The Chronicle of Broadway and me #1038(Company)

2022年5月~6月@ニューヨーク(その10)

 『Company』(6月1日20:00@Bernard B. Jacobs Theatre)についての感想。

 ロンドンからやって来たマリアンヌ・エリオット演出版『Company』(ウェスト・エンド上演は2018年9月26日~2019年3月30日)。これまでのリヴァイヴァルとは大きく趣向が違っている。
 最大の違いは、主人公ボビーを男性から女性に変えたこと(Bobby→Bobbie)。そして、ボビーの友人カップルの1組がゲイ同士になっていること(この設定の変更は、楽曲作者のスティーヴン・ソンドハイムが生前に承認し、それに伴う内容の変更に手を貸してもいるらしい。ちなみに脚本のジョージ・ファースは2008年に亡くなっている)。

 『Company』のブロードウェイ・リヴァイヴァルは過去に2回ある。1995年のスコット・エリス演出版2006年のジョン・ドイル演出版
 まるで違った演出だが(ドイル版は主人公以外の役者が楽器演奏しながら演技する!)、主人公ボビー(男性)の印象はほぼ同じ。結婚に対して懐疑的な態度の背景に、どこか(心理社会的)モラトリアムな気配がある。そのあたりが、初演の1970年という、ミーイズム(個人主義)が始まる時代のニューヨークを象徴していたのではないかという気がする。ま、観ていないから確かなことは言えないが。ともあれ、過去2回のリヴァイヴァルの主人公像は、そんな風だった。そして、その、とまどいがちな主人公の空気感が、作品全体を覆っていた。
 そうしたボビーに感じられた要素が、今回はかなり変わって見えた。まあ、ソンドハイム自身が、単に代名詞(pronouns)※を変えただけではなく態度(attitudes)も変わっている、と亡くなる5日前に言ったらしいから、“そりゃそうだ”な結果なんだけど(※代名詞という語はジェンダー代名詞の意味だと思う。he→sheという)。

 設定を変えた理由には、舞台上の時代が“今”だということがあるのだろう(この作品に欠かせない要素である電話がスマートフォンになっている)。つまり、初演から半世紀後のニューヨークをこの作品で描くにあたっては、主人公を女性にし、友人カップルの1組をゲイ同士にすることが重要な(あるいは効果的な)要因だと考えた、と。
 その変更に込められた作者側の意図がどうだかはともかく、観客としてのこちらにどう見えたかと言うと、これまで傍観者的に見えていた主人公(男性)が、今回(女性)は周囲の人々との関わりを強めている感じ。その主人公の姿勢が、あの手この手を駆使した忙しい演出と相まって、全体がワチャワチャしている。落ち着かない。
 これまでも本質的にはシニカルなコメディだったと思うが、どちらかと言えばシニカルで静的な気配が強かった。それが、今回は動的な(時にスラップスティックなと言ってもいい)コメディ感が強く、それゆえ逆に裏に秘めたシニカルさが強調されているような、絶望感すら漂わせているような、そんな印象。それが、この半世紀の人の繋がりの変わり様を反映しているということなのか。
 そうした改変/演出が、狙いはわかるが舞台表現として必ずしもうまくいっていないんじゃないかと思った。というのが結論なのだが、そのあたりを少し分析。

 『Company』は、35歳の誕生日を迎えるボビーが結婚や愛について思い悩んでいて、周りの結婚/婚約カップルを観察したり、付き合っている異性たちとの距離を測ったりしながら、自分の進むべき道を探す、といった内容の、はっきりした筋のない(基本的には)会話劇。
 そのコンセプト自体が、激しい変革への希求から内向きの沈静へと向かう1970年という時代と密接にリンクしている、というのが個人的見解。なので、その枠組みを生かしつつ、登場する人物の造形を変えて“今”のニューヨークを描こうとしても、無理があるんじゃないか。なにがしかの違和感をこちらが覚えてるのは、そのせいではないか。「うまくいっていない」と感じた理由は、そこにあるんじゃないだろうか。

 例えば、結婚式を当日に控えたゲイ・カップルの場面。ここが象徴的だと思うのだが。
 初演時からのショウ・ストッパー・ナンバー「Getting Married Today」。立ち会う聖職者が祝福感満載の、そして花婿が幸福感いっぱいの歌を朗々と歌う中、花嫁(エイミー)が神経症的に取り乱して「私は今日は結婚しない」と超早口で歌う。
 今回の“花嫁”(ジェイミー)役はマット・ドイル(『Bye Bye Birdie』)。やはり大受けで、トニー賞助演男優賞にノミネートされ、実際、見応えがあるのだが、同時に、その場面の持つ意味合いが大きく変わっていることにも気づく。
 エイミー(女性)の「私は今日は結婚しない」という叫びの中には、言外に、結婚と言う制度の現状に潜む男性優位の“在り様”に対する抗議があったはず。それを男性を愛するジェイミー(男性)が歌うと、エイミーが抗議する「男性>女性」という世界観を内側からクルっと裏返しにするような複雑なジェンダー観の転換が生まれる。そのこと自体は画期的で、この場面だけを切り取って面白がることもできる。だが、その面白さを十全に理解するためには、実は、世界観が転換される前のオリジナルを知っている必要がある。つまり、本歌取り的な表現。この部分に関しては、『Company』という作品の、ある種のパロディになっているわけで。
 もちろん、作者自ら自作をパロディ化するのは「あり」だと思う。が、そうした作業は、結局は、より観客を限定して作品世界を狭くしてしまうことになる。その結果生じる、マニアックな、いささか不自由な感じ。それが違和感として立ち現れてくる。

 最後の見せ場、これも初演以来のショウ・ストッパー・ナンバー「The Ladies Who Lunch」の場面でも別の違和感を覚える。
 女性の倦怠に満ちた人生を歌った、このナンバー。今回歌うのは、本作のスターとしてウェスト・エンド版から続けてただ1人ブロードウェイにも登場することになったパティ・ルポン。ここに来て彼女は、またひと際凄みを増した素晴らしい歌唱を聴かせるのだが、この場面、従来は向かいにボビー(男性)がいることで微妙な恋愛の気配が感じられ、ほのかな色気が漂った。が、向かいにいるのが自分よりずっと若い同性のボビー(女性)になる今回は、ルポンの演じる役の抱く感情が複雑にねじれ、雰囲気が殺伐としてしまっている。
 従来のヴァージョンにあった、苦いけれども、そこにかすかに感じられた甘さ。それを否定するような、どこかざらざらした空気。この楽曲の魅力は倦怠の向こうに残り火のような情熱がほの見えるところにある、と感じていた者としては、なにかゾッとするような気さえする(ウェスト・エンド版のオリジナル・キャスト・レコーディングの音源を聴くと、そうでもないのだが、このブロードウェイ版の舞台では確かにそう感じた)。これも、おそらく狙い通りなのだろう。

 より殺伐とした、自己パロディめいた『Company』。それをどう評価するか。
 名作に大胆に手を加えて“今”に生き返らせようとする姿勢には拍手を送るし、個々の役者の演技は素晴らしく、手の込んだ演出も含めて、充分楽しませてもらった。が、舞台総体としては「必ずしもうまくいっていない」。
 まあ、そう結論づけるのは、旧版のイメージに囚われ過ぎているということなのかもしれないが。

 振付リアム・スティール。

 ボビー役は『The Band’s Visit』で一躍スターになったカトリーナ・レンク。
 主な出演者は(ドイル、ルポン、レンクの)他に、クリストファー・フィッツジェラルド(『Wicked』『Young Frankenstein』『Finian’s Rainbow』『Waitress』)、クリストファー・シーバー(『Triumph Of Love』『Into The Woods』『Cinderella』『Monty Python’s Spamalot』『Shrek The Musical』『The Prom』)、ジェニファー・シマード(『The Thing About Men』『Forbidden Broadway: Special Victims Unit』『Dr. Sex』『The 25th Annual Putnam County Spelling Bee』『Sister Act』『Disaster!』『Hello, Dolly!』)、テレンス・アーチー(『Ragtime』『Rocky』『Kiss Me, Kate』)、エタイ・ベンソン(『The Band’s Visit』)、ボビー・コンテ(『A Bronx Tale The Musical』)、ニッキ・ルネ・ダニエルズ(『The Look Of Love』『Lestat』『Les Misérables』『Promises, Promises』『Anything Goes』『The Gershwins’ Porgy And Bess』)、ラシドラ・スコット(『Finian’s Rainbow』『Sister Act』『Beautiful The Carol King Musical』『Ain’t Too Proud』)、クレイボーン・エルダー(『Bonnie & Clyde』『Sunday In The Park With George』)、マヌ・ナラヤン(『Bombay Dreams』『My Fair Lady』『Gettin’ The Band Back Together』)、グレッグ・ヒルドレス(『Bloody Bloody Andrew Jackson』『Peter And The Starcatcher』『Rodgers + Hammerstein’s Cinderella』『Frozen』)の代役でタリー・セッションズ(『Big Fish』『School of Rock The Musical』『Falsettos』『War Paint』)。

 トニー賞では、リヴァイヴァル作品賞、演出賞(エリオット)、編曲賞(デイヴィッド・カレン)、助演女優賞(ルポン)、助演女優賞(シマード)、助演男優賞(ドイル)、装置デザイン賞(バニー・クリスティー)、照明デザイン賞(ニール・オースティン)、音響デザイン賞(イアン・ディキンソン&オートグラフ)の8部門9対象でノミネートされている。