The Chronicle of Broadway and me #1033(Paradise Square)

2022年5月~6月@ニューヨーク(その5)

 『Paradise Square』(5月26日19:00@Barrymore Theatre)についての感想。

 志の高い力作。その志に表現そのものが追いついていない面が少なからずあるものの、2022年にブロードウェイでミュージカルを観るなら、これは外せない。

 設定は1863年のロウワー・マンハッタン。当時、実際に起こった事件に基づいている。
 ファイヴ・ポインツと呼ばれる一角にパラダイス・スクエアという名のバーがあり、共に低所得層であるアイリッシュとアフリカンが平和裏に集っている。その背景には、オーナーの女性ネリーはアフリカンで夫がアイリッシュの男性、ネリーと共に店を支えているアイリッシュの女性アニーの夫はアフリカンの男性、という事情もある。
 そんな中、大統領リンカーンが南北戦争のための徴兵制度を拡大、移民も含め25歳から45歳の全ての白人男性を対象とする、という“御布令(おふれ)”が出る。一方でアフリカンは市民と認められていないため徴兵の対象にならないという事情がある。これを契機にアイリッシュの不満が募り、労働市場でのせめぎ合いも顕在化して、アイリッシュとアフリカンの分断が深まっていく。……というのが大筋。
 最終的には、ニューヨーク徴兵暴動と呼ばれるアイリッシュを中心とする破壊行動が起きてパラダイス・スクエアも攻撃の対象となり……。

 おわかりかと思うが、根本には、今も渦巻く様々な「ヘイト」感情を「友愛」の意思で乗り越えたい、という願いがある。さりげなく、セクシャリティの問題にも触れている。
 が、まず、「その志に」「追いついていない」部分の指摘を。

 物語の中心になるのは先に挙げた2組の夫婦なのだが、そこに、アイルランドからやって来たアニーのいとこ(注/間違い→甥)オーウェンと、アニーの夫を頼って地下組織アンダーグラウンド・レイルロードの助けで南部から来た逃亡奴隷のワシントン、という2人の若者が同時に登場する。あり得る話だが、遅れてきた移民のアイリッシュ、強制連行された奴隷だったアフリカン、という民族全体の立場を強調する“説明的”なエピソードだという印象も受ける。
 それに続けて、1つしか空いていないバーの2階の部屋に2人のどちらを住まわせるか、という問題を解決するにあたり、勝負はダンス対決で、という展開も、店の客を楽しませる芸の有無が決め手になるという理由付けがあるにせよ、やや強引で、かつ、(後にわかるのだが)伏線として作り過ぎの感があるのは否定できない(最終的には2人を同じ部屋に住まわせるわけだし)。
 こうした“作為性”を随所に感じてしまうのが、この作品の欠点の1つ。脇の人物描写も、やや類型的。つまり、全体の図式が透けて見える感じ。
 ある程度実話に基づくとはいえ、フィクションなのだから“作為性”があるのは当然だが、巧みな“ひねり”や登場人物の強力な個性で、それを感じさせずに展開していくところに、演出や脚本の力があるわけで。そこが今一歩足りず、惜しい。

 もう1つの欠点は、明らかにこの作品の“ウリ”になっている、頻出するダンス場面が、時折ドラマとの結びつきを見失いそうになること。ミュージカルだし、ダンス場面が独立して優れていればそれでいいという考え方もあるが、題材がシリアスなだけに、この作品に限っては徹底してドラマと寄り添ってほしいと思った。

 そんな風に不満はあるが、自国の過去の苦い歴史を掘り起こして、そこから逆に今日的なテーマを照らし出すという困難な作業に挑み、かなりの成果を上げているのは間違いない。
 最後、暴徒に追い詰められてパラダイス・スクエアに逃げ込んだ人々の中には、アフリカンだけでなく多くのアイリッシュも含まれていて、話の流れとしては矛盾するのだが、それは作者たちの“願い”の表れと見る。そして、「Let It Burn」という怒りに満ちた最後の長いナンバーを歌った後でネリーが、「私たちの理想は“まだ”実現していない」という意味の言葉をつぶやく時、冒頭に、なぜ現代のロウワー・マンハッタンの映像が映し出されていたかがわかる。

 ちなみに、個人的に一番気に入った場面は、スティーヴン・フォスターの音楽的剽窃の欺瞞性をネリーが批判するところ。溜飲が下がる。

 作曲ジェイソン・ハウランド(『Little Women』)、作詞ネイサン・タイセン(『Tuck Everlasting』『Amélie, A New Musical』)&マシ・アサレ。楽曲は全体に盛り上がり過ぎるきらいはある。が、アニーとネリーが互いを思いやって歌うバラード等、ヴァラエティもあり、悪くはない。
 原案ラリー・カーワン(アイルランド出身のロック・ミュージシャンで、ニューヨークを拠点に単独でもブラック47というバンドでも活動しているようだ)。脚本クリスティナ・アンダーソン、クレイグ・ルーカス(『The Light In The Piazza』『An American In Paris』『Amélie, A New Musical』)&ラリー・カーワン。
 演出モアセス・カウフマン(ストレート・プレイ畑の人で、過去に観たことがあるのは2011年にブロードウェイに登場したロビン・ウィリアムズ主演の『Bengal Tiger at the Baghdad Zoo』)。振付ビル・T・ジョーンズ(『Spring Awakening』『Fela!』)。

 ネリー役ホアキーナ・カルカンゴ(『Holler If Ya Hear Me』『The Color Purple』『Slave Play』)はトニー賞主演女優賞にノミネートされたが、納得。舞台全体に説得力を持たせているのは彼女の力だと言ってもいい。
 アニー役シリナ・ケネディ(『Jesus Christ Superstar』)の熱演も光る。
 ネリーの夫役マット・ボガート(『The Civil War』)、アニーの夫役ナザニエル・スタンプリー(『The Color Purple』『The Gershwins’ Porgy And Bess』)、オーウェン役A・J・シヴリー(『La Cage Aux Folles』『Bright Star』)、ワシントン役シドニー・デュポン、その恋人役ガブリエル・マックリトン。あと、ジョン・ドセット(『Hello Again』『Gypsy』『Newsies The Musical』『War Paint』)、ケヴィン・デニス、ジェイコブ・フィシェルといったあたりが主な出演者。
 脇には、いわゆるリヴァーダンス的なアイリッシュ・ダンスのスペシャリストと思われるダンサーもいる。

 トニー賞では、ミュージカル作品賞、楽曲賞、脚本賞、振付賞、主演女優賞(カルカンゴ)、助演男優賞(デュポン、シヴリー)、装置デザイン賞、衣装デザイン賞、照明デザイン賞、の9部門10候補でノミネート。

The Chronicle of Broadway and me #1033(Paradise Square)” への12件のフィードバック

コメントを残す