812』に通じる世界観だ。
 終盤に、ラフマニノフ失意の原因となった「交響曲第1番」のデイヴ・マロイ流儀による再構築版が登場するが、これがマロイの、この舞台作品に対するモティベーションの核心だという気がする。

 出演は、催眠療法を受けているラフマニノフ役が『Matilda The Musical』でマチルダの父親を演じていたゲイブリエル・エバート(『Brief Encounter』)、ピアノを弾くラフマニノフ役は『Natasha, Pierre And The Great Comet of 1812』の音楽監督オア・マティアス。
 他に、ダーリ役エイサ・デイヴィス(『Passing Strange』)、後に結婚することになるナターリヤ役ニッキ・M・ジェイムズ(『The Adventure Of Tom Sawyer』『All Shook Up』『The Book Of Mormon』『Les Miserable』)、チェーホフ/チャイコフスキー/トルストイ役他クリス・サランドン(『Nick & Nora』『The Light In The Piazza』)。

 ラフマニノフ作品中最も有名なのは「Prelude Op.3, No.2」(前奏曲嬰ハ短調作品3の2)。そのあたりが作品タイトルの由来かと思われる。

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