The Chronicle of Broadway and me #432(Ring Of Fire)

2006年2月@ニューヨーク(その2)

 『Ring Of Fire』(2月16日20:00@Barrymore Theatre)は、ジョニー・キャッシュのレパートリーだった楽曲を使った“ジュークボックス・ミュージカル”。
 別途アップしてある「2006年の“ジュークボックス・ミュージカル”の状況」という論考の対象作品の1つ。下記感想中にもあるが、その論考の分類に従うと、“ジュークボックス・ミュージカル”としての“型”は一応C=はっきりしたストーリーのない『Smoky Joe’s Cafe』型。“オリジナル演奏との距離感”は、①アレンジ=オリジナル演奏に“倣う”派と“独自”派の中間、②楽曲の内容表現=オリジナル演奏の表現に“近い感触”派(分類の詳細は上記論考をご覧ください)。

 以下、観劇の9か月後に旧サイトにまとめた感想(<>内)。

<観劇直後に書いた感想は次の通り。

 「清濁併せ呑むスケールの大きなカントリー・シンガー(&ソングライター)、ジョニー・キャッシュ(1932~2003年)のレパートリー楽曲を使った、ある種のレヴューで、はっきりしたストーリーはないが、それでも、キャッシュの歌世界に生きるアメリカ人のドラマが断片的に描かれ、全体としてはキャッシュ自身の人生を想起させる作りになっている(日本でも公開される伝記映画を観ておくと理解の助けにはなる)。最近オフで何本かあった、役者が演奏もし、ミュージシャンが演じもするカントリー系ミュージカルの集大成的側面も面白い。
 興味深く観たが、おそらくロングランにはならないと思われるので、関心のある方はお早く。」

 ロングランにならないと思った理由は、“型”が、伝記的なAではなく、かと言って擬似コンサート的なCと言うには歌世界に沿ったドラマが描かれすぎていたからで、しかも、そのドラマは断片的。さらに、主人公も特定できない。これでは、いかにアメリカでキャッシュの人気が高いとはいえ、よほど彼の歌に思い入れがない限り、観客が感情移入のしどころを見つけるのがむずかしいだろう。
 亡くなる直前まで現役だったキャッシュのアメリカでの人気の高さは日本では想像もつかないほどで、死後も評価は高く、この舞台がオープンする前年には上記の伝記映画『Walk The Line』(邦題:ウォーク・ザ・ライン/君につづく道)が公開され、アカデミー賞にも絡んで日本でも話題になった。同年、4枚組のCDボックスセット(特別版はボーナスCDとボーナスDVD付き)もリリースされている。だから、彼の伝記的作品であったなら、あるいは、もっと砕けて、彼の“そっくりショウ”であったなら、観光客でも興味を持てるような舞台になったかもしれないとも思う。
 しかしながら、『Ain’t Misbehavin’』『Fosse』といったレヴュー的作品で成功を収めてきたリチャード・モルトビー・ジュニア(構成・演出)は、ここでも同様の手法を選んで、それが必ずしもうまくいかなかったわけだ。まあ、手法に関わりなく、演出の練り込みが足りなかったのも事実だが。

 そうした仕上がりにもかかわらず、このショウを興味深いと思ったのは、舞台上に描かれるジョニー・キャッシュの歌世界が、ニューヨークを中心とした世界の人たちとは違った視線で、今のアメリカのあり方に異議を唱えているように見えたからだ。
 舞台は、キャッシュの歌をなぞって、「この汽車に乗って……」とつぶやいてキャッシュの分身と思われる男がふらりと旅に出るところから始まる。旅先で男が見るのは、必ずしも豊かには暮らしていない中西部や南部の市井の人たちの人生。様々な苦難に見舞われ、時には家族や仲間との絆を見失いそうになりながら、それでも彼らは最後には前を向いて誇り高く生きていく。そんな人たちの苦悩や情熱や喜びが、厳しさを抱えつつ滋味豊かなキャッシュのレパートリー楽曲に乗せて描かれる時、一般には(例えばブッシュ政権を支持する)固陋な保守層と見られがちな彼らの中にこそ、アメリカのリベラルな精神の本質が宿っているのではないか、という気がしてくるのだ。

 そんなわけで、この作品の“オリジナル演奏との距離感”の内、②の内容表現は間違いなく“近い感触”派なのだが、①のアレンジについては、“倣う”派と“独自”派の間とでも言うか、キャッシュの楽曲が巷の人々の間に浸透した後に新たな息吹を伴って歌われる、という印象。オリジナルの魅力を超えはしないが、それらの楽曲が舞台上で改めて役者たちによって歌われる意味が、そこには確かにあった。
 こんな作品が、地方からやって来たキャッシュの歌を愛する観光客に支持されてヒットし、ニューヨークこそ全てだと思っているようなスノッブな連中(自分もか?)にひと泡吹かせたら面白いのに。そんな夢想をしたくなる何かが、この失敗作にはあったと思う。>

 ここで極東の島国の住人が幻視したニューヨークの外にあるアメリカの市井の人々の誇りは、皮肉にもニューヨークの金満一家に育った下品な男が10年後に大統領になることで、無残に打ち砕かれることになる。

 出演者は14人いるが、メインで歌う6人を除く8人が楽器を演奏しながら演技している。
 メインの6人は次の通り。ジェブ・ブラウン、ジェイソン・エドワーズ(『Johnny Guitar: The Musical』)、ジャロッド・エミック(『Damn Yankees』『Rocky Horror Show』『The Boy From Oz』)、ベス・マローン(後に『Fun Home』に出ることになる彼女のブロードウェイ・デビュー)、キャス・モーガン(『The Capeman』)はこの日は休演で代役がメラニー・ヴォーン(『The Most Happy Fella』『Parade』)、ラーリ・ホワイト(カントリーのシンガー・ソングライター)。

 2006年2月8日プレヴュー開始、3月12日正式オープン、4月30日クローズ。

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