The Chronicle of Broadway and me #280(Elaine Stritch At Liberty)

2001年11月@ニューヨーク(その3)

 『Elaine Stritch At Liberty』(11月11日15:00@Newman Theater/Public Theater)について、「ワン&オンリーの伝説的“現役”女優」のタイトルで旧サイトに書いた感想です。
 ちなみに、一般的には「エレイン・ストリッチ」と表記されますが、習い性で「イレイン」としています。

<イレイン・ストリッチ。
 彼女がブロードウェイの伝説的スターだということは、生で初めて観た時にすでに知っていた、と、こちらに書いた。が、今回のステージを観て思い知ったね。自分の知っていたことが伝説のホンの片鱗にすぎなかったことを。
 例えば、若い頃、『Call Me Madam』でエセル・マーマンの代役をやってた(それだけでも、すごいけど)時の話。
 ブロードウェイでマーマンの代役をやっていたストリッチは、同時期にニューへイヴンのシューバート劇場の舞台に立ってもいた(注1)。役者たちは、いつどの仕事に就けるかわからないから、どんどんオーディションを受けるわけで、場合によってはダブル・ブッキングになる。そんな時、普通の役者ならどちらかを選ぶのだけれど、ストリッチはこう考える。「開演前にマーマンが無事楽屋入りするのを確認してから愛車のMGを飛ばせば、マンハッタンからニューヘイヴンまで××分でたどり着ける!」。そして両方をとったわけだ。休演日以外毎日、ハドソン川を越えて猛スピードで行ったり来たりする、忙しいけれども充実した生活を続けるストリッチ(小型のオープンカーで疾走する若き日の姿、想像するだけでシビレる)。
 ところが、好事魔多し。1952年、記録的なブリザードがやって来る。途方に暮れるストリッチ。さあ、どうする。
 最終的にストリッチは、ニューへイヴンの劇場の袖で「ついに自分の出番だ」と期待に胸ふくらませていた自分の代役(がもちろんいるわけです)をがっかりさせることになるのだが(そのことを話す時の「してやったり」という、うれしそうな顔!)、詳しい事情はオンの引越し公演(@ニール・サイモン劇場2002年2月6日~5月26日)でご確認あれ。

 ワン・パーソン・ショウ『Elaine Stritch At Liberty』は、そんな知られざるエピソードと所縁(ゆかり)の歌とで綴る、女優イレイン・ストリッチの一代記。
 中央で分かれた赤い幕は中程から左右に引き上げられ「ハ」の字に開く。床と壁はむき出しのまま。そこに1人現れるストリッチは、トレードマークのタイツ姿。セットと呼べるのはシンプルなイスだけ。
 そのイスに掛けたり、寄りかかったり、イスをどかして1人で立ったりしながら、不機嫌そうに話をし、1曲歌うと、その辺りをグルッと(時にはイスを抱えて)ひと周りして中央に戻り、また不機嫌そうに次の話を始める。ただ、それだけの舞台。この素っ気ない感じを、ジョージ・C・ウルフらしいザックリした演出と見るか、ストリッチがそこにいれば特別な演出はいらないという判断と見るかは意見の分かれるところかもしれないが、結果的には、自分の人生を舞台上で語るという虚実皮膜の極とも言えるパフォーマンスに、これまた無作為だか作為だかわからない真実味を与えている。
 ここでひとつお断りを入れておくと、“不機嫌そう”というのはストリッチのいつもの表情。記憶に間違いがなければ、このステージで彼女は最初から最後まで1度も笑わなかった。自分がジョークを言って観客が大笑いした時にも。

 そんな風に、言ってみれば淡々と語られる彼女の人生は、語り口とは裏腹に波瀾がいっぱい。浮き沈みの激しいこと。それもこれも、冒頭に紹介したエピソードからもわかるように、そのアグレッシヴな生き方ゆえ、という気がする。
 イレイン・ストリッチがどんな魅力を持つ女優なのかということを全く説明しないで来たが(笑)、予備知識なしでこの舞台を観たとしても、ストリッチがアグレッシヴな生き方をしてきている人だということだけは少なくともわかるはず。あ、声が個性的だってこともわかるか(笑)。歌がうまいってことも。

 最後にもう1つ、今回の舞台で披露された、彼女のアグレッシヴさを示す、やはり若い頃の、ちょっと笑えるエピソードを紹介して締めよう(細かい部分の記憶は怪しいです)。
 ストリッチが初めてブロードウェイのショウ(注2)に出ることが決まった日。喜んでお母さんに電話したら、「で、何を歌うの?」と訊き返される。せっかくショウに出るのに歌わないなんて、と母に言われたストリッチ。ただ後ろで踊ってるだけの端役だったのにもかかわらず、早速プロデューサーに掛け合う。そしてホントに歌をもらってしまうのだ。
 やっぱり、こうでないとスターにはなれないんだろうな。
 もちろん、その時の歌もちゃんと聴かせてくれる。オリジナルの振付で。笑えます。

 (以下、当時の追記)
 ちょいと情報追加。
 その後、この公演を“完全録音”した2枚組のCDが登場した。
 パブリック・シアター内ニューマン劇場でのライヴ録音で、収録したのは最終公演直前の1月10日から12日までの舞台。たくさん録っておいて、いいところを選んで編集したのだろう。
 “完全録音”なので、上記のエピソードももちろん出てくる。聞き直したが、間違ってなかったようで、ひと安心(笑)。
 予習にも使えますね。ニール・サイモン劇場での公演は5月26日まで。ぜひどうぞ。
 あ、もちろん、ご覧になる予定のない方も一聴の価値ありです。>

 (注1)ニュー・ヘイヴンの舞台はリヴァイヴァル版『Pal Joey』のトライアウト。1年半後にブロードウェイにやって来る。ストリッチの持ち歌「Zip」は2幕での登場。なのでマンハッタンからやって来ても間に合った、と、ここでは言っている。

 (注2)正確には「初めてのブロードウェイ・ミュージカル」。タイトルは『Angel In The Wings』(1947年)。ストリッチは、それ以前にもブロードウェイのプレイ2本に出ていた。

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