The Chronicle of Broadway and me #812(The Visit)

2015年4月@ニューヨーク(その3)

 『The Visit』(4月2日20:00@Lyceum Theatre)について旧サイトに書いた観劇当時の感想(<>内)。

<名コンビ、ジョン・カンダー(作曲)と故フレッド・エブ(作詞)が書いた(おそらく)最後から2番目のミュージカル。最後が2007年の『Curtains』で、本作は、一旦は2001年のブロードウェイ入りが発表されたものの、同年のアメリカ同時多発テロ他、紆余曲折があって今年(2015年)の登場となった。

 スイスのフリードリヒ・デュレンマットが1956年に書いた同名戯曲のミュージカル化で、脚本は名匠テレンス・マクナリー。
 若き日に石もて追われた寒村に、実質的支配者(村の経済を牛耳っている)として帰ってきた老貴婦人が、経済的援助と引き換えに、かつて彼女を裏切った男の命を差し出すように村人たちに要求する、という寓話めいた内容。老貴婦人とその恋人の若き日の姿も残像のように登場して、物語は時の狭間を行き来する。
 すでに様々に解釈されているようだが、人種差別や性差別の問題を内包しているのは確かだろう。と同時に、恋愛の不思議さも描いているように感じられる。それがマクナリーの独創なのか原作にもある要素なのかは、原作を未読(プレイを未見)のため不明だが。

 カンダー&エブの楽曲は、陰影に富み、流麗にして芳醇な……というと何か語っているようで何も語っていないが(笑)、実際そんな印象。このコンビの新作はもう2度と聴くことができない、という感傷で耳が曇ったのかもしれない。が、パリ・ミュゼットを思わせるアコーディオン主体のサウンドと、ロマ的なものも感じさせる情熱と哀愁に満ちたメロディが、殺伐ともなりうる作品世界を、濃密な愛の舞台として成立させているのは間違いない。
 舞台に影を落とす大きな橋状の通路、棺桶、時代物のトランク(装置スコット・パスク)。ほの暗い照明(照明ジャフィ・ワイデマン)。村の住人たちの薄汚れた衣装、老貴婦人とその従者たちの華麗な衣装(衣装 アン・フッド=ワード)。全てが、不気味でありながら美しい世界の空気を見事に醸成している。

 主演は驚くべきチタ・リヴェラ。御年82。1993年のカンダー&エブ作品『Kiss Of The Spider Woman』の時でさえ、すでに“伝説”の領域に足を踏み入れていたが、あれから20年以上。さすがに今回は踊らないが、それでも見事な歌を聴かせるし、なにより舞台の中心たるべき存在感が素晴らしい。もちろん他の役者もうまいが、彼女の前に印象が霞む。
 なお、これとは別に、この戯曲を元にした同タイトルのウィーン産ミュージカル版もあり、『貴婦人の訪問』というタイトルでこの夏(2015年)の翻訳上演が予定されているのはそちら。>

 終盤にチタの歌う「Love And Love Alone」は名曲(ここで若き日の自分を相手に少しだけ踊る)。

 演出ジョン・ドイル。振付グラシエラ・ダニエル。
 当初の予定では、アンジェラ・ランズベリー主演だったが、彼女の病気でチタ・リヴェラに交代。また、スタッフも、演出フランク・ギャラティ(『Ragtime』『The Pirate Queen』)、振付アン・ラインキングという布陣から、諸々の障害に出遭う中で変更になったようだ。

 老貴婦人のかつての恋人役を演じるロジャー・リーズは、ミュージカルでは、短命すぎて観られなかった『Red Shoes』や途中参加で『The Addams Family』に出ているが、ストレート・プレイへの出演の多い人(いずれも主演級)で、『Peter And The Starcatcher』の共同演出を手がけていたりもする。
 出演者は他に、ジェイソン・ダニエリー(『Candide』『The Full Monty』『Curtains』『Can-Can』)、デイヴィッド・ギャリソン(『I Do! I Do!』『Titanic』『Bells Are Ringing』)、メアリー・ベス・ピール(『Nine』『Sunday In The Park With George』『Women On The Verge Of A Nervous Breakdown』『Follies』)。
 ちなみに、チタ・リヴェラのアンダースタディはドナ・マケクニーだった。