The Chronicle of Broadway and me #390(Good Vibrations)

2005年2月@ニューヨーク(その3)

 『Good Vibrations』(2月3日20:00@Eugene O’Neill Theatre)は、ビーチ・ボーイズ、及び、その中心人物だったブライアン・ウィルソンの楽曲を使った“ジュークボックス・ミュージカル”。
 別途アップしてある「2006年の“ジュークボックス・ミュージカル”の状況」という論考の対象作品の1つで、そこでの分類に従うと、“ジュークボックス・ミュージカル”としての“型”はB=使われる楽曲の原アーティストと関係のないストーリーが展開される『Mamma Mia!』型、“オリジナル演奏との距離感”は、①アレンジ=オリジナルに“倣う”派、②楽曲の内容表現=オリジナル演奏の表現に“近い感触”派、ということになる(分類の詳細は上記論考をご覧ください)。

 以下、当時の感想(<>内)。

<この作品がブロードウェイに登場する直前(2004年秋)に、ブライアン・ウィルソンが、元々はビーチ・ボーイズとして1967年に発表するはずだった“幻のアルバム”『SMiLE』をソロ・アルバムとして作り直してリリースし、世界的に評判になっていた。『Good Vibrations』というタイトルは、1966年にシングルとしてリリースされ全米No.1ヒットとなったビーチ・ボーイズの同名楽曲に由来するが、同曲は、結局は未発表となったビーチ・ボーイズ版『SMiLE』に収録予定であったため、今回のブライアン版『SMiLE』にも新ヴァージョンで収録されている。
 そうした追い風を制作サイドが見逃すはずもなく、舞台は、同アルバムのオープニング・ナンバー「Our Prayer」のア・カペラ・コーラスで始まる。サーファー・ガイズと名づけられた5人の若手男優によるハーモニーは、かなりの線までオリジナル演奏を再現していて、一瞬「オッ」と思った。
 が、それは初めだけ。その後も、サーファー・ガイズのコーラス・ワークを要所要所に配した、けっこう丁寧なアレンジで、新旧取り混ぜたビーチ・ボーイズ及びブライアン・ウィルソンの楽曲が次々に披露されていくのだが、残念ながら物足りない。まあ、それはこちらが観劇の3日前に東京でホンモノのブライアン・ウィルソン・バンドの豊潤なライヴを体験したせいかもしれないから、とりあえず、よしとしよう。音楽的にはそこそこがんばっていた、ってことで。
 しかしながら、音楽的なノリだけでは乗り越えられない問題が、脚本(と言うか、作品構想)にあった。

 アメリカ東部の小さな町のハイスクールを卒業した若者たちが、大人の社会に足を踏み入れる前の貴重な時間を惜しむように、クルマに乗って西海岸を目指す。そして、その旅を通じて少しだけ大人になる。
 そんな話で、そもそもヒネリも何もないのだが、さらに、年代が意図的に不詳にしてある。例えば、ハイスクールの卒業パーティの垂れ幕に年度が書いてあるのだが、幕の一部が折れ曲がっているため年度の末尾2桁の数字が読めなくなっている、という具合。おそらく、使っている楽曲の発表年が1960年代初頭から最近までと幅広いため、舞台上の時代を特定すると楽曲の時代性との整合性がなくなることを嫌ってのことだと思われるが、制作サイドはここで判断を誤った。
 なぜなら、物語の舞台は、観客にとって全く実感のないギリシアの小さな島(『Mamma Mia!』)等ではなく、明らかに現実のアメリカ合衆国のどこか、というファンタジーとしては納得しにくい設定。であるならば、いつの時代だか特定できないと、登場人物たちを取り巻く環境や彼らの意識の塩梅が見えてこない。
 1962年の高校生と1972年の高校生とでは、人生に対する姿勢がまるで違うはずなのだ。さらに、人種問題もある。何事もなかったように白人と黒人が同じクルマに乗っていられる時代なのかどうか、とか。逆に、限りなく現在に近い時代だとすると、高校生がみんなしてビーチ・ボーイズでノリノリになったりするのか、という疑問も生まれる。
 そうしたことを置き去りにして書かれた脚本(リチャード・ドレッサー)だから、細部の面白さの描きようがないし、登場人物のキャラクターもステレオタイプにならざるをえない。登場する女の子に、Caroline、Rhonda、Wendy、Deirdreなんていうビーチ・ボーイズ楽曲由来の名前が付いてるところからして、なんだかなあ、なのだ。
 かくして、元々どうってことのない話が、さらに、観客にとってまるでとっかかりのない話になってしまった。

 年代を不詳にした理由は、実は次のような意図だったのではないか、とも思う。いつの時代もアメリカは争いを抱えている。そんな国に生きる若者たちが年代を超えて抱える不安と平和への祈りを、ビーチ・ボーイズの音楽を通して描く。そんな風な。
 仮に、そうした意図があったとしても、それはほとんど表現できていなかったと言うしかない。残念ながら。演出・振付ジョン・キャラファ。

 ビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソンの音楽は、ロックンロールでありつつ、一方に、アメリカの劇場音楽の伝統と軌を一にする部分がある。だから、楽曲について“倣う”派+“近い感触”派でいくのなら、もっと緻密にアイディアを練れば、既成の楽曲であっても舞台と融合して全く違った完成度の作品に仕上がる可能性もあったかもしれない。もしかしたら、その辺に“ジュークボックス・ミュージカル”の突破口があるのかもしれないのだが……。

 ちなみに、プレイビルのクレジットには、ブライアン・ウィルソンと共に『SMiLE』を作り上げたヴァン・ダイク・パークスの名前が“Musical Consultant”として載っていた。>

 チャド・キンボール(『Memphis』)とジャネット・ダカル(『In The Heights』)が出ていたことは書いておく。

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