The Chronicle of Broadway and me #1032(Mrs. Doubtfire)

2022年5月~6月@ニューヨーク(その4)

 『Mrs. Doubtfire』(5月25日19:00@Stephen Sondheim Theatre)についての感想。

 よくまとめてあるのだが、2つの理由でイマイチ入り込めなかった。大笑いで盛り上がる周囲のようには。

 元になる1993年の同名ヒット映画(日本公開1994年/邦題:ミセス・ダウト)は、ロビン・ウィリアムズが主演。職を失ったダメ男(声優)が妻から離婚され、愛する子供たちと思うように会えなくなった状況を打開するために、老齢の女性に化けて家政婦として元の家に入り込むことで騒動が巻き起こる、というコメディ。
 出演者(ウィリアムズ)の芸(スタンダップ・コミックとしての当意即妙で時に辛辣な話芸や有名な声帯模写)を随所に盛り込みつつ、全体をハッピーな家族観でまとめるというのは、『Home Alone』の監督でもあるクリス・コロンバスの持ち味。
 この舞台版の主演、ロブ・マクルーアは、スタンダップ・コミック出身ではないけれども、ブロードウェイ初主演作が『Chaplin』だったことからもわかるように、そうしたコメディアン的な素養を身に付けている人で(その後も『Honeymoon In Vegas』『Noises Off』『Beetlejuice』とコメディ路線)、そういう意味ではハマり役。現代の観客が30年前の映画をどう認識しているかは不明だが(ヒット作だけにTVやヴィデオで触れる機会は少なくないと思うが)、ウィリアムズ版のイメージを追っているとしたら満足度は高いだろう。

 入り込めなかった理由の1つは、そのマクルーアの醸し出す雰囲気にある。『Chaplin』の時にも感じたことだが、“愛すべき”感じが少し足りないのだ。演技にストイック過ぎると言うか、余裕が感じられないと言うか……。
 前日に観たから比べてしまうのだが、『Mr. Saturday Night』のビリー・クリスタルの場合、どんなに辛辣なことを言っても、言った後の口元のちょっとした愛嬌で観客が許してしまうようなところがある。もちろん、ロビン・ウィリアムズにもその要素があった。まあ、芸歴も違うし(クリスタルとウィリアムズは3歳違いの同世代)、比べるのは酷なのだが、そうした“独自の愛嬌”というのはコメディアンにとっては重要なのではないだろうか。

 入り込めなかったもう1つの理由は、全体を覆うハッピーな家族観。先日観た『四月は君の嘘』の時にも、作品の持つ若い男女間の無前提な恋愛肯定感に思わず引いてしまったのだが、そうした世界観が舞台で提示されると、ついつい、2022年はそんな時代か? と敏感に反応してしまう。
 もちろん、ハッピーな家族なり若い男女間の恋愛なりを肯定的に描くことを否定はしない。しないが、もっと含みをもった描き方があるんじゃないかと思う。少なくとも、わざわざミュージカルにして舞台作品化しようというのなら。なにしろ、舞台表現は他の表現以上に時代の空気と共にあるわけで……(以下略)。
 この『Mrs. Doubtfire』の場合は、特に父(主人公)と子供たちとの関係が無邪気過ぎると感じた。映画版からは30年が経っているわけだし(電子機器の在り様からして明らかに時代設定は“今”)、そこは何かしら、“今ならでは”の掘り下げが必要だろう。そこだけでなく、全体に都合よく運び過ぎる感が強いのだが。
 そうそう、そもそも、この話の骨子の1つは、妻から離婚されたダメな(社会適応性に乏しい)主人公が、家政婦として家庭に戻り(入り込み)、これまで顧みたこともなかった家事を含む日常を観直すことで遅まきながら大人になっていく、ということだと思うのだが、この舞台版には、その「日常を観直すことで」人格が変わっていく部分の表現が希薄。それも「都合よく運び過ぎる」と感じた原因だと思う。

 作曲・作詞ウェイン・カートパトリック&ケイリー・カートパトリック、脚本ケイリー・カートパトリック&ジョン・オファレルは、全員『Something Rotten!』組。オーソドックスな楽曲は悪くないものの決め手に欠けるきらいがある中、マクルーアがDJのループ機材を使って単独で演じる1曲がアクセントになって印象に残った。
 演出ジェリー・ザックス。振付ローリン・ラターロ。

 主要出演者は、ロブ・マクルーアの他に、ジェン・ギャンバティース(『Hairspray』『A Year With Frog And Toad』『All Shook Up』『Tarzan』)、ブラッド・オスカー(『Jekyll & Hyde』『The Producers』『Big Fish』『Something Rotten!』)、J・ハリソン・ギー、チャリティ・エンジェル・ドーソン(『Side Show』『Waitress』)、ピーター・バートレット(『Never Gonna Dance』『The Frogs』『The Drowsy Chaperone』『Rodgers + Hammerstein’s Cinderella』『Something Rotten!』『She Loves Me』)、マーク・エヴァンズ、アナリス・スカーパチ(『A Christmas Story The Musical』)ら。
 脇では、主人公が料理の参考にするネット上のシェフの1人(他多数)を演じたキャメロン・アダムズ(ブロードウェイ出演作多数)と、個性的なTVのプロデューサー役ジョディ・キムラ(ブロードウェイ・デビュー)が光った。

 トニー賞には主演男優賞(マクルーア)のみノミネート。
 

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